第301話:カモンベイビー
1.
「…………マジかよ」
俺の拳の威力で崩れた氷の塔。
我ながら凄まじい威力の一撃だった。
スノウとの<思考共有>を経てハイになっていたのもあったが、それ以上に散々ここで言われていた感情による魔力の発露が原因だろう。
イメージが物を言う世界。
そうとわかっていれば、それ以上に効果は現れる。
特に俺のような未熟な人間ならば尚更だろう。
というわけで十中八九蛇男――アイムは死んだかほぼ死にかけているだろうとは予想していたので、作り出した氷を消せない程に消耗していたスノウを天鳥さんとミナホに任せ、氷の残骸をかきわけて奴の亡骸を探していたのだが。
それらしきものを発見するのと同時に、奴の体が光の粒となって消え、後には――
縦横1メートルずつはあろうかと言う、巨大な魔石が残ったのだ。
2.
というわけで。
転移石を使って異世界から地球に戻り、住宅の床にとっては重すぎる魔石はウェンディの風で運んでもらって中庭まで出してもらった。
それをなんとなく全員で取り囲んで報告会が始まる。
面子は俺、知佳、綾乃、天鳥さん、四姉妹にレイさん、シエルとルル、そしてミナホだ。
フゥはお昼寝中。
ちなみに何故こちらに来たかというと、戦いの最中に巨大な氷の塔が出来上がってそれが上から砕けてしっちゃかめっちゃかになったので間違いなく人が集まるだろうという判断である。
そうなればゆっくり話すような時間は取れないだろう。
「紅茶でよろしいでしょうか? コーヒーもありますが」
「……うん」
戸惑いつつも頷いたミナホがレイさんからティーカップを受け取っている。
「とりあえず……スノウ、大丈夫か? だいぶ消耗してたけど」
「魔力回路がちょっと消耗しただけよ。1日も眠れば治るわ」
スノウはけろっとしながら答える。
答え合わせの為にちらりとシトリーを見ると、頷かれた。
どうやら無理をしているわけではないらしい。
「それから、皆もありがとう。悪いな、それぞれ用事があっただろうに」
「お兄さまの危機とあらばいつでも駆けつけます! 今回は間に合いませんでしたが……」
しゅんとするフレア。
「別に責任を感じる必要はない。今回は相手が強かった。でも、敵が想定を上回ってきている場合の対処についても追々考えないとな」
「そのことについては心配ないわよ」
スノウが割り込んでくる。
心配ない?
どういうことだろうか。
「まあ……そのことについては後で話すわ」
あ、もしかしてあの<思考共有>についてだろうか。
今思い返しても何故あれが出来たのかはいまいちわかっていない。
恐らくはベヒモスやフローラの時にもあったあの感じと同一のものだろうということはわかっているのだが……
「じゃあとりあえず、皆気になってるだろうけどこのでっかい魔石についてだな。あの悪魔だか魔人だか――アイムと名乗った蛇男が死んだ後、光の粒になって消えてこれが残ったんだ」
天鳥さんが反応する。
「魔石が残った? それではまるでモンスターではないか」
「はい。天鳥さんとミナホはあの男としばらく相対していたんですよね? なにか言ってました?」
「…………」
ミナホは気まずそうにしているだけで何も答えず、代わりに天鳥さんが返答する。
「魔王が蘇る時、ミナホを喰っておけばより完璧な魔人として仕えることができる。魔人は世界を統べていた。悪魔の世界が誕生し、全ての人類を滅ぼして天界へと弓を引く。そして神を殺す、と言っていたね」
……神を殺す?
