第284話:(ツン)デレ

1.



「互いの主役レディが来たのだから、これ以上男同士で喋っているのも無粋だろう。また会える日を楽しみにしているよ、1stユウマ

「ええ、こちらこそ。それまでお元気で、オリバーさん」


 オリバーさんは日本に観光で来ていたらしい。

 たまにはダンジョンと関係のない国で、とのことだった。


 日本は先進国の中で唯一と言っていいほど、国が探索者を管理していない国だからな。


 カナダでもそうだが、アメリカやその他先進国ではトップ層の探索者には有り体に言って監視が付く。

 正直なところ実害はないのでパパラッチと大差ないのだが、それでもトップであればトップであるだけ感覚が鋭敏になるので、そういうのに気付いてしまうのだ。


 しかし日本ではそれがまずない。

 俺の場合はアメリカのエージェントだかが日本国内でも彷徨いていたこともあったが、今ではもうない。


 まあ、日本も等級制度を取り入れてダンジョン管理局と国が共同管理している形なので近い将来そうならないとは言い切れないが。


 総理が西山首相のうちは多分大丈夫だろう。

 

 まあそれはどうでもよくて。


 問題は、俺がこうしてあれこれ考えて現実逃避しないと直視できない程可愛い知佳だ。

 これはプロの仕業だ。

 緩いパーマがかかっているお陰で普段より少し大人びて見えるかと思いきや、前髪の形の関係で普段よりも顔の全体が見えて幼く見えるという奇跡的なバランスで成り立っている髪型。


 知佳の落ち着いた雰囲気によく合う青を基調とした、露出を抑えたドレス。

 一目見た時にオリバーさんとベンジャミン君がいなかったら危なかったかもしれない。


 何が良いって――


「めっちゃ可愛い。超似合ってる」

「そ、そう」


 前髪が普段と違う形になっているお陰で、恥ずかしがって俯いてもその表情がこちらから見えるのだ。

 この髪型をチョイスした人に惜しみない拍手を送りたい気分だ。

 ていうか後でこの施設に寄付しておこう。

 素晴らしいものを見せてもらった。

 

「こうなると俺も着替えてくるしかないな」


 これだけ可愛い知佳と今の俺では明らかに釣り合わない。

 俺が恥をかく分にはどうでもいいが、知佳が恥をかくのは許せない。


 そう言って行こうとする俺の袖を知佳が掴む。

 そして顔を赤くしながら、


「……一人でこの格好でいるのは無理」

「だっ、だよな……」


 確かにこんなに可愛い知佳を一人置いていったらナンパとかされてしまうかもしれない。

 それは許せない。

 絶対に許せない。

 日本国内で俺が人をミンチにしてしまうことになる。


「とりあえず落ち着いて。今の悠真、変だから」

「そ、そうだな。落ち着こう、一旦、落ち着こう」


 いかんな。

 俺としたことがつい取り乱してしまった。

 ただ普段見ている知佳がちょっと見慣れない感じに可愛くなっただけだ。

 それだけだと考えれば簡単に落ち着くことはできる。


 なにせ俺は世界一の男。

 その程度で惑うはずがないのだ。

 

「……とりあえずそのドレスは買って帰るか」

「多分そんなサービスはないと思う」

「そのための金だ」

「悠真が駄目になってる……」


 駄目で結構。

 どうせこんな姿は身内にしか見せないのだ。


「とりあえず見て回ろうぜ、お姫様プリンセス


 俺は跪いて知佳に手を差し出した。

 ちょっとかっこつけ過ぎたかな。

 テンションがおかしくなっているのがわかる。


「この間の件でを誘うのに手慣れてる?」

「そっ、そんなことはないと思う」

「冗談」


 その後は施設内を歩き回り、本当にほにゃらら万円でドレスを譲ってもらって、楽しかった二泊三日の旅行も終えたのだった。



2.



