第305話:神話
創世記。
今から1万年前なのか、10万年前なのか、それ以上前なのか。
そこに住んでいたのは、『全ての父』と呼称される最初の神。
彼なのか彼女なのか(父と呼ばれているが、男か女かは定かではないらしい)はわからないが、広い広い世界にただひとり……1柱で生きていた『全ての父』は、ある日とうとう孤独に耐えられず仲間を作り出そうと考えた。
そうして作り出したのは、新たな領域。
自らと同じ力を持つ様々な形の生物を生み出した。
その数は実に数兆と言われている。
同じ力というのは、魔力――そして魔法。
そして『全ての父』は彼らのことを、魔者と呼ぶことにした。
しかし。
平等に力を与えたはずなのに、やがて魔者の中で派閥が生まれ始めた。
その派閥は大きくなり、しばらく経つと現在で言う国のようなものへと成長していった。
そうなれば権力を持つ者も現れ始めた。
神の采配か偶然か、その者たちは『全ての父』と似た見た目をしていた。
彼らは自らのことを『魔人』と名乗るようになった。
そして、それ以外の者を魔者ではなく、魔物と呼称するようになったのだ。
魔人は強力だった。
圧倒的な力で他者を捻じ伏せ、領土を拡大して行き、魔人同士で争う度に多くの命が失われていった。
ある時。
その命が失われ、多くの血が流れた大地で唐突に新たな生命が誕生するようになった。
悪因によって生まれた魔者。
彼らは悪魔と呼ばれるようになった。
悪魔は魔人と同じく『全ての父』と似た姿だった。
更には特殊な生態を持っており、他者の魂や感情を喰らう。
喰らう度に強くなり、最終的には魔人と遜色ない力を手に入れることになる。
そこに目を付けた魔人たちは、悪魔を自国で匿うようになった。
自分たちよりは若干弱いが、魔物相手ならば強大な戦力となる。
悪魔には自分と同じ力をいつか手に入れさせてやると宣い、良いように使ったのだ。
真に忠誠を誓った悪魔は魔人へと進化させ、更なる戦力として増強させて行く。
各国の争いはどんどん熾烈になって行き、最初は数兆いた魔者たちもいつの間にかその数を数十億の単位まで大きく減らしていた。
魔物が死ねば死ぬほど、悪魔が生まれる。
悪魔が生まれれば生まれるほど、争いは熾烈になる。
争いが熾烈になり悪魔が暴れるほど、新たな魔人が誕生する。
新たな魔人は更なる混沌を魔界にもたらす。
その悪循環がずっと続いていた中。
偶然か、因果か。
とある悪魔が魔人へと昇華した時、全ての個体の力を大きく上回る、圧倒的な存在となった。
それは自らを『魔王』と称し、その圧倒的な力で暴れまわり、やがて勝ち目がないと悟った全ての魔人が魔王の元へと下った。
魔王は暴れたりなかった。
魔界で戦争が終わってしまったのなら、今度は生みの親である神を殺そう。
そう考えたのだ。
『全ての父』は焦った。
自分が死ねば、彼ら自身も死んでしまうのだ。
死んでしまう、というのも生ぬるい。
待つのは消滅だ。
それを告げても魔王は信じようとはしない。
それどころか、構わないとでも言わんばかりの勢いで軍を
魔王が傷ついた体を癒やしている間、神は世界そのものの消滅を防ぐ為、一計を案じた。
まず、天界に12の神を生み出した。
そして彼らを2つのグループに分けた。
厳密には、7つか。
6柱で一塊のグループと、1柱ずつ完全に独立した領域。
後者の存在はこの後神話に出てくることはないので、そもそも元々12の神ではなく6の神だったのではないか、という説も存在しているらしい。
そして前者。
6柱で一塊のグループは、『全ての父』に倣ってそれぞれの世界を作り上げた。
それらは様々な特色を持っていたが、内5つは魔界と同じように魔法や魔力の存在する世界だった。
その内の1つが、シエルたちの住んでいた世界というわけだ。
で、多分5つのうちに入っていない唯一魔力も魔法もない世界ってのが、俺たちの世界のことなのだろう。
今はダンジョンがあるせいでどちらも存在してしまっているが……
まあそれは置いといて。
問題はここからだ。
6人の神が作り出した6つの世界は、一纏めに
この現界が魔界にとっては厄介で、ちょうど天界との間に位置しているそうだ。
