第297話:四天王

1.


「――ッ!!」


 悪夢から飛び起きるようにして、俺たちの意識は現代へと帰ってきた。

 嫌な汗をびっしょりかいている。


「まさか……あんなことが……」

「な、なんなんですか、あれ……」


 シエルも憔悴しているような様子で、綾乃に至ってはすっかり怯えてしまっている。

 震える綾乃の肩をそっと抱いて、俺は先程のことを思い出す。

 

 逆立つ赤髪のオールバック。

 右半身に入った禍々しい蛇の入れ墨。

 黒い炎。


 そして――


「魔王様……って言ってたよな、あいつ」

「……じゃな」


 つまり、魔王の関係者か?

 それが800年前の時点で存在していて……

 確かにエルフは魔王と関係がある。


 半数のエルフがダークエルフとなって魔王の傘下に加わっているのだ。

 しかし奴の肌はダークエルフ特有の褐色ではなかった。


 つまり、ダークエルフとならずに魔王に与したエルフがいた……ということか?


「……そもそもエルフってのは赤髪もいるもんなのか?」

「存在せん、とは言わんが……珍しいの。仮にわしとおぬしの間に子供ができたとしても、銀髪の子が生まれてくる。じゃが、もしその子がとある魔法属性に強い適性を持てば、その髪色が変化する可能性は十分ある」

「――あ」


 そうか。

 スノウも、フレアも、シトリーも。

 氷、炎、雷という魔法に強い適性を持っていたが故にその髪色が綺麗に染まっている。


「もちろん、その素質を持っていたからと言って髪色が変わらん場合もあるがの。最たる例としてはウェンディがそうじゃな」


 ウェンディは一部エメラルドのメッシュが入っているが、基本色は黒だ。

 

「……てことは、あの男はフレアと同じくらい炎を扱えるってことか?」

「少なくとも、わしの目から見てあの時代の――800年前の時点ではそこまで強力なようには見えんかった。フレアとあの男が戦えば十中八九……いや、100%フレアが勝つじゃろうな。周りへの被害を考慮しなければ、という話じゃが」

 

 あの炎蛇の男は(恐らく)シエルを警戒してすぐにあの場を離れた。

 シエルはフレアと同格と言って差し支えないレベルの魔法使いだ。

 それに勝てないと判断して逃げたとするならば、フレアの方が強いという推測は正しい。


「しかし、あの男。発した言葉を信じるのなら魔王と面識があるのじゃろうが……となると少なく見積もってもわしと同世代、いや、恐らく上じゃろうな。エルフの寿命は魔力量によって決まる。今でも生きているとして、800年の間に強くなっているのじゃとしたら……」

「更に厄介な存在になっているかもしれないってわけか」


 ――子供。覚えておけ。お前は、いつかオレが必ず喰う。その時にまた拒否すれば、お前の周りの人間はこうしてゴミクズになるわけだ。



 男は最後に呪いを残していった。

 今のミナホが自罰的なのはこの出来事が大きく関係しているのだろう。


 そして、あの男が現れれば自分は死ぬ。

 そう思い込んでいるからこそ自らの命に頓着が薄く、周りの人間に対しても壁を作っているわけだ。


 俺たちが例外的なのは、恐らくシエルの仲間だからだろう。

 ミナホの視点からでも、シエルにビビって男が逃げたように映っていたはずだ。

 となれば、ベストは――


「あの男を見つけて……」

 

 話し合いが通じる奴じゃないというのは一目でわかった。

 それに、魔王との関係者な上に無関係な人々を大勢巻き込んで殺している。


 和解だの改心だのが見込めるような奴でもないだろう。

 あの男が800年でどれだけ強くなっていようとも、当時の時点でシエル一人から退く程度の強さならば現時点の最大戦力で当たってどうにもならない、なんてことはないはずだ。


 なにせこちらにはシエルと同格の魔法使いがあと4人もいる上に、強力な炎の扱いには慣れている。

 

「……じゃが、気になるのはあの入れ墨じゃな」

「……あれに関しちゃ、ただの美的センスの問題じゃないのか?」

「それなら問題はないのじゃが、魔法使いが体に入れ墨を入れる場合、それが大きな意味合いを持つことがあるんじゃよ。体に直に魔法陣を刻んだり、の」

「直に魔法陣……」

「あの入れ墨は魔法陣の類には見えんかったが、なにか……嫌な感じはした。こういう時の悪い直感は結構当たるものじゃからな」


 確かに、それは俺も感じた。

 あの男を見た瞬間の感じ。


 なにか、覚えがあるような――


「――そうか。あいつに似てたのか」

「あいつ?」


 シエルが片眉をあげる。


「あいつの入れ墨から悪魔の気配を感じたんだ。フローラの時よりも……かなり強力な」



2.



