第309話:呪いの男
1.
裸で簀巻きにした10人の暗部にそれぞれ『皇帝の命令で裸踊りします』と異世界語で書いたプレートを持たせて大きめの公園のど真ん中に置いてきた。
未菜さんの<気配遮断>を使ってこっそり置くことも考えたが、基本的には触れなければ他人に発生させることのできない効果なのでそれは却下。
むくつけき裸の男に触れさせるわけにはいかない。
というわけで、
あいつらはあいつらで未菜さんとローラ、そして知佳にあっさり負けたとは言え恐らく一級探索者レベルはある。
200メートルぶっ飛ばされた程度で受け身が取れなくても死にはしないだろう。
「さて、ここからもう少し詳しく内情を知る必要はあるわけだけど……何か当てとかあるか?」
「少なくともわしが動けば目立つ上に、皇帝に近い人間じゃとそもそも見張られてる可能性もあるからのう」
シエルはどうやら当てが完全にないわけではないようだが、それを頼るのは難しそうだ。
もちろん俺にはその当てがない。
うーん、困ったな。
「ご主人さま、わたくしが皇居に忍び込んで、手頃な者を気絶させて記憶を読み取ってまいります」
「いや、それは危ないから駄目だ」
あちらには四天王レベルの奴がいる可能性がある。
流石にレイさんでも相手にするには荷が重いだろう。
かと言って俺がついていこうと思ってもそこまでの隠密行動ができるわけもない。
「かと言って他に手が思いつくわけでもないけど……」
「あ、そういえば昨日話を聞いた八百屋のおっさんがなんか只者じゃない感じだったニャ。あいつなら色々詳しいかもしれないニャ」
ルルが思い出したかのように言った。
「や、八百屋のおっさん? 八百屋って、果物とか野菜とか売ってるあれか?」
「それ以外に何があるニャ。とりあえず行ってみればわかるニャ」
「……そのおっさんに話を聞いて、皇帝にそれが漏れる心配はないのか?」
「それはわからんニャ。でも少なくとも、皇帝のことはあまり良く思ってなかったように見えたニャ」
シエルと顔を見合わせる。
意外と有りな気がするぞ。
「試してみる価値はありそうじゃな」
2.
というわけで。
俺、ルル、フレアの三人で例の八百屋へ来た。
フレアならば既に<思考共有>ができるので、四天王クラスが敵だとしても問題なく対処できる。
右目に眼帯、白髪交じりの茶髪に茶色の無精髭。
身長は俺とそう変わらないが、筋肉量が2倍くらいあるように見える。
腕の太さとかもう丸太みたいだ。
……この人相で八百屋なの?
マジで?
彼は俺たちを見て怪訝な様子で片眉をあげる。
「ルル=ミーティア=カーツェじゃねえか。なんで隠密魔法なんてかけてんだ?」
おお。
フレアがかけた隠密魔法を難なく突破してルルをルルとして認識している。
確かに只者ではなさそうだ。
というか、もう見た目からしてどう考えても只者ではないのだが。
「今日は色々聞きたいことがあるニャ」
「後ろの二人は?」
「男の方は将来的に種を貰う予定の奴ニャ。女の方はその男の恋人みたいなもんニャ」
「いや……どんな複雑な関係だよ」
ルルのあんまりな紹介に突っ込む強面店主。
人相の厳つさはともかく、少なくとも悪い人ではなさそうに見える。
俺とフレアがぺこりと頭を下げると、ハァ、と大きな溜め息をついた。
「どうやらオレぁ面倒事に巻き込まれたみてえだな……とりあえず奥へ来い。わざわざ隠密魔法使うってことは、あんまり聞かれたくない話なんだろ」
くいっと親指で店の奥を指して歩き出す店主。
俺たちは少しだけ警戒しつつも、彼の後をついていくのだった。
「……帝国が新しく仕入れた戦力ねえ」
期待半分だったが、どうやら当たりのようで店主の彼は嫌そーな表情を浮かべた。
「何かご存知なんですか?」
「オレがそれを説明するより先に、あんたらが何者かを教えてほしいもんだな」
そりゃごもっともだ。
「俺は皆城悠真と言います」
「……ミナシロ? まさかベヒモスを倒すのに一役買ったっていう?」
「そうです」
どうやら知られていたようだ。
「てぇことは、あんたもシエル=オーランドの身内なのか」
「そうなりますね」
「そっちの嬢ちゃんは?」
「私はフレアと申します。頭のてっぺんから足のつま先に至るまで、全てがお兄さまのものです」
「……お兄さま?」
俺を見る店主。
まあ、どう見ても似てはないもんな。
「の、ようなものです」
「なんか……マジで色々複雑なんだな、あんたら」
同情するような目で見られてしまった。
別にそこまで特殊な関係……ではあるが、哀れみの目を向けられるようなものではないのだが。
まあそこを説明するとなると長くなってしまうのでとりあえずスルー。
「で、なんで帝国が新しく仕入れた戦力のことを知ってるんだ」
「そこは色々ありまして。多分知らない方が安全だと思います」
「……なるほど。じゃあ聞き方を変えるか。あんたらはそれを知って何をしようとしてる?」
じろりと店主が右目でこちらを睨みつける。
「戦争を止めたいんです」
「…………ラントバウとハイロンか」
店主は低い声でそう呟いた。
……おいおい。
逆にこの人はどこまで知ってるんだ?
