第292話:あなどるニャ!
ミナホ入りの強化外装と戦った際に着ていた宇宙服もどきに再び身を包む。
これ、動きにくいから嫌なんだよな。
というのも、当然の話だったらしく。
どうやらこれは体全体に高負荷をかけることを目的としているスーツらしく、最大の負荷がかかっている時は
白金級――つまりルルと同程度の探索者たちがどうなるかは試したことがないので未知数だそうだ。
まあ、俺としてはその負荷よりもこの服のサイズ感の方が問題なのだが……
その負荷がかかっている状態でどれだけ動けるか、というのを見るのが身体能力を計測する手段というわけだ。
先程の魔力測定器で遊んでいる間にルルが帰ってきたので(シエルはまだ用事があるらしい)、今回はルルとの組み手ということになった。
しかもルルの各関節部には動きをサポートするらしい簡易版強化外装(?)のようなものがついている。
見た目ではただのプロテクターのようにしか見えないが、本人の魔力を使用することで動きのパフォーマンスが1.3倍から1.5倍まで見込めるそうだ。
ルルが1.5倍強くなって、俺はこの服で動きづらい状態。
互いに魔法はなし、身体能力強化はもちろんあり。
なかなか良い勝負になりそうだ。
「日頃の恨みを晴らす時が来たニャ」
明らかに勝つ気満々のルルがニヤリと笑いながら拳をパキパキ鳴らそうとして鳴っていない。
ちなみに初期案ではウェンディが同サポーターを付けて俺と組み手をするという予定だったのだが、魔法抜きの肉弾戦オンリーという条件であればウェンディを上回るルルが帰ってきたのでルルに変わった。
強いのはルルのはずなのだが、ウェンディには勝てる気がしなくてもルルには勝てそうな気がするのは何故だろう。
場所もあの時と同じ、四方を頑丈そうな金属で囲まれた広い部屋。
小高いところにガラスかなにかで遮られた空間があり、そこでは綾乃、ウェンディ、天鳥さんとミナホがこちらを見ていた。
「あたしが勝ったら一週間あたしのことを御主人様とでも呼んでもらおうかニャ!」
「じゃあ俺が勝ったら一週間メイド服だな」
「ニャ!?」
『いつでも始めてもらっていい』
耳元のインカムからミナホの声が聞こえてくる。
それはルルの方にも聞こえていたようで――
特に準備をしていなかった視界から完全にかき消える程の速度でルルが移動した。
右か左か、上か。
「――後ろだろ!」
振り向きざまにルルの蹴りを受け止める。
組み合いになってしまうと動きが阻害されていようがサポートされていようが俺が有利になるので、それは無しだ。
蹴りを防がれたルルは曲芸みたいな動きで俺の腕を支点にして真上へ跳躍した。
――かと思えば。
俺の首元に尻尾を巻きつけて、そのままぐるんと背後を取った。
そのまま背中をドンッ、と蹴り飛ばされる。
は、速い。
そしてこいつ、普段はアホっぽい感じになってるくせに戦闘時のIQは妙に高いんだよな。
「今の感覚……クリーンヒットしたはずなのに、妙だニャ」
「アスカロン流の防御術があるからな、こっちには」
「絶対通ったと思ったニャ」
攻撃が当たる瞬間、その部位に魔力を集中させてそこだけ防御力を飛躍的に向上させる。
先程の測定器でもわかることだが、ウェンディのようにムラのない魔力分布は当然珍しく、大抵はその人の利き腕や利き足に集中したり、掌に集中したりということが多いらしい。
そんな中、俺はへそよりちょい下が最も反応が強かったそうだ。
ぶっちゃけ心当たりしかない。
……というのはともかく。
そこに魔力が多くあるということがわかっているのならば、そこの魔力を特に移動させるようなイメージを持てば良い。
お陰でアスカロン式防御術の発動が以前よりほんの少しだけ速くなっているのだ。
その恩恵が早速出たわけだな。
にしても。
身体能力強化はもちろん全開だ。
俺にハンデが、ルルにブーストがあるということを加味してもそもそもルルが強い。
未菜さんやレイさんのようにわかりやすい超人ではなく、確かにある技術に裏打ちされた野生の勘とセンスがずば抜けている。
忘れてはいけないのは、こいつは打撃のみでボスより強いモンスターを瞬殺できるのだ。
そりゃ強い。
周りにもっと強いやつがゴロゴロいるせいで目立たないだけである。
「どうしたもんかな……」
正直この服のお陰で小回りは効かないし、捕まえるのもルール上不可。
となると、先読みしてなんとか攻撃を凌ぎ、カウンターを食らわせるしかないわけだ。
「よし、行くニャ!」
真正面から突っ込んでくる。
先程は不意を突かれたが、今度は違う。
こちらから見て右側に重心が寄っている。
俺の反撃に合わせてそちらへ飛び、こちらの体勢が崩れたところへ攻撃するつもりなのだろう。
となればそれを挟み込むように、更に右から攻撃をするのが正解だ。
俺はスタンスを大きく取って、薙ぎ払うように右足を振った。
すると――
ぐにゃん、と。
ルルの体が折れ曲がった。
攻撃が受け流され、しかも右足を尻尾で絡め取られている。