急にスケールの大きい話になったな。
知佳が輪に加わらずに控えていたレイさんに向かって、「レイ、紙ある?」と聞いた。
レイさんは「はい」と答え、家の中に入って取ってくるのかと思いきや普通に懐からメモ帳とペンを取り出した。
うーむ、流石できるメイド。
「魔界、人界、天界があって、魔界の住人は天界の住人を憎んでいる。だけど人界が間にあるからなかなか天界へ攻め込むことができなくて、魔界は人界を先に侵略しようとするけど天界は人界へ戦力を送り込むことでそれを阻止してる」
知佳はメモ帳にペンでつらつらと図を書いた。
天界が一番上で、真ん中に人界。
そして一番下に魔界という文字が書かれていて、魔界と人界の間には剣戟のマークが、天界から人界へは一方通行の矢印が伸びている。
「なるほど。……ていうか知佳はなんでそんなこと知ってるんだ?」
「神話に書いてあった」
「あー……」
てことはシエルとルル、ミナホも知っているのか。
と思ったが、シエルはうんうんと頷いていて、ミナホは慣れない場所にいるからか相変わらず気まずそうにしている。
そしてルルはわかったような顔をしてうんうん頷いているが、尻尾が動揺からか縮こまっているのでわかりやすい。
後で詳しい話を聞く体でせっついてみるか。
と、それはともかく。
「てことは、だ。神話にあったことってもしかして全部ほんとのことなのか?」
お伽噺のようなものだと思っていたが。
「……薄々感じてはいたがの。ジョアンという男が出会った女神というのも、神話に出てくる
「神話は本当にあったこと、として教わったのは覚えてるニャ。でも誰も本気では信じてないニャ。もちろんあたしはわかってたニャ」
ルルの戯言はスルーするとしても、誰も信じていない本当にあったこと、というのはなかなかありそうな線だ。
神話として残っている話なんてどう考えてもシエルが生まれるよりうんと前の話だしな。
俺たちの基準で言えば余裕で紀元前の話。
そりゃ本当にあったことなんだよ! と言われても信じられないに決まっている。
「多分、本当のことと嘘が混ざってると思う」
知佳が付け加える。
「だろうな。語り継がれる物語なんてそんなもんだ」
「じゃあお姉ちゃんなりに現状を整理しちゃうと、悠真ちゃんとスノウが倒した蛇男って人は魔界に住んでる魔人で、その魔人の仕える魔王も多分魔界の住人で、人類を滅ぼしてから神様も滅ぼそうとしてるってことよね?」
シトリーがそうまとめる。
なかなか面倒な構図だな。
あの世界、火種を抱えすぎじゃないか?
これに加えてセイランがいるのだから泣きっ面に蜂だ。
「神……てのはもう実在するってことで考えるのが手っ取り早いんだろうな。セイランも言ってたし、ジョアンも……それにアスカロンだって生まれた時に両親が神様からこの剣をもらったとか言ってたし」
「前の二人に関してはともかく、アスカロンについては信用してやってもいいニャ」
「……だな」
じゃあなんでセイランをほっといてるんだって話だが。
魔王についてはジョアンをこの時代に送り込んだ女神ってやつが対処しようとしているっぽいが……
うーん……わからん。
「後わかってることは……悪魔は人の感情を喰うって言っていたけど、魔人は人そのものを喰うっぽい……のかな? 少なくともアイムと魔王は人を喰ってたらしいし」
「となると、マスター。魔王に仕えていた他の四天王を捜索するとしたら、不自然な行方不明者を追うと良いかもしれません」
「なるほど……協力してくれそうなところにはそう伝えてみるか」
とりあえず四天王の他の三人についてはそれで探し出してしばこう。
どうせアイムと同じくろくなことをしないんだろうし、魔王が復活するというのなら幹部クラスは先に撃破しておいて損はない。
「ってことは……これからは最低でも俺と、スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー、シエルの中から二人くらいは同じタイミングであっちの世界にいることが必須だな」
スノウと俺だけでは若干厳しかった。
偶発的に発生した<思考共有>がなければ――
「それについては心配ないって言ったでしょ。今まで通り、あたし達の中から一人ずつで十分よ。多分」
「そういえばそんなこと言ってたな。多分ってのはなんでだ?」
「なんでって言われると、その……<
スノウは何故か顔を赤くした。
本当に何故だ。
え、今回は俺何もしてないよね?
「それは僕らでもできるものなのかい?」
「……非契約者は限定的だと思うわ。念話が繋がってる状態ならできるだろうけど、満たさないといけない条件も多分同じよ」
その後スノウは言葉を続けない。
フレアが焦れたようにスノウを急かす。
「もう、勿体ぶらないで教えて、スノウ」
「……アレをした回数と、物理的な距離。それから、互いに互いを完璧に信頼しあっているかどうか、ってところかしら」
アレ?
アレってのは……思考共有のことじゃないよな?
