第288話:お注射しますよ

1.



 呆れた目で俺を見る銀髪女エルフな看護師さんが呆れたような口調で話しかけてくる。


「……あの」

「はい」

「注射するので、身体強化を解いていただけますか?」

「と、解いてます」

「…………」


 ポキっと鉛筆の芯の3倍くらい太い注射の針が折れた。

 

「解いてないじゃないですか!」

「いや無理に決まってるでしょうこんなの!」


 何を隠そう、俺は注射が嫌いだ。

 大嫌いと言っても良い。

 こんな針、目じゃないくらいのサイズの穴を体に開けられたこともあるが、それはそれとして注射が苦手なのだ。


 理由はわからない。

 とにかく苦手だ。


「あいてっ」


 べしっ、と頭部に衝撃が走った。

 涙目で裏を見るとスノウがゴミを見る目で俺を見ている。

 新たな扉を開いてしまいそうだ。


「なにやってんのよ」

「な、なにって言われましても」

「困ってるでしょ、その人」

「そ、それはそうなんですが」

「次迷惑かけたら、あんたの腕以外を凍らせるわ」

「ひぃ……!」


 スノウはやると言ったらやる。

 脅しじゃない。

 ガチだ。

 注射に刺されるか、スノウに凍らされるかで考えたら流石に僅差で後者に軍配が上がる。


「でも見てくれよこの針、死んじゃうよ俺」

「その程度で死ぬんならとっくに死んでるわよ」

「……えっと、打っても大丈夫ですか?」

「いいわよ、ひと思いにいっちゃって」

「ひと思いに逝っちゃって!?」

「うるさいわねあんた。ねえ、こんなんでもまだ好きなの?」


 もうひとり、俺を冷めた目で見ている人物へ声をかけるスノウ。

 いつも通りの眠たげな目なはずなのに、明らかに俺のことを見下している。

 そんな波動を感じる。

 

「まあ……悠真が注射嫌いなのは知ってたし」

「そういうスノウさんこそ、この程度で悠真クンを嫌いになったりはしないだろう?」


 ニヤニヤと、この場では唯一楽しそうにしている天鳥さんが言った。

 スノウは顔を赤くして何故か俺を睨みつける。

 何故なのか。

 氷漬けへのカウントダウンが一歩進んだような気がする。


「僕としては情けない悠真クンもなかなか面白……可愛くて好きなんだが、これでは彼らの実験が進まない。引いては、彼らの技術を教えてもらうのにも支障が出る。ここは一つ、おまじないをしてあげよう。悠真クン、こっちを向いてくれるかい?」

「なんです?」

「ほら」


 ばよん、と。

 あるいはぶよん、と。

 はたまたぽよよん、かもしれない。


 俺の顔を好ましい柔らかさと温もりを持った二つの膨らみが包み込む。


「なっ」

 

 スノウの驚くような声が聞こえたような気がしたが、俺はもはや顔面の神経に全ての集中力を注いでいた。

 ダンジョン管理局の試験の時だってこんなに集中はしていなかったかもしれないというくらい集中していた。

 素晴らしきロリ巨乳。

 ちっちゃくておっきいのがこんなにも素晴らしいなんて。


 お陰で――


「はい、終わりましたよ」


 まるで道路に落ちているガムを見るかのような目で俺を見るエルフの看護師さんが注射器の中に俺の血を吸い上げ終えていた。

 スノウには「この変態」と言われ、知佳には無言で睨まれる。


 おやおや、ここは天国かな?



2.



「大体、なんで血をとるだけなのにあんなぶっとい注射器なんだよ。おかしいだろ」

「そりゃ魔力ごと吸い上げようと思えばそれなりに太い針になるわよ。あれでも細い方よ」

「マジかよ……」


 げんなりする。

 俺は今後一週間、あの針で血を抜かれ続けるそうだ。


 様々なテストをしながら変化を見たりするらしい。

 やだなあ。

 心底嫌だ。

 

「未菜でも連れてきて浅く斬ってもらったら? レイとかウェンディお姉ちゃんでも同じことはできるだろうけど、あの二人はあんたを傷つけることはまずしないだろうし」

「それは……割とマジで有りだな……」


 未菜さんなら痛みを感じる間もなくサクッとちょっとだけ斬って、血を流させてくれるだろう。

 傷は治癒魔法ですぐに治せば良い。

 注射は怖くても彼女の太刀筋なら信用できる。


「僕が毎回おっぱいを提供してあげるわけにもいかないからねえ。スノウさんはともかく、知佳には真似もできないし」

「……む」

 

