第304話:悪魔、魔人、魔王
1.
「……さて」
俺は黒く巨大な塔を見上げる。
メカニカとの交渉も無事終わり。
俺は四姉妹と共にメカニカの<滅びの塔>を破壊しに来ていた。
まだシトリーとの<思考共有>の条件は満たしていないが、それでもいてくれるだけで心強い存在だ。
ちなみに<フルリンク>と<思考共有>の違いについてだが、ほぼ<思考共有>が<フルリンク>の上位互換と考えて良いだろう。
この間俺が考えた、レベルで例えるとわかりやすい。
俺の魔法レベルは10、魔力レベルは5000。
四姉妹の魔法レベルは500、魔力レベルも500と仮定しよう。
<フルリンク>は例えばシトリーの魔法レベルが500だったとしたら、俺の魔法レベルも500になる代わりに魔力回路に多大な負荷がかかる。
<思考共有>はウェンディの魔法レベルが500だとして、俺の魔法レベルも500になる……わけではなく、俺とウェンディの魔法レベルが500+10の510になり、更にウェンディの魔力レベルも5000になるようなイメージだ。
5000+500じゃない理由は、そもそも四姉妹側の500が俺の魔力だからだな。
しかし魔力回路への負担は俺と相手側どちらにもかかるようなのだが、どちらかと言えば相手側の方が負担が大きく、一時的に魔法が使えない状態となる。
<フルリンク>は俺だけがしばらく魔法を使えなくなり、<思考共有>は相手側が魔法を使えなくなる。
基本的には威力だけ見れば<思考共有>が上位互換なのだが、この仕様だけで見れば使い勝手が無いというわけでもなさそうだ。
いずれにせよ、俺だろうが相手側だろうが魔法を一時的にとは言え使えなくなるのはまずいので、奥の手……切り札のようなものだな。
長々と説明しておいてあれだが、<滅びの塔>を破壊するのには<フルリンク>も<思考共有>も必要ない。
一応スノウたちに周りに人がいないかを確認してもらってから、俺は<
「――どうも、ご無沙汰しております」
塔と俺たちとの間に突如現れた黒い喪服のようなスーツを着た男を見て練っていた魔力を散らしてしまった。
<塔の守護者>。
慇懃無礼な口調と仕草でお辞儀をするこの男は――
セイランの仲間……いや、手下であるベリアル。
髪も真っ黒、白目まで含めて眼も全て黒く、見るだけで不気味な存在だということを肌で感じる。
ピリッとした一触即発の空気が流れた瞬間。
ベリアルは両手を挙げた。
「今ここで戦うつもりはありません。少なくとも、私には」
「…………」
「それに、お忘れですか? 私を塔の破壊前に殺せば、塔の自爆機能が作動しこの世界は滅びますよ?」
「あの時はまだ6本残ってたからな。今はもうそこのを含めて3本だぜ」
「では、試してみますか?」
「……ちっ」
できるわけがない。
万が一世界そのものは滅びなかったとしても、何人が――何千万、何億人が犠牲になるか。
「なんでこのタイミングで出てきやがった」
「あなた方の攻略ペースが思っていたよりも随分速いのでね。駒も2つ壊されてしまいましたし、何かボーナスがあっても良いと思いまして」
駒?
いや、そんなことより……
「ボーナスだと?」
「ええ、あの御方に関すること以外ならば、なんでも一つだけ答えて差し上げましょう。ですが相談は無しです。貴方が一人で考え、質問してください」
「舐めやがって……」
ベリアルはにっこりと笑みを浮かべた。
邪な心しか感じないが。
「まさか。私は貴方を評価しているのですよ。流石はセイラン様が見込んだだけの事はある。まさしく私のシナリオに相応しい!!」
突然興奮して空を仰ぎ見るベリアル。
狂信者め。
だが、相談を禁じられたところでこちらには<念話>がある。
「もちろん
まるで心を読んだかのようなタイミングだ。
俺はベリアルを睨みつける。
「お前俺の心が読めるのか?」
「それが質問でよろしいので?」
「……糞野郎が」
「幾らでも考えてください。私は待ちますよ」
さて、どうしたものか。
心が読めるのか、こちらの状況を正確に把握しているのか。
はたまた別の何かがあるのか。
いずれにせよ、俺一人でこのふざけたボーナスとやらに対応しなければならないのは間違いないようだ。
しかし知りたいことが多すぎる。
分からないことが多すぎる。
魔王の復活との時期が重なっている件は意図的なのか、偶発的なのか。
そもそも魔王の件は把握しているのか。
何故俺たちの動向を監視できているのか。
<滅びの塔>で何をしようとしているのか。
聖王の時のような妨害をするつもりはあるのか。
他にも何個もある。
だが……
「…………お前らが俺たちの世界から連れ去った探索者たちはどうしてる。何が目的で連れ去ったんだ」
「おや、そんなことで良いのですか?」
ベリアルは目を丸くした……と言っても白目から虹彩まで黒一色なので分かりづらいのだが。
不気味な奴だ。
「そんなことじゃねえ。大事なことだろ」
「まあ、よろしいでしょう。彼らは生きていますよ。大事な検体ですから」
「……検体?」
「あなた方の世界には『魔素』が満ちていない。故に、私たちのような存在はそちらで活動することができない。ですので、我々は一計を案じました。まずは尖兵として送り込む、合成魔獣を作る為にあの世界において優れた魔力を持つ人間が必要だったのです」
魔素。
確か魔力の元になるとかなんとかいう、不思議物質のことだ。
ダンジョン内にはあるが、外にはない。
そんな話だったはず。
その為の合成魔獣(?)を作る為の検体……
魔素なしでも活動できる化け物を作ろうとしているのか?
