第313話:足掻け

1.



「二度言わせるでない。わしは扉を開けろと言っているんじゃぞ」


 シエルの冷たい声が周囲へ響き渡る。

 怒気を孕んでいるとすら感じさせるその声音に、門番として立たされている兵士たちはその全身鎧を震え上がりながらも首を横に振った。


「い、如何にシエル=オーランド様の命令でも聞けません。皇帝に、誰が来ようとも門を開けるなと命じられていますので」

「三度目はないぞ」


 シエルはこちらをちらりと見た。

 俺は頷き、一歩前に出る。


 宮殿の門は馬鹿みたいにでかい。

 横に30メートル以上、縦にも50メートル程度だろうか。


 それが両開きの扉となっていて、総勢100名で開けたり閉じたりするそうだ。

 もちろん普段からそんなものを開けたり閉めたりするわけにもいかないのでいつもは開いているのだが、今はそれが閉じている

 

 黙って門へ近づいていく俺に、門番として配置されている兵士――ざっと数えるだけでも10名以上がピリつく。

 

「仕方ない、もうおぬしらに頼むのはやめるとしよう。しかし門は開けさせてもらうぞ」

「開けられるわけがないとは思いますが、それを黙って見過ごすわけに……も……」


 兵士の言葉が最後まで続かなかったのも無理はない。

 今の今まで抑え込んでいた魔力を、俺が隠さなくなったのだから。


 俺の魔力は総量で言えばスノウと初めて出会った時に比べて数倍以上にまで増えている。

 なので何もしていなくても自分の魔力をある程度隠すのは癖のようになっていたのだが、それをしなくなればこうもなろう。


「そのまま動かないでもらえると助かるのう」


 シエルの言葉に、今度は誰も答えようとしなかった。

 俺は巨大な門へ両手を突いて、そのままぐっと押し込む。

 


「ひ、開くわけがない……」



 魔力のプレッシャーに圧されて動けなくなっている中、兵士の誰かがそう呟いた。

 しかし、その言葉とは裏腹に門は徐々に動き始める。


 確かに重い。

 それに、どうやら重いだけではなく魔法的な封印か何かが施されているような感触もある。


 


 門に大きな魔法陣が浮かび上がり、赤色に発光する。

 すると一段と門の抵抗が強くなったが、それを無視して更に奥へと押し込む。


 しばらくすると魔法陣はピキピキとひきつるような音を立て、パリン、と儚い音と共に砕け散った。

 門も後はスムーズなもので、ズズズズ……と重い音と共に開いて行く。


 最後はぐっと力を強めに込めて――



 耳障りな金属音と共に、門が左右へ弾け飛んだ。



「ば、馬鹿な……」


 誰かが呟いたその声には畏怖――恐怖が多分に含まれていた。

 そりゃあそうだろう。

 屈強な兵士100人で開ける門を、封印込みで一人でこじ開けるような奴は理解不能だ。

 理解できないものは怖い。

 人間として当然の反応である。


 

「さあ、行くぞ」

「ま、待て!」



 俺の前に何人かが立ちふさがる。

 流石は軍人。

 恐怖程度では足が止まらない者もいたようだ。


「……シトリー」

「ごめんね。ちょっと寝ててね」


 パチッ、と。

 静電気のような音が鳴って、その場にいた兵士たちが鎧をガチャガシャと音を立てさせながら全員その場に崩れ落ちた。

 別口から入ることもできたのにわざわざ門を開けたのは兵士たちに抵抗するような意思を持たないでいる為だ。


 シトリー程の使い手ならば後遺症なく気絶させることくらい容易いが、いずれにせよただ使われているだけの兵士たちにあまり乱暴な手段は取りたくない。


 風通しの良くなった門から中へ入り、しばらく歩くとまるで俺たちが来ることを見越していたかのように皇帝が一人で佇んでいた。


 短い金髪に碧眼。

 ハリウッド俳優のような顔立ちで、身長も高い。

 二枚目というのはこのような人のことを言うのだろう。


「私の城へ土足で入ってきて、何の用です。妖精女王ティターニア


 薄ら笑いを浮かべながらシエルに話しかける。


「この期に及んでわしに話しかけるか。先程の魔力を感じなかったわけでもなかろう」


 呆れたように答える。

 しかし、クラウス皇帝は不思議そうに片眉をあげた。


「先程の魔力……?」


 シエルの言う先程の魔力、とは俺が門を破壊する直前に開放した魔力のことだ。

 まさかアレを感じていないのか?

