第302話:種無し

1.



「……まさかこれを買い取れと言うわけではないだろうね?」


 四天王とやらのアイムを倒した翌日。

 例の巨大な魔石を前に、うちへ来てもらった未菜さんは普段の飄々とした態度を崩して口の端をヒクヒクと歪ませていた。


「流石に言いませんよ。ちなみに値段が付くとしたら幾らくらいになると思います?」

「魔石は大きくなればなるほど指数関数的に内包するエネルギー量も増えるからな……このサイズだともはやどれ程のエネルギーを賄えるか、想像もつかない。兆単位で取引されたことがある、というスキルブックより高くなるんじゃないか? と言いたいところだが、実際はそもそも値段なんて付かないだろうな。ここまでの大きさとなると、あまりにも希少すぎる」

「買い取れとは言わないんで、実は相談がありまして」

「嫌な予感しかしないが、一応聞いてみよう。なんだ?」

「これを保管しておいてほしいんです」

「…………」


 流石に未菜さんでも即答はできないか。


「……ちなみに保管するとして、使い道はどうするつもりなんだ?」

「一応幾らか話し合っています」


 昨日のうちに知佳やウェンディたちと。


 まず一番最初に議論したのは、スキルの強化に使用すること、だ。

 ぱっと思い当たる候補としては<召喚術>の俺。<幻想>の綾乃。<気配遮断>の未菜さん。<空間袋>のローラ辺り。


 知佳の<影法師>、天鳥さんの<創造>については本人らから辞退があった。

 知佳はそもそも現状でスキルを使いこなせていないから強化してもらってもあまり意味がない、とのことで、天鳥さんは非戦闘員なので強くなっても意味がない、現状で満足しているとのことだ。

 

 そういう意味では綾乃も辞退したのだが、綾乃の<幻想>に関してはそもそもかなり特殊なスキルだ。

 現状でできることが多すぎるとは言え、強化すれば更に無敵の――それこそ神の領域にすら達するようなスキルになる可能性がある。


 普通ならばそこまでの力は必要ないが、現状が現状だ。

 選択肢からは外れなかった。


 俺の召喚術は念話が追加されたことによってかなり幅が広がったのも事実なので、それ以上の何かがあれば、ということで。

 気配遮断は言わずもがな、シンプルに強力なので強化の余地もある上に未菜さん程の力を持つ人ならば上手く使いこなすだろう。

 空間袋は単に袋に入れられる量が増えるだけでも強い。それ以外にできることが増えれば御の字、というところか。


「言っておくが、私はここまでの大きさの魔石を貰ったところで何も返せるものはないぞ」

「大丈夫です、体で返してもらうんで」

「…………それはどちらの意味でだ?」

「どっちの意味も、ですかねえ。げっへっへ」

「そんなもので良いのなら吝かでないが……どうせ普段と変わらないだろう、それ。を満たす為にどのみちそういうことをする期間を設けると聞いているしな」

「ああ、例の条件ですか……」


 例の条件。

 アレをした回数、というのはまんま下世話な話、要するに俺と交わった回数ということだったらしい。

 

 そうとなれば昨日知佳が挙げた人選も頷ける。

 研究開発チームにミナホも加わったことだし、本当に強壮剤を作ってもらおう。

 割と冗談抜きに。

 でないと流石に俺が死んでしまう。


「で、もう一つは交渉のカードに使うこと、ですね」

「交渉、か」

「メカニカの<滅びの塔>は話がつき次第破壊しに行くんですが、後は帝国のものとダークエルフの領地に落ちたものが残ってるんですよ。どちらも一筋縄では行かなそう、というのが現状らしくて」

「……確かに、国家単位ならばコレほどの大きさの魔石だって欲しがるかもしれないな。こちらでも各国から圧力がかかるかもしれないくらいだ」

「そこなんですよね、俺たちで保管しておけない一番の問題は」

「それで私たちダンジョン管理局に白羽の矢が立ったわけか」

「そういうことです」


 交渉のカードに使えるということは、要するにこいつはどこの国でも欲しがるような代物だということだ。

 どこの国とは断定しない。

 どこの国でもその可能性はあり得る。

 それこそ日本でも、だ。


 西山首相の目の黒いうちはそのようなことはない、と信じたいが……


 それはともかく。

 現在、ダンジョン管理局は西山首相の影からのバックアップに加え、未菜さんの顔出しと柳枝さんの復帰からの活躍、そして恥ずかしながらうちの親父の活躍の影響もあってその影響力を大きく伸ばしている。

