第303話:学校を作ろう
1.
「――ぶはぁッ!!」
エリクシードの種に魔力を込め続けること5分。
ようやく脱脂綿を突き破ってちょっとだけ発芽したそいつを見ながら息を整える。
それだけの魔力を込めてようやくこれだけ育った。
「悠真クンでもこれだけかかるということは、もうほぼ成功したと言って良いだろうね」
「……ですね。この処置を施したエリクシードを普通に発芽させるのは無理だな……」
「…………」
黙ったままだが、ミナホも満足げである。
というのも、嬉しそうに耳がぴこぴこ動いているからだ。
獣人ってのは慣れると本当にわかりやすいな。
かわいい。
いつかあのもふもふの尻尾を触らせていただきたいものだ。
ちなみにこちらのエリクシード、ミナホが描いた魔法円陣の上に置くだけでこうして種無しにされる。
厳密には、発芽の為の必要魔力量が膨大になる。
俺が5分も魔力を込め続けてようやく発芽だ。
そこから成長させる為には更に必要だし、元々エリクシードは普通に土に植えて水をやっているだけでは育たない。
「これ以上の改良も……もちろん可能」
「とりあえず、エリクシード本来の効果がちゃんと継続されているかどうかを確かめつつ更に改良を加えてもらうって形になるかな」
「わかった」
「ちなみに天鳥さん、強化外装の開発と並行して進めることはできます?」
「僕としては基本的には問題ないよ。魔法円陣の効果は事前に話し合って決めることができるし、それを組み込めば動くように設計するからね」
なるほど、天鳥さんが問題ないというのなら問題ないのだろう。
「……でもちゃんと寝てくださいよ?」
「エリクシードでの睡眠はちゃんと寝る、というものに含まれるのかい?」
「基本的にはちゃんと7時間以上の睡眠を取ってください」
「キミも言えた義理じゃないだろうに」
悪戯っぽく目を細める天鳥さん。
それは……まあそうなのだけれども。
ぐうの音も出ないというやつである。
何故使うかって?
3時間眠ると色々快復するのが便利だからだ。
多分これからも割と頻繁に使う……というか使う予定が既に入っている。
「どういうこと?」
俺と天鳥さんの間ではわかっている暗黙の了解。
しかしミナホは当然わからないので、首を傾げていた。
どう説明したものかと悩んでいると、天鳥さんがミナホの耳元(狐耳の耳元)に顔を寄せてこそこそと呟いている。
こういう時は聴覚強化をしない。
エチケットである。
「…………わたしの知識では男の人は普通そこまで連続では……」
「彼は色々普通じゃない。それはミナホもわかっているだろう?」
「……その手のデータは取ってない。今度、連続で何回が限界なのかとか、頻度や細胞の量の変化とかを調べたい」
「ふむ、たまにはそういう趣旨でやるのも良いかもしれないね」
なんだかあまり俺にとって良くない(本当に良くないのか?)会話が行われているような気がするのだが……
「あと、どういう行為でどれだけ魔力が増えるのか、とか」
「それはちゃんとデータに取ってあるから、後で見せてあげよう。なんなら実践でも……」
ちらりと天鳥さんがこちらを見る。
や、やばい。
搾り取られる。
いや、別にやばくはないのだが、残念ながら今日はこの後用事があるのだ。
それを伝えると、
「それは残念だ。ではまた次の機会に心ゆくまで。どうせその時は来るのだから、楽しみに待っているよ」
とのことだった。
……その時が俺の命日になるかもしれない。
2.
