第298話:銀毛の狐と黒き竜
1.
「……ふぅ」
走ったり飛んだり投げたりと言った運動能力の測定を終え、例の宇宙服もどきを脱ぐ。
ジョアンから魔王の配下――四天王とやらの話を聞いてから3日が経っていた。
当然、あの話はミナホを除いた全員に共有してある。
あの蛇男を倒したらあと3人がぞろぞろ出てきて、「くくく、奴は四天王でも最弱……」とか言い出さないことを祈るばかりだな。
とは言え、だ。
あの男が現在どこにいるのかは全くわからない。
一応、ルルの実家経由でミーティアとワーティア、そしてハイロン聖国の元騎士団長にして現トップのリーゼロッテさん、防壁国家セーナル、ラントバウのフローラとその父である王様……などなど、使える人脈はフルに使って秘密裏に捜索はしてもらっている。
ベストは既にあの男が死んでいるというパターンだが……
それは無い、と俺の直感はそう言っている。
あいつは必ず俺たちの前に立ちはだかる。
そんな気がしてならない。
ベストはメカニカとの交渉をさっさと終わらせて<滅びの塔>を破壊し、ミナホをこちらの世界で保護することだ。
恐らくだが俺の『恋人』になってこちらの世界へ来る、ということに抵抗を見せなかったのは、あの男の悪夢から逃げたいという考えもあったのだろう。
それから万が一を考え、必ずスノウかフレアのどちらかがすぐに戦闘へ入れるように準備――つまりは転移召喚で呼べるよう、最低でもどちらか一人が俺と同じ世界にいるような状態にすることにした。
スノウの氷ならばあの炎を抑え込めるし、フレアも炎を操ることができるので完封できるはずだ。
まあ、一番はやはり男が既に寿命かなにかで死んでいる状態。
次善としても男を見つけ次第準備をして最大戦力で叩く、というものだな。
いや……魔王やら四天王やらの話を聞きたいし、生きてた方が多少都合は良いのかもしれない。
もちろんそれを教えてくれる迂闊さを期待しなければならないのと、確実に勝てるという仮定の元の話ではあるが。
――と。
あれこれ考えていると、俺の元へやってきた。
「…………」
じっと俺を見て無言で何事かを抗議してくる。
最近わかったんだが、ミナホは知佳やウェンディ以上に表情に感情が出ない。
しかし、獣人特有と言うべきか、耳や尻尾でなんとなくの感情は察することができるのだ。
今回は狐耳がぺたんとしていてふさふさの尻尾が大きく左右に振れているので、不機嫌度60%くらいと言ったところだろうか。
「どうした?」
「最近、データが安定してない」
ミナホが手に持つタブレットを俺に向かって突きつける。
そこには何をどう数値化したかまではわからないが、確かに上下の激しい折れ線グラフが表示されていた。
これが仮に会社の株価だったら誰も買わないだろうな。
「これだと正確なデータが得られない」
「んー……」
俺の能力はどうやら感情によってだいぶ左右されるらしい。
特に今のようなあれこれ考えるべきことがある時なんかだとこのように安定しないのだろう。
そう考えると、俺にとっての急務はメンタル安定なのかもしれないな。
怒りがトリガーで強くなる、と聞くとちょっとかっこよく見えるが、実際は怒りで我を失っている状態で強くなったところでそれは本来の性能を引き出せている状態とは程遠い。
俺が大好きな漫画でも、怒りがきっかけに覚醒した力を維持したまま日常生活を送れるほどに制御して次の段階へ進んでいた。
恐らく俺のこれも似たようなステップを踏む必要があるのだろう。
「…………」
再びミナホが俺をじっと見ている。
今度はなにか聞きたそうにしている……のかな?
「なんだ?」
「……最近なにしてるの」
「別に、これと言って特別なことはしてないぞ。普段通りだ」
なるべく平静を装って返答する。
ミナホが自分に執着しない理由は800年前の火事に起因していることはほぼ間違いないだろう。
その関連で俺たちが動いていると知れば……
恐らくミナホは、俺たちの前から姿を消そうとする。
俺だったらそうしたからだ。
そしてその理屈で言えば、慎重にミナホ自身を監視する必要もある。
なにせ――
あの男が現れれば、ミナホは間違いなく自分の命だけを犠牲にしようとするだろうからな。
2.