そしてこれは『全ての父』の思惑通りでもあった。
幾ら魔王と言えども、罪のない人々がいる現界を挟んでまで天界に侵略してこないだろう、と考えたのだろう。
結論から言えば、それでも魔王は止まらなかった。
邪魔な現界にある6つの世界のうちどれか1つを侵略し、その世界の神を殺す。
そうすれば天界への道も開けると考えたのだ。
そうして選ばれたのが、シエルたちのいる世界。
魔王率いる魔界と、現界は激しく争った。
中にはこの戦争を面白がって、ちょっかいを出す神というのもいたらしい。
しかしその神は<ホワイトゼロ>で罰せられ、新たに生まれた神と入れ替わったとかなんとか……
他にもこの戦争の間に様々な神話エピソードがあるのだが、大筋からは外れるのでとりあえず今回は省く。
で、だ。
魔界は強かった。
現界は魔法が存在しているとは言え、強い者でも精々が悪魔レベル。
魔人相手には手も足も出ず、魔王相手だと言わずもがな。
その自体を重く見た『全ての父』は、この世界を管理する神に本来は見守るべき世界へ一度だけ干渉する権限を与えた。
そうして生まれたのが勇者である。
神の加護を受けた勇者は魔王を見事討ち滅ぼし、現界と天界を守りきったのだ。
めでたしめでたし。
……というのが、神話での話。
実際に数千年前にあった、シエルがちんまい時に起きた魔王の侵略はまた別だ。
この魔王というのは、神話に準えて魔王と名乗っているだけのただひたすらに強力な存在。
……という風に思われていたらしい。
だが、俺たちが今まで経験したこととこの神話を踏まえて考えると、どうやらそうではないようだ。
魔王が神話に出てくる魔王本人かどうかはわからないが(というより、流石に違うと思う。だとしたら長生きすぎだ)、恐らくは神話に出てくる魔人ってのには該当するんだろう。
アイムやベリアルがどうかまではわからない。
悪魔のレベルに留まっているのか、それとも魔人だったのか。
あるいは生粋の魔人という線もあるが……
まあこればっかりは今考えてもわからないことか。
ちなみに神話にはダンジョンの存在が毛ほども出てこなかった。
セイランは神がどうのこうの言っていたが、また別の世界の神話を調べたりしたらわかることなのだろうか……
謎である。
「はあ、疲れた」
知佳が溜め息をつく。
今までの話は全て知佳が神話をざっと読んで要約してくれたものである。
「お疲れ」
聞いていた面子から労いの拍手が飛ぶ。
ちなみに聞いていたのはこちらに住んでいる人で、異世界のことを知っている面子ほぼ全員だ。
俺、知佳、綾乃、天鳥さん、四姉妹にレイさん、シエルとルル、ミナホ、ダークエルフの3人。
未菜さんや柳枝さん、ローラ
未菜さんや柳枝さん、ローラも含め。
ティナは学校でいないし、ルルは途中で寝てるし、フゥは全然聞いてないしでまあ本当に全員かと言われると微妙なラインだけども。
「にしても……『全ての父』って奴が魔界をもっと最初の段階でちゃんと管理してればこんなことにはならなかったんじゃないかって思っちまうな」
いや、実際に神話を読むと『全ての父』が如何に人(神)格者で素晴らしい人(神)物なのかを長々と描かれていたりするのだが、ぶっちゃけまずこいつが全ての元凶なんじゃないのかと。
「実在したとしても、神なんてそんなもんよ。天界だかなんだか知らないけど、そんなところから高みの見物してる奴なんだから性格だって最悪に決まってるわ」
スノウが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
神話に照らし合わせると、既に神は一度動いている。
ジョアンだ。
彼を石化させて俺に会わせている、というのは一度きりの干渉権を使用していると考えるのが妥当だろう。
つまりそう考えると、魔王の復活はそう遠くない。
それを神サイドも理解している。
なのに、それ以上は何もしてこようとしない。
やっぱり一度しか干渉するなとか言ってる『全ての父』とかいう奴が悪いんじゃ……
「ところで、気になる点が幾つかあるのだが」
未菜さんが手を挙げた。
「どうしました?」
「まず一つ。現界にも魔物はいるのだろう? それが悪魔になる可能性はないのか?」
早速俺じゃ答えられない質問だ。
