第289話:狐
1.
手におっぱいが触れている、と気付くが早いか、俺はすぐさま手を引き抜いた。
「や、やべ……」
ブシュゥ――と。
機体から煙? 熱気? が排出され、バカッと装甲が開く。
そこから出てきたのは、青みがかった銀髪と……猫耳……いや、狐耳? の生えた、暗い青色の瞳を持つ少し冷たそうな印象を持つ美女だった。
年齢は多分20そこそこ……つまり俺と大差ない。
尻尾も生えているのだが、そちらはふさふさとしていて非常にさわり心地が良さそうである。
纏っている衣服はぴっちりした黒タイツ。
はっきり言って目のやり場に困る。
な、なんか想像の斜め上の人が出てきたな。
そして俺のことをじっと見る。
「あ、あのー……お怪我とかは……ないですよね? その、触れたのもわざとじゃないんです。す、すみません」
「……?」
彼女は首を傾げてこちらへ歩み寄ってきた。
身長はかなり高い。
俺とほとんど同じくらいか……若干高いくらいか?
そんな人が目の前まで近づいてきて、息のかかる程近距離まで顔を近づけてきた。
しょ、初対面でここまで接近してきたのはスノウ以来じゃないか?
「…………すごい魔力」
ダウナーな感じの声音でそう呟いた美女は、ぽつりと呟く。
「…………」
「…………」
しばらく無言で見つめ合う。
「あ、あのー……」
「……?」
「ま、マシン壊しちゃってごめんなさい。あと、触ったのもわざとじゃなくてですね……」
「……ああ、それなら平気。まだたくさんある。あと、おっぱいは触られても減らない」
ゆっくりした口調でなんだかズレた回答を頂いた。
確かにおっぱいは触っても減らない上に、こちらにやる気が充填されるという素敵物質なのだが。
「……わたしはミナホ」
「み、皆城悠真です」
「……知ってる」
さ、さようですか。
「……それより貴方に興味がある……話に聞いてた通り、普通の人間なのに……凄く強い……」
「ど、どうも……?」
至近距離からじぃっと顔を見られたまま、なんだかゆっくりした感じの口調でそう告げられる。
知佳もダウナーな感じで眠たげに淡々と喋る奴なんだが、この人はそれに加えてこっちまで眠くなってくるような感じだ。
テンションが低いというかダウナーというか……マイペース?
にしても美人だな……
「……あとで、また会お」
ミナホさんはそう言ってゆったりゆったり再び開いた壁から帰っていった。
な、なんだったんだろう。
2.
鋼チックな材質で覆われたサイバーな部屋へ俺たちは通され、とりあえず待機するようにという指示を受けた。
天鳥さんが色々話を聞きに行っていなくなったが、その代わりにシエルとルルが帰ってきた。
どうやらメカニカのお偉いさんのうんちくを永遠に聞かされ続けていたらしい。
ルルは涙目だった。どうやら話しはじめて1分で既に何も理解していないのに、寝ようとすると起こされるので退屈だったらしい。
頭を撫でてやると、ふにゃんと鳴いて寝た。
可愛いんだが女の子に対しての可愛いよりもそれこそ猫に対しての可愛いに近い感情を抱く。
実は猫の獣人じゃなくて本物の猫じゃないのか?
「で、あの黒タイツは何者なのよ。初対面の男にい、い、色目なんて使って!」
「悠真、鼻の下伸ばしてたし」
スノウと知佳がお冠だった。
ご、ごめんなさい。
仕方がないんです。
別に色目を使われてたわけではないと思うが。
あの人は多分天然であれだ。
「ミナホって名乗ってたぞ。何者かは知らんが」
「……ミナホじゃと? ミナホと言ったのか? 今」
シエルが反応した。
「へ? あ、ああ……そうだけど、それがどうかしたのか?」
「青みがかった銀髪の、狐娘か?」
「あ、ああ」
「……生きておったのか」
「知り合いか?」
「800年程前に、何年か一緒に旅をした。その頃はまだこーんなちっちゃかったがのう」
シエルが手を下にやる。
フゥより小さいくらいだ。
下手したら5、6歳の頃じゃないのか?
