第276話:育む

1.



 フローラは並ぶ数々の料理を見て目を輝かせた。


「こ、これあなたが作ったの?」

「まあな」


 手伝って貰ったことを言った方が良いかと思ったが、その手伝った人にも悪魔の呪いが及ぶのでは、とか心配しだしたらキリがない。

 とにかく今は彼女に色々食べてもらうことが先決だ。

 このままじゃ悪魔に殺されるよりも先に栄養失調で死んでしまいかねない。

 後始末が終わったら正直に話そう。


 油を落として薄めに切って豚肉の入った湯豆腐、潰したゆで卵と鳥ササミが入ったサラダ。

 この国には米食の文化がないそうなので、パンとそれを浸して食べる為のかぼちゃのスープ。


 恐らく全てを食べきることはできないだろうが、フレアやシエルに教えてもらいながら、長いことまともな食事を取っていない体が拒絶反応を起こさないようなものをなるべく作ってきた。


 二人に手伝ってもらったので当然なのだが、俺が作ったとは思えないようなオシャレな出来栄えになっている。


「食べて……いいの……?」

「もちろん。むしろ食べてくれなきゃショックで年上の男が泣いてる様を見ることになるぞ」

「……あなたは?」

「俺は厨房でつまみ食いしてるから気にすんな」

「つまみ食いって……子供じゃないんだから」

 

 くすっと笑みが溢れる。

 先程まで引きつった表情しか見ていなかっただが、余計に思うが――


「やっぱり笑ってた方が可愛いな」

「へ?」

「陰気な顔は似合わないって言ってるのさ」

「……もう」


 からかわれたのだと気付いたフローラがむくれた顔をする。

 段々と怒りや戸惑い以外の感情が表に出てくるようになっている。

 いい傾向だな。


 これは俺の功績というよりは、そもそもフローラが人との触れ合いを求めていたというのが大きいだろう。


 話を聞く限りでは昔はかなりお転婆していたようだし。

 話している感じも、フレアのようなお淑やかなタイプ……フレアってお淑やかか? いや、お淑やか……だよな? まあフレアのようなお淑やかなタイプというよりは、スノウのが近いような気がする。


「……感謝を込めて」


 日本のいただきます、とは少し違う文化なのか手は合わせることなく料理に向かってぺこりと頭を下げる。

 そしてフォークとナイフを手に取り(箸はこの国には存在しないようだ。似たものがある国はあるらしい)、まずゆで卵、ササミ、野菜のサラダから口にするフローラ。


「美味しい……」

 

 そのままぱくぱくと食べる。

 しばらくするとパンとかぼちゃスープへ移り、更にスプーンとフォークを使って湯豆腐を食べる。

 三角食べと呼ばれているそれのようにバランス良く食べていく中で、フローラがぴたりと動きを止めた。


「どうした? もう腹いっぱいになったのか?」

「うぅん……違くて」


 ぽろぽろとフローラの目から涙が溢れ始めた。

 

「ええっ!?」

「ごめん、美味しいの……美味しいから……嬉しくて……本当にわたし、生きてていいんだって……」

「ったく……すぐ泣くなよ、お姫様。これから楽しいことも嬉しいことも死ぬほどあるんだぞ。その度に泣いてたらミイラになっちまう」


 ハンカチを渡して、俺は後ろを向く。

 よく考えたらレディが食事をしている姿をまじまじと見るのはマナー違反だろう。

 決して俺もなんか釣られて泣きそうになったから誤魔化しているわけじゃない。



 しばらくして。

 控えめな量にしてあったとは言え、少し無理をしなければ食べ切れないはずだったのにきっちり完食した姫様の食器を片付けてまた会話タイムに入った。


「フローラは何かやりたいこととかないのか? 俺が悪魔をなんとかした後に」

「わたしは……どうだろう、そんなこと考えたこともなかったな……」


 そう言って窓の外をぼんやりと眺める。

 

「んじゃ今から考えようぜ。明日までに考えとけよ。今日の宿題な」

「……明日も来てくれるの?」

「そりゃそうだろ。毎日来てやるよ」

 

 そう言うとフローラはぱあっと明るい表情になった。

 ……まずは惚れさせるとか惚れさせないとか以前に、完全に信頼してもらうところから始めないとな。




2.



