第290話:魅力的で寡黙な交渉材料

「てことは、ミナホがメカニカの技術をここまで高めたってわけか」

「わたしだけの力じゃない」


 よくわからない施設の中をそこまで自由に歩き回るわけにもいかないので適当に代わり映えのしない廊下を色々駄弁りながら小一時間ぐるぐる回って戻ってくると、すっかりシエルとミナホは打ち解けていた。

 まあ、打ち解けるもなにも喧嘩で離別したわけじゃないからミナホの方がシエルを覚えていた時点で話は終わっているのだが。


 で、改めて話を聞いてみるとどうやらメカニカはここ数十年で急激に魔法科学が発展したのだが、その大部分がミナホの力によるものらしいのだ。

 

 ちなみに現在、知佳が俺の膝の上に座っているのだがこの部屋にいる誰も気にしていない。


 スノウやシエル、ルルが気にしていないのはともかく、ミナホまで気にしていない。


 

 ……それはともかく。

 ミナホは天鳥さんや知佳と同種の天才というわけではない。

 彼女の特異な点は――



「……これが本当に魔法円陣なんだとしたら、恐ろしく高度なものよ。あたしはもちろん、こんなんウェンディお姉ちゃんでもシトリー姉さんでも解析すらできないわ」


 ハンカチくらいの紙に描いてある複雑な魔法陣をスノウがまじまじと眺める。

 これをミナホが描いたらしい。


「魔法円陣ってなんだ? 魔法陣とは別なのか?」

「簡単に説明すると、魔法陣の上位互換が魔法円陣よ」

「もうちょっと詳しく」

「普段はイメージの力で発動している魔法を誰でも扱えるようにするものが魔法円陣。この魔方円陣に魔力を流したら、何も考えないで魔法が発動できるわ。何が起きるかまではあたしでもわからないけど」

「……それって蓄魔鉱と組み合わせたらとんでもないことができるんじゃないか?」


 だって魔力もない人間が、銃を撃つのと同じ感覚で魔法を使えるようになるってことだろ?

 イメージだけで撃てるってのも大概だったが、それすら必要ないとなれば話が全く異なってくる。


「描ければ、ね。あたしには無理よ。そもそもさっき魔法陣の上位互換が魔法円陣だって言ったけど、もっと具体的な区分けがあるのよ。何も考えないで魔力を込めるだけで魔法が発動できるような神器級の魔道具に描かれている魔法陣が魔法円陣って呼ばれるの。それ以外の人が作ったものは全て魔法陣」

「……つまり神様が作った魔法陣が魔法円陣ってことか?」

「そういうことね……というか、そうだと思っていた、と言うべきかしら。実際にそれを描ける人間がここにいるんだから」

「これ、コピーしたらどうなるんだ?」


 ぺらい紙に描いてあるものなのだから、普通にコピー機でコピーできそうだが。


「コピーしたものは使えない」


 とのことだった。

 ミナホ自身がそう言うのなら間違いないだろう。

 

「他に描ける奴はいないのか? これ」

「言ってしまえば、今頭の中で考えていることをそのまま書き出すような作業じゃからな。絵を描いたり、歌を歌ったりという表現方法ともまた違う」

「つまりミナホにしかできない方法でメカニカの成長に寄与していたわけか……ていうかそんな超重要人物がなんであの強化外装に乗ってたんだ? 下手すりゃ大怪我だぞ」

「…………?」


 ミナホは首を傾げる。


「いや、だから大怪我だぞ?」

「……エリクサーがある。だから、問題ない」


 じっ……と俺を見つめるミナホ。

 おっぱいを減らないから触られても平気とか言っていた時点でちょっとずれたものを感じたが、この人、色々無頓着すぎないか?


