第278話:変化

1.


 

「っ……」


 眩しい。

 日の日差しを感じて、俺は目を覚ました。

 知らない天井だ。

 

 ガバッと体を起こすと、びっくりした表情で固まっているフローラがまず目に入った。

 その隣にはスノウもいる。


「……おはよう?」

「早朝だからあってると言えばあってるわね」


 スノウがけろっとした表情で言い放った。


「どれくらい寝てた?」

「倒れたのが昨日のことよ」


 ってことはそんな長いこと寝込んでたわけじゃないのか。


「エリクシードがあるでしょ」

「なるほどな……で、フローラは怪我はなかったのか?」

「……へ?」

 

 フローラが呆気に取られたような顔をしている。


「だから言ったでしょ、フローラ。悠真こいつはこういう男よ。あんたが心配するだけ無駄なの」

「そ、そうだけど……」


 どうやら俺が寝ている間にある程度の交流は済ませてあるようで、スノウはフローラのことを知っているようだ。

 

「わたしは平気。その、悠真こそ……」

「エリクシードがどんなものかも教えてもらってるんだろ? もう完治してるよ」


 ぐるぐると腕を回す。

 ベッドから立ち上がって、各関節の動きを確かめたがどこも平気だ。

 魂の世界だともぎ取られていた左腕だってある。


 エリクシードで生えたというよりは、フレアがあの悪魔をぶっ倒す時には既にあったような気がするので魂の世界でだけ持っていかれていたのだろう。


 フローラが俺の顔を見て、もじもじしている。

 隣にいるスノウが肘でそのフローラをドンッと突いた。


「……悠真、そのごめ……じゃなくて……ありがとう」


 ――そうか。

 全部決着はついたんだな。


「お安いご用さ」





 雨の国ラントバウから、永久の雨は失われた。

 もちろん自然現象の雨は時折降ったりするだろうが、少なくともずっと雨が降り続けるということはもう二度と無いだろう。


 と、いうわけで。


 国中がとんでもないお祭り騒ぎになっていた。

 昨日、俺が倒れた後なんかは道路のど真ん中で太陽を見上げて涙を流す人が続出したらしい。


 まあ、人生で初めて太陽を見たという人も大勢いただろう。

 そんな人が太陽を見ればそういう反応になるのも頷ける話だ。


 そしてちょっと面白いのが、悪魔が滅んだのと雲が晴れたのが同時だったのでつまるところ民衆にとってはフレアの紫炎が目撃されたのと同時に晴れたように見えているのだ。


 魔法の規模自体が途轍もなく大きなものだったので国中に目撃されていたらしく、今はあの紫の炎の光は神の御業だということになっているのだとか。


 俺の<消滅魔法ホワイトゼロ>よりもよほど神の領域に達していそうな一撃だったのでなんとも仕方のない話だ。


 悪魔が実在していましたという公表するよりはそちらで勘違いしてもらっていた方が都合が良いので国とこちら側で話し合って、あの炎はシエルの仕業であるということに頷いた。


「実質おぬしとフレアたちの手柄をわし一人が背負う形になって気まずいのじゃが……」


 とか言っていたが、まあ別に本人に害があるわけでもないし問題ないだろう。

 で、今は何をしているかと言うと。


 俺の目の前で土下座をする王様とお妃様に絶句している真っ最中だ。


「何してるんですか!?」

「頼む、ユウマ殿! 我が娘をどうか嫁に貰っては貰えないだろうか!!」

「お願いします、ミナシロ様! 王位を継承しろと言っているわけではありません、どうかあのに普通の幸せを掴ませてやって欲しいのです!」

「お、お父様!? お母様!?」


 俺とフローラが慌てて二人を抱き起こす。


「もちろん第一夫人にしろとは言いませぬ! しかしどうかユウマ殿の大きな器で、ひとつ我が娘を貰ってやっては頂けないか! どうか、どうか!」

「お父様――!? 悠真が困ってるでしょ!?」

「し、しかしだな!」


 バシバシと王様の背中を叩くフローラ。

 悪魔がいた時からしたら、考えられないような光景だな。

 

「とりあえず、落ち着いてください。お二方とも頭をあげてください。その手の話については、多分俺が寝てる間にフローラと……うちの者たちが話してると思うんです……だよな?」


 フローラへ目配せすると、恥ずかしそうにこくりと頷いた。

 やっぱりな。

 最初からフレアが関わっている話だし、悪魔討伐時には知佳だっていたのだ。


「お父様、お母様、わたし……」


 フローラは二人の目を見て、真っ直ぐに宣言した。


「悠真ハーレムの末席に加えてもらえることになったの!」

「ッ!? ごほっ、ごはっ!!」


 喉と肺が裏返るかと思うくらい盛大にむせてしまった。


「ちょ、ちょっと待てなんだそれは」

「おお、流石はユウマ殿、やはりハーレムを築いておられたのだな!」

「いや王様、その反応はおかしいでしょう。娘がハーレムに加わるって言ってんですよ」

「何を言うか。国一つ救える程の器をお持ちの方が多くの女性と関係を持つのは当然のことであろう」


 ……なるほど、この国はそういう価値観なのか。

 ハイロンの方がやや過激かつ腐った上層部はいたが日本的な思想とは近かったのだろう。


「てことは、王様も……?」

「……娘一人救えない男がハーレムなど築ける理由は……」

「…………」

「…………」


 気まずくなっちゃった。

 

「お、お妃様はそれでいいんですか!?」

フローラを幸せにしていただけるのであれば」

「幸せにって……」


 フローラが縋るような目で俺を見ている。

 なるほど、今に限って俺以外に誰もいない理由がよくわかった。

 

 最終的な決定権はあくまで俺にあると言いたいのだろう。

 いや、決定権というより――責任か。


 先に話をつけている辺りは『らしい』と言えば『らしい』のだが。


「……とりあえず、一つ。全てが終わるまで……俺はまだ結婚できません」


 王様は真剣な表情になる。


「全て……とは、シエル殿が仰っておられた、世界を救う為に例の塔を破壊したいという話と関係が……?」

「まさにそれです」

「……なるほど、でしたらいずれは結婚も視野に、ということでよろしいので?」

「世界を救えたら、ですけどね」

「であるならば、確実と言って差し支えない。ユウマ殿に成し得ないことなど何もないでしょうからな」

「善処……いえ、任せてください。必ずこの世界は救ってみせます」


 それを聞いた王様はもう一度頭を下げた。

 今度は土下座ではなく、恐らくこの世界の貴族流なのだろう、左手を胸に当て、30度ほど頭を前に傾けた形だ。


「改めて、我が娘を頼む。この子には考えうる限り最大の幸せを与えてやりたいのだ」

「……ええ、任せてください、それも。ただし――」




2.




「で、なんでその流れでフローラがいないのニャ。お前悪魔過ぎないかニャ?」

「とりあえず王様たちと一年以上は暮らすように言ったんだよ。定期的に会いには来るけど、まずは家族との交流ができなかった時間を埋めるべきだろ?」

「ふーん、ニャるほどニャ。獣人的には親なんかより好きな雄となるべく長く一緒にいる方が重要ニャ」

「価値観ってもんが違うんだよ、価値観ってもんが」


 無責任にそのまま放り捨てる、なんてことはもちろんしない。

 あそこまでしておいてそんなことしたらそれこそ俺が悪魔だ。

 最低すぎる。


「さあ、お兄さま。早くこんな塔壊してしまって、一旦戻りましょう。長い間フローラさんにされてしまいましたから、色々溜まってるんです」

「溜まってるとか言わないでくれるかなあ、気が散るから……」

 

 まだラントバウが祭りで湧いている中。

 俺たちは四姉妹+シエル、ルルといういつもの異世界面子でサクッと<滅びの塔>を破壊しに来ていた。

 

 知佳は動画編集があるとかで俺が起きたのを確認してからすぐに帰ってしまったが。

 でも多分、帰ったら一番最初に構わないと後が怖い。

 次はフレアかな……


 いや、同時にというのも有りかもしれない。うん、そうしよう。それがいい。

 この間ネット通販で取り寄せた衣装もそろそろ届いている頃だろうし……


 と。

 流石に今はそんなことを考えている場合ではないか。


「集中しないとな」

「大丈夫? 悠真ちゃん、起きてまだ半日も経ってないけど……」


 過保護なシトリーに笑って返す。


「平気だって。エリクシードで治してるんだぞ?」


 俺は右手を<滅びの塔>に向け、魔力を練り上げ――


「……あれ?」

「……どうしたのよ」


 スノウが怪訝そうに首を傾げる。

 

 ……やっぱり駄目だ。

 おかしい。

 確かにはずなのに。

 それを感じることはできるのだが――


「……魔力が練れない」


 魔法が、使えなくなっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る