 2日目。 

 悪魔のことが解決して、体が完全に動くようになったら冒険者か探索者をやってみたいそうだ。

 やはり根はお転婆らしい。

 この国の王様と妃様にそれを報告すると、そのまま嗚咽のしすぎで死ぬんじゃないかってくらい泣いて喜んでいた。

 どうやら全てが解決した後、姫としての責務を果たす為にどのみち箱入り……とかというオチにはなりそうにない。



 3日目。

 今日、地味に初めて名前を呼ばれた。

 昨日も一昨日も終始「あなた」だったからな。

 笑顔が増えた。やはり笑っている方が可愛いな。


 

 4日目。

 大丈夫そうだと判断したので、思い切って実は料理を手伝ってもらっていることを告白した。

 3日に渡って食べていても大丈夫な事、メインは俺が作っているということもあって案外すんなり受け入れられた。

 むしろそれなら、と難しい料理をリクエストされた。

 


 5日目。

 ベヒモスを討伐した時の話を詳しくさせられた。

 知佳やスノウたちのことについて触れないわけにはいかなかったので軽く説明したのだが、話し終えた後何故か若干むくれていた。

 悪魔は出てきていないので、まだ惚れているというわけではない。つまり嫉妬ではないはずなのだが、何がいけなかったのだろうか。

 女心はわからん。


 

 6日目。

 探索者としての話をした。

 ダンジョンのモンスターは10歳の頃から引き篭もっているフローラにとってかなり刺激的なものらしい。

 アスカロン(落ち武者)との戦闘の話をしている時なんかは息をするのすら忘れるほど集中して聞いていた。

 随分好奇心旺盛なようだ。



 7日目。

 しくじった。

 いつも着ている衣服は魔法で綺麗にしているので着替える必要がない、みたいなことを言っていたのでは起こるまいと油断していた。

 驚かせるためにノックなしに部屋へ飛び込んだら、見事に着替え途中だった。

 しかしもしや俺に見せる為に着替えていたのでは? つまり俺に惚れかけているのでは? と思ったが、「別にあんたに見せる為に着替えてたんじゃないわよ!!」と言われた。

 違うらしい。悪魔が出てくる気配もないし、つまりそういうことなのだろう。



 8日目。

 昨日もそうだったが、今日も普段と違う服装だった。

 今日のは綺麗系と言えばいいだろうか。

 昨日のは可愛い系だったが、どちらもよく似合っている。

 別に隠す理由もないので普通に褒めるとそっぽを向かれてしまった。

 本人的にはお気に召していないのだろうか。


 

 9日目。

 俺の(俺のじゃない)人払いが完璧なら、散歩をしてみたいとフローラが言い出した。

 下手すれば視界に入れることすら危ないので、王様と妃様に話を通して魔法的のみならず物理的にも人払いをしてもらった。

 明日は俺が付き添って庭を散歩することになっている。




3.



 ココンコン、と決まったリズムで扉をノックすると、中から「いいわよ」と声をかけられたので扉を開く。

 そこにはベージュのワンピースと黒いレギンスという、言ってしまえばどことなく庶民的な佇まいをしたフローラがいた。


「ど、どう?」

「似合ってると思うぞ」


 昨日もそうだったが、部屋に入ってまずファッションチェックが入るのだ。

 

「そう」


 姫様はすまし顔で後ろを向いて、窓の外を見た。


「今日は比較的明るい日だし、散歩には向いてそうね」


 こちらを向かずにそう言う。

 確かに今日は雲が薄いようだ。

 悪魔もちっとは気を効かせて……くれたわけはないか。


 まあ偶然だろう。

 欲を言えば晴れてた方が良かったが、そもそも晴れさせる為にやっていることなのだからそこが叶うはずもないか。


 こちらを振り向いたフローラは笑顔で言った。


「さあ、行きましょ」

「ああ、エスコートするよ、お姫様」


 フローラが差し出してきた手を取る。

 まだまだ痩せてはいるが、最初に出会った頃に比べれば血色もいいし、肉もついてきているように思える。


 まるで太らせてから食っちまう狼みたいだな、と少し思ったがやろうとしていることを考えれば大差ないのかもしれないとも思う。

 

 ……にしても、緊張するな。


 なにせ、今日はスノウとウェンディも来ているなのだから。

 

 ――お散歩デートなんて、絶好の絶好日ですよ!


 フレアの言っていた言葉が脳内でリフレインする。

 さて、どうなるもんかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る