「ミナホ、わしはそういう考え方はやめろと言ったはずじゃぞ」


 シエルが眉をひそめる。

 

「…………?」


 それに対してやはりミナホは首を傾げた。


「……何故? 不可逆的な要素は避けてる。だから、問題ない」

「はあ……」


 シエルが額を抑えて溜め息をつく。


 なるほど。

 知佳に似ているようで、致命的に違う部分がある。


 ミナホは恐らく、

 本当に彼女に似ているのは知佳ではなく――……


 シエルとの再会時に、何も思っていないようには見えなかった。

 だから心がないわけではないのだろう。

 だが、自分の安否に関しては大した頓着がないのだ。


 死ななければ別にいい、くらいの。

 いや、下手をすれば……

 なにかの拍子にそれはそれで、と考えているような。


 どうしたもんかな。

 なんて考えていると――



 スィーン、とこの部屋の自動扉が開いて、天鳥さんが帰ってきた。

 どうやら今の今まで色々説明を受けていたらしい。


「おや、どちら様だろう?」


 ミナホを見て天鳥さんは訊ねる。


「わたしはミナホ。この国で働いて、お金をもらってる」

「僕は天鳥香苗。皆城悠真の恋人さ。何番目かはわからないけどね」


 な、何番目て。

 

「ところでミナホさんと言うと、この国で唯一魔法円陣というものを作れる人という認識であっているかな?」

「あってる」

「では提案だ。お金は払うから、僕と共同研究をしよう。凄いものが作れるぞ!」


 テンション高いな、天鳥さん。

 そりゃこの色々なものが地球よりも便利そうな国にくればそうもなるか。

 彼女にとっては天国みたいなものだろう。

 

「やだ」

「……へ?」


 天鳥さんにしては珍しく、間の抜けた声を出す。


「お金は払うよ? 僕じゃなくて、悠真クンがだけど」

「俺ですか」

「だってキミは僕の雇用主だからね」


 そういえばそんな設定だったな。

 その辺、何も気にしてなかったけど。

 いやまあ、設定というか事実は事実なのだが。


「別に、お金はあるから。いらない」

「……凄いものが作れるんだぞ?」

「そう」

「なるほど…………どうやら変わり者のようだね」


 貴女が言いますか、天鳥さん。

 

「ふーむ、しかし困った。正直、この国にあるもので一番欲しいものは魔法円陣を作る技術なんだ。悠真クン、なんとかしてくれ」

「んな無茶な」

「そこまで無茶でもないでしょ」


 黙っていた知佳が喋りだす。


「……静かだったな?」

「キャラが被るといけないから」

「誰に向けての配慮だよ」

「冗談はともかく、そこまで無茶でもないと思う。要はミナホに協力してもらえばいいってことでしょ?」

「そうだけど……」


 ミナホは俺と知佳を見ている。

 特に興味もなさそうに。


 今日の夕飯を考えている顔だ、あれは。

 知らんけど。


「彼女には探究心がないわけじゃない。ただ、先輩との利害が一致しないだけ」

「では知佳は既にミナホさんが興味を示すものが何かを知っていると?」

「うん。悠真でしょ」


 そこで初めて、ミナホはぴくりと青みがかった銀色のキツネ耳を動かした。

 ルルは同じ獣人同士なにか警戒でもしているのか、そのぴくりと動いたキツネ耳に対してぴくりと尻尾を動かしていたが。


「ミナホ」

「なに」


 ダウナー同士の会話が始まる。

 ローテンションな話し合いだ。


「さっき、先輩……天鳥香苗が言っていたこと覚えてる? 皆城悠真の恋人だって」

「覚えてる。何番目かはわからないと言っていた。察するに、貴女が


 スノウの眉がぴくりと動いた。

 それに対してルルの耳がイカ耳になった。

 す、ステイ。ステイ。


 にしても、俺の膝の上に乗っている知佳のことが見えていないわけではないんだよな、やっぱり。

 なのに何も反応を示さなかったって、鋼の精神すぎないか。


「ミナホも悠真の恋人になると……」

「……?」

「悠真のことは、順番と節度を守ればいつでもどこでも好きにできる」

「え? ちょ――むぐっ」


 俺の反応はこっそり伸ばされていた影に口を塞がれることによって封殺された。

 げ、言論統制だ。

 

「三食昼寝付きの宿に、潤沢なお小遣いのおまけに悠真がついてくると思ってくれていい」


 俺がおまけなの?

 思ってくれて良くないよ?


「…………」


 明らかにミナホは真剣な表情で考え込んでいた。

 何故なのか。

 俺の意思はそこに介在していない。

 俺のことなのに。

 俺のことだよね?


「あと、そこにはシエルも住んでる」

「…………わかった。皆城悠真の恋人になる」


 てってれー。

 ミナホ が パーティ に くわわった!


 じゃないんだよ。

 俺の意見が何一つ聞かれていない。


 まあ……

 断る理由はないんだけどね。

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