物凄い視線を感じる。
認識阻害をかけているので俺を皆城悠真として認識している人間はいないはずなのだが。
それでもまあ、目立つだろう。
なにせ若い男女が小学校低学年くらいの子を連れてショッピングモールにいるのだから。
まあその小学校低学年くらいの子というのはフゥのことだ。
角はもちろん魔法で隠しているし、ブロンズの髪な上にお人形さんみたいに可愛らしいのが目立つのでこちらにも認識阻害の魔法をかけている。
で、若い男女のうち男の方はもちろん俺なのだが、女の方は中学生くらいに見える知佳である。
知佳は特に顔が割れていないのだが、やっぱり認識阻害魔法をかけている。
だって可愛いからな。
ただでさえ魔法の上からでも歪な三人組。
その上容姿でまで目立っては認識阻害魔法も突破されてしまう。
「……多分今回目立ってる原因はほぼ俺だろうな……」
知佳とフゥだけならば姉妹にしか見えない。
だがそこに俺がいると途端にややこしくなる。
認識阻害のお陰で彼らの認識はぼんやりとしているとは言え、それでも俺たち三人が兄弟姉妹の関係でないことくらい流石に雰囲気で察するだろう。
せめて家族だと勘違いしてくれれば良いのだが……
「というか、俺がついてきても何もできないぞ? 女児の服なんて俺にはさっぱりわからん」
「大丈夫。それは元々期待してないから。女の子二人に重い荷物を持たせるつもり?」
「……お前もフゥもそこら辺の男よりよっぽど力あるよな?」
「それはそれ」
とのことだった。
要するに荷物持ち兼、万が一フゥが暴走した時に備えて、というわけだな。
とは言え、ぶっちゃけフゥの暴走に関しては知佳だけで十分対処可能だ。
<影法師>はほぼ物理無効だからな。
『ほぼ』というのは単純な話、俺が本気で動こうと思えば影法師での拘束からも逃げることはできるからだ。
とは言え、フゥやルルでは逃げられない。
もちろんルルについては本気でやればまず捕えるのに苦労するのだが。
あいつ、戦闘に関しては頭が回るからそう簡単に罠とかにも引っかからないだろうし。
「にーに、おかいものいやなの?」
俺と知佳に手を繋がれているフゥが不安そうに見上げてくる。
「全然。フゥと出かけられて楽しくないわけないだろ?」
「ほんとなの!?」
「ほんとほんと」
ぽんぽんとフゥの頭を撫でる。
「フゥ、これは悠真なりのツンデレだから。気にしなくていい」
「スノウねーねとおなじ?」
「そう、同じ」
「心外すぎる……」
まあツンデレ……というか照れ隠しなのは認めるが。
というかスノウ、フゥにもツンデレだと認識されているのか。
多分吹き込んだのは……フレアかシトリー辺りかな。
ルルという可能性もあるか。
ルルはフゥとかなり仲が良いからな。
……精神年齢が同レベルだろうか。
ちなみに何を買いに来たのかというと、フゥの洋服だ。
春の服は既に買ってあるので、来る夏に備えての夏服を買いに来たというわけである。
4月下旬からもう夏服売り始めるのって早くない? と俺は思うのだが……
にしても小さい子を連れた子連れが多いな。
平日だからだろうか。
フゥくらいの子は学校に行ってるからなあ。
学校か。
これについてはかなりの議論は交わされた。
フゥは素の膂力が強すぎる。
万が一他の児童を傷つけるようなことがあれば、とんでもない大惨事に繋がりかねない。
しかしこれからこの世界で暮らしていくのなら学校教育は確実に必要になる。
勉強だけならば綾乃だっているし知佳もいる。
俺が教えてもいいし、母さんだって教えることはできるだろう。
だが。
同世代の人間との関わりは誰も与えることができない。
他にも問題はある。
四天王、アイムが口走っていた神話に出てきた人に化ける黒い竜のことだ。
連中が現状こちらの世界に干渉する手段を持っているかどうかはわからないが、フゥがなにかしら絡んでいる可能性は高い。
なので今考えているのは、なるべく早く異世界での問題を片付けて、財力に物を言わせてあちらに学校を建ててしまおうというものである。
有力な冒険者や探索者などの子供を集めた、特別な学校である。
そこであればフゥも普通に学校生活を送ることができるかもしれない。
もちろん他にもクリアすべき点は幾つもあるし、異世界をセイランたちから守りきったからと言って今後も手を出さないかどうかはわからなかったりするので今の所はまだ机上の空論なのだが……
楽しそうにあちこちをキョロキョロしているフゥを見て、やはり改めて思う。
子供は何も気にせず、健やかに育つべきなのだと。
その為にも、まずは世界を救わないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます