第281話:ただイチャついてるだけ
1.
「い、意外と斜面が急だな……?」
「大丈夫」
手袋に包まれたちっちゃい手で親指を立ててくる知佳。
普通に滑っていったらそのまますっ転びそうなくらいの斜面なのだが……
「これでも初心者用の坂だから平気」
「これで初心者用……? マジかよウィンタースポーツやってる奴はクレイジーだな……」
「探索者に言われたくないと思う」
まあそれはそうだ。
危険度で言えば探索者の方がずっと高い。
「やっぱスキーにしときゃ良かったかな……棒が2本あった方が安定するだろうし」
「別にスノボも簡単だと思う。悠真はそれなりに運動神経いいし、後は怖がらずに滑るだけ。スピードはブランコを漕ぐ要領で反発させれば出るから」
「べ、別にビビってるわけじゃないからな? それこそダンジョンのモンスターのが100倍怖いし」
「じゃあついてきて」
前を滑っていた人たちが下について横にはけてから、すい、と知佳は特に気負うことなく滑り出した。
知佳に舐められるわけにはいかない。
舐められるのは物理的なものだけで十分だ。
そう、下は雪だ。
それにちょうど昨日積雪があったようで、雪はそれなりに柔らかい。
転んでも痛くはない……はず。
怖がることなんてない。
さあ行け、行くのだ俺。
「う、お、おお……!? 滑ってる、滑ってるぞ! なんだ、意外と簡単じゃないか!」
「はいはい上手上手」
全然心のこもっていない知佳が滑りながら平然と拍手している。
ふっ、俺はこれでも大抵のスポーツをそこそここなすことのできるまあまあな運動神経を持つ男。
初滑りでもかっこよくキメて度肝を抜いてやるぜ。
加速はブランコを漕ぐ要領って言ってたな。
それと空気抵抗を減らして、後は接地面はなるべく少なく――
「お……おっ、お……!?」
やばい、速い。
想定していたよりもだいぶ速いぞ。
「悠真、それ止まれるの?」
念話混じりなので辛うじて聞こえる声に、俺は叫び返す。
「無理ーー!!」
「幸運を祈る」
そう言って知佳は横に離れていきながら減速した。
俺の目の前には、恐らく今の俺みたいにスピードを出しすぎたアホを受け止める為に積まれているのであろう雪の壁。
「うばっふ!!」
そこへ為す術なく突っ込んだ俺は、アニメみたいな人型の穴を雪の壁に作り出すのだった。
まだ比較的柔らかい雪で良かった。
知佳いわく、これで前日に雨が降ったり当日の天候が晴れだったりしているとコンディションが悪くなってしまうことが多いらしい。
「防水のウェアにしておいて良かったね」
「おいこら、こっち見ろ。肩震えてんぞ」
手を差し伸べてくる知佳――を引っ張ってこちらへ引き倒す。
「わっ」
「わははははは、お前も雪まみれになっちまえ」
「……むぅ」
むくれた知佳の顔が見えたかと思うと、次の瞬間べしべしべしべしと雪が連続で顔に叩きつけられた。
人の手には到底できない芸当。
「おまっ、<影法師>はずるいだろ!?」
なんてことがありつつも。
1時間も何度か滑っていれば、大体要領は掴めた。
滑れるようになってしまえば確かにさほど難しくはない。
かっこよく空中で宙返りとかしようと思うと流石に怖い……というか無理だが。
2.