「随分楽しんできたようね」

「へ?」


 旅行から帰ってきて3日程。

 リビングでぼんやりテレビを眺めていると、ぼすっと頭の上に何かが乗っかってきた。

 何かというか、スノウの腕だ。


 どうやら俺の頭の上に腕を組んで乗せているらしい。

 首の辺りに柔らかいものが当たっている。

 果たして当たっているだけなのか、当ててんのよなのか。


 どっちでもいいや。


「知佳と顔を合わせる度にのろけを聞かされるのよ。あんなデレッデレのあの子、初めて見たわよ」

「あーまあ、お陰様で楽しんできたよ」

「言っておくけど、あたしも知佳に譲ってばかりじゃないわよ」

「……素直だな?」


 振り向こうとすると、グキッと首を前に回された。

 今はまだ身体能力を強化していないので力負けする。

 痛いんですけど。


「こっち見んな。フレアは2でも納得してるみたいだけど、あたしはそれも譲らないわよ。知佳は友達だけど、ライバルでもあるの」

「お、おう」


 なんで今日こいつこんなに素直なんだ。

 というか、スノウに限らず帰ってきてから皆の距離感が妙に近い。

 気のせいかと思っていたが、どうやらスノウの様子を見るにそうではないようだ。


 これは……あれか。

 嫉妬ジェラシーというやつか。


「そういや、スノウ」

「なによ」

「土産がある」

「……白い恋人ならもう食べたわよ?」

「それじゃなくて、お前個人にだ」


 スノウとはなのでその時に渡そうと思っていたが、今リビングにいるのは俺とスノウだけだ。

 別に今でもいいだろう。


 ポケットから出した雪の結晶がモチーフのクリスタルネックレスを頭越しに渡す。


「……ふーん、ちゃんとあたしのも準備してたんだ」

「あれ、黙ってたのに」

「ウェンディお姉ちゃんとシトリー姉さんから聞いてるから」

「あー……」


 全員向けの土産は北海道定番の白い恋人。

 それとは別に個別での用意もしていたのだ。


 スノウへ渡したものは例の美術館で購入したものである。

 知佳が着替えている間、オリバーさんに断って土産屋で選んだ。

 一目でピンと来たもので、特別高価なものでもないがスノウにはぴったりだと思った。


 ちなみに全員がこう言ったアクセサリーというわけではない。

 

 シトリーとシエル、ルル、フゥには既に渡してある。

 明日はフレアと綾乃へ渡す予定だ。


「もし用意してなかったら凍らせるつもりだったけど、まあ用意してたんなら許してあげるわ」

「そこまで気が利かない男でもないぞ、俺は。多分」

「なんかむかつくから今度何か奢りなさい」

「家計はほぼ同一みたいなもんだろ?」

「それはそれ、これはこれよ。気の利かない男ね」


 そういうものか。

 スノウと二人で出かけるとフレアが嫉妬するからな。

 そしてこの二人だけに限定すると、ウェンディが拗ねる。

 シトリーも表には出さないが、当然その三人だけ何かあって自分には何もないとなれば思うところはあるだろう。


 そうなれば絶対文句は言わないであろうレイさんだけハブにするわけにはいかないし、もちろん知佳と綾乃にも何か用意することになる。


 で、そうなれば俺の知らないネットワークで繋がっている未菜さんとローラ、天鳥さんにも話は伝わるだろう。

 というか、あの人たちに土産いつ渡そう。

 白い恋人すらまだ渡せていないのだが。


 確か未菜さんとは予定では明々後日会う予定だったが、ローラもその時にいることを願うとして……天鳥さんにはちょっとした用事もあるし今日のうちに会いに行っても良いかもしれない。


 フローラにはあらかじめしばらく会えないことは伝えてあるが、あまり空きすぎると彼女自身はともかく王様あたりに殺され……はしないでも普通に叱られそうな気がする。


 ……そういやフローラとローラでややこしいな。

 まだ会っていない二人だが、結構仲良くなりそうな感じなのも尚更ややこしい。

 というかローラのコミュニケーション能力の高さは異常だからな。

 大体誰とでも仲良くなる。

 ファーストコンタクトが色んな意味で最悪だったフレアとすら良好な関係を築いているのだから驚きだ。


 ティナと志穂里の土産も用意してあるし、どこかで渡さないとな。


 ……あれ、俺ってもしかして節操なしすぎるのか?

 あれこれ考えているとすげえヤバイ奴な気がしてきたぞ、自分のことを。


 いや、きっと大丈夫だ。

 親父や母さんのもちゃんと用意してるし、柳枝さんや須田、智也と言った男性の友人だってちゃんといるんだ。

 しかしこの事が世間にバレたらもはや言い逃れはできない気がする。


 まあ志穂里の場合はちょっと違うし……

 でも違うけど違わない枠でダークエルフの三人親子がいたりもするし……


 ……よし。

 今更考えてもどうにもならないな。


「なに黙り込んでんのよ」

「いや、ちょっと考え事をな。……なあスノウ、動物って魔力を持つのか?」

「……動物が? この世界の動物がってこと?」

「その通り」

「知らないわね。ダンジョンに放り込めばはっきりするでしょ」


 まあそうなるよな。


「となると、やっぱり小鳥とかで試すべきか……天鳥さんに相談だな」

「どうせなら熊とかライオンで試しなさいよ。突然変異であんた程でなくても魔力の強い個体がいたら、超強くなるかもしれないわよ。言うこと聞くかは別だけど」

「制御できない強すぎる動物は色々と厄介そうだな……」

「一応あたしもついていってあげようか?」

「……だな。頼むよ」


 危険なことがあるかもしれない。

 少なくともダンジョンへ行くのは確定だろうしな。


「仕方ないわねー」


 明らかに嬉しそうなのを隠しきれない声が頭の上で響いた。

 見えなくても表情が想像できるな。

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