第312話:宣戦布告

1.



 俺は大きな岩山を登っていた。

 何故って?

 そこに山があるからさ。


 登りきったら何か良いことが在るような気がする。

 そんなふわっとした感覚で登っているのだ。


「ちょっと、早くしなさいよ」


 よっこらよっこらと凸凹している突起に手を引っ掛けて登っていくと、上の方でスノウが俺のことを呼んでいた。


「わかってるよ……!」


 俺はそれに答えて、手を伸ばす。


 ふよん。

 ……おや?


 手に触れている何かがやたらと柔らかい。

 俺はこの感触によく覚えがある。


 恐る恐る上を見上げようとすると、頭を叩かれたような衝撃と共に、


「……はえ?」


 そこには右手で胸の辺りを抑えて顔を赤くしているスノウ。

 まるで左手は誰かの頭を叩いた直後かのようなポーズで固まっている。

 

 で、その横にはフレアもいた。

 何故か羨望の目をスノウに向けている。


「あんたって奴は寝てても変態なのね!」

「あー……」


 なるほど、夢の中で掴んだ謎の柔らかい物体はスノウの胸だったのか。

 俺は恐らく叩かれたのであろう頭をさすりながらベッドから体を起こす。


 夢って不思議だよな。

 明らかに意味不明な状況でも、夢の中にいる間はそれを不思議に思わない。

 起きてからいやそれどんな状況だよ、と突っ込むことになるのだ。


 しかもその内容もしばらく経つと忘れてしまうと言う。


 そういえばレイさんが隣にいたはずなのだが、多分俺より先に起きたんだろうな。

 昨日の時点ではまだ思考共有のラインに乗っていなかったので、今日も寝落ちするまで……


 まあそれは置いといて。


「で、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、帝国が動き始めたのよ。ハイロンとラントバウに宣戦布告したって」


 それを聞いて、流石に俺も完全に目を覚ます。


「……マジか」


 ベッドから立ち上がって、全裸なのを思い出して着替えながら話を聞く。

 スノウの呆れた視線が突き刺さる。

 仕方ないでしょう。

 男は寝起きはどうしてもこうなるのだ。

 あとフレア、目を覆って隠してるけど、隙間からばっちり見てるのわかってるからな。

 

「で……リーゼさんは何か言ってたか?」

「話し合いで解決できないのなら迎え撃つしかない、と」

 

 フレアが答える。

 リーゼさんというのは、リーゼロッテ=アインハルト。

 ハイロンが聖国だった時、聖騎士の騎士団長を務め、更にはクーデターの旗印も勤め上げた女性。

 現在は仮の国家元首となっているが、国民からの支持も厚いので恐らくそのまま落ち着くことだろう。

 

 青髪のポニーテールで、もちろん結構強い。

 未菜さんと馬が合いそうだなと思いつつも、まだ二人が直接会ったことは……なかったのかな?


「まぁ……そうだよな」


 帝国による支配を受け入れろと口で言うのは簡単だ。

 しかしようやく聖王による悪政から解き放たれた今、その機に乗じて国を乗っ取ろうとしているような帝国を簡単に受け入れることなどできないだろう。


「ラントバウ……フローラは?」

「一応抗議文は出してるみたいよ」

「そうか……」


 じゃあもう長く時間はかけていられない。

 フローラのいるラントバウはもちろん、ハイロンだって攻め込ませるわけにはいかない。

 まだレイさんとルルの<思考共有>はできないが、スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー、そしてシエルの五人は既にできるようになっている。


 試運転も済ませてあるので、本番でも問題なくできるはずだ。

 

「すぐに帝国へ向かおう」



2.



 とは言ったものの。

 まずはラントバウとハイロンの様子をこの目で見ないことには始まらない。


 フローラには転移石を渡してあるので、すぐに移動できるということでまずフローラのところまで移動すると。


 藤色の長い髪をメイドさんに両手で持ってもらいつつ、他のメイドさんにお着替えをさせてもらっている最中の部屋へ転移してきてしまった。


「お久しぶりです、フローラさん」


 フレアは全く動じずにぺこりと挨拶したが、フローラはそうはいかない。

 顔を真っ赤にして、叫ぶ寸前に――


「いらっしゃいませ、皆城 悠真様」


 ぺこりと傍に控えていたもう一人のメガネをかけたメイドさんが頭を下げた。


「あー……あれだ、本当にすまないと思ってる」

「出てってー!!」


 フローラの絶叫が城に響き渡った。




 10分後。


「……ユウマ殿。本当に貴殿には感謝している上、この恩は一生かかっても返せないと自覚している。とは言え、フローラも婚前の身。素肌をあまり見せるのは……」

「す、すみません……」


 ラントバウの王。

 アレクサンドル=ラントバウ。


 苦々しい顔でそう言っているかと思えば、隣にいたお妃様は澄ました顔で、


「これはますますユウマ様に責任を取ってもらうしかありませんね。ねえ、フローラ?」

「お、お母様!」


 これにフローラが顔を赤くして突っ込んだところで、本題に入る。



「……話は聞きました。とうとう帝国から宣戦布告があったと」

「ユウマ殿から先に話を聞いていなければ、急なことに対応しきれなかったであろうな」

「……ということは、準備は整っている、と?」


 王様はこくりと頷いた。

 なるほど……


「以前も言いましたが、俺はそもそもこの戦争が起きないように立ち回ります。ですが、もし止めきれなかった時は……」


 言葉を切る。

 フレアが心配そうにこちらを見る。

 ……大丈夫。

 

 俺は念話でフレアへそう語りかけた。


「……俺はラントバウと、ハイロンの味方について、帝国と争います」

「…………感謝する。貴殿が味方にいてくれるというのであれば、我々にとっても心強い」


 王様はそう言って、左手を胸に当てて頭を30度ほど前に傾けた。


 もちろん戦争なんて起きないことが一番だ。

 だが、どうしても止まらなかった時は――俺は俺なりに守りたいものを守る。


「悠真……」


 フローラが不安げに青色の瞳を揺らして俺の名を呼ぶ。


「大丈夫、心配するな。なんとかするから」




3.