シエルとミナホの方を見る。
「ないとは言い切れんの。じゃが、わしはそうなったという話は聞いたことがない」
「…………わたしも」
ミナホはあれだな。
人見知りだな。
耳がぺたんとなっていて尻尾が縮こまっている。
「それじゃあもう一つ。魔人、あるいは悪魔というのはどれほどの強さなんだ?」
出たよ戦闘狂。
ローラがくいくいと未菜さんの袖を引っ張る。
「ミナ、ボクたちじゃ全然勝てないと思うよ? ユーマが苦戦したって話だし」
「実際悠真くんの口から聞いてみたいのさ。私やローラは悪魔に通用するか?」
「どっちもスキルがあるので、もしかしたら悪魔には勝てるかもしれません。でも正面戦闘は……少なくとも、四天王クラスには手も足も出ないと思います」
というかこの中であれと戦えるのは俺とスノウたち四姉妹、そしてシエルくらいだ。
なんならレイさんやルルでも厳しい……というかまず勝てない。
現状では、だが。
「うんうん、まだまだ修行あるのみだな」
何故か未菜さんは嬉しそうに頷く。
「では、もう一つ。魔界とやらは他の現界……例えばこの世界に攻め込んできたりはしないのか? それとも、攻め込んできた結果がセイランという少女たちの組織なのか?」
「前者は恐らくイエス、後者は恐らくノー、じゃな。まず他の世界に攻め込まない理由じゃが、シンプルにそれができたら魔法を使えない世界から侵略するに決まっているじゃろう。セイランの関係は同じ理由でノーじゃ。あやつが魔界とのパイプを持っているのならば、とっくのとうにかつての魔王のように悪魔や魔物、魔人がこの世界に攻め込んできておるじゃろう」
「なるほど。理にかなっているな」
未菜さんは頷いた。
若干の希望的観測も入っているが、シエルの言う通りでほぼ間違いはないだろう。
「では最後の一つ。神話においても魔王を撃退する為に勇者が生まれ、数千年前も勇者が魔王を倒した。では今回魔王を倒す勇者というのは、悠真くんという認識であっているのか?」
「それはわからん。神話の勇者は生まれたそうじゃが、以前の魔王の時の勇者は異世界から召喚されたとかいう話を聞いたことがあるからのう。悠真でも有り得んという程でもない」
シエルはそう言って肩をすくめた。
「俺の息子が勇者ってのもなかなか傑作だけどなぁ」
親父が呑気にそんなことを口走った。
他人事だと思ってやがるな……
「おぬしの可能性だってないわけじゃないぞ、和真」
「へっ?」
「おぬしは原因不明の転移に巻き込まれておるからのう。タイミング的には10年以上ずれておるとは言え、数千年単位で見れば10年なんて誤差じゃろうし」
「縁起でもねえこと言うなよ……悠真を抜いたWSR上位ランカーでも歯が立たないのが魔王の配下なんだろ? 俺なんて魔王と戦ったら瞬殺されるぞ」
まあ、だろうな。
親父も弱いわけではない。
伸びる槍を持っていない柳枝さんと互角ということは、一級探索者の大部分よりも強いということだ。
「俺でも親父でもない可能性ってのもあるけどな。未来に送られてきたジョアンが順当に勇者なのかもしれないし」
「ま、そこはなるようにしかならんじゃろ。大した問題でもあるまい」
シエルがそう纏めると、未菜さんは顎に手を当ててなにやら考え出す。
「ふむ……勇者が魔王を倒すのか、魔王を倒した者を勇者と呼ぶのか……」
「……もしかして魔王、倒そうとしてます?」
「へ? い、いやいや、まさか。勝てるはずもない相手に挑むほど私だって馬鹿じゃないぞ?」
でも絶対今、俺が何も言わなかったら「私が倒したら私が勇者なのだろうか……」とか言い出してたんだろうな。
でも未菜さんのスキルって相手がどれだけ格上でも普通にワンチャンあるからな。
<気配遮断>はもはや目の前で使われても見失うようなレベルになってるし。
<思考共有>という互いが強化される切り札もあるし、闇討ちするのにはもってこいかもしれない。
まあ、未菜さんがどうとか、勇者がどうとかはともかく。
神話に出てくるようなヤベー魔王が相手だとしても勝てるよう、事前に色々準備はしておかないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます