第280話:試される大地
1.
「まさかまだ飛行機に乗る機会があるとはなぁ……」
つい何ヶ月か前に札幌ダンジョン――レイさんと出会ったところである――に行っているので北海道へ来るのは初めてというわけではないし、飛行機にもここ数ヶ月で何回も乗っているので別にどうということはないのだが、転移石がある現状でわざわざ飛行機を使うというのがなんというか……
「不便を楽しむのも旅の醍醐味」
「別に不便とまでは言ってないからな?」
「転移に比べたらどんな移動手段も不便でしょ」
「……まあそりゃそうなんだが」
2時間かからないくらいの空の旅。
その間もきっちりファーストクラス。値段は知らない。ほぼ知佳が決めてるからな。
広い座席を全く活用する気のない知佳は俺の膝の上で普通にノートパソコンに触れている。
「仕事か?」
「違う、趣味みたいなもの」
「……趣味みたいなもの?」
「暗号資産って知ってる?」
「そりゃ知ってるけど……手を出してるのか?」
なんか意外だ。
むしろそういうのを牛耳ってる側なイメージがあるのだが。
「の、取引所の株を握ってるからたまにチェックしてるだけ。日本の取引所だからあんまり規模は大きくないけど」
「またスケールのでかいことしてるなお前は……」
「お金は持ってる人が使わないと回らない。悠真ももっと使うべき」
「そうは言ってもお前みたいに目的があって使うんならともかく、俺には浪費しかできないからなあ」
しかもお高い料理を食べるとかそんな感じの。
数億とか数十億とか、その10倍100倍単位の金をポンと動かそうとすると生半可な知識ではただ金をドブに捨てるだけになってしまう。
というか今の俺の資産って総額どうなってるんだろう。
全然自分で把握してないけど大丈夫かな。
「いっそテーマパークでも建てるか? 都内の土地とか買い上げて」
「別にやれるんなら有りだと思う」
「俺一人じゃ無理だな」
「だろうね」
だろうねて。
まあその通りなんだが。
「金の話なんかより旅の話をしよーぜ」
「お金の話は大事。将来、稼げなくなった悠真を支える為に私が稼いでおかなきゃ……」
「なんで俺が稼げなくなってんだ」
「おい知佳、パチンコに行く金がねえぞ。生活費が足りない? お前のやらしい体で稼いでこいよ、げっへっへ」
「棒読みで言うのやめてもらえる? しかもどの世界線の俺だよそれ。もはや俺じゃねえよ」
「まあ仮に悠真が稼げなくなっても私も稼げなくなってるっていうのは有り得ないし」
「そうなのか?」
「私はネット環境があればなんでもできる」
確かに。
「でもわからないぞ? ネットがなくなるかもしれない」
「そうしたら悠真が私のことを養ってくれればいい」
「吝かじゃないけどよ……」
「正しい意味で使ってる?」
「正しい意味で使ってる」
「ならば良し」
ちなみに「吝かでない」というのは「仕方がないからそうする」みたいな意味とよく勘違いされている。
……というのをいつだったか知佳に指摘された事がある。
「ていうか卒業旅行って言っても俺らほとんど大学行ってないよな、最後の年」
「正直卒業しなくても良かった。さっき言ってた話じゃないけど、ネットがなくなってもダンジョンがなくなっても死ぬまで遊んで暮らせるだけのお金はあるし」
「死ぬまで遊んでというか、死ぬほど遊びまくってもなくならないだけの額だろうな」
ちなみに大学を卒業できた理由だが、有り体に言うと忖度があった。
言ってしまえば、現段階でも世界中で知名度のある俺と、どう考えても今後あらゆる功績を残すであろう頭脳とコネを持っている知佳。
大学のOBとOGということにしておいた方があちら側にとってメリットがある、という話だ。
口外無用ってことになってるが、ここには俺と知佳しかいないので問題ないだろう。
ちなみにちゃんと表向きに卒業要項は満たしてあることになっているので、仮に口外したとしても蓋はされていたりする。
と、まあそれはどうでもいいか。
「卒業旅行、お前はお前で友達とかに誘われてたんじゃないのか?」
「悠真と行くって言ったら納得してたから平気」
「……最近になって悟ったんだが、俺の連れはともかくお前の周りにも俺らの関係って筒抜けだったんだな」
「当たり前でしょ」
知佳は男女問わずモテる。
とは言っても男の方はともかく、女からのモテるは小動物を可愛がるみたいな扱いなのだが。
実際可愛いし、わかる。
……じゃなくて、まあそんな感じで知佳自身もコミュニケーション能力が低いようで案外普通に一般社会にも溶け込めるのだ。
で、俺の方もこう言っちゃなんだが普通だ。
過去の黒歴史と、現状を除けば。
なので双方普通に大学に友人がいたのだが、今回の旅行はその友人をどちらも呼んでいない。
というか、俺はそもそも誘われてすらない。
あのバイク馬鹿と二次元馬鹿なりに気を遣っているのだろう。
土産くらいは買っていってやらんでもない。
北海道の土とかでいいだろうか。
……そういやあいつら就職決まってるんだっけか。
また今度会ったら聞いてみるか。
2.