「当然、我が国は迎え撃つつもりだ」


 毅然とした態度でリーゼさんはそう言い切った。

 どうやら何を言ってもその意見を変えるつもりはないだろう。

 別に何を言うつもりでもないのだが。


 流石は元聖騎士団長。

 例の変声機能付きの鎧を着ないで素顔でいても、その凛々しさは健在だ。


「俺たちはまず帝国を止めてみようと思います」

「……君たちの力はもちろん重々承知している。しかし、それで止まるのか? 帝国は」

「やってみないことにはわかりません」


 一番手っ取り早いのは皇帝をとっ捕まえて宣戦布告を取り下げさせるということだが、皇帝にひっついているという二人がそう簡単にはやらせてくれないだろう。


 とは言えこちらには<思考共有>も<フルリンク>もある。

 相手が万全だとしても、こちらもほぼ万全なのだ。


「私たちとしても、争わないことに越したことはない。仮に戦争になったとしても、負けるつもりはないが。聖騎士団は解散したとは言え、その力は健在だ」


 聖騎士団は実際強力だ。

 兵士としての練度は恐らく世界中を見ても類を見ない程だろう。

 

「……しかし相手は自動人形オートマタです。仮に戦争になっても、油断はしないでください。戦争が始まれば、俺たちも出来る限りの助太刀はします」

「助かる。本当に……クーデターの時と言い、何も返せないのに君たちには……」


 リーゼさんはそう言って頭を下げた。

 そして自分の胸に手を当てる。


「君の周りに女性が多く集まる理由も少し分かる気がするよ。君は誰にでも優しいのだな」

「……それ、褒めてます?」

「普通ならば違うが、君のように強大な力を持つ者がそうであるということは重要なことだ」


 ふっ、とリーゼさんは笑みを浮かべる。


「君たちこそ、これから帝国へ行くのだろう? 私程度の者からの助言など意味もないだろうが、くれぐれも気をつけてくれ」



 


4.



 帝国内での潜伏は危険。

 ということで俺たちはシモンさんとコーンさんを通じて、帝国外で情報を得ていた。

 

 基本的に窓口はルルとシエル。

 やはり俺が近くにいない場合でも最大の戦闘力を発揮できる、というのは大きい。


 お陰で<思考共有>の件もありながらシエルの魔力は常に満タンにしておかないといけないという、俺の精力的にちょっとつらい状況にはなっていたのだが……まあそれは置いといて。


 で、帝国領土から少し離れたところにある都市国家みたいなところへ転移石で経由で転移してきたのは良いのだが……


「なんか慌ただしいな?」

「そりゃ、戦争を起こすともなればこうなるじゃろうな」


 帝国外にある都市国家のはずなのに、人々は往来を行き来している。


「実際に戦争が始まればハイロンやラントバウの兵士がこの辺りの近くまで来ることになる。そうなれば直接的な被害がなくとも、そう簡単に物資が手に入らなくなる可能性はあるからのう。先に買い溜めしておく、というわけじゃろ」

「そうか……そうだよな……」


 一応この都市国家にも転移装置はある。

 なので物流が絶対的に滞るということはない。


 しかし、ハイロンもラントバウも、そして帝国も主要国家に数えられる国々だ。


 当然それらの国から入ってくるような物資は多くあるだろう。

 そこが一旦ストップしてしまうのだから、人々の反応も当然だ。


 面子は俺、スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー、そしてシエル。


「……で、ルルは念の為、に戻っておいてくれ」


 ルルは怒っているのか無表情なのか、どちらともとれるような顔で静かに答える。


「お前も知ってるニャ? あたしは結構強いニャ」

「それでもだ。頼む」

「…………」


 じっと金色の瞳が俺の姿を捉える。


「……ま、いいニャ。確かにこの中じゃあたしが一番弱いしニャ。足手まといになるのもまあ、わからん話でもないニャ」


 やれやれ、と言わんばかりにルルが首を振った。


「お前があたしや知佳たちに対して過保護になるのはいいけどニャ、お前に何かあったら悲しむ奴は大勢いるってことを忘れないようにするニャ」

「……わかってるよ」


 俺が答えると、ルルはニヤッと笑って転移石を構えた。


「そんじゃ、あたしはあっちで寝て待ってるニャ。吉報を期待してるニャ~」


 言い残し、ヒュッと転移していった。

 ……ルルの言う通りだ。

 

 戦争が始まれば、大きな力を持っている俺たちでも完全に安全が保証されるわけではないだろう。

 互いに互いが――大勢の人間が命を賭して戦うのだ。


 絶対なんてものはない。


 気を引き締めないとな。

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