第308話:案

1.side暗部リーダー



 クラウス陛下は素晴らしいお方だ。

 常に我らが帝国のことを考え、最善の選択をなされる。


 を取り入れると仰った時も少し面食らったが、結果を見れば他国へ軍事的に大きなアドバンテージを握ることとなった。

 

 故に我らは陛下の仰ることに疑問を抱かない。

 ただ命令されたことを遂行するのみ。


 しかし先日は、部下を行かせた為に失敗してしまった。

 ルル=ミーティア=カーツェ。

 高名な探索者だけあって、腕も確かに立つようだった。


 だが、今回は失敗する余地もない。

 我ら暗部の中で最も腕の立つ者を10名連れてきた上に、今度のターゲットは『皆城悠真』の傍らにいたという子供――それも女。


 近くに二名ほど見慣れない女がいる。

 長い黒髪を後ろで一括にしている女。

 立ち居振る舞いに隙はないが、感じる魔力は大したことがない。


 問題はないだろう。


 短い銀髪の女。

 黒髪の方に比べれば戦闘力も低そうだ。

 こちらも問題はない。


 そしてターゲットの子供。

 論外だ。

 戦える体ではないし、隙だらけにしか見えない。


 もちろん油断はしない。

 速やかに連れ去り、その先では丁重に扱う。

 

 それが任務なのだから。



「ええっ!? ボクにはこんなの似合わないよ!」

「大丈夫、似合う。悠真はそういうギャップに弱い」

「そういえば、この間私たちがメイド服を着た時もやたらと反応していたな……」

「そ、それはそうだけどさあ……」



 ……あの二人も皆城悠真の女なのか?

 どうやらロリコンというわけではなく、ただ守備範囲が広いだけなのだろうか。

 シエル=オーランド殿の他にもう一人連れがいたと聞いたが、その者もやたらと美人だったと言う。


 遠目で実物を見た限りは、確かによく鍛えてはいるとは言え、それ以外は平凡な青年にしか見えなかったが……

 あれでベヒモス討伐に一役買ったと言うのだから、人は見かけによらないということなのだろう。


 しかし、周りにいる女性が多い分、それだけ付け入る隙も大きくなることは理解しておいた方が良い。


 どれだけ優れた将でも情を捨てきることは難しい。

 本人が強くても、周りも強くなければ弱点にしかなりえないのだ。


 そのまましばらく待っていると、三人が買い物していた店から離れる。


 お誂え向きにそのまま人気の少ない通りへ向かっていった。

 今しかない。


「作戦決行だ」


 小さく合図をする。

 

「…………」


 しかし返事が来ない。


「おい?」


 後ろを振り向く。

 そこにいたはずの仲間たちが倒れていた。


 そこには腰に手を当てて仁王立ちする、黒髪の女がいた。

 そうしてつまらなさそうに呟く。

 

「なんだ、思っていたより大したことないな」

「――!?」


 咄嗟にターゲットの方を振り向く。


 い、いつだ。

 いつの間にあの黒髪の女は消えていたんだ……!?


 そして。


 銀髪の女が、こちらを向いた。

 明らかに目が合っている。


 気付かれていたのだ。

 全て。


 掌の上だった。


 こうなったら、退却するしかない。

 すぐにでも動こうとすると、足が何か得体のしれぬ黒い縄のようなものに絡め取られていた。



「――くっ!」


 

 隠し持っていたナイフでそれを切ろうとするが、全く刃が通らない。

 

 銀髪の女がどこからか取り出した小型の銃をこちらに向けて構えた。

 銃くらいならば躱すことができる。

 一撃凌いで、足を切断してでも逃げ出すしか――


 銀髪の女が発泡した。

 しかし銃弾は飛んでこない。

 不発――?


 そう思った途端。


 ガツン、と

 そこから先は、何も覚えていない。




2.