「いや、それにしたって800歳以上? 狐の獣人ってそんなに生きるのか?」
「いや、普通はそんなには生きぬよ。じゃが、思い当たることはある」
「……事情?」
「うむ。あやつの出自は少し特別での……まず、あやつは自分の両親を知らん。遊郭で生まれ、育てられていたんじゃ。その遊郭が火に呑まれ、当てがなくなったあやつをわしが引き取ってしばらく共に旅していた感じじゃな」
遊郭か。
この世界にもあるのか。
「それで、800年前に遊郭から引き取った狐の獣人がなんでまだ生きてるの?」
「どうやら母親か父親か、どっちかがエルフだったんじゃろ。純血の狐の獣人ではなく、エルフの血が混じっておるということじゃ。遊郭という場所だということも考えると、恐らくは……母親か」
「へえ……」
なるほど、獣人とエルフのハーフか。
だから長生きで、獣人の特徴が出るわけだな。
「その母親って今も生きてんのかな」
「死んでおるじゃろうな。火事の生き残りはミナホだけじゃった」
「なるほどなぁ……」
あのマイペースな彼女にもなかなか壮絶な過去があったらしい。
スノウが問いかける。
「さっき生きてたことに対して驚いてたけど、そもそもなんで別れたのよ」
「途中で獣人の里を見つけたからじゃよ。それに当時はエルフとのハーフかも、なんて考えもしなかったからのう。わしより先に逝く小娘の面倒をずっと見るのは……色々との」
「あー……ごめんなさい、無神経だったわ」
「別にいいんじゃよ。もう慣れたもんじゃ。当時はそうでもなかったがの」
「で、800年ぶりに再会するわけか」
「あっちがわしのことを覚えているかは微妙なとこじゃがのう」
スィーン、と部屋の入り口にあった自動扉が開いてちょうど話をしていたミナホが現れる。
「……もちろん覚えてる。あの時はありがと、シエル」
「み、ミナホ……」
待機するように言われているが、流石にこれは……
俺はスノウと知佳に目配せして、寝ているルルを担いで部屋から出るのだった。
3.
「にしても、どうだ? 知佳。お前の目から見て、この国の技術力は」
「まだなんとも言えないけど、科学力だけで見ても……少なく見積もって技術革新後の地球と同じくらいはあると思う。もしかしたら、それ以上。それに加えて魔法も混ざってるから……」
「あんだけ強い強化外装が作れるわけだな」
天鳥さんが得るものは多そうだ。
「そんなに強かったの? あのロボ。別に大して苦戦してなかったじゃない」
スノウが不思議そうに聞いてくる。
「まあ苦戦はしなかったけど、明らかにテレビ局で戦ったやつよりは強かったよ。中に入ってる人にも魔力からしてそれなりの差はあったみたいだけど……まあ、そもそもそんな次元の話じゃないくらいには別物だ」
「実際やってみないと細かいことはわからないわね。あんたが戦ってみた感じ、未菜とどっちが強かった?」
「そりゃ未菜さんだな。多分、本気でやりあって柳枝さんと互角か、柳枝さんがちょい有利くらいだと思う」
ちなみに伸びる槍は抜きでの評価だ。
あの武器はかなり強い。
ぶっちゃけあれを持っている柳枝さんと魔法抜きの組み手をしたら負けはしないでも普通に苦戦するレベルだろう。
未菜さんは超人だが、柳枝さんは達人だからな。
「つまりあれの中身が誰でもいいんであれば、最低でもそのレベルの兵士が量産できるわけね」
「……そう考えるとマジでとんでもないな、あの強化外装」
「先輩なら遜色ないものか、それ以上のものを作れるようになると思う」
「天鳥さんならやるだろうなあ」
今までのネックは魔法科学だったのだ。
そこがクリアされるのであれば飛躍的に可能性が広がることになる。
構造さえ理解できればなんでも作れるというとんでもスキルもあるしな。
「……ニャ? ニャんであたし運ばれてるのニャ?」
雑に肩に担いでいた(おっぱいがちょくちょく肩に触れて幸せだった。おんぶすると完全に当たるので俺の息子がエレクチオンして大変なのだ)ルルが目を覚ましたようだ。
というか今の今まで寝ていたというのも驚きだが。
「起きないから仕方なく運んでるんだ。後で労働の対価を要求するからな」
まあ俺は既にその対価を貰っているようなものだが。
ルルの乙と杯は案外大きいのだ。
「あたしはこないだテレビで見た、どこかの王家が御用達とかいう銀座にあるチョコ店のチョコでいいわよ」
「ニャニャ!?」
「私はこの前行ったところのやつでいい。平日50個限定販売」
「ニャニャニャ!?」
「じゃあ俺は……」
「状況が把握できないニャ!?」
ルルがぴょんと俺の肩から飛び降りる。
そこで俺たちの表情を見て、冗談だとわかったようだ。
「ちなみにお前はこれから研究対象とする為に運んでいたんだ」
「ほんとにそうだとしたらここの職員が同行してるはずニャ!」
案外鋭いところを突いてくるな。
その後、拗ねたルルを宥める為に鰹節が一本献上されることになったのだった。
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小ネタ
ルルの一番の好物は鰹節、二番目はにぼし、三番目がまたたび。
嫌いなものはコーヒーのホット(カフェインを摂取できないスノウに対して、苦いから飲めないのだと勘違いしておこちゃま舌だと煽る為にかっこつけて飲もうとしたら舌を火傷した)
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