第310話:二人の男
「5年くらい前やな。皇帝の周りに男が二人彷徨くようになったんや」
コーンさんは言う。
一人は総白髪に白い髭、70代から80代程度に見える老人。
体格はそれなりにがっちりしている方で、どこかの王族か何かのように見えるそうだ。
もう一人は金色の獅子のような髪に山賊のような顔つきの、俺とほぼ同じくらいの身長のコーンさんが横に並べば子供に見えてしまう程の大男。
そして皇帝以外はその二人の素性を知らないとのこと。
少なくともどっちもベリアルの特徴とは一致してないな。
姿を変えている可能性はなくもないが……
なんとなくだが奴の性格上、それはないような気もする。
9割方別人だと考えて良いだろう。
「質問して良いでしょうか?」
フレアが手を挙げる。
「はいはい、なんでしょ」
「その二人を排斥するような動きは帝国内でなかったのでしょうか? 身元の知れぬ余所者が二人、国家元首の周りを彷徨くようになったのを放置するのは危険だと思うのですが」
「もちろん、その流れはありました。せやけど、そんな排斥派を一発で黙らせるようなおっきな功績をあげましてね」
禍々しい鎧に隠れて表情が見えない分そうしているのか、元々そういう性格なのかはわからないが大げさな身振りで両腕を広げるコーンさん。
「
メイド人形の秘密はそういうことだったのか。
メカニカにすら作り出せないものを生み出す技術力を帝国は貰ったわけだ。
魔石をエネルギーとして利用する技術を提供されたアメリカを思い出す構図だな。
そしてそれを聞いて俺もピンと来た。
「……もしかしてそれが軍事的なアドバンテージってやつですか?」
「そういうことですわ。死を怖がらん、幾らでも作り出せる仮初の命。最強の兵士の出来上がりってなわけです。シモンのような熟練の兵士でもあっさりと切り捨てることができるくらいの」
話題に出た店長――シモンさんが苦々しげな顔をする。
「オレは別にクビになったわけじゃねえぞ。自分から軍を離れたんだ」
「一昔前やったらまずそれが許されへんやろ。最低でも教官職かなんかにさせられてたはずや」
……隻眼になってまで軍を抜けられないっていうのも大変そうだな。
「話を戻すと、ちょうどその二人が現れた頃くらいから皇帝の考え方も変わりはじめてるんです。それまでは各国とのバランスをよう考えて動いていたはずやのに、急にイケイケドンドンになったというか」
「イケイケドンドン……」
自動で行われているっぽい翻訳の都合なのだろうが、確かにちょっとバランスを崩してるからと言って動じに2つの国を相手取ろうとしている辺り、イケイケドンドンとしか言いようがないな。
「早い話が、ワイには皇帝が暴走しとるように見えるんです。やからシモンは目ぇを怪我さしたタイミングで軍を抜けてもうてんけど」
「……お前もやめたらどうだ、コーン。オレのとこで雇ってやらんでもないぞ」
「ワイみたいな怪しいんがいたらお客さん来ーんくなるで。コーンだけに」
「…………」
シモンさんが心底嫌そうな顔をしてこちらを向いた。
代わりにツッコめと?
俺だって嫌だよそんなの。
「あれ、これワイが滑った感じなん?」
「真面目な話の最中にふざけるからだぞ」
「ははぁ、そらえらいすんません。深刻な顔してはるからちょっと和ませようと思っただけですやん」
顔は見えないが、はにかんでいる時のような声音でコーンさんはぺこぺこと頭を下げた。
そんなコーンさんを見てルルは、
「寒いギャグはどうでもいいけど、問題は皇帝の周りを彷徨いてるっていう二人組ニャ。ちょうどそいつらが現れた時からおかしいってことは、洗脳とかされてる可能性もあるニャ?」
「んー、それはないと思います。ワイが見る限りですけど、ありゃただ強い力を手に入れていちびってるだけですわ」
いちびる……確か調子に乗る、とかそんな感じだったか?
というか、散々な言いようだな。
「今更ですけど、コーンさんは皇帝に忠誠心とかはないんですか?」
「そんなもんありまへん。ワイの婆ちゃん、帝国に殺されてますし」
「え……」
「とは言ってもワイの生まれる前の話なんですけどね。何十年か前、帝国西側にあった国に住んでた婆ちゃんは侵略戦争に巻き込まれて死んでもうたと。そん時に母ちゃんも割と大きな怪我してもうて、今でも顔に傷が残っとるんです」
そうだったのか。
そういえば初対面の時に帝国出身ではないと言っていたが、今の話と合わせて考えればなるほど、たしかにそもそも帝国に不信感を抱いていてもおかしくはない。
ててーん。
ちょっとだけコーンさんへ対する信頼度が上がった。
いや別に、今も積極的に疑ってるわけじゃないんだけどさ。
少なくとも今までに教えてもらっている情報の中に嘘はなさそうだ。
そういうのに鋭敏な勘を発揮するフレアが何も反応してないし。
とは言え。
だからと言って、全面的に信用しろというのもまた難しい。
なにせ顔も見えない相手だ。
俺ひとりならまだしも、世界の命運がかかっているかもしれない場面で迂闊な判断はできない。
「コーンさん、顔を見せてもらえませんか?」
「…………」
俺がそう問いかけると、先程まで饒舌だったコーンさんが黙り込んだ。
それをシモンさんもじっと黙って見ている。
「……すんまへんけど、それはできない相談ですわ」
「何故です?」
「ワイには呪いがかけられてるんです。そのせいでシモンは――」
「アレはお前のせいじゃない。それで決着ついただろ、コーン」
コーンさんの言葉を遮ってシモンさんが言った。
しかし、今のでもある程度の予測はつく。
コーンさんの呪いのせいでシモンさんになんらかの悪影響があった。
恐らくは片目を失ったことと関係しているのではないだろうか。
「呪いだったらもしかしたら解呪できるかもしれませんが」
もちろん俺には無理だが。
シエルやウェンディ、シトリーと言ったエキスパートがいる。
しかしコーンさんは首を横に振った。
「無理やと思います。5年前、ワイが殺そうとした人らに命を代償にかけられたもんなんで。というより……ワイはこの呪いを背負って生きていかなあかんのです」
殺そうとした人たちに命を代償にかけられた呪い。
5年前と言えば……皇帝の周りに怪しい二人が現れた時期と、シモンさんが怪我を負って軍を退役した時期と被っているな。
戦争中にかけられたということだろうか。
「……どんな呪いか聞いても?」
「……視覚系の呪いです。この鎧を着ていないと、ワイの目に映るんは全て<虚像>になる。例えばミナシロさんを見て、魔物に見えたりするんです」
「視覚系の……」
ちらりとフレアを見るが、首をふるふると横に振られた。
少なくともフレアには解呪の手立てがないらしい。
というより、本人にその気がないのならどうしようもない。
「……わかりました。無理言ってすみません、コーンさん」
「いや、ワイこそすんまへん。自分で言うのもなんやけど、ワイのことは裏切るかもしれへんと思って見とってください」
コーンさんから貰った情報が本当でも嘘でも、実のところ今の所あまりこれからの行動には支障がない。
彼が本当は敵で、皇帝に情報が流れたとしても困らないように俺たちはほとんど重要な情報は話していないからだ。
それを覆そうという気は流石にない。
さっきも言った通り、これは俺だけの問題ではないからだ。
だが、それはそれでコーンさんの呪いはどうにかしてあげたいと思ってしまう。
最低でも、敵にかけられた呪いではなく。
自分で自分にかけている、『許されてはいけない』という呪いくらいは。
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