「それじゃ、説明頼む。レイさん」

「はい、かしこまりました」



 俺、レイさん、ウェンディ、シエル、ルル、知佳、未菜さん、ローラという面子の中。

 レイさんが前に進み出て話し出す。


「まず、記憶を読み取ることには成功しました」

「ほう」


 未菜さんが感嘆の声をあげる。


 記憶を読み取る魔法。

 相手が完全に無防備な状態――例えば眠っている時や気絶している時――にしか使えないが、かなり強力な魔法だ。


 綾乃の<幻想ファンタジア>で作り出した魔法なのだが、適性があるのがレイさんしかいなかった。

 恐らくは、契約者の記憶を読み取ることのできる精霊の特性……のモチーフになったサキュバスの血を引いているからこそできる芸当だろう。


「で、どうだったんだ?」

「黒です。彼は帝国の暗部と呼ばれる組織のリーダーのようでした。昨日の時点でのターゲットはルル。そして現時点でのターゲットは知佳様だと」

「ふぅん。私を狙うなんて命知らず。色んな意味で」

「……じゃな。わざわざ虎の尾を踏みに行くこともなかろうに」


 知佳の言葉にシエルも同調する。

 まあ、俺と知佳の間柄に関してあちらはある程度深い仲にある、以上のことは知る由がなかったとは言え、明らかに非戦闘員を狙いに来る時点であちらも覚悟はしているだろう。


「既にあの男たちに聞くことはありません。始末しておきますか?」

「……いや」


 レイさんの問いかけに俺は首を横に振る。

 その選択肢が全く脳裏を過ぎらなかったかと言えば嘘になる。


 未菜さんとローラ、そして知佳。

 実は影から気配を消したレイさんとウェンディが見守ってくれていたので、何があっても安全だということは保証されていたのだが。

 

 それでもこいつらがいなければそもそもそんなリスクを取る必要もなかったのだ。


「裸で簀巻きにして、皇帝に送りつける」

「かしこまりました。そして、他にも気になる情報が」

「帝国との繋がりがわかった以外にも、ということかの?」

「はい」


 レイさんは頷く。


「帝国は何者かとの繋がりがあるようです」

「……何者か?」

「この者も詳細は知らないようでした。ですが、その何者かが帝国に知恵を貸したことによって軍事的な面で飛躍的な向上が見られた、とか」

「何者かが……知恵を……」


 それを聞いてすぐに俺はとある可能性に行き当たった。


「セイラン……いや、ベリアルが関わってるかもしれないな」

「……つまりこの国の皇帝が、アメリカ大統領と同じ状況だと?」


 未菜さんの確認に俺は頷く。

 この国とアメリカには世界一の大国という共通点がある。

 連中が目を付けるには十分すぎる理由だ。


「その何者か、は複数人のようでした」

「となると、ベリアルだけでなく……他のセイランの下僕か、あるいはベリアルの仲間……四天王、か?」

「早速出てきたね、四天王。さっきの暗部くらいの奴らならボクたちでもなんとかなるけど……」

「最低でもマスターとの<思考共有>はないと厳しいですね」


 ウェンディは続けて、

 

「この場にいるのは高い戦闘力を持ちながらも思考共有へ至れていない方ばかりですね。偶然にも」


 シエルを筆頭とし、ルル、レイさん、未菜さん、ローラ。

 確かに高い戦闘力はあるものの、思考共有までは至っていない。


「今から全員ができるようになるまで、というのは流石の悠真くんでも厳しいんじゃないか?」

「ここは異世界です。ではなく、があります。あとはマスターの素の回復力も合わされば、恐らくは可能なのではないでしょうか」

「……まさか一瓶で家が買える万能の霊薬を強壮剤として使うつもりかの?」

「ハイロンとラントバウのこともあります。急ぐにこしたことはないかと」


 ウェンディが言う。

 

「回復力が見合っても時間の問題もニャ。悠真はねちっこいニャ」


 そこで限界だった。


「も、もう勘弁してください!」


 俺の泣きが入り、結局。

 流石に全員は無理ということで、後ほど知佳とウェンディ、ここにはいないがフレアの話し合いによってとりあえずの優先順位が付けられることになった。


 それはともかくとして。


「で、これからの方針はどうするんじゃ、悠真」

「どうするもこうするも……本当にベリアルたちと繋がりがある上で他国へ戦争を仕掛けようとしてるんならもう交渉の余地はないだろうな。というわけで、どうしたらいいと思う? 知佳」


 俺に無茶振りされた知佳は仕方ないなあ、と言わんばかりに溜め息をひとつつくと、話し始める。


「まず必須なのは、帝国とつながりがあると思われるベリアルたちを排除すること。それから皇帝を捕えること」

「……捕えてどうするんだ?」

「ベリアルたちによってもたらされた技術を捨てさせて、戦争も辞めさせる。もちろん皇帝もやめてもらう」

「……そう簡単に行くか?」

「簡単に行かなかったら、もう帝国を滅ぼすしかない」


 なるほど。

 そりゃ単純な答えだ。


 一番はベリアルたちが関わっているから強気なのだとして、そいつらがこてんぱんにされた時点で諦めてくれることなのだが。


「じゃあまず俺は何をすればいい?」

「<思考共有>の条件を満たして」

「あ、はい」

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