第315話:青い魔力

1.



 胸を抑えて膝をつくザガンが猛獣のような凶悪な笑みを浮かべる。


「復活してからずっと退屈で仕方なかったが――今確信したぜ。召喚術師! テメエの名前を教えやがれ!!」


 その大声だけで大気が震える。

 魔力でドーピングしてようやく同じ土俵に立てている現状――そもそも生物としての格が違うことをそれだけでも思い知らされるような気分だ。


「……皆城 悠真」

「ユウマか、なるほどいい名前じゃねえか。オレたちの仲間になる気はねえか? その異質かつ膨大な魔力――人間の枠に収めておくには勿体ねえ」


 ゆらりと立ち上がるザガン。


に来いよ。そうしたらテメェはオレよりも強くなれるぜ」

「ザガン、勝手なことを――」

「黙ってろよ、ジジイ」


 諌めようとするバラムを睨みつけるザガン。


「オレの楽しみを邪魔するってんなら、テメェでも容赦しねえぜ?」

「…………ちっ」


 バラムは忌々しげに舌打ちをして再び黙る。

 この二人のパワーバランスがいまいちわからないな。

 どういう組み合わせなんだ。


「……随分な言いようだな。まるで今はお前の方が強いように聞こえる」

「実際そうだろ? さっき一瞬異常にスピードとパワーが上がったが、その代償が重い。ダメージを受けていたオレへ追撃が来なかったのが良い証拠だ」


 どうやらこいつ、ただの脳筋じゃないみたいだな。

 限界突破リミットブレイクの弱点を即座に見抜いている。


 さっきの一瞬だけとは言え、それでも体にガタは来ている。

 追撃へ行けなかったのは推察通り、すぐには俺も動けなかったからだ。


「もう一度言うぜ。テメェは殺すには惜しい。こっち側へ来い」

「断る」

「何故だ? こっち側に来るのなら、テメェの女を供物に捧げるって話もどうにかしてやるぜ?」

「俺が人間だからだ」

「オレと殴り合えてる時点で、テメェはバケモンだ。ユウマ」

「そいつを決めるのはお前じゃない」

「…………」


 ザガンは黙り込み、大きな手で顔を覆った。

 明らかな隙なのに――踏み込めない。


 奴から感じるプレッシャーが、どんどん膨れ上がっているからだ。


「――悲しいぜ。自分と対等な戦いができるかもしれねえ奴を、この手で殺さなければいけないなんて」

「俺とお前じゃ対等にはならねえよ――ここでお前が負けるからな」


 とは言ったものの。

 これはちょっとヤバいかもしれない。


 ザガンの体は更に一回り大きくなり、どす黒く変色していく。

 体の各所には太い血管が脈打っていて、目も充血している。

 もはやアメコミにこういう超人いたよなって感じの風貌だ。

 あっちは角は生えていなかったし、緑色だが。


 見た目の怪物感とは裏腹に、冷静ささえ滲ませる声音でザガンは静かに言った。


「せめて楽しい殺し合いにしようぜ」

「――楽しいわけねえだろ」


 どちらかが死ぬのだから。

 


「――――」



 ほとんど本能のようなものだった。

 頭部を守る為にあげた左腕に強い衝撃。

 アスカロン式の防御術を併用して尚、突き抜ける威力。


 足での踏ん張りも聞かず、幾つかの壁を破壊して吹き飛ぶ。


「かっ……」


 なんとか受け身を取って立ち上がると、そこはもはやどこなのかもわからないような町中だった。

 宮殿内部からここまでぶっ飛ばされたのか。

 

 それだけではない。

 既に。

 すぐ真上に、ザガンは両腕を振り上げていた。


「ぐっ――」


 全魔力を振り絞って防御する。

 まるで隕石が落ちたかのように町中が陥没する。


 人々の悲鳴が聞こえる。

 

「ザガン!! ここだと人を巻き込む!!」

「些末なことだろォ!? 集中しやがれ!!」


 大きく腕が振り上げられる。

 再び衝撃。

 なるべく周囲へ影響が及ばないように、今度は踏ん張って耐える。

 内蔵がぐちゃぐちゃにかきまわされるような気分。

 はっきり言って最悪だ。


「――オイ。何故避けねえ。何故攻撃をいなさねえ。そんなに人間共が大事か? テメェの知った奴らじゃねえんだろ?」

「そういう問題じゃねえっつってんだろうが!!」


 ザガンの顔面を蹴り飛ばす。

 しかし、巨大なゴムの塊を蹴ったような手応えの無さ。


 まずい。

 もう普通に攻撃するんじゃまずダメージが通りすらしないぞ。


「周りが気になるってんなら――」


 ザガンは両腕を広げた。

 何をする気だ。


「こうすりゃ気になんねえだろ!!」


 ――まさか。

 