 だとしたら探知能力がザルってレベルじゃないぞ。


「まあ、今は全てがどうでも良い。こそこそと嗅ぎ回っていたのですから、もうご存知でしょう? シエル様。今の帝国――今の私は、貴女さえ敵ではない」

「思い上がりも甚だしいものじゃな」

「まさか平和を謳いにここまでやってきたのですか? 悠真殿」


 皇帝は今度はこちらを見る。

 なんだろう。

 以前会った時と、少し雰囲気が異なるように見える。


 宣戦布告をして、これから戦争をする国の主だという認識があるからだろうか。

 いや、それとはまた別種の……


「……戦争なんてやめましょう、クラウス皇帝」

「何故です?」

「大勢の人が死ぬことになる」

「帝国の民は死にませんよ。自動人形オートマタに全てやらせますから。それに、ハイロンでクーデターを起こし、上層部を皆殺しにした人間が平和を唱えても説得力はないのでは?」

「それをやったのは俺たちでも、リーゼさんでもない」

「悠真殿。戦争は勝った方が正義で、真実なのですよ。仮に今ここで貴方が何かを主張したところで、意味はない」


 駄目だなこれは。

 会話が通じるような相手じゃない。

 それはあちらも感じたところなのか、ハァ、とこれみよがしに溜め息をついた。


「シエル様。貴女は私が幼少期の頃から知っているようなお方です。そしてそちらの悠真殿の父――和真殿と共に帝国を救って頂いた存在でもある。あなた方を傷つけるようなことは、極力したくはなかった」 

「まるでわしらをどうこうできる――とでも言いたげじゃな。自動人形オートマタ程度にやられるわしらではないぞ」 

「それはもちろんわかっていますとも。ですが――こちらには強い味方がいる」


 その言葉と同時に。

 皇帝の背後の空間が捻じ曲がって、そこから二人の男が這い出てきた。


 片方は総白髪に白い髭の生えた、灰色の瞳の白いローブを纏った80くらいに見える老人。

 3つの髑髏をアクセサリーのように首から提げている途轍もない悪趣味なスタイルだ。

 

 そしてもう片方は牛のように大きな黒い二本角が生えた、3メートル近い巨躯の大男。

 上半身が裸で、下半身には赤いボンタンのようなものを穿いている。

 オレンジ色にも見える金髪は炎のようにうねっていて、その気性の荒さを物語っているようだ。


 如何にも魔術師タイプと脳筋タイプって感じだな。


「――ふむ。ベリアルの奴から聞いてはおったが、確かにそれなりに活きの良いのが5人――そしてその核となるのがあの若造か」


 まずは老人の方がしゃがれた低い声でぼやいた。

 それに続いて大男が、


「若い女ばっかってのが頂けねえな。男と男の血湧き肉躍る戦いってのがしてえのによ」

「どのみち、若い女は魔王様への供物として捕えるようにベリアルに言われておろう。男の方は……まあ殺しても良かろうて。ザガン、貴様に譲ってやるぞ」

「はっ、エロジジイ。テメエは若い女の悲鳴が聞きてえだけだろ」


 ろくなことは考えてなさそうだな。

 そして、ベリアルの名前が出たな。


 やはりこいつらは――


「お前ら、四天王か」

「如何にも。儂は四天王が一人、バラム」

「同じく、ザガン。さて――早速始めるか」


 ザガンと名乗った大男がバキボキと拳を鳴らして前に進み出る。

 そこへ――



「お待ちください。悠真殿は帝国の恩人のご子息。殺しては国民の反感を――」



 静止をかけようとした皇帝の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 煩わしそうにザガンが振った大きな掌が、皇帝の上半身を吹き飛ばしたからだ。

 血の代わりに水のような何かが辺りへ飛び散って、つながっているべき上半身を失った下半身はととと、と何歩か動いてから倒れた。


「――っと、うっかり殺しちまった。どうすっかな、バラム」

「貴様は加減というものを知らんのか。まあ良い。人間が一人いなくなった程度、どうとでもなる」


 つまらなさそうに言うバラムという老人。

 

「てめぇ――」

 

 叫ぼうとするより先に、ザガンは動いていた。

 その巨躯に見合わぬ超速度で移動してきて、俺の目の前で拳を振り上げている。


 ドガンッ!!

 

 と、大型車同士がぶつかった時のような轟音。

 吹き飛んだのは――あちらだ。


 壁にめり込んだザガンは黒い血が垂れる口元を拭って、獰猛な笑みを浮かべる。


「いいね。気に入ったぜ、召喚術師」

「俺は反吐が出るくらいお前らのことは嫌いだな」


 ジンジンと痛む拳。

 治癒魔法で回復できる範囲とは言え、拳が砕けている。

 鳩尾を殴ったはずだが……どんな硬さだよ、これ。


 バラムが白い髭を撫でつつ、しゃがれた声で笑う。


「ほっほっほ。なるほど、ベリアルが警戒しろと言っていたのも頷ける。さあ、人間。足掻いてみせよ」 

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