第291話:エルド
色々あったが、翌日。
知佳とスノウは朝方に一旦地球へ戻って、代わりに綾乃とウェンディが来た。
ちなみにシエルとルルは用事があるので別行動である。
今日は何をやらされるのかと思っていたら……
「……これに手をかざすだけで魔力を?」
こくり、とミナホが頷く。
「測定できる。値はあそこのモニターに」
目の前に置かれたのは機械っぽさをあまり感じない、幾何学的な模様の描かれた正四角形の箱だ。
モニターはモニターでホログラムで投影されている、未来を感じるものになっている。
恐らく魔法が……魔法円陣とやらが関わっているのだろう。
「ああっ、あれ、お願いしたら分解させてくれたりしないだろうか……」
天鳥さんがうずうず……というか見様によっては発情しているようにすら見える恍惚とした危ない表情をしている。
彼女の見た目の幼さでして良い表情ではない。
良い子には見せられないやつだ。
「あ、後でミナホを通して交渉してください」
ちなみにミナホは俺の『恋人』になるということになっているのだが、それはまだ正式に成されたわけではない。
まずは彼女をメカニカから地球……というか日本……というかこちらの身内に引き込むことに対する許可を国レベルで得る必要があるのだ。
ただでさえ魔石を無尽蔵に生み出す<滅びの塔>を破壊させろと言っている以上、この交渉は難航すると思われる。
現在シエルとルルが離脱しているのはその交渉へ向かっているからだ。
そういう意味では知佳は『恋人』という言い方をしたが、要するに俺自身が体の良い研究材料というだけのことである。
と、いう説明を知佳から事情を聞いて若干不機嫌そうになったウェンディにしたばかりである。
フレア含むその他面子には知佳から説明しておいてくれるそうだが、また色々と機嫌を取る方法を考えておかなければいけないかもしれない。
「どのようにして魔力を測るのでしょうか?」
どちらかと言えば研究者気質なウェンディが訊ねる。
「可視光線化した魔素を体内へ透過させる」
「それで返ってきた反応を元に魔力総量を測定する、と?」
「そういうこと。魔力によって減衰した値から数値を導き出す」
ちなみに俺は今の会話を聞いて何も理解していないが、わかった振りをしてうんうん頷いておく。
「微弱な電流で体脂肪率を測るときと同じようなことなんですかね?」
「そ、そういうことだろうな」
綾乃はわかっていたようなので俺もそれに乗っかっておいた。
幸い、妙に勘の鋭い知佳はいないのでそれで誤魔化せる。
はずだ。
「安全性は?」
「保証されてる。問題ない」
「一応、私が先に。マスター、よろしいでしょうか?」
「別に構わないけど……」
俺の許可を得たウェンディが一歩進み出て、箱に手をかざす。
すると、先程言っていた魔素を可視光線(?)とやらであろう謎の細い線が二本出てきて、それがウェンディの体を挟み込むようにする。
その二本の線の間には半透明の板のようなものが出ていて、それが3Dスキャナーで物をコピーするときのようなイメージで何度か上下する。
そして、しばらくして。
ピッ、とホログラムなモニターに、人間の体の模型のようなものが表示された。
何故か体の前面だけで、後ろの方はぼやけているのだが。
全てが緑色の線で表現されていて、その中もちょっと薄めの緑で一色に塗りつぶされているような感じ
なのだが、俺は一目でわかった。
この体型、胸の形に大きさ、腰の形、間違いなくウェンディのそれだ。
男研究者がここに同席していなくて良かった。
もしいたとしたら俺はそいつらの目を潰して回らなくてはいけなかったからな。
「……驚いた。ここまで均等に体中へ魔力を行き渡らせてる人、初めて見た」
「均等に?」
「このモデルを塗り潰しているのは、魔力。だから普通は色にムラが出る。でも、ウェンディはそれがない」
「へえ……」
そういうものなのか。
「で、魔力自体の大きさは?」
「測定不能だった」
「…………」
だめじゃん。
「後ろの方がぼやけてるのは、濃すぎる密度の魔力に魔素が貫通しきれなかったから。つまり、最低でも51200エルド以上の魔力がある」
「……エルド?」
「魔力を初めて発見した人の名前」
へえ、それってかなり前の人ってことだよな。
少なくともシエルが幼い頃から魔力は認知されてたわけだし。
「ちなみに、そのエルドというのはどれくらいが平均値なんだい?」
「10歳男性の平均値が21、女性の平均値が22。20歳になると男性が35、女性が31。白金級の探索者や冒険者の平均値は300ないくらい……と言われてる」
「……てことはウェンディの魔力はこの世界の最上位の探索者の200倍くらいってことか?」
「そういうこと」
マジかよ。
そもそも測定不能なんだから、下手すりゃそれ以上ってことだろ?