 知佳がむくれる。


「おや?」


 そして影が天鳥さんを捕まえた。


「こんなものあっても重いだけ。あと悠真は大きいのが好きなわけじゃない」


 ぐねぐねと知佳が天鳥さんの乳をこねくり回している。


「うっ……ちょ、ちょっと知佳? くすぐったいんだが……ふっ……んっ……」


 天鳥さんの息が荒くなってくる。

 目が乾いてきて痛いが、俺はこの瞬間を見逃すわけにはいかない。

 いかないのだ。

 例え血の涙が流れようとも目に焼き付けなければならないッ!


「あんたそれティナとか志穂里に言いつけるわよ」

「うぐっ……それは……やめてください……!」


 素直に俺を尊敬してくれているっぽい二人に軽蔑されるのは本当に悲しくなるやつだから!

 ちなみに、今日は来ていないがティナも後日ここ、技術大国メカニカへ招待するつもりでいる。

 ご家族の許可を得て、チャチャも一緒に。

 魔力覚醒に伴う影響なんかを調べてもらうのだ。


 今日メカニカへ来ているのはスノウ、天鳥さん、知佳、俺。

 あとここにはいないがシエルとルル。

 毎日来る……というか住み込みになるのは俺と天鳥さん、シエル、ルルの四人で、あとは日毎の都合で入れ替わったり入れ替わらなかったりするイメージだな。





「で、このクソ動きにくい服は一体なんなんだ? 宇宙服じゃないんだから、まったく……」


 ほぼ宇宙服みたいな見た目の、かなり動きにくい服を着せられて俺はとある部屋へ通された。

 全面がなんかメタルチックな素材で囲まれていて、ちょっと上の方にガラス張りになった別室が見える。


 そこには知佳、スノウ、天鳥さんの三人と、メカニカの技術者と思われる数名がいた。

 ……これ、漫画とかでよく見る感じのやつじゃん。


 わかってるぞ、今から俺はなんか機械生命体みたいなやつと戦わされるんだろ?


 なんて思っていたら、部屋の壁がずらりと上に開いてその先に本当に機械生命体みたいな奴がいた。

 というか……形は若干違うが、ダンジョン研究家の宮野英二が作った強化外装に酷似している。

 大きさは2メートルちょいくらい……かな?


「これ、壊しても文句言わないんだろうな?」


 どうせマイクか何かがどこかについているんだろうと思い、目の前のアナザー宮野マシンを指差す。

 そうすると多分一番偉い技術者っぽい感じの、頭が白髪のバーコードになっているお爺ちゃんがぐっとサムズアップしてきた。


「最低限、中の人は傷つけないようにしないと――な!?」


 思っていたよりもずっと速く、強化外装がこちらへ駆け込んできた。

 慌てて足で突っ張って止める。

 す、凄いパワーだぞこれ。

 下手すりゃ準ボス級くらいはあるんじゃないか?


 少なくとも、真正面から立ち回るのは無理ではないにしてもこちらの消耗も大きい。

 ましてやこの動きにくい服だ。

 

 しかしぐっと力を込めて弾き飛ばしたのも束の間、やはり見た目にそぐわぬ高速機動で今度は俺の背後に回り込もうとしてくる。

 なんでこのガタイで小回りまで効くんだよ。

  

 仕方ないので強化外装の足を掴んで引っ張り倒す。

 そしてハンマー投げの要領でぐるぐると遠心力をつけて――


「おわっ!」


 炎弾が飛んできたので、慌てて屈んで躱した。

 上手いこと投げ飛ばせなかった強化外装がこちらへ腕を向けて連続で炎弾を放ってくる。


「魔法まで使えんのかよ、それ!」


 食らっても問題ない程度の威力なので、拳で弾いたりそのまま体で受けたりしながら接近して、今度は――


 手を手刀の形にして、大体この手の機械なら頭か心臓部が弱点だろうと思ったので心臓部を抜き手で刺した。

 

 中の人がいるだろうから、もちろん貫通はしないように。

 見た目から装甲の厚さをなんとなく逆算して、それくらいの手加減で……やったのは良いのだが。


 なんか、手の先に柔らかい何かが当たってるんだよなー……

 いやまあ、俺はソムリエなのでわかってしまうのだが、これは恐らくCかDくらいのサイズのおっぱいだな。

 いやーほんと……。


 わざとじゃないんですっ!!

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