第314話:血
1.
総白髪に白い髭、灰色の瞳に白いローブ。3つの髑髏をネックレスのように提げた悪趣味な魔術師然とした老人――バラム。
巨大な二本の角が生えた3メートル近い半裸の大男――ザガン。
オレンジにも見える金髪が炎のように逆だってうねっている。
先に仕掛けてきたのは大男の方……ザガンだ。
一直線にこちらへ突っ込んできたのでカウンターで鳩尾へ渾身の拳をお見舞いしてやったのだが……
「女を侍らせてる軟弱者の割にゃあ、良い拳持ってんじゃねえか。召喚術師」
吐血はしているものの、回復したのかそもそも口の中を切っただけなのか、ほとんど効いていない様子であっさりと立ち上がるザガン。
言葉とは裏腹に全くダメージがないように見えるぞ。
「……褒められても嬉しかねえな」
「おい、女共」
ザガンはスノウたちの方を見る。
「手ぇ出すんじゃねえぞ。もし手ぇ出したら、テメエらから先に殺すからな」
喧嘩っ早いスノウがブチ切れるかと思ったが、それより先に辺りに暴風が吹き荒れてズパンッ、と太い切断音を立ててザガンの左腕が落ちた。
ウェンディを中心に、緑色の風が吹いている。
お、俺の拳でもほとんどダメージの入らなかった奴の腕を落とすなんて、どんな威力の魔法だよ。
「……面白い冗談ですね。誰を先に殺すつもりなのか、詳しく聞かせて頂きましょうか」
暴風の中でもよく聞き取れる、静かな怒りの籠もった声。
それにそのままはちきれて死ぬんじゃないかと思う程こめかみにどす黒い血管を浮き上がらせ、ザガンは歯茎を剥き出しにして唸った。
「じゃあテメエの肉から引き千切ってやるよ、風の女」
切断面からどす黒い血が吹き出て、腕の形を取る。
そしてすぐに元通りになってしまった。
先程俺が殴った時もそうだったが、どうやら並外れた再生能力を持つようだ。
「まあ待て、ザガン。若い女は魔王様への供物として貢ぐと言っておろうが。それに、貴様とて戦いの後に昂ぶったものを晴らすものが必要じゃろ」
「男と男の戦いに邪魔してくる女は殺すしかねえだろうが!!」
バラムの言葉に怒声で返すザガン。
とりあえずあの糞エロジジイからぶちのめしてやろうか。
「ふむ。では、こうするとしようかの」
ニヤリとバラムが嫌な感じの笑みを浮かべた。
「召喚術師。貴様はザガンと一対一で戦え。そうしてもしザガンが負ければ、儂はこの場は潔く退くと誓おうぞ。その代わりザガンが勝利し、貴様が死ねばそこにいる女共は我らが頂く」
「ふざけんな。お前ら纏めてここで殺す。それが一番手っ取り早いだろ」
ざわりと体の中で何かが煮えたぎるような感覚。
ごく自然に自分の口から『殺す』という単語が出てきたことに少し驚く。
「それはどうかのう」
バラムがくいっと人差し指を動かした。
何を――と思った次の瞬間。
「――なっ!?」
ズズズズズ……という地響きと共に、地面が大きく揺れた。
すわ地震かと思ったが、すぐに止まる。
「かかっ。10万……と言ったところじゃな」
「……何がだ」
愉快そうに目を細めるバラム。
「今、一つの都市が滅んだ。その犠牲じゃよ」
「はぁ!?」
「そこにいる女の誰かが動く度に、儂は一つずつ都市を消し飛ばす。何人死ぬかは人口次第じゃがのう」
(――悠真ちゃん、一瞬だけ気を引いて。その瞬間にお姉ちゃんが――)
(……駄目だ。その間にこいつが何人殺せるか分からない)
シトリーからの念話が入る。
確かに雷魔法なら瞬殺できるかもしれない。
しかし、確実にそう上手くいくとは限らない。
現状ではザガンが邪魔しに入ってくる可能性もある――というか、間違いなくそうなるだろう。
二人同時に相手しても負けるとは思わないが……
その間に何万、何十万、何百万人が死ぬことになるか。
考えるだけでもぞっとする。
「……俺がこの脳筋野郎にタイマンで勝てばいいんだろ、要は」
そうして一人を安全に消した後、万全の状態で残りの一人を袋叩きにする。
もちろんその時にも人々の命を盾にするかもしれないが、取り逃せば間違いなくそれ以上の被害が出る。
どのみちバラムを許す気はない。
ザガンの後はこのジジイだ。
「――で、結局オレはどうすりゃいいんだ?」
「召喚術師と一対一じゃ。負けるでないぞ。四天王の誇りにかけて」
「ハッ――負かせるもんなら負かしてほしいもんだぜ」
ザガンは改めてこちらに向き直った。
その表情はどう見ても嬉しそうなものなのだが……
腑に落ちない。
こちらにゆっくり歩み寄ってくるザガンに、俺は問いかける。
「……大した自信だな。戦力差が分からないもんじゃないだろ、お前らも」
「あん? つまんねえこと気にすんなよ、男が。どのみち魔法使いじゃあのエロジジイには誰も勝てねえ。そしてテメエの拳は悪かねえが――オレの命にゃ届かねえ。つまり、戦力差なんざ関係ねえのさ」
……魔法使いじゃ誰も勝てない?
