第294話:鈍感野郎を堕とす手段
1.
ウェンディと綾乃が寝ているのを起こさずにそっと部屋から出る。
さて。
勢いで啖呵を切ったはいいが、どうしたものか。
フローラを俺に惚れさせて悪魔を出させる、という作戦は彼女が究極の箱入り娘だったからこそできた芸当だ。
もう一度同じことをやれと言われても難しいし、そもそもミナホがそんなもので能動的に俺に惚れるとは思えない。
というか、だ。
なにも絶対に惚れさせないといけないわけではない。
だが俺の黒歴史を終わらせたのは間違いなく知佳だ。
それだけは断言できる。
塞ぎ込んでいたが本心では人との関わり合いを求めていたフローラとは違う。
今のミナホは、自分のことを省みない危ない状態だ。
他人を拒絶しているわけではない。
塞ぎ込んでいるわけでもない。
ただひたすら、価値観が根本から違う。
その価値観を一新させる程の出来事が、俺の場合は知佳のことを好きになるということだった。
あっちは今どれくらいの時間なんだろうか。
この世界とあちらの世界の時間の流れ方は一緒だが、地点によって経度に差があるので必然的に時差が出る。
というか、天鳥さんが言うにはこの星の大きさは地球よりかなりでかいらしいが、何故一日の時間が同じなのだろう。
…………。
気にしても無駄だな。
どうせ考えたところで俺にはわからん。
こちらは真夜中だが、果たして――
転移石を使って移動してくると、どうやら地球……というか日本は昼間だった。
転移用の部屋にかけてあるデジタル時計を見ると午後2時とのことである。
てことは、だ。
だいぶ弱くはなっているが、まだ繋がるだろう。
(――聞こえるか?)
頭の中で念じる。
念話だ。
誰へって?
このタイミングで俺が相談事をしたい相手なんて一人に決まっている。
知佳だ。
(どうしたの?)
すぐに返事が返ってきた。
(相談したいことがある。念話は疲れるから直がいい)
(電話をかければ良いのでは)
あ。
それは確かにそうだ。
(いや、でも……それはそれとしてお前に話しておきたいことがある。どこにいる?)
(テレビ局)
(……テレビ局?)
(ほら、この間買収したところ)
……何してんだろ?
(いつ帰ってくる?)
(もう少しかかる)
(じゃあ俺がそっちへ行く)
転移石は緊急避難用のものしか普段は持ち歩かないからな。
今の知佳へ繋がる転移石はない。
車で向かうか。
2.
というわけで、車で30分。
テレビ局へ着いた俺はほとんど顔パスで(局員に顔を覚えられているということだ。多分悪い覚え方で)知佳の元まで辿り着いた。
楽屋みたいなところにいるのかと思ったら、普通に応接室でVIP待遇を受けているようだった。
まあ大株主だから当たり前か。
で、テレビ局近くまで来た時点で魔力で気付いてはいたが――
「フレアとシトリーもいたのか。となると、スノウは?」
シトリーが答える。
「スノウはレイとティナちゃんと一緒に樹海ダンジョンへ行ってるよ~」
スノウとレイとティナか。
スノウは自信家だし、それに見合った実力も持っているが決して慢心はしない。
レイさんがいれば自分の苦手な近接戦もカバーできるから、ということだろう。
それで今現在うちにあるはずの4台の車が2台減っていたのか。
ちなみに知佳たちはここまでは恐らくシトリーの運転で来ているのだろう。
「それで、相談ってなに?」
「その前に一つ報告がある」
「相談も報告もミナホのことでしょ」
「……よくわかったな?」
「当然」
お見通しってわけか。
というか、この反応。
最初からそう仕向けるつもりだったんだな。
俺にとっての知佳という関係を、ミナホにとっての俺という関係に落ち着けようとした。
知佳が敢えてそう動く、これと言った理由は恐らく存在しない。
ただ、俺に似ていたから。
放っておけなかったのだろう。
あるいはウェンディから連絡……は多分まだ行ってないはずだ。
念話をできるのは俺とだけだからな。
「どうすることにしたの?」
「どうすることにって……もしかしてそこまでお見通しなのか?」
「悠真なら放っておかないとは思った」
まあ……俺が気付いたんなら知佳も気付くか。
ミナホが以前の俺に似ているということくらい。
いや、似ていると言ってもスケール感はだいぶ違うのだが……
「まあ、そういうことだ。ミナホにはショック療法をすることにした。俺がそうなったのと同じように」
「ふぅん」
「なるほど、流石お兄さまです」
だいぶ遠回しに伝えたが、流石は知佳。
すぐに察したようだ。
フレアも知佳の反応から納得いったようだが、シトリーは首を傾げている。
ちなみに何が流石なのかはよくわかっていない。
「どういうこと? 悠真ちゃん」
「まあ端的に言って、ミナホって子が自分を省みないくらい危なっかしいからどうにかしたい。好きな奴ができれば多少変わるだろってことだ」
「あー、悠真ちゃんと知佳ちゃんみたいに」
「まあ、そういうことだ」
現在、俺の黒歴史を知る人間は随分増えた。
いやまあ、本気で口止めしておかなかった俺も悪いのだが、噂が広まるのが早すぎる。
多分、俺の身内はほとんど全員知っているんじゃないか。
親父と母さんは知らないはずだ。
そこは言わずとも知られてはいけない、ということを皆わかっているのだろう。
まあ黒歴史なんてネタにされないとマジで触れられない過去になるだけだからな。
こんなもんでいいのさ。
うん……
「で、まあ知佳は特にご存知だとは思うんだが、あの手の人間は恋愛感情にもかなり臆病というか……鈍感だ」
「自覚あったんだ」
「ご自覚あったのですね」
「自覚あったの?」
「…………」
泣いていいか?
