第287話:進化論
1.
「うはぁ……やわらけー……。同じ猫(?)でもルルとは全然違うんだな、手触り」
とは言ってもルルの猫要素は語尾と耳と尻尾くらいなのだが。
耳も尻尾も触るとくすぐったいらしいのだが、特に尻尾の付け根あたりが敏感で……と今はそれはいいか。
チャチャは喉をぐるぐるごろごろと鳴らして俺の手に擦り寄ってくる。
可愛いな、これ。
小動物的な可愛さと言えば綾乃もいるが、あれは小動物的な可愛さと言いつつ普通に扇情的だからな。
良くない、良くないぞ。
「しっかし本当に人懐っこいな。初めて会う人にここまでって言うのはなかなか珍しいんじゃないか?」
「僕が察するに、飼い主に似たんじゃないかな」
「ふぇっ!? ち、違うんじゃないかな!?」
「香苗、あまりティナをからかわないの」
「ふふ、わかってるよ」
微笑ましい光景だなー。
しばらくモフり続けて、天鳥さんに改めてチャチャの魔力を測ってもらう。
「ふむ……増えてないね。全く変動がない辺り、やはり悠真クン側にその気があるのとないのとではかなり大きいということだろう」
「……つまりそれって俺がケモナーだったら増えてたかもしれないってことですか?」
「その可能性は十分あるね。実験としては実際キミに『目覚めて』もらってもう一度試すということをしたいが……」
「む、無理ですよ?」
「それは残念だ」
ふ、と天鳥さんは笑う。
全然残念そうじゃないな。
「あるいはスノウさんが言っていた通り、そもそも僕たち人間とは魔力の質が異なるから増えない、という可能性だね」
「どっちかと言えば最初の説でしょうね。異世界人……シエルやルル、ライラたちの魔力と悠真の魔力も若干異なるもの」
「なるほど、確かにそれは貴重なサンプルだ」
シエルはやや特殊なので別として、確かにルルの魔力は順調に増えている。
元々かなり多かったが、それでも最初に出会った頃に比べたら格段に魔力は増しているだろう。
ライラたちとはなんだかんだそんなに回数も多くないのでこちらの世界のダンジョンで増えた分の方が多そうだが。
「しかし、こうなってしまうと他の動物で安易に試すのは憚られるね」
「なんでよ」
「今回は飼い主によく懐いた猫だった上にキミたちがいたから安全は保証されていたようなものだったが、これが凶暴な性格をした動物だったりすると危険度が跳ね上がる。人より強い動物を動物園で囲っておけるのは、彼らより我々人類の方が知能で上回っているからに過ぎない」
「ふーん。でもそれって異世界の魔物とかと大差ないわ。人間も強くなればいいのよ」
「確かに、真理だね」
スノウは別に頭が悪いわけではない。
双子のフレアがしっかりしすぎていたり、ウェンディやシトリーが姉として完璧すぎるので目立たないが基本的に頭は良いのだ。
「……というか、魔物って魔力を持った動物ってことなのか?」
「厳密にはちょっと違ったりもするけど、大体似たようなものよ。魔力を持った動物が進化を重ねていって魔物になるの。ドラゴンみたいな特殊な奴らはまた違った出自を持ってたりするけど」
「へー……」
「だからあたしの勘が正しければ、チャチャはそこまでぶっ飛んだ存在にはならないはずよ。チャチャの子どもとかがまたダンジョンに入って魔力を覚醒させて、またその次もそうして……っていう風に何度も繰り返したらどうなるかわからないけど」
なるほど、子孫がその環境に合わせて進化していく感じなのか。
いずれは異世界で見るような凶暴なモンスターになることもあり得る、と。
「ふむ……ここで僕が映画に出てくるようなマッドサイエンティストだったら、出産までのサイクルが短い動物で実験をしてみようとか言い出すところだが……」
「……やめてくださいよ?」
「流石にやらないさ。取り返しのつかないようなことが起きるまでがお約束でもあるしね」
殊更に動物愛護を唱えるわけではないが、流石にそこまで行くと倫理観の問題がある。
超強いモルモットとかができると考えると、ちょっとぞっとしないものがあるが。
爆発的な勢いで増えそうだ。
虫とかもそうだな。
サイクルは動物に比べれば早めだし、環境適応力も高そうだ。
想像するだけで気が滅入る光景だが。
「色々考えるべきことはあるが、とりあえずはチャチャの能力がどれくらいあるか、だね。これは……うん、そうだな。せっかくだし、ティナちゃんにやってもらおうか」
「へっ? わたし?」
「チャチャは賢いが、それでもあれこれ調べられるのなら見知った人とやった方が気は楽だろう?」
当のチャチャも「ミャ」と満足げに鳴く。
ティナがそのチャチャを抱き上げる。
「後は……そうだね。ダンジョンで魔力が増えるシステムは、RPGなんかで言う『レベル上げ』によく似ている。本人が直接戦わなくても、支援だったり援護だったりすると魔力が増える……そうだね? スノウさん」
「ええ、その通りよ。やっぱり自分で戦うのが一番効率良いのは間違いないけどね」