今日泊まる旅館は二人で一泊20万円以上(!)する高級旅館。
近くに札幌ダンジョンがあるので、探索者がよく泊まりに来るらしい。
一応知佳が事前に予約をしておいたらしい。
「兄妹で旅行かい?」
宿の外で老夫婦とすれ違った。
その際に人の良さそうなお婆ちゃんにそう声をかけられる。
「いや、恋人です」
「あらまあ、失礼いたしました。言われてみれば、とってもお似合いのカップルだわ。可愛らしい」
「ええ、可愛いんですこいつ」
多少驚いた様子は見せつつも、お爺ちゃんもお婆ちゃんもにこやかに去っていった。
知佳は顔を伏せている。
妹だと間違われたのが屈辱なのだろうか。
中へ入り、受付で名前と身分証明書を出すと、少し驚いたような顔をする女将さん。
探索者御用達ということで有名な探索者が来ることも少なくはないだろうが、ここ最近急に有名になり始めた人が来ると流石に驚くのだろう。
しかし流石はプロと言うべきか、そこには触れず「確かに確認いたしました」と身分証明書を返してもらった。
知佳の身分証明書も同じように確認してもらって、部屋まで案内してもらう。
中は広々とした間取りの和室になっていた。
見たところ、寝るところ食事を取るところくつろぐところ、と3つに分かれていてそこにプラスで部屋ごとの露天風呂にウッドデッキがあるようなイメージだ。
「はー……こういう和風な感じもいいな。うちも増築しようかな、3階とか追加してこんな感じに」
「和室を作るなら1階がいい」
「1階? 別にいいけど、それだと大掛かりなリフォームが必要になるな」
「子どもを遊ばせたりするなら1階にある和室が便利だから」
「あー……なんでお前まで照れてるんだよ」
「照れてない」
顔を赤くした知佳に照れ隠しのパンチをもらいつつ、なんとなく間取りを確認していく。
二人で泊まる部屋としては広い気もするが、それこそ子連れだったりすると丁度良いのかもしれない。
「また何年か後に来るのもありかもしれないな」
「いつになりそう?」
「そこはまだなんともって感じだけど」
全部ケリがついた後でないと、子どもを育てるという重労働はこなせないだろう。
余談だが、一応避妊のための魔法というものが存在している。
「世界を救って、色々落ち着いて……どうなってんだろうな、数年後の俺たちは」
「案外滅びちゃってたりして」
「縁起でもねえな」
「冗談。悠真ならきっと大丈夫」
知佳が薄く笑みを浮かべる。
可愛い。
自宅なら勢いで押し倒していたかもしれない。
「……とりあえずどうする? さっそく露天風呂入るか?」
「スケベ」
「否定はしない」
「まあ、今更そんなの気にしないけど」
「それはそれで寂しいもんだな……やっぱり恥じらいは大事だから」
「変態」
「否定はしない」
3.
「は~きもちえ~」
4月とは言え、北海道。
まだまだ寒い中で入る暖かい露天風呂。
それも部屋ごとに別個についているものなので誰を気にすることもなく――
「……じろじろ見るな」
「今更気にしないって言ってただろ」
どことなく不満げな知佳をまじまじと見ることができる。
いいな、こういう露天風呂。
ちなみにこの旅館にはこれとは別で混浴があるらしいのだが、そちらへは行かない。
どこにロリコンが隠れ潜んでいるかわからないからな。
ブーメランが額に刺さった気がするが、きっと気の所為だろう。
偶然好きな子がロリ体型なだけであって俺自身は決してロリコンというわけではない。
無実だ。
合法だ。
それはともかく。
「うちにも温泉欲しくなるな……」
「温泉がある場所に引っ越せば?」
「引っ越すのはともかく、別荘を作るのはありかもなあ」
「別の目的で使われることになりそう」
知佳にジト目で見られる。
「……まあ、否定はしないな」
最近ではアンジェさんたちダークエルフ三姉妹……ではなく三母娘が親父と母さんの住んでいる側とは逆隣の別邸に移ったのでだいぶ自由にはなったのだが、それでも本当に何も気兼ねせず……となるとそれこそ別荘という選択肢になってくるだろう。
珍しいところだと新宿ダンジョンの中にある、ホテル型の安息地なんてのもあったりするがまあそれはかなりの特殊条件だし。
実はそこに転移石が置いてあるのだが、これを知っているのは俺と知佳、そしてスノウの三人だったりする。
「風呂から出たら運動するか」
「……もう盛ってるの?」
「ばーか、卓球に決まってるだろ。おやおや知佳さん、何を想像したんだい? 俺にもわかるように説明してごらん?」
顔を半分まで湯に沈めた知佳に半目で睨まれ、影でべしっと額を叩かれた。
痛いです、知佳さん。
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