下から伸びてくる脚を辛うじてスウェーバックで躱すと、絡め取られた足を支点にしてぐるりと横回りで再び後ろを取られる。
しかも俺は後ろへのけぞっている状況で、だ。
「くっ――」
頭部に叩きつけが来ると思って咄嗟に両腕でガードしようとすると、横腹にルルの膝が突き刺さった。
食らった瞬間にその部位へ魔力を集めたのでダメージはさほど多くないが、先程よりも更にギリギリになっている。
体勢を崩さない俺を見てルルが後ろへとんとん、と下がった。
「引くほどタフだニャ……普通なら今ので3日は意識がないニャ。レオは3日寝込んで2日水しか飲めなくなってたニャ」
レオってのはルルの同郷のガキ大将……みたいなやつで<滅びの塔>を破壊する際にひと悶着あったが、なんだかんだあって丸くなった猫獣人のことだ。
流石にルルや俺に比べれば数段劣るとは言え、並の奴に比べれば遥かに強いあいつでもそこまでのダメージを喰らう膝蹴りを仮にも何度も寝ている俺に向けるとは。
「少しは容赦しろよな」
「そんなんしてたらあたしが負けるニャ」
しっかしこれは……
本当にどうしたもんかな。
こちらの攻撃に対応したところをカウンターしようと思えば猫の柔軟さで攻撃をいなされ、むしろこちらへの攻撃の起点にされる。
かと言って先読みしてカウンターするのもあっちの方が動きにバリエーションが多くて無理。
なんにせよ尻尾が厄介だな。
普段の戦闘スタイルでルルが尻尾をあのように活用することは無いのだが、恐らく今回の組み手では俺になくて、己にはあるものだからそれで撹乱しているということなのだろう。
正攻法じゃ無理だな。
下手すれば、ルルへのブーストも俺への枷も無しの状態ですらこうなる可能性がある程に近接能力に差がある。
こうなれば仕方ない。
流石にアスカロンにも通じたあの奇襲をルルが防げる道理はない。
ちょっと加減を間違えるかもしれないが、ルルなら多分たんこぶ程度で済むだろう。
『そこまで』
「へ?」
「ニャ?」
耳元のインカムに声が届いた。
なんで止めるんだろう、と思ったのも束の間。
「……なんか熱くね?」
「ニャ!? お前燃えてるニャ!」
「はあ!?」
宇宙服もどきが発火していた。
「あちちちち!!」
身体強化でダメージは受けないとは言え、熱いもんは熱い。
俺が慌てて脱ぎにくいその服を脱ごうとしていると、急に抵抗がなくなってバラバラと服がその場に落ち、ついていた火も消えた。
この鋭利な切り口と鮮やかな手口……
「マスター、ご無事ですか?」
「あ、ああ。助かった」
ウェンディがストン、と上から降りてきた。
あーあ、ガラスが綺麗に割られてる……というか切られてる。
お陰で俺はパンツ一丁になってしまったが、(ミナホを除いて)今更この面子で恥ずかしがる必要もあるまい。
綾乃たちは遅れて普通に階段で降りてきたようだ。
「服の方が耐えきれなかった。ごめん」
落ち込んだ様子のミナホがぺこりと頭を下げる。
「いや、気にすんなって。怪我もないんだしさ」
肩にポンと触れる。
自分のことに頓着がないだけで、普通に落ち込んだりもするんだよな。
「で、あれはあたしの勝ちでいいニャ? 終始あたしが押してたニャ」
「いいや、俺には奥の手があるからな。お前も知ってるだろ、アスカロンとの時の」
「はあ!? お前あれを使おうとしてたニャ!? それはずるだニャ!」
「つまり続けてれば俺の勝ちだったわけだ」
「そ、それは続けてればの話ニャ! 勝負は勝負ニャ!」
うーむ。
なるほど、ルルの言うことにも一理ある。
「じゃあ、互いの言い分の中間を取ろう。お前は御主人様と呼んでほしくて、俺はお前にメイド服を着せたいわけだろ?」
「そうだニャ」
「じゃあ、お前がメイド服を着て、俺のことを御主人様と呼べばいい。そうしたら双方の願いが叶ってWin-Winだ。確かに今回はお前も頑張ったからな、ご褒美代わりだと思って遠慮しないでくれ」
「それならまあ……あれ? ニャんだかおかしい気がするニャ?」
「気のせいだって」
罰ゲームはともかく、奥の手に頼らざるを得ない状況だというのもなかなか堪えるな。
帰ったら未菜さんとレイさんにもっと鍛えてもらおう。
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おまけ(メカニカ特性魔力測定器で一部登場人物の魔力を測った場合)
皆城悠真…測定不能(へそ下の魔力が多い)
緒方綾乃…181(右腕の魔力が多い)
天鳥香苗…108(頭部の魔力が多い)
ミナホ …230(頭部の魔力が多い)
シエル …一桁~測定不能(ムラ無し)
ルル …344(両足の魔力が多い)
レイ …250(ムラ無し)
永見知佳…269(頭部の魔力が多い)
伊敷未菜…281(頭部、特に目周辺の魔力が多い)
柳枝利光…206(ほぼムラ無し、やや左腕が少ない)
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