いや、こんなことでくじけている場合ではない。
「だからこう……経験者として、コツを聞きたいんだよ。知佳はどうやって俺をオトしたんだ?」
「……ええー……」
知佳は露骨に嫌そうな顔をした。
と言ってもそもそも無表情に近いのでその細かな差異はある程度知佳の表情を見慣れている者にしか見分けはつきそうにないが。
「別に、これと言ったことはしてない。だって私かわいいから。悠真は面食いだから、どうせ好きになると思ってた」
「なん……だと……いやでも確かに可愛いからなぁ……」
「確かに、知佳さんはとても可愛いですよね。同じ女のフレアも、嫉妬してしまいます」
「わかるわ~。クールなんだけど、悠真ちゃんにだけ見せる表情とかすっごく可愛いもんね~」
「冗談なんだけど……」
俺に同調するフレアとシトリー。
ちょっと頬を染めて拗ねるように照れる知佳。
うむ、やはり可愛い。
しかしこの可愛さは俺には絶対出せない。
男だからかっこよさ、か?
俺にとってのかっこいいの基準はアスカロンと柳枝さん……まあ一万歩くらい譲って親父も入れてやらんでもない、という感じなのだが、それらに比べるとなんか俺は違うような気がする。
というか柳枝さんって結婚しないのかな。
恋人とかいなさそうだけど……
おっと、逸れてしまった。
「……正直なところ、ほとんど策を弄したりはしてない。多少人間関係は手を加えたけど、それ以外はただ普通に……一緒に過ごす時間を多めに取った」
「なるほど、一緒に過ごす時間か……」
ていうか、人間関係って言ったか?
なにかあったのだろうか。
俺の周りで変わったことなんて特になかったような気はするが。
バイク好きの強面とか、二次元に生きるイケメンとか変わった奴らはいたけど、あいつらとの出会いは学食だったから完全に偶然だし。
というかあいつらが友人であることによって知佳が受けるメリットがそもそもなさそうだ。
「なんか……これ凄く恥ずかしいんだけど……」
珍しく知佳が弱音を吐いたな。
フレアは真剣な表情でメモを取っているし、シトリーは知佳のレアな表情に恍惚としながら魅入っているし(忘れがちだが、シトリーは可愛いものに目がない)でカオスだ。
「あとは普通に……好きなものとか……恋人っぽいイベントはなるべく逃さないようにして意識させたり……とか……くっ……!」
俺の表情が段々ニヤついていくのに気付いたのだろう、前に座る俺の脛に蹴りを入れてくる。
知佳がこういう直接的な手段に出るのも珍しい。
ふふ、しかし知佳の攻撃力では天地がひっくり返っても俺に傷一つつけることはできないのだ。
「後は……普通の価値観をなるべく植え付けた。悠真の場合は行き過ぎた自己犠牲の精神をなくすように、とか」
「それに関しては……まあご迷惑をおかけしました」
「最近はそれも再発してるみたいだけど」
「き、気をつけます」
いつもの調子に戻った知佳の前でぺこぺこする俺。
まあいつも通りの光景である。
「実際のところ、私はその理由を知ってた。だから誰かが近くにいれば段々改善されるだろう、という考えもあった。けど、ミナホの場合は何故ああなったかを私たちは知らない」
「……確かに」
そして俺がそうだったように、ミナホに直接それを聞いても絶対理由は話してくれないだろう。
あるいは自覚すらないのかもしれない。
「となると、当たってみるべきはシエルか……あの研究所の職員たちか」
「だと思う」
「なるほど、参考になった」
「本当に参考になりました!」
とフレアが鼻息荒くメモ帳を握りしめている。
こ、怖い。
勢いが。
まずやるべきは、ミナホのルーツを知ることだな。
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