「なら、ティナちゃん。キミには一つミッションを授けよう。このミッションを達成するにあたっては、スノウさんや悠真クンの力を借りるといい」
「み、ミッション……」
「ああ。チャチャに魔法を覚えさせてみてくれないか。なるべく安全なやつがいい。そうだな、それこそ氷なんかなら比較的安全だろう」
チャチャの魔力でできる氷魔法なんて、精々コップに入れる氷を一つ作れるか作れないか、程度だろう。
その程度ならば確かに事故なんかは起きにくい。
火魔法だと小規模なものでも物は燃えてしまうからな。
「天鳥さん、チャチャに魔法を覚えさせて、それでどうするんです? まさかダンジョンに……?」
「そのまさかだよ。もちろんティナちゃんと、ティナちゃんの家族の承諾が得られれば、だけどね」
「ダンジョン攻略をするってこと……よね?」
ティナがごくりと喉を鳴らす。
「もちろんどこまで行くかは同行者に任せることになるだろうけど、そうなるね」
「で、でもチャチャを連れていくってなると……」
自分はまだしも、チャチャは危ない。
そう考えているのだろう。
確かに言語を解するだけの能力はあるようだが、だからと言ってそれ以外が普通の猫に比べて逸脱しているような様子は見せない。
「ミャ」
ぺし、とチャチャがティナの頬を肉球で叩いた。
その後にティナの元からぴょんと飛び降りて、俺の方へ寄ってきてぺしぺしと靴を叩かれた。
「ミャ!」
そして俺の顔を見て一声鳴く。
で、ティナと俺を交互に見た。
なんだろう、この行動。
「なるほど、チャチャはどうやら悠真クンよりよほど気が利くようだね」
「あんた、猫にも負ける鈍感力ってなんなのよ」
「ど、どういうこと?」
ティナは顔を真っ赤にして、「チャチャ~~!」と唸っていた。
何が起きているのかさっぱりわからないのは俺だけなのか?
「……わかりました、チャチャに魔法、教えてみせます。スノウ、手伝ってくれるよね?」
「ま、仕方ないわね。あんたが自力で教えるよりはあたしもいた方がずっと安全でしょ」
「ありがとう、スノウ!」
「別にお礼を言われるようなことじゃないわ」
恥ずかしいのか、ツン、と済ました表情のスノウ。
しかしチャチャじゃないが、尻尾があったら多分左右に揺れているだろう。
ティナと仲の良いスノウだが、自分が末っ子ということもあってかティナのことは妹のように可愛がっているのだ。
そんなティナに素直に頼られて嬉しくないはずがない。
チョロいやつである。
「とりあえず今日はこれで解散しようか。悠真クンにはまた後日連絡するとしよう」
「解散っても、俺が車で送っていくんですけどね」
「役得だと考えれば気が楽だろう?」
実際、美女と美少女を三人も連れてドライブできるなんて確かに役得ではあるのかもしれないが……
というかそう考えると本当に変な人生を送ってるもんだな、俺も。
2.
天鳥さんとティナを家まで送り届けた後、うちに戻ってくるとルルがソファで寝ていた。
へそが見えている。つついてやろう。
「ニャッ!?」
ガバッと飛び起きたルル。
「ニャんだ、悠真か。突然セクハラするニャんて、たまってるのかニャ?」
うっふん、と全然色気のないセクシーポーズを取るルル。
「……なんだかんだ魔力は増えるんだよなぁ……」
「失礼なことを考えてる時の顔ニャ!」
「別にそうでもない。同じ猫でもやっぱり違うなって。色んな意味で」
「ニャ? 猫? そういえば、お前ニャんか猫のにおいがするニャ。あたしというものがありながら、浮気したニャ!?」
「気のせいだニャー」
とりあえず妙に鋭いようなそうでもないようなルルを放っておいて、机でレイさんにお茶を淹れてもらっているシエルの方へと向かう。
「こっちに戻ってきてるってことは、進展アリか? 技術大国メカニカ」
「そういうことじゃな。喜べ、今回はそう難しいことはなさそうじゃぞ」
ずず、と茶を飲んでほう、と一息つくシエル。
なんか似合うようで似合わないな、こういう仕草。
やはり見た目がただの幼女だからだろうか。
「お、いいね。でもそう難しくないってことは、それなりの対価を差し出すようには言ってきてるんだろ?」
「うむ。まあそういうことじゃな」
「悪魔祓いでも種族間の諍いを収めてくれでもダンジョンを攻略してくれ、でもなんでもござれだぜ。大陸を食っちまうようなバケモンの討伐でもない限りはな」
「どのような技術を用いても破壊できない<滅びの塔>を破壊し、ベヒモスの多重結界を一撃で無力化させた皆城悠真という人間について調べたいそうじゃ」
「……うん?」
「つまりおぬし自身じゃよ、今回求められているものは」
スノウにポン、と肩を叩かれた。
「良かったわね、女の子だけじゃなく国にまでモテモテよ」
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