東京から北海道だと、近いようで遠いようで近い、みたいな微妙な距離感だと思う。
2時間弱を電車に揺られる時間だと考えたら長いけど、ファーストクラスの快適な空間で、それも好きな奴と過ごす時間と考えたら全く苦ではない。
ちなみに四姉妹が同行しない理由についてだが、これもまた気を遣われた、ということなのだろう。
その分は旅行前後で辻褄が合うようなスケジュールを組んでいるらしいので完全にそうとも言い切れないラインではあるが。
当然、何かあった時のための用意はしてある。
天鳥さんに専用の機械を<創作>で作ってもらったのだ。
見た目はバスのおりますボタンみたいな感じ。
そのボタンを押すと、シトリーへ即座に電波が飛ぶようになっている。
それを俺と知佳がそれぞれ持っているので、後はシトリーが異変を察知し次第転移石で飛んでくるというわけだ。
まあ、正直なところまだ魔力回路が完治していないとは言え今の俺も戦えないわけではないし、それだけでなく俺たちの周りには不可視・非接触型の結界も貼られている。
これはウェンディとシエルの合作で、何か危険があればすぐに察知できるようになっているらしい。
というわけで旅行から戻ってきたら色々とそのお礼をする必要もあるというわけだ。
天鳥さん、頼んでおいた精力剤ちゃんと作ってくれるだろうか……
で、北海道へ着いたわけだが……
「寒っ。やっぱこの時期だとまだ全然寒いな……」
4月に入ったばかり、雪は流石にほとんど残っていないようだがまだ相当寒い。
東京で言えば2月下旬から3月初頭くらいまでの気温のように感じる。
もこもこしたセーターに包まれた、普段より幼く見える知佳がぽつりと呟く。
「本当はもっと寒い時期に来たかったけど」
「……マジ? なんで寒い時期に寒いところに来たがるんだよ」
「寒い時にアイス食べたくならない?」
「気持ちはわからんでもないけどさ……」
でもそれは暖かい部屋のおこたの中で食べるから美味しいのであって、マジで寒い中アイス齧ってたらただのマゾだと思う。
そういや今年はこたつ出さなかったな……というかこたつないんだよなそもそも。
越してくる時に流石に捨ててしまった。
あんなん二人くらいしか入れないサイズだし。
「早く行こ」
知佳が腕を組んでくる
「さてはテンション上がってるな?」
「悠真はそうじゃないの?」
「まあ俺もそうだけどよ」
「ん」
「最初はなんだっけか」
「スキー」
「えっ、まだこの時期でもスキーできるのか」
雪はほとんど溶けているように見えるが。
「大丈夫、ここは試される大地だから」
「マジかよ……流石だな北海道。ていうかお前スキーできるのか?」
「スノボならできる」
「かっけえなおい」
ちなみに俺はどっちもやったことない。
知佳の前で恥はかきたくないが、大丈夫だろうか。
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