どういうことだ?
ウェンディたちの実力を見抜いた上でそれを言っているとするならば、何か特殊なスキルでもあるのかと疑うところだが……
「ま、どうでもいいだろ。テメエには関係ねえことだ。ここで死ぬんだからな。安心しろ、女共は殺さずに飼ってやるからよ」
「――そうだな」
振り下ろされた拳を片手で受け止める。
先程から自分の中でどす黒い何かが渦巻いているのを自覚する。
いや、何かではなく、これは――
「死ぬのはお前らだ」
飛び上がって、ザガンの顔面に思い切り蹴りを叩き込む。
硬いゴムタイヤを蹴ったような感触――だが。
構わず、それを破裂させるような勢いで蹴り飛ばす。
戦いの火蓋が切って落とされた。
2.
「ハハッハァ!! 良い、良いぞ召喚術師! もっと! もっとだ!!」
黒い血をあちこちから流しながら、ザガンは高らかに笑う。
あちらの攻撃は全て躱すか、受けるかしている。
よってほとんどダメージはゼロだ。
しかし、こちらからの攻撃は防御ごと押しつぶしている上にそもそも躱すということをしないこの脳筋野郎のスタイルの関係上、ほぼ全てが有効打になってもおかしくない。
おかしくないはずなのに、何故かこいつは全く堪えていない。
いや――再生能力が高すぎるのだ。
毎秒100ずつのダメージを入れているのに、100ずつ回復されているような感覚。
終わることのないエンドレスな殴り合い。
このままではいずれ押し負けるのは明白だ。
こいつの秘密を解き明かさなければジリ貧だぞ。
「――っらぁ!!」
振り下ろされた右腕を脇で抱え込み、巻き込むようにして体を回転させて引きちぎる。
「足掻け足掻けェ!!」
しかし黒い血がずるりと伸びて千切った腕と繋がり、俺を吹き飛ばした。
……やはりあの黒い血が何かしらの異能だ。
いや、黒い血に限らず、血全般か?
皇帝を殺した時も、血ではなく水のような何かが飛び散っていた。
あれも奴の能力なのだとしたら……
「おいおい、考え事かあ!? 全身全霊で楽しんでくれなきゃ悲しいぜ!!」
「くっ――」
一瞬の隙。
そこを突くように繰り出された前蹴りを、辛うじて両腕でガードする。
大地を直接ぶつけられたかのような衝撃。
地面の方が耐えきれず、背後に岩盤ごとめくり上がったのかと錯覚する程の大きな爪痕が生まれる。
ジンジンと痛む両腕。
治癒魔法を即座にかけ、腫れを引かせる。
「……便利な体だな」
「まだまだこんなもんじゃねえぜ? 楽しませろよ、召喚術師!!」
「――は?」
今しがたくっついたばかりの右腕が、巨大化していた。
上から降ってくるそれに、咄嗟に頭の上で両腕を交差させるが――
衝撃。
ガチンッ、と体のどこから鳴ったのかわからない、嫌な音が聞こえた。
こみ上げるものが咳と一緒に出ていく。
赤い。
俺の血だ。
「お兄さま!!」
「マスター!!」
フレアとウェンディの悲鳴のような声がどこか遠くで、耳鳴りと共に聞こえる。
「まだまだ死ぬんじゃねえぞぉ!!」
「――死んでたまるかよッ!!」
その拳を死ぬ気で上にかちあげる。
「好きな女泣かせるような糞野郎にはなりたくねえからな!!」
<
それでも反動ダメージは無視できないものになるが――
これでも即座に回復してくるようなら、もうこの状態で無理やり殴り倒すしかない。
渾身の拳を、奴の左胸に叩き込む。
「――ぐっ!!」
今までよりも強い一撃。
当然ダメージも大きいだろう。
しかし、そこを抑えて膝をついたザガンの反応は――
単なるダメージによるものだけではなかった。
「……見た目が人間なんだから、当たり前っちゃ当たり前か」
「テメェ……」
こいつの弱点は『心臓』だ。
悪魔だか魔人だか知らないが、人間とは異なる生き物だと考えていたからその答えに辿り着くのにサンプルが必要だった。
ウェンディが左腕――心臓に近いところを切り落とした時は、血が即座に腕を再生させていた。
しかし俺が右腕を引き千切った時――心臓から遠いところを離した時は、血が伸びてきて腕をひっつけた。
血なのだから当然だ。
だが、その当然を確かめる為に時間を使った価値はある。
「無敵の再生力もここまでだぜ、ザガン」
弱点がわかれば、後は――
どちらかが倒れるまで、ひたすら削り合いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます