第279話:新たな力?
1.
「こりゃひでぇ……魔力回路が焦げ付いてんな」
ワーティア族なのか、犬耳……狼耳? の生えた、桃色の長い髪を持つちょっとやさぐれた感じの美人なお姉さんだ。
歳は多分……20半ばくらい。
「……魔力回路?」
俺がオウム返しにすると、魔法や魔力のことについて詳しい保護者としてついてきたシトリーが補足してくれる。
「血が流れる血管のように、魔力が流れる魔力回路っていうのがあるの。普通は目視できないんだけど……」
「あたしらのよーな医者はこれで確認できるんだよ」
とんとん、とモノクルを叩く先生。
なるほど、魔道具なのかあれ。
「フローラ姫の悪魔祓いをした後から、魔力はあるはずなのに魔法は使えねえ。まず間違いなく大魔法の使いすぎだ。最低でも……30日間は安静だな」
彼女はリンデという医者だ。
フローラの体調管理を国王から一任されていたこの国随一の医者らしい。
つまり悪魔祓いのことについても彼女は知っている。
当然、俺の素性についてもだ。
「30日……ですか」
「30日ってのも相当甘く見ててソレだからな。昨日の今日のことなのにもうここまで治ってるのが異常なんだ。普通ならここまで焦げ付いてたら一生魔法が使えなくたっておかしかねえ」
「薬だったり治癒魔法では治らないんですか?」
「死にてえのか?」
「!?」
「医者が安静っつったら安静なんだよ。大人しくしてろ」
く、口はすこぶる悪いが、この人フローラの主治医だったんだよな。
つまり口が悪くても悪意はないということだ。
「そもそも魔力回路ってのは
「は、はい……」
というわけで特に薬や治療法なんかの指示があるわけでもなく、安静を言い渡されただけだった。
診察室を出ていくタイミングで、ふと思いついて訊ねる。
「そういえばリンデ先生」
「どうした。薬はねえぞ」
「いえ、そうではなく……俺と先生ってどこかで会ったことありましたっけ?」
「ねえよ。三十路口説くんじゃねえ」
先生にしっしっと追いやられる。
「悠真ちゃん?」
「べ、別に口説こうとしたわけじゃないぞ!?」
ていうかあれで三十路なのか。
全然若く見えるんだけどな。
2.
「安静って言われてもなあ」
スノウとフレアがリビングでチェスしているのをぼんやり眺めている。
「はい、チェックメイト」
「なっ……ちょ、ちょっと待ちなさいよ! さっきの無し!」
「待ったは無しよ、スノウ。今夜は私が先、貴女が後」
「別に後でも先でもいいけど、あんたに負けたっていうのが腹立つわ! 別に後でも先でもいいけどね! ……なに笑ってるのよあんた!」
べしっと俺の額に氷が炸裂した。
ひどい。
ちなみにナニが後で先か、というのはご想像にお任せする。
なんとなくローテーションみたいなのは決まっているようなのだが、その回す人数が人数なので複数人同時がほとんどデフォルト……か昼間の間に済ませてしまって夜は一対一、とかになったりすることが多い。
ナニとは言わないけどね。
で、この二人が同時になる時は毎回何かしらの勝負事で決めているのだ。
案外チェスだったり囲碁だったりの勝率はトントン程度。若干フレアが勝ち越しているかな、くらい。
知識だけで言えば恐らくフレアの方が上なのだが、頭の回転は二人共さほど変わらないのだろう。
で、圧倒的にスノウが有利なのはボードではなく電子のゲームなのだが、そういうのは二人共選択肢に入れない。
あくまでもフェアな勝負というわけだ。
「お兄さま、あれから痛みなどはないのですか?」
「あー……痛くはないな、全然。まだ魔法は使えないけど」
あれから2週間が経過していた。
魔力を練って魔法を使えないだけなので、魔力自体のやり取りは行えるのが唯一の救いか。
なのでシエルは変わらずあちらで活動しているし、ルルも大体そちらへかかりっきりだ。
時折シトリーかウェンディが補佐へ向かっている。
ちなみに身体強化は厳密には魔法とは異なる原理で、魔力さえあればできるのでやろうと思えばやれるのだがなるべくしないようにと言われている。
なので外出する時はスノウたちの中から誰かがついてくるという過保護状態なのだ。
まあ、毎朝と夕方のランニングくらいしでしか基本的には外出する予定はないけどね。
そのランニングも色々あって余分に時間がかかることが多いのだが……
まあそれは色んな意味で割愛。
「さっさと治んないかなあ。試したいことが幾つもあるのに」
「言っておくけど、あんたの回路が治った後も
「わ、わかってるよ」
魂の世界で感じた、あの感覚。
スノウの氷、フレアの炎、ウェンディの風、シトリーの雷、シエルの物理魔法。
それら全てを応用するだけの発想力と演算能力を与えてくれたのは恐らく知佳だろう。
俺の魔力回路とやらが焼け付いたのは恐らく――というかほぼ100%、あれが原因だ。
要するに俺が扱える力のキャパを超えていたということだ。
俺たちはあの状態を
とは言え、その状態がどんなものなのかは俺しか知らないのだが。
「でも発動条件を探るくらいはいいだろ?」
「探るもなにも契約を結んでいること、近くにいる、或いは体に触れていることが条件よどうせ。状況からしてそうとしか考えられないでしょ」
「まあ、それはそうなんだけど……」
あの時、俺の体に触れていたのは知佳とスノウ、そしてフレア。
近くにいたのはシトリー、ウェンディ、シエル、そしてルルとフローラ。
この中で
ルルとフローラは離れていた上に契約も結んでいない。
知佳とは契約は結んでこそいないが、触れていた。
ウェンディ、シトリー、シエルの三人は触れてはいないが契約を交わしている。
そして。
「知佳との念話が繋がっている状態の時にもそれが起きたんでしょ? つまりあんたの魔力と繋がってるかどうかってことが重要なのよ。それだけわかってれば十分よ、完全共有を発動させない為の対策を打つには」
「スノウの言う通りです、お兄さま。フレアも……あれを試すべきだとは思えません。お医者様にも本来ならば一生魔法が使えなくなるかもしれない、と言われているのでしょう?」
「……まあな」
スノウとフレアだけではない。
あれは知佳を含め他の面子にも二度とやらないように、と釘を刺されている。
なにせ、あまりにも効果が強力すぎる。
ダメージを及ぼす範囲が魔力回路だけとも限らないのだ。
「……お兄さま」
「わかってる、わかってるって」
しかし、もし任意であれを発動できるようになれば、間違いなく今までとは比べ物にならない程の戦力増強になる。
なにせ、あの世界では俺しかいなかったのでそうでもなかったが――
例えばフレアと同じ力を同じように振るえる人間がもうひとり増えるだけでとんでもない相乗効果を呼ぶことになるだろう。
他の誰でも同じだ。
一人でも強力なのに、それが倍以上の力を発揮するようになる。
それに、もしそうなれば俺が足手まといになるということもなくなるだろう。
……リスク無しで使える、というのが前提条件だが。
「そんなことよりあんた、明日以降の準備はできてるんでしょうね」
「そうですよお兄さま、一生に一度しかない機会なのですから精一杯楽しんできてください!」
ふんす、とフレアがガッツポーズする。
一生に一度しかないと言っても、ほぼこじつけみたいなものだしそんな大掛かりなものでもない。
というか、準備はとっくの昔に終えている。
まあ別に隠すことでもないのであっさり言うが、明日から二泊三日で北海道へ卒業旅行へ行くのだ。
幾つか制限はあるが四姉妹の同行は基本無しの、知佳と二人で。
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