 

 で、皆城和真が皆城悠真――つまり俺の父親であることも既に割れているわけで、当然そうなれば飛ぶ鳥を落とす勢いの妖精迷宮事務所と世界的に見ても最大級規模のダンジョン企業であるダンジョン管理局の間に太いパイプがあることになる。


 そうなればもちろん各国の資産家が更にダンジョン管理局に注目し、注目を浴びれば未菜さんたちの活躍が更に広がり……という循環になっているわけだ。


 ぶっちゃけた話、妖精迷宮事務所――俺たちはまだ世界的には舐められている。

 皆城悠真? 妖精? そいつらがなんぼのもんじゃい。

 うちの国にはランカーがたくさんいるんじゃい、と。


 しかしダンジョン管理局は違う。

 影響力が大きい。

 

 俺より未菜さんの方が強いと思っている人は日本人にすら割とたくさんいる。

 ならむしろ今回はそれを利用させてもらおう、ということだ。


「とは言っても、多分異世界での交渉に使うことになると思うんで、基本的にはダンジョン管理局の迷惑にはならないはずです。万が一に備えてってやつですね」

「柳枝にも話は通しておくが……一応聞いておこうか。それで、私たちへの見返りはなにかな?」

「高性能強化外装に関する権利を譲ります」

「……は?」

「具体的には、ある程度自前の魔力を持つ人……一級探索者くらいの人が装着するとそれだけで柳枝さんくらいの戦力になる強化外装です。見た目はほとんどプロテクターで、強度は現在管理局で使われているそれよりも高いかと」

「ま、待て。君、自分が何を言っているかわかって……いるんだろうな。君の性格上、一人でこんなことを持ちかけてくるわけがない。つまりは既にそちらで話はついているということだろう?」

「まあ、そういうことですね」

「君といると本当に退屈しないな……」

「ちなみに魔法弾も撃てるようになる予定です。定期的な魔力の補給は必要になりますが、それも魔石経由でできるようになるかもしれない、と」

「それは先に言うべきことじゃないか?」


 未菜さんはもはや驚くというより呆れているようだ。

 まあ俺も昨日の時点で天鳥さんとミナホから開発予定の強化外装の概要を聞いた時には口をあんぐり開けたものだ。


 もし本当に実現すれば一級探索者の実力が最低でも現在の柳枝さんレベルまで引き上げられることになる。

 しかも柳枝さんや親父、そして未菜さんやローラと言った現状でも強い人たちが装着すればもちろんその分だけレベルアップが見込めるのだ。


 ちなみに魔法を放てるようになるかどうかは、現在志穂里にテストしてもらっているものの結果にもよる。

 強化外装そのものが魔力を食うので基本的には外部の魔力でどうにかできるようになるのが理想なのだが、魔石がどれくらい必要になるのかも今の所は未知数。


「あまりにこちらに有利すぎるな……何か裏があるな?」

「まあ、ぶっちゃけ」

「大方、強化外装を自分たちで売り出して制御するだけのノウハウがない……といったところかな?」

「流石ですね」


 一級レベルの魔力を持っていないと意味がないとは言え、下手すれば犯罪に使われたりする可能性もあるのがこの強化外装だ。

 その辺りを上手いこと見極めて配布ないしは販売するのは俺たちには難しい。

 不可能とまでは言わないが、そこまでのコストをかける人的余裕がない。


「その辺りを含めて考えても、やはり私たちにとって益がありすぎるな……まあそれは今更な話でもあるんだが」

「まあそこは信頼してください。今更未菜さんや柳枝さんにとって不利益になるようなこと、仮に考えついたとしても俺が許可すると思います?」

「君に決定権があるのかい?」

「……ある……と言ったらちょっと嘘かもしれませんね……」

「正直だな」


 未菜さんは吹き出すように笑った。

 

「確約はできないが……まあ、なんとかしよう」

「決定権は?」

「当然。私を何だと思っているんだ?」

「うなじが弱いお姉さん……ですかね」


 ボッと顔を赤くした未菜さんにぼすっと肩パンされるのだった。



2.



