第311話:ガントレット

1.



「――はぁッ!!」


 未菜さんが裂帛の気合いと共に放った斬撃は、高層ビルをに一刀両断した。

 それだけでは留まらず、後方100メートル程に大きな爪痕を残す。


 場所はお馴染み新宿ダンジョン。

 今回は<思考共有>の試し打ちに来たというわけである。


「うわー……凄いねぇ……ミナがユーマの力を使えるとこんなことになるなんて」


 ローラがあんぐりと口を開けている。

 俺もちょっと驚いた。


 まさか己の身長よりも短い刀が、高層ビルを縦に一刀両断するような光景を目の当たりにするとは。

 後方へ突き抜けた衝撃波から察するに、まだまだ余裕あるなこれ。


「今ので体感的には3割程度の力だ。これだけの力を普段から制御しているというのも私からすれば驚きだよ」


 未菜さんが刀を鞘に収める。

 帝国に二人の怪しげな男がいる、という話を聞いてから2週間が経っていた。


 この間に、シトリー、シエル、未菜さんの三人が新たに<思考共有>できる面子として加わっている。

 エリクサーの消費量は瀕死の人間を優に100人は救えるであろうという量。


 こんなことの為に万能の霊薬を使ってしまって良いのだろうかという罪悪感がなくもないのだが、こんなこととは言え世界の平和に直結することだ。

 仕方のないことだと割り切ろう。

 


 ちなみに、具体的な必要回数なんかはわかっていないのだが未菜さんの魔力はメカニカ式魔力測定器で測った際、元の281エルドという数値から290エルドまで伸びている。

 まあ何が……ナニがあったのかというのはまたの機会にするとして、そもそもその伸びの時点でかなりのものなんだよな。


 現在、ルルの魔力値が以前の測定から微増で344から345。

 ミナホによれば、一流の探索者がモンスターを魔物を倒して魔力値を1伸ばすのにも本来ならば数ヶ月かかるそうだ。

 そして魔力は増えれば増えるほど質が高まり、増えにくくなる。


 未菜さん程の魔力量であれば1増やすだけで半年以上かかってもおかしくない程だとのこと。


 それがほんの一ヶ月足らずで10近い上昇値。

 というか厳密には未菜さんとは確か5日間だったので、5日で10。

 

 ちなみに探索者の白金級――つまりルルと同程度の評価を貰っている人たちの魔力値が300弱とのことなので、そのラインへ到達している。


 つまりシエルや四姉妹たち、そして俺のような明らかに飛び抜けている存在を除けば、元々魔力が存在している異世界でもトップクラスになったということである。


 そしてこの<思考共有>をしている間なら、恐らくは世界最強。

 全力のスノウたちにすら食い下がれる程である。


 とは言え――


「……ふぅ。ここらで限界だな」


 未菜さんが俺に刀を渡してから溜め息をつくと、俺たちの間に繋がれていた<繋がりリンク>が切れる。

 この状態、長くはもたない。


 スノウとの時もそうだったが、限界まで無理をしても3分程が上限だろう。

 しかもその後は丸っと一日――


「うん、やっぱり。魔力を全く使えないな。今ならそこらのチンピラにも負けるかもしれない」

「それは絶対ないと思いますけど……」


 魔力が使えなくとも技術は健在なのだから。

 とは言え、今俺が渡された刀を持って振り回すのは無理だろう。

 この刀もこれで100kg以上はあるのだ。

 

 ……スノウの時も思ったけど、技術はともかく、普段は強い女の人が時限式に弱体化しているというのはちょっとぐっと来るものがあるな。


「にしても、本当に簡単に強くなっちゃえるんだね。ボクもやっぱり<思考共有>できるようにしてもらうおうかなあ……」


 先程のビルを叩き斬った轟音に誘き寄せられたモンスターたちをローラが蹴散らしながらぼやく。

 他の探索者を巻き込まないように真意層を3層ほど下ったところでやっているのだが、流石に並のモンスター相手だと余裕だな。


「別に止めはしないが、ローラは私よりもだいぶ回数が少ないだろうからそこまでぶっ通しでやるというのはお勧めしないぞ」

「なんで?」

「私は途中で頭がおかしくなるかと思ったからな」

「ええっ!?」


 やめてください。

 俺が恥ずかしいんで。

 お願いします。


「……確か、次はレイさんとルルだったよね? 二人は大丈夫なのかなあ……」

「レイさんはサキュバスとのハーフだと言うし、ルルは獣人でタフだから平気……だとは思うがどうだろうな。シエルさんとシトリーから事前に話は聞いていたが、まさかあそこまでとは私も思わなかったからな……」


 真剣な表情で語り合う二人。


 帰っていいかな俺。

 マジで。


「ふふ、あの時は散々いじめてくれたからな。仕返しさ」


 微妙な表情を浮かべている俺を見て、未菜さんは悪戯っぽく笑うのだった。



2.



