第282話:動物園

「常々思うんだが、エリクシードってちょっと引くレベルで万能だよな」

「それは同意する。正直、独占してた方が平和」


 目的地までのバスでの移動中。

 知佳の頭越しに外を眺めながら呟く。


 傷も治れば病気も治る。

 そんな限定的な使い方をしなくとも、どれだけ夜更ししてもどれだけ無茶をしても3時間眠ればすっきり全快だ。


 昨日……というか今日もも結局眠ったのはエリクシードの3時間での回復を見越して朝方だったし。

 

 仕方がないだろう。

 湯上がりの浴衣を見て我慢できる奴だけが俺に石を投げるんだ。

 

「世に流通させるにしても種から複製できないようにするとか、いっそ種は取り除いて果肉だけを売るとかの対処が必要になりそうだな」

「その上で必要な免許を取得した医者にしか使えない、とか」

「まあその辺りはお前と天鳥さんに任せ――」


 知佳の人差し指が俺の口を塞いてジト目で見る。


「旅行中は他の女の名前出しちゃ駄目。たとえ先輩でも駄目」

ふひはへんすみません

「まあ冗談だけど」


 可愛い。

 抱きしめたい。

 しかし周りの目があるので我慢。

 俺にもその程度の理性は残っていたようだ。


 

 2時間程バスで移動し、到着したのは動物園。

 名前だけは聞いたことのある動物園だが、当然来るのは初めて。

 なんでも知佳リサーチによればホッキョクグマだったりペンギンだったりのもぐもぐタイムというのが人気らしい。


「流石に多いな、人」

「はぐれそう」

「腕組むか?」

「ん」


 知佳が腕に抱きついてくる。

 身長に差がだいぶあるので、手を繋ぐよりもこちらの方が歩き回るのは楽だ。

 特に動物園のような施設だと顕著だろう。

 

「にしても……3年前だったか? お前と初めて動物園いったのって」

「1年生の秋頃」

「あの時はびっくりしたなあ。どちらかと言えば『動物とか興味ない。どうしても気になるならネットで見ればいい。現実で見に行くのは非効率的』とか言うタイプだと思ってたから」

「別に敢えて一人で行こうとは思わない」

「友達とってことか?」

「悠真とだけ」

「…………」

「こういうの嬉しいんでしょ、男の人って」

「ど、どうかな」

「心拍数が上がってる」


 嘘つけ、そんなもんわかるか。

 腕を組んでいるとは言え、互いにそれなりに厚着しているのだ。

 ここ普通に真冬かってくらい寒いし。


「どのみち悠真のことはなんでもわかる」

「……俺も大概お前のことはなんでもわかるけどな」

「じゃあ何から見に行きたいかもわかる?」

「…………ペンギン?」

「正解ってことにしておいてあげる」


 本当に正解だったのかどうかはわからないが、とりあえずお眼鏡には適ったようだ。





 よちよち歩くペンギンを眺める。

 ぶっちゃけて言うと俺はペットとして飼えるような動物以外にはさほど興味がないのだが、知佳は楽しそうに(当社比)見ている。

 俺としてはその知佳を見ている方がよほど楽しい。

 ちらりと知佳がこちらを見たので、俺は慌てて視線をペンギンに移した。

 

「ペンギンってあざといよな」

「なんで?」

「あのよちよち歩きは誰が見ても可愛いだろう」


 なにせさほど興味のない俺が見ても可愛いとは思うのだから。


「あざといのが好きなの?」


 その聞き方はずるいだろ。

 ちょっと考えた挙げ句、カウンターを食らわせてみることにした。


「俺が好きなのはお前だ」

「…………」


 知佳が顔を赤くして視線を下に逸らす。

 はい俺の勝ち。





 ペンギンが泳いでいるのを見られる水中トンネル。

 地上ではよちよち歩くペンギンがすいすい泳いでいるのを見ることができる、というコンセプトらしい。

 確かにこうしてみると、ペンギンって立派な鳥だな。


「こういうのってガラス割れたりしないのかって毎回ちょっと不安になるんだよな。耐震性とかどうなってんだろ」

「ガラスじゃなくてより柔軟性のある樹脂だから基本的には大丈夫。何か強い衝撃が加わっても想像してるみたいに一気に割れたりもしない」

「え、ガラスじゃないの?」

「ガラスじゃないの」


 へー……また一つ賢くなってしまった。

 俺が知らなかっただけで常識なのだろうか。

 知佳といると大抵のことに関しては答えが返ってくるので、普通は知らないことなのか普通知っていることなのかの判断がつきにくいんだよな。


 ペンギンを見た後はアザラシを見た。

 丸々と太った体がガラス(これも樹脂かもしれない)でできた筒の中を上下に泳いでいくのを眺める。


 例のごとく知佳の頭がそれに合わせて上下するのを眺めている方が俺は楽しい。


 

 そして次はホッキョクグマ。

 体長は流石にでかい。

 強そうだ。

 でかいのは3メートル近くになるらしく、重さも600kg以上になるとか。


「でも上位の探索者なら取っ組み合いで勝てそうだよな」

「……勝てたところで何の意味があるの?」

「ごもっとも」


 特に気にしたこともなかったが、ホッキョクグマとかライオンとかカバとか、一般的に強いのが知られてる動物ってダンジョンではどこまで通用するのだろうか。


 素のパワーだけで言えば、最大サイズのホッキョクグマと親父が取っ組み合いすれば親父の方が若干強い、くらいだろう。


 しかしそのレベルに達している探索者は極稀だ。

 そして親父は単独でのボス……は無理にしても真意層へ一人で潜って帰ってくる、くらいなら余裕でこなすだろう。


 対してホッキョクグマならどうか。

 パワーは親父にやや劣る程度、しかし分厚い毛皮と筋肉があるのでもしかしたら魔力による強化を上回って防御力は上かもしれない。

 

 となると、新宿ダンジョンで言えば4、5層くらいまではなんとかなるかもしれない。


「……待てよ? この世界の動物って魔力あんのか?」

「そういえば、知らない」


 どうやら知佳でも知らないことはあるらしい。

 というか、下手すりゃこの世界の人間は誰も知らない可能性すらある。


 魔力の存在自体、つい最近まで上位の探索者とその関係者、国の上層部くらいしか知らなかったのだ。

 誰もそれについて研究していなければ、いくら知佳でも知りようはない。


 しかし、もし人間より素で強い動物が魔力まで手に入れることができたら……

 いやでも動物愛護団体とかが黙ってないか。

 まあ猟犬とかがいるわけだし、やろうと思えばどうとでもなりそうでもあるが。


「今度先輩にでも実験してもらう?」

「するにしても犬猫とか、鳥とか万が一急に強くなってもなんとかなりそうなやつだな……ていうか旅行中は名前出すなって言ってなかったか?」

「私はいいの」


 さいですか。

 

 そこからはカピバラだったりエゾシカだったり、ちょっと戻ってもぐもぐタイムなる餌やりを見たりして時間を潰した。


 そして次の目的地へ再び移動。

 バス……は待つ時間は面倒くさかったので、タクシーだ。

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