魔物やモンスターでは駄目なのだろうか。
いや、それより……
「てことは、お前らダンジョン内なら自由に活動できるのか?」
「それにはノーとだけ答えておきましょうか」
……ダンジョン内でなら自由に動けるならもっと活発に動いているだろうから、これは当然か。
上位の探索者が必要ならば、真意層まで来ている探索者をダンジョン内で連れ去ればいい。
それをしないということは、相応の理由がある。
「……尖兵として送り込む合成魔獣ってのはいつ頃の話だ。用が済んだらお前らが連れ去った人たちは帰ってくるのか?」
「さぁて、それはどうでしょう」
はぐらかすベリアル。
表情からは何も読み取れない。
「少々喋りすぎましたね。プレイヤーと話しすぎるのはゲームマスターとしてはよろしくない。私はそろそろお暇しましょうか」
「待て」
「……なんです?」
「てめえらのゲームなんかどうでもいい。だけどな、最後に勝つのは俺たちだ。絶対にな」
ベリアルはニィ、と愉悦を味わうように口の端を歪めた。
「楽しみにしていますよ、召喚術師。貴方が足掻けば足掻く程、私は……」
ふっ、と。
現れた時と同じように、前触れ無くベリアルは姿を消すのだった。
2.
「……悪い、他にも聞くべきことは幾つもあったんだけどな……」
「いいえ、あの状況下では最大限の情報を引き出せたかと思います。流石はマスターです」
<滅びの塔>自体はその後特に何事もなく破壊できた。
しかし、とてもそれを喜べるムードではない。
「大体、一つだけって言うのが性格悪いのよ。世界そのものを担保に自分の安全だけ確保してるのも気に食わないわ」
「そうです、あんな奴、今のお兄さまとフレアたちなら余裕で倒せます!」
憤慨するスノウとフレア。
俺はシトリーの方を見る。
「実際のところ、どう思う? あいつと今戦って勝てると思うか?」
「……多分だけど、勝てるんじゃないかな? これと言った根拠はないんだけど……」
「だよな」
正直なところ。
初めて奴と会った時に比べれば俺はだいぶ戦えるようになっている。
特に大きいのは<思考共有>、<フルリンク>という切り札の存在だ。
奴は何故か異様に高い防御力を誇っているが、それも<
正直なところ、勝てないとは思えない。
それでも奴のあの態度。
あの場では殺されないと思っているから……というより、そもそも何かあちらにも奥の手があると見るのが良いだろう。
「あれ、戻ってきてたんだ」
リビングに知佳が姿を現した。
どうやら今まで寝ていたようで寝癖がついている。
寝すぎのような気もするが、昨晩は知佳と綾乃だったからな……多分綾乃もまだ寝ている。
「なんで浮かない顔なの?」
「まあ、ちょっとな」
先程あちら側であったことを話す。
眠たげな目(というより、多分本当に眠いのだろう)で話を聞いていた知佳だったが、全てを聞き終えた後ぽつりと呟いた。
「偶然……にしては出来すぎかな」
「何がだ?」
「この間、悠真が倒した魔王の配下の四天王ってやつ。名前がアイムって言ってたよね」
「……ああ、それがどうかしたか?」
「今ベリアルの名前を聞いて思い出したんだけど、『アイム』も『ベリアル』も悪魔の名前だから何か関係があるのかも」
「……!」
まさかこんなところで知佳の広い知識が役に立つとは。
確かに、そう聞くと、状況やタイミングからして偶然とは思えない。
となると、まさかベリアルも四天王なのか……?
あるいはベリアル自身が魔王……?
いずれにせよ、奴が悪魔か魔人かのどちらかである可能性は高いのではないだろうか。
「……一度、あの世界の神話について詳しく調べた方が良さそうだな」
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