魔力の多さがそのまま強さに直結しないのは俺が良い例になってはいるが……
白金級ってのは要はルル級だ。
少なく見積もってその200倍の魔力というのがどれだけ途轍もないかがはっきりわかるだろう。
しかもウェンディが使える魔力というのは、これだけではない。
それに加えて俺の魔力を使うこともできるのだ。
「まさかここまでとは思ってなかった。驚いた」
「マスターの魔力量は少なく見積もっても今の私の10倍以上はあると思われます。そこまで測れるものはないのですか?」
「ない。それ以上を測ろうとする魔素が人体に影響を及ぼすようになるから」
「……なるほど」
ウェンディが今の私と言ったのは、恐らく常在魔力とでも呼べるような魔力量についての言及だろう。
俺との物理的な距離が近ければ近いほど、ウェンディたちは大きな力を持つ。
この距離感ならばほぼ最大値と言って差し支えないだろう。
ちなみにウェンディたちの体内に常に存在している魔力も元は基本的に俺の魔力であることには変わりないのだが、大規模な魔法を使う際に俺の魔力を借りるのとはまた別ロジックだったりする。
これは感覚の問題なので詳しく説明するのは難しいのだが。
「……貴方は本当にウェンディの10倍以上魔力があるの?」
ゆっくりとした口調でミナホに問われる。
「うん? どうだろうな……ウェンディがそう言うんなら多分そうなんだと思うけど」
俺としては単純に考えて、ウェンディ、スノウ、フレア、シトリー、シエル、レイさん。
この6人に均等に魔力が配分されている以上、それに加えて俺に残っている魔力を計算して6倍以上というのならわかる。
まあレイさんに割かれている魔力はウェンディたちに比べるとだいぶ少ないので、もっと厳密に言うなら5倍ちょいくらいなイメージなのだが。
10倍以上という計算は恐らくウェンディの感覚によるものだろう。
「……だとしたらその魔力量は他の人に絶対に知られない方がいい」
「なんでだ? いや、別に言いふらすようなつもりはないけど」
ルルにもそんなことを言われたような気がするし。
なんでだっけか。
帝国の魔力源にされるから、とかだったかな?
「その魔力量なら、理論上は神話魔法が使えることになる。それがバレたらいろんな国から命を狙われたり、何がなんでも味方に引き入れようとされる」
「…………な、ナルホド」
神話魔法。
聞き覚えがあるというか、見に覚えがあるというか。
ウェンディやスノウたちとの関係は研究の都合上既に伝えてあるし、異世界出身ということもミナホは知っている。
しかしまだ
シエルたちの交渉が上手いこと行けば伝えても問題ないが、現状だとまだ危なそうだな。
(……だよな?)
(はい、その通りです)
ウェンディと念話でやり取りして一応確認しておく。
「次は身体能力を調べよう」
「……なんか楽しそうだな?」
「…………そう?」
ミナホは目を丸くして尻尾を立てる。
天鳥さんがにやりと笑う。
「楽しくないはずがないだろう、僕たち研究者はわからないものが大好きだからね」
「わたしは……そういうのはよくわからないから」
ミナホは目を伏せて、そう呟くのだった。
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