 その日の午後。

 未菜さんを無事うちまで送り届けた後、ちょっとした用事があって俺は再び新宿ダンジョンへ来ていた。


 入り口近くで佇んでいる茶髪ショートの少女に声をかける。


「よっす、久しぶり」

「あ、悠真先輩! お疲れ様っす!」


 ぺこり、というよりはガバッという感じの勢いで頭を下げてくる彼女は、樫村かしむら 志穂里しほり

 魔法を扱うガントレットの実証実験に付き合ってもらっていて、マジで思い出したくない黒歴史時代の俺に惚れたやや男を見る目のない人物だ。


 確か今年で21になると言っていたので、23になる俺より2つ下である。


「その後はどうだ?」

「はい、お陰様で絶好調っす! 、本当に凄いっすよ!」


 志穂里は持っていたスーツケースをポン、と叩く。


「そりゃ良かった」


 実はちょっと前に『属性入りの魔法を込めて使用するガントレット』ではなく、ミナホが天鳥さんの研究チームに加わったことによって実現した『魔力を込めるだけで設定した魔法を使えるガントレット』の試運転を頼んでいたのだ。


 ちなみに設定できる魔法は三種類。

 火炎弾を打ち出す魔法、風で相手を吹き飛ばす魔法、そして簡易的な治癒魔法だ。


「なにか問題とかは?」

「なにも! 不具合とかも遭遇してないっす!」

「なるほど」


 天鳥さんとミナホの二人がかなりの自信作だと言っていたのでそうだろうとは思っていたが、本当に素晴らしい作品のようだ。


 これの何が凄いって、今までみたいに属性付きの魔力を込めておく必要がなくなって自前の魔力で魔法を撃てるから補充の必要もなく、イメージも必要ないから全リソースを戦闘に割けるというところなんだよな。


 そして何度も魔法を使っていれば嫌でもそのイメージは染み付くので、いずれガントレットなしでも魔法を撃てるようにもなる。

 

 魔法入門としても完璧な上に、そもそもそのまま応用しても強いので何も文句の付け所がないというところだ。


「これ販売するようになったら絶対買うっすよ!」

「いや、買わなくていいよ。それあげるから。そもそも販売予定のやつは三種類も魔法を使えるようにしないし」

「ええっ!?」


 志穂里が大げさに驚く。


「そそ、そんな貴重なもの貰えないっすよ!」

「実証実験に付き合ってくれた礼みたいなもんだ。遠慮なく貰ってくれ」

「ほ、本当にいいんすか……?」

「ちなみに売り出す時の定価は現時点では1000万前後を考えてる」

「ええーっ!?」

「はっはっは」


 驚く様子が面白くてついいじってしまう。

 まあ定価については本当なのだが。

 現時点では1000万前後。

 

 様子を見てもう少し値段を上げたり下げたりはするかもしれないが、1000万という価格設定はある程度戦える探索者にとってはちょっとお高い家電くらいのイメージだ。買う奴は平気で買うだろうし、そもそも志穂里にとっても1000万は多分リーズナブルなくらいだろう。


 それでも驚きを忘れない新鮮な気持ちを大事にしてほしい。

 俺はもう完全に金銭感覚がおかしくなっていて、500円のお菓子とかを見ると高いなあと思うのに、10万円くらいのスイーツを見ると手頃な価格だなあと思うようになってしまった。


「そんじゃ後は軽く実戦の様子を見せてくれ。何か問題があるようだったら天鳥さんたちに伝えるからさ」

「お、おっす!」


 


 というわけで新宿ダンジョン9層目。


 まだまだ掃討が終わっていなく、並の探索者にとってはまだまだ敷居が高い階層だ。

 志穂里の本来の実力ではまだちょっと早い、というくらいか。


 ここで余裕勝ちできるくらい使いこなせているなら製品として問題ないレベルだと判断できるだろう。


 モンスターを誘き寄せる為にまず俺が空に魔法を打ち出す。

 ひゅ~~……と打ち上がっていった火の玉が、パーン、と大きな音を立てて爆発する。


 フレアならこれを花火のように綺麗にできるのだろうが、俺にはそこまでは無理だ。


 しばらくして。

 ゴブリンやオーク、そして赤鬼や天狗と言ったモンスターたちがわらわらと寄ってきた。

 魔法が使えない志穂里ではまず間違いなく切り抜けられない状況。

 果たして……

 手にちょっとした手袋くらいなサイズ感のガントレットを付けた志穂里が、ゴブリンに向けて――


炎弾ほむらだま!」


 そう叫んで、炎の弾が発射された。

 次の瞬間、バレーボール程度の大きさの火の玉がヒュンッと飛んでいってゴブリンとオークを数匹まとめて爆散させた。


 それを見てか偶然か、慌てたように天狗が手に持つ扇を振り上げる。


空掌くうしょう!」


 それより先に風の魔法が天狗の扇を吹き飛ばした。

 更に、その魔法を自分の足元に撃って加速した志穂里が一瞬で天狗との距離を詰めて側頭部を蹴り飛ばす。


「やぁっ!」


 その蹴りもまた風魔法で加速されているので、とんでもない威力になっているのか一撃で魔石と化した。

 特に特殊能力を持たない赤鬼も似たような流れでスパッと倒され、魔法なしでは決して乗り切れない場面をあっさりと切り抜けてしまったのだった。


 治癒魔法は使うまでもなさそうだな。


「どうですかっ、先輩!」

「グッジョブ」


 思っていた以上のものを見せてもらった。

 こりゃこのガントレット以外にも、個人的に何かご褒美をあげたいくらいだな。


 そう思ってそれとなく提案してみたところ、都内にあるデパートで一緒に趣味のぬいぐるみ集めを手伝ってほしいとのことだった。


 そのまま帰りに寄っていって、幾つかぬいぐるみを買ってお値段なんと5000円。

 こんなもので良いのかと聞くと、これが良いのだと言う。

 

 本人も嬉しそうにしていたので、何かレアなぬいぐるみだったのかもしれない。


 それにしても、ぬいぐるみ集めか。

 意外と(と言ったら失礼な気もするが)可愛らしい趣味なんだな。

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