「やめ――」


 直前で何をしようとしているのか気づいたが、遅かった。

 奴の手首から先が吹き飛んで、勢いよく血が吹き出た。

 いや、勢いよく、なんて言葉では言い表せない。


 極太のウォーターカッターのような威力をした血が、辺り一面を吹き飛ばしたのだ。

 ここは町中。

 当然、建物も人々も大量に巻き込まれただろう。


 辺り一面が血の海。

 

 建物だったものが。

 人だったものが。

 

 そこら中に散らばっている。


「さぁて……すっきりしたなぁ、ユウマ?」

「この……糞野郎が!!!!」


 渾身の拳がザガンの顔面を殴り飛ばす。

 のけぞった奴の髪を左手で掴んで、もう一度殴る。


 反撃の手を蹴ってへし折り、更にもう一発。


 肉と骨が砕ける感触が拳へ伝わる。

 しかし――


 途中で拳がバシンッ、と大きな音を立てて止められてしまった。


「――良いね。オレと同じく、感情で魔力が爆発するタイプなのか」

「同じにすんじゃ――」


 巨大な拳が、目前に迫っていた。

 それをモロに喰らい、地面へ叩きつけられる。


「そうとなりゃ話は早え。テメェがマジギレするまで、殴り続けるぜ」


 ――まずい。

 拳の乱打。

 防いでも防いでも次が来る。


 100発。200発。

 まだ止まらない。

 まだ終わらない。


 痛みすら感じなくなる程、無限にも思える時間の後――ぴたりとザガンが動きを止めた。


「……何故だ」


 ぼそりと呟く。

 なにが、だよ。


 もはや声すら出なかった。

 腕、そしてそこから衝撃が抜けた部位の回復と防御に回す魔力でカツカツだ。

 

「何故本気を出さねえ!! 何故だ!!」


 クソが。

 こちとらずっと本気でやってんだよ。


 こいつは強すぎる。


 アイムと同じ四天王とは思えない――いや。

 あの時もスノウと<思考共有>してようやく倒せたんだったか。


「――がっかりだぜ、ユウマ」

「…………」


 もはや意識を保つのも精一杯だ。


「テメェを殺した後、あの女共も皆殺しだ。あの5人以外にもいるんだろ、テメェの女。全員探し出して、殺してやる。そうでもしなきゃオレのこの気持ちは――」




2.sideザガン




 がっかりだ。

 ようやく対等に殴り合える奴がいたかと思ったのに。

 こいつは、いつまで経っても本気を出しやしねえ。


「――がっかりだぜ、ユウマ」


 本当、心底がっかりだ。

 もう、殺すか。

 この男だけじゃない。


 全部だ。

 全部殺して、オレは再び探そう。

 

 新たなる強者を。


 魔王サマが復活して、天界へ攻め込むことになりゃあ幾分かマシな奴も出てくると期待しよう。


「テメェを殺した後、あの女共も皆殺しだ。あの5人以外にもいるんだろ、テメェの女。全員探し出して、殺してやる。そうでもしなきゃオレのこの気持ちは――」


 オレはそこまで言って、気づいた。

 振り上げた右手が


「――あ?」

 

 またあのクソ女の邪魔が入ったのかと、一瞬思った。

 だが、違った。


 オレの腕は、ユウマが持っていた。


 ぼたぼたと滴り落ちる血。

 力ずくで引き千切られたような断面。


 そして――


 オレは思わず飛び退っていた。

 思わず?

 何故。

 オレが?


 まさか、恐怖していると言うのか?

 ただの人間相手に。


 ユウマの周りには青い霧のようなものが舞っていた。

 魔人のオレにはわかる。

 アレがなんなのか。


 あの青い霧は、魔力だ。


 だが、有り得ない。


 ただ体から垂れ流しているだけの魔力が、目に見える程に密度を増して具現化することなど有り得ない。


「――ザガン。お前はもう駄目だ」


 静かな声だ。

 そのはずなのに、体が震えて止まらない。

 こんなのは――こんなのは。


 魔王サマと初めて会った時にさえ――


 気づいた時には、右半身が完全に吹き飛んでいた。

 

 


 死。




 よく知っている気配だ。

 しかし、オレは今までそれをもたらす側だった。


 以前、一度この感覚を味わったことがある。

 四天王として対峙したあの男。


 こいつと同じ、黒髪に黒目の男だった。

 だが、この魔力は。


 この魔力は、それ以上の――


「うおおおおおあああああああああ!!!!」


 オレは叫んだ。

 <血活性の光ブラッドレイ>を全力で開放し、目の前の恐怖を――絶望を否定しようとした。

 

 だが。

 振るった拳は返す拳で吹き飛ばされ、途轍もない怒りが押し寄せる。


 そうか。

 オレはここで死ぬのか。


「……この、化け物が」

「死ね、ザガン」


 怒りが迫る。

 そして。



 死がオレを呼んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る