「知佳と一緒に調べてきたわ。銀色の狐獣人の話」
宿に戻ると、スノウと知佳がいた。
セーナルの図書館で調べ物をしてもらっていたのだ。
炎蛇の男がミナホに拘る理由を知りたかったからである。
銀色の狐が珍しいと言っていた。
天鳥さんは普段通りにミナホと接してもらっているし、シエルとルルはミナホをメカニカから引き抜く交渉を進めている。
<滅びの塔>のこともある中で大変だろうし、ということで知佳たちに動いてもらったのだ。
ちなみに天鳥さんはまだ研究所でミナホからあれこれ教わっている。
研究熱心なことである。
「で、どうだった?」
「神話が関係してるみたいよ」
「……神話?」
神話か。
今の所、もし実在するんだとしてこの現状を放置している神ってやつにあまり良い印象を抱かないのが正直なところなのだが……
「大昔、人間界と魔界で争っている時に天界が人間界へ送ったのが人に化けられる銀毛の狐と、人に化けられる黒い竜だったそうよ。それが決め手となって魔界からの侵攻を防ぎ、人間界の秩序は保たれた……大体そんな感じだったわよね?」
スノウが知佳へ確認すると、こくりと頷く。
「人間界……はともかく、魔界と天界ってのはなんだ」
「天界は神とやらがいる場所、魔界は悪魔がいる場所だそうよ」
なんだそりゃ。
まあでも、こちらの世界にもそういう概念自体はあるしそんなものだと思うしかないのだろうか。
「それって本当にあった話なのか?」
「だとしたらシエルが知らないはずないでしょ。桃太郎みたいなもんよ、多分」
「……なるほど」
まあわかりやすい例えだ。
本当にそんなものがあったとしたら面倒極まりないが。
しかしもう一つ気になる点がある。
「……人に化けられる黒い竜って言ったよな? それって……」
「フゥの特徴と一致してる」
知佳が端的に俺が思ったことを口にする。
<龍の巣>のボスを倒したら突如現れた幼女、フゥ。
しかも、フゥがいたのは<龍の巣>。
女神によって未来へ送られた、と言うジョアンが石像として安置されていた場所だ。
神話に出てくる人に化けられる黒い竜と、女神とやらが関わっているくさい<龍の巣>。
何の関係もないとは思えない。
偶然……にしては出来すぎのような気もするが……
しかもあの炎蛇の男は魔王の名を口走っていた。
そしてフゥは魔王が人工的に作った種族と特徴が一致している。
つまり、神話になぞらえて魔王が作った……のか?
その配下である四天王は、同じく神話になぞらえて銀毛の狐獣人を……
なにかが繋がりそうで、あと一歩が足りない。
そんなもどかしさを感じる。
「とにかく、その神話ってのが大きく関係してるのは間違いなさそうだな。それについてもう少し詳しく調べてみよう。こっちの世界の神話みたいにドロドロした面倒な話じゃなければいいんだけど」
俺もさほど詳しいわけではないのだが、確かギリシャ神話だかが神らしからぬ泥臭さ人間臭さで面白い、と二次元大好きな友人から聞かされた覚えがある。
「そう言われると思ってある程度は調べた。そうしたら――」
「――待て」
「……なに?」
言葉を遮られた知佳が不思議そうにする。
「なんか……嫌な感じがする」
「嫌な感じ?」
「なによそれ」
知佳とスノウが首を傾げる。
いや、俺もなんだかよくはわからない。
一番近い感覚は……
「これは……魔力なのか?」
「魔力? そんなもの感じないわよ」
スノウはそう言う。
俺より遥かに優れた探知能力を持つスノウだ。
俺が感じられて、スノウは感じられない。
そんなことは普通ならば考えられない。
だが――
「知佳、念の為あっちの世界へ戻ってシトリーたちを呼んできてくれ。スノウ、俺たちは向かうぞ」
「向かうって、どこによ」
「この嫌な感じのする方――」
俺は真っ直ぐその方角を見据える。
「研究所だ」
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