 短い金髪の美丈夫。

 ボロい服とボロい剣にボロい小さな盾、という駆け出し冒険者のような出で立ちをしている彼は亡国の王子、そして過去から未来へと女神によって送り込まれた青年――ジョアン=プラデスだ。


 シエルが言うには、魔王が存在したのは今から2500年ほど前のことらしい。

 2500年。

 俺からしたらもはや途方もない年月である。


 この世界にダンジョンが出現して1000年ほど経っているそうなので、そこからして俺の理解の範疇を超えているが……まあそれはともかくとして。


 2500年前を知るのは、シエルの他にもうひとり。

 それがジョアンだ。

 シエルはあの赤髪のエルフについて知らなかったそうだが、同じく2500年前を知るジョアンならば或いは……ということで彼が活動しているという噂のあった、とある町へ来たわけである。


「……で、なんであんたそんなボロボロの格好なんだ。例の相手の筋力を模倣するスキルがなくたって強いんだから、冒険者や探索者として稼げるはずだろ?」


 ジョアンの剣術の腕前は未菜さんクラスだ。

 魔力の量は親父や柳枝さんとそう変わらないので、強さだけで言えば未菜さんの方が上……とは言え。

 それでも相当強いことには間違いない。


「我が迷惑をかけてしまったダークエルフたちにほぼ全ての報酬を送っているのだ」


 ジョアンは真っ直ぐな黒い瞳で俺を見ながら言った。

 どうやらそういう風に償っていくことに決めたようだ。


「アンジェさんたちの……あんたの石像が飾られてた里にはもう行ったのか?」

「ああ。名を騙る怪しい奴だと追い出されてしまったが」


 まあ、そうなるわな。

 普通なら2500年前の人間が生きているわけがない。

 エルフでもそこまで生きるのは稀なのだ。


「にしたってそこまで極貧生活を送る必要はないだろ。もっと自分に優しくなれよ」

「貴殿の優しさは身に沁みるが、我はこの命を賭けるべきその時まで償い続けると決めたのだ」

 

 ドン、と自分の胸を叩く。

 どうやら何を言っても無駄そうだ。

 今度なんか美味しいもんでも差し入れに来よう。

 なるべくすぐに腐っちまおうような生もので。

 保存の効くものだと下手すりゃそれすら里へ届けかねないからな、こいつの場合。

 

「それで、用件は何だろうか。我がなにか悪さをしていないか見張りに来たというのなら、潔白をなんとしてでも証明するつもりでいるのだが」

「尊大なんだか毅然としてるんだか卑屈なんだかよくわかんなくなるな。別にそういうわけじゃない。俺個人としてはあんたのことは信用してる。今回はただ聞きたいことがあって来たんだ」

「我で力になれることであれば」

「魔王に関することだ」

「……ッ!」


 ガタッとジョアンは立ち上がろうとして、膝を机に打った。

 痛そう。


「エルフとダークエルフの関係は……当然知ってるよな?」

「うむ」


 まあこれに関しては確認するまでもないことか。

 俺は続ける。


「エルフの中に、もしかしたらダークエルフとならずに魔王に与した者がいるかもしれない。赤髪で、体に蛇の入れ墨の入った男だ。恐らくだが、炎魔法を得意としている。何か知らないか?」

「赤髪で、体に蛇の入れ墨……」


 ジョアンは何事かを考え込むようにして手を顎に当てた。


「いいや、聞き覚えはないな。赤髪のエルフというのもそもそも見たことがない」

「……そうか」


 やはり相当珍しい部類なのだろう。

 逆に言えば、そこまで珍しい存在なのに何故シエルすら知らないのかってのがよくわからないんだよな。

 

「しかし、我もこれが真実かどうかは知らないがこんな話を聞いたことがある。魔王には四天王と呼ばれる直属の部下がいる。その四人の配下は、その身に悪魔を宿しているか悪魔そのものなのだと。中には炎使いもいたそうだ」

「四天王……」


 魔王の配下で四天王、そして炎使い。

 RPGなんかではよくある展開だが、もしあの男がその四天王とやらに該当する人物だとしたら、800年前の時点で魔王の直属の部下が動き出していることになる。


 そして身に悪魔を宿しているか悪魔そのもの、か。

 

「……こりゃ面倒なことになりそうだ」

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