 さて。

 未菜さんを会社まで送り届けて、時間が余ったそうなのでその余った時間をした後に俺は天鳥さんの研究所へ来ていた。


 元々決まっていたこととは言え、強化外装を交渉材料に使いましたよという一応報告しておこうと思ったのだ。

 転移石での移動である。


 所長室――実質天鳥さんの私室の前まで来て、中から声が聞こえることに気づいた。

 この部屋は自動扉になっているのだが、手動に切替えることもできる。


 何故そのような機能がついているかと言うと、俺と天鳥さんが人に入ってこられると困るようなことをこの部屋でする時の為である。


 とは言え、今は違う。

 では何をしているのか。


 気になるよな?

 気になるだろう。


 俺は聴覚を強化して、扉にぴったりくっついた。

 中のと衣擦れ音が聞こえてくる。



「……香苗の、いつ見ても大きい。邪魔にならないの?」

「邪魔にならないと言えば嘘になるね」


 

 ミナホの声と、天鳥さんの声だ。

 ビンゴである。


 俺がいないのに手動になっている理由ともなれば、中で覗かれたくないことをしているとしか考えられない。

 何を話しているかまではわからずとも、こうするまでにミナホの声は既に聞こえていたので異世界の話をしているか、着替えをしているかだと当たりをつけていたのだ。


 前者ならがっかりだったが、後者であれば見えずとも幸せな気分にはなれる。



「でもこれはこれで好都合なこともあるんだ。そこで盗み聞きしている変態クンはこれが好きらしいしね」

「へ?」


 ウィィン、とが開いた。

 そこには呆れたような目をする下着姿の天鳥さんと、こちらはしっかり既に白衣まで着ていたミナホがいた。


「早く入ってきてくれるかい? それとも悠真クンは他の男に僕の下着姿が見られても構わないと?」


 そう言われてしまえば逃走するわけにもいかず、中に入る他ない。


「いや、盗み聞きしようとしたわけじゃないんですよ。ただ着替えてるんなら邪魔しちゃ悪いなと思って。でも中の様子は見えないじゃないですか。だから内容だけでもとりあえず聞こうと思ったんです」

「それにしては随分鼻の下が伸びていたけれどね」


 天鳥さんがデスクの上に乗っているパソコンを指差したので、回り込んでそこを見ると扉前の様子がばっちり映っていた。

 あー……そういうことですか。


「悠真……見たいの?」


 ミナホが不思議そうに首を傾げる。


「見たくないと言ったら嘘になるけど……」

「別に着替えを見てもいいことなんてないのに」

「ミナホ、彼は何度裸を見ても下着姿で興奮できるんだよ」

「…………変なの」

 

 男ってのは皆そうなんです。

 俺だけじゃないんです。


「それで、今日はどうしたんだい?」

「昨日決めた強化外装の件について、ついさっき未菜さんと話がついたんで一応報告です」

「ああ、それでここのところにキスマークがあるのか」


 自分の首元をトン、と触る天鳥さん。


「えっ!?」


 慌ててそこを隠すようにするが、ニヤニヤしているのに気づいてやられたことに気づいた。


「カマかけだよ。まあ、彼女との条件達成もある意味急務だからねえ」

「うぐぐ……」

「それはともかく。実は先程ミナホと話していて、興味深いことを聞いたんだ」

「興味深いこと?」


 俺がミナホの方を見ると、こくりと頷いて口を開いた。


「上手くいけばにできるかも」

「!?」


 思わず股間を押さえる。

 え、なに?

 潰されるの?


「そうじゃなくて、エリクシードのことだよ。何を想像しているんだい?」

「…………」


 またハメられた。

 って……え?


「エリクシードを種無しに?」

「ああ。つまり、上手くいけば大抵の怪我や病気を治してしまえるエリクシードを流通させられるかもしれない」


 ……とんでもない大ニュースじゃないすか。

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