第283話:ドレスアップ
翌日。
昨日もあちこち回ったり歩き回ったということもあり、旅行3日目ともなると普通はやや疲れが出てくるところではあるが例のごとくエリクシードのお陰で元気いっぱいの俺たちが訪れたのは雪と氷をテーマにした美術館だ。
スノウのお陰で見慣れているものではあるが、やはり氷というのはいつ見ても幻想的だと思う。
飛行機の時間もあるのでそう長い時間見て回れるわけではないが(その気になればどうとでもなることとでもあるが)、北海道へ行くのならぜひ一度来てみたいと思っていた。
他にも色々周りたいところはあったのだが、それはまた別の機会にということにしよう。
これから何度でもその機会はあるからな。
というわけで城を彷彿とさせる受付でお金を払って、いざ見て回ろうとして――
とあることに気付いた。
「ん」
「どうしたの」
「この美術館、中に結構強い人がいるぞ。多分、お前よりも強い」
「魔力を感じるってこと?」
「ああ、隠してるみたいだけどなんとなくわかる」
どこかで見覚え……じゃなくて感じ覚え(?)のある魔力だ。
流石に馴染み深い人であれば一発でわかるだろうし、これだけの強さとなるとだいぶ候補は限られるが……
うーん、わからんな。
嫌な感じはしないので多分ただの探索者だろう。
何かあったらすぐにシトリーを呼べるように……いやここだとスノウのがいいか? いずれにせよ誰かを呼べるように心構えだけしておくか。
入り口のすぐそこにある螺旋階段を降りていく――途中で。
「知佳、ちょっとそこでストップ」
「?」
俺だけ先に降りてスマホのカメラを構える。
「よし、いいぞ。こっち見てくれ」
きょとんとする知佳を撮影する。
うむ、可愛い。
とんとん、と降りてくる知佳がちょっとむくれている。
「あまり写真は好きじゃないのに」
「いやぁ、ふと思いつきまして」
「次撮るなら悠真も写って」
「そしたら誰かに頼まないとな」
ちなみに一番下にヨーロッパとかにありそうな感じの噴水があるのだが、そこにコインを投げ入れると願いが叶うとか叶わないとか。
特殊な製法で作られているらしい氷柱が並ぶ廊下を通り抜けると大きなホールに出る。
音楽堂のような出で立ちのそこの天井には巨大な空を描いた絵画が飾られている。
「……いいね、ここ」
知佳が小さく呟く。
「なんというか、思ったよりも圧倒されるな」
「人がたくさん入るし、結婚式とかにも向いてそう」
「もし挙げるとしたらここにするか?」
「…………考えとく」
絵は上にあるが、知佳は俯いてしまった。
可愛い。
確かにここなら今までお世話になった人たちを全員呼んでも入りそうだ。
ざっと数えた感じ、椅子は300個くらいあるな。
むしろ埋まらなさそうだ。
次に見に行ったのは様々な雪の結晶を顕微鏡で撮影し、それを展示している広間だ。
「綺麗……」
知佳がぽつりと呟く。
お前の方が綺麗だぞ、とか言ってみようかななんて考えていると――
「すっげー! パパ、ママ、凄く綺麗だよ!」
「こらこらベンジャミン。走ると危ないよ」
背後から英語で子供の声と男性の声が聞こえた。
魔力の気配で近づいてきているのはわかっていたが、まさか子連れだとは。
後ろを振り向くと、そこには元気の良さそうな……5、6歳に見える明るい茶髪の男の子と、グレーがかったグリーンの瞳を持つ大柄なスキンヘッドの男性……顔立ちからして北欧系の人だろうか。
魔力の持ち主はこの人だ。
そしてその後ろから、奥さんと思われる30代くらいに見える女性も出てきた。
少年と同じ髪色で、ブルーの瞳。
ちなみに少年の目の色は父親と思われるゴツい男性と同じだ。
「偉大なパパとママに迷惑をかけてはいけないよ、少年」
「へっ?」
少年はぽかんと俺の顔を見つめる。
まあこの子と俺は初対面だから仕方のない反応だ。
しかし父親の男性は俺のことも知佳のことも知っているはず。
その推測は外れず、彼は少し驚いたような表情を浮かべるのだった。
「日本の――1stかい? まさかこんなところで会うとは」
「お久しぶりです。元気の良いお子さんですね」
2.
カフェで落ち着く。
目の前に座る、スキンヘッドでガタイの良い彼はWorld Searcher Rankingで8位の男。
カナダ出身で、探索者会議の際も比較的温和な印象を抱いていた。
あの場では8thとしか呼んでいなかったが、あの後ちゃんと調べたので当然名前は知っている。
「オリバー・アトウッドさんですよね」
「君のような有名人に知って貰えているとは光栄だよ、ユウマ・ミナシロ」
「ユウマでいいですよ」
オリバーさんは終始にこやかだった。
探索者会議の時もそうだったが、本来温厚な性格の人なのだろう。
ちなみに意味もなく彼と親交を深めているわけではない。
互いのパートナーのドレスアップを待っているのだ。
ここではドレスに着替えて、そのまま施設内を回れたり写真を撮れたりするというサービスがあるのである。
息子くん……ベンジャミンくんはパパの隣でうとうとしてるけど、大丈夫かね。
「普通にしていたら普通の青年にしか見えないな」
「と言うと?」
「会議の時はとても挑発的だったからね」
「それは……あー、申し訳ない」
「例の件について、何か進展は?」
「ないと言えばないですが、あると言えばある……そんな状況ですね」
「なるほど。何やら君たちが動いている、という話自体は我々も既に聞いている。詳しいことは……流石にわからないがね」
「もう少し落ち着いたらお話しますよ。特にトップ10の方たちにはね」
「その時は穏やかに頼むよ」
「善処します」
苦笑いする。
あの場では致し方なかったとは言え、次やる時はもっと平和的にいきたいものだ。
「仕事の話は互いにこれくらいで良いだろう。彼女は君の……恋人か?」
「ええ、そうなんです。可愛いでしょう?」
「それは彼女自身に言ってあげなさい」
「毎夜のごとく囁いていますよ」
そう言うと、オリバーさんは大きな声で笑った。
「日本人はもっと性に消極的なんだと思っていたよ。彼女の家族との仲は良好なのかい?」
「まだ一度しか会ってないですが、悪い印象は抱かれてない……と思いますよ」
「それは良くないな。もっと家族ぐるみで仲良くなっていて、家族になるのさ」
「へえ……」
日本でもそういう側面がないとは言わないが、これはカナダ特有の価値観なのだろうか。
「ベンジャミンくんは将来、探索者を目指しているんですか?」
「さて、どうだろうね。サッカー選手になりたいとも言ってるし、プロゲーマーになりたいとも言っている。この間は探索者にもなりたいと言っていたが、明日にはなんと言っているかわからないな」
「夢がたくさんあっていいですね」
プロゲーマーというのは実に今風な感じだが。
「ああ、自慢の息子だよ。僕らの大切な宝さ。命にも代えられない」
「命にも……」
「ユウマには自分の命より大事なものがあるかい?」
「幾つもありますよ。うち一つは、今着替えてます」
「はっはっは、幾つも、か! 流石は1st、強欲だな」
「ええ、その為に強くなるんです」
「そりゃあいい……おっと、お姫様たちが着替えを終えたようだぞ」
オリバーさんがカフェの入り口に視線を向けるので、俺も釣られてそちらを見る。
そこには青色を基調としたドレスに身を包んだ知佳がいたのだった。
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