思考共有をする為に思考共有の回数が必要だと言われるのはあまりに馬鹿な話すぎる。
「ああ……なるほど、だからベヒモスの時、知佳が一番最初だったのか」
天鳥さんが納得したように頷き、知佳がそれに続く。
「スノウができたってことは、今条件を満たしてるのは……私とスノウとフレアと……もしかしたらウェンディと綾乃も?」
「わ、私はどうでしょう……」
ウェンディが赤面している。
何故だ。
「わ、私は……その、回数という意味ではすぐにダウンしちゃうので……」
綾乃に関しては赤面を通り越してもはやゆでダコだ。
大丈夫か。
あれ熱でもあるんじゃないか?
アレについては未だにわかっていないが、完璧に信頼しあっているということについての話をすれば多分ほとんど全員と条件は満たしていると思うのだが。
いや、俺が信頼されていなければ駄目なのか。
そこは……うん。
努力しますということで。
そんなに俺と信頼しあっていると指摘されるのが恥ずかしいだろうか。
「……確かにそれならお姉ちゃんはまだだと思うけど……なんでスノウはその条件を知ってるの?」
「わからないわ。なんとなくそう直感したのよ。多分あたしの能力じゃなくて、悠真側のスキルの能力だと思うけど」
シトリーは俺のことを信頼していないのか。
シエルとルルも……か?
天鳥さんも……と考えるとなんか段々落ち込んできたぞ。
「ま、その問題については今後……未菜たちも含めて調整する必要はあるでしょうね。主に知佳とフレアの仕事になるとは思うけど……」
「仕方ない」
知佳が頷く。
……俺が信頼されるかどうかの問題に何故知佳とフレアが?
よくわからないな。
天鳥さんが楽しそうになにやら思案している。
「知佳の時に知恵熱が出て、スノウさんとの時では氷魔法が使えるようになった。ということは、格闘や剣術の天才と思考共有できれば悠真クンの馬鹿げた身体能力で達人級の技術を扱えるということになるのかな?」
「その辺は……まあ未菜やレイで試せばいいでしょ。レイはまだあたしたちに比べて日が浅いし、遠慮しがちだから時間かかりそうだけど未菜はなんだかんだちょっと頑張ればすぐだろうし」
「まあ頑張るのは主に悠真クンなのだがね」
「この男がそんじょそこらでへばるわけないわ」
「違いない」
一体何の話なのだろうか。
俺は一体何をやらされるのだろう。
「それも急務だけど、この大きな魔石をどうするかも決めないといけないし、ミナホに関してももうほとんどずっとこっちにいてもらわないと危ないと思う」
知佳がなんとなく緩みかけていた場の空気を戻す。
「え、わ、わたしは……」
「だな。あと……フゥもそうだ。神話に出てくる人に化ける竜、そして銀毛の狐。この二人を魔人が狙っていたんなら、あっちの世界にはしばらく行かないほうがいい」
「……待って」
ミナホの静止がかかる。
「わたしは……皆のお世話になるわけにはいかない」
「何故じゃ?」
「迷惑を……かけるから……。今回だって、そう。わたしがいなければ……人が死ぬこともなかった」
…………。
人死にか。
そう。
恐らくアイムはミナホと天鳥さんのいる部屋に辿り着くまでに何人かを殺しているのだ。
俺が二人の元に駆けつけるまでに、何人かの魔力が消えたのを感知している。
奴の捉えにくい気配を掴む為に全力で気配探知を行っていたからこそわかったことだが、ミナホがそれを知っているのは恐らく会話の中でそのようなことを直接言っていたのだろう。
それを気にして、気まずそうにしていたのか。
「いいか、ミナホ」
「…………?」
「細かいことは気にすんな。お前は何も悪くない。人は一人じゃ生きられねえからな。悪いのはあのボケ魔人だ」
「でも……」
「でももすもももねえ。お前は生きてていいし、絶対に死なせない。それに俺たちだって誰も死なねえ。それでいいだろ。だからここにいろ。お前はここにいて良いんだよ」
「――――」
ミナホの目から静かに涙が溢れ始めた。
ボロボロと溢れ出て、やがて嗚咽を漏らし始める。
俺は黙って腕を広げた。
カモン・ベイビー。
かわいこちゃんに涙は似合わないぜ。
ミナホは隣に座っていたシエルへ縋り付いて泣いた。
「…………」
俺は黙って腕を畳んだ。
「……だっさ」
スノウの冷ややかな声が中庭に響くのだった。
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