まさか実は皇帝とつながりがあるとかじゃないよな?
同じことを思ったようで、フレアもわずかに警戒心を滲ませる。
「……オレはシモン=ベルトラン。こう見えてこの国の元軍人だ。5年前に退役してるけどな。それでも軍には知り合いが多くいる。その手の情報は自然に入ってくるのさ」
俺たちが警戒したのを見てとってか、店主――シモンさんはそう言った。
「退役した理由は……こいつを見ればわかるだろ?」
シモンさんは自分の眼帯に触れる。
なるほど、流石に隻眼になってまで現役でいるのは難しいか。
「とは言え、オレも帝国に新しく入った情報にそこまで詳しいわけじゃねえ。だから、詳しい奴を呼んでやる」
「……その方は信用できるのですか?」
「少なくともオレは信用してるぜ。まあ、胡散臭えのは否定しないけどな。ちょっと呼んでくる」
連絡用の魔道具を持って、シモンさんは俺たちから少し離れた。
かと思いきや、すぐに戻ってきた。
「……どうしたんです?」
「ちょうどこっちに向かってるみてえだ。見た目はちょっと怖いが、まあ悪い奴じゃあねえから安心してくれ」
で。
しばらくして店に現れたのは――
「どーもどーも、お久しぶりです。ワイのこと覚えとってくれました?」
「お、お久しぶりです」
黒く刺々しい、禍々しささえ感じる鎧と似つかわしくない、相変わらずのテンションの高さにちょっと引きつつ、俺は差し出された手を握った。
ベヒモスとの戦闘の際、一度だけ挨拶をしたことのある人物。
コンスタン=ベッケル。
通称コーンさん。
セフゾナズ帝国、陸軍中将で、エセ関西弁。
スノウ曰く、この鎧は呪いを抑える為の魔道具だという話だったが……
「いやー、まさかミナシロさんに覚えとってもらえるとは。こーんな目立つ鎧着とる甲斐ありましたわ!」
笑っていいのか微妙なラインの冗談に俺は苦笑いする。
「コーン、ウチの客を困らせるんじゃねえ」
「ちょっとくらいええやんけ。ワイのこの鎧見て驚かない奴は稀やねん」
けらけらと笑いながらコーンさんは言う。
「で、ミナシロさんはまーたえらい別嬪さん連れてはりますなあ。こないだの子ぉの妹さんかお姉さんってとこですのん?」
「スノウは私の妹です」
フレアがそう答えると、
「ほぉほぉどーりで!」
ぽん、と嬉しそうに手を打つコーンさん。
いや、嬉しそうかどうかは鎧越しなので声音でしか判断できないのだが。
「そいで、そちらの猫耳さんは……ルル=ミーティア=カーツェさん?」
「ふふん、あたしも有名になったもんニャ!」
ルルが調子に乗っている。
まあ、実際強いし特徴的だしで有名は有名なのだろう。
「んで、シモンとミナシロさんらはどういう関係です?」
「戦争を止めたいそうだぜ」
「……ほう」
コーンさんの纏う空気感が変わる。
「……なるほどなるほど。つまり、ワイらの敵になる言うわけや」
冷たい声が響いた。
フレアの魔力が膨れ上がる。
俺もすぐに動けるように準備して――
「――本来なら、ですけどね」
「……へ?」
「実はワイも戦争は反対やねん。血ぃなんて流れん方がええに決まっとる。ミナシロさんらが何をしようとしとるかはまだ詳しくは知らんけど、シモンからの紹介なら信頼してもええやろ。協力させてもらいましょ」
俺とフレアは顔を見合わせる。
信じて……いいんだよな?
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