第275話:握手

1.



「というわけで、俺は悪魔如きに殺されたりしない。わかってくれたな?」

「な、なんで……」


 青色の瞳をぱちくりさせて俺を見つめるフローラ姫。


「まあ、そういう特異体質みたいなもんかな」

 

 悪魔の干渉がほとんど効力を発揮しないのは俺の魔力の多さが起因しているのだろう。

 俺の魔力が多いのは偶然だ。

 自分の努力でどうこうしたわけじゃない。

 もダンジョンで増やした量よりの方が絶対多いしな。


「特異……体質……」


 魔力が多いから効かない、というよりもこう言った方がすんなり受け入れられるだろう。

 なにせ一国の主の一人娘だ。

 これまでに腕のいい魔法使いがどうにかしようとしなかった訳がないからな。


「今度こそ手を握ってくれるかい、お姫様」


 俺はそう言ってもう一度右手を差し出す。

 

「――本当に」

「うん?」

「……本当に信じていいの……?」


 縋るような上目遣い。

 これは破壊力が高いな。

 美少女に耐性のある俺じゃなければ逆に惚れていたぞ。


「もちろんだ。悪魔は俺が倒す。あんたは殺させやしないし、俺も死なない」

「……っ!」


 姫は戦々恐々と言った様子でこちらに手を出そうとしては引っ込めるという傍から見るとちょっと面白い挙動を繰り返している。


 焦れったいな。


 俺は彼女が手を伸ばした瞬間にその掌を捕まえた。


「あっ……」

「はい、これで契約成立だな」


 かなり痩せてしまっているので健康的とは言えない手。

 しかし確かに温かさを感じる。

 500年前の大馬鹿野郎が呼び出した悪魔なんかに殺されていい存在じゃない。


 にしてもさっきのような空間にまた放り込まれるかと思ったが、どうやらそれはないようだ。

 先程のやり取りで普通にやっては俺に勝てないと悟ったか、何か別の理由があるのかまではわからないが。

  

 ――と。


「――――」


 姫さんの目から、大粒の涙がぽろぽろと溢れていた。

 

「え、あ、あれ……?」


 彼女自身は何故自分が泣いているのかわかっていないようだが、10歳の頃に呪いが発動して、それ以来。 まともに人の温もりを感じることがなかったのだ。

 そんな中、ようやく自分が人間が現れた。

 どんな朴念仁だって涙くらい流すだろう。


 さっきのハグはノーカンで。

 あれはびっくりしたという方が強いだろうからな。


 さて、とりあえず受け入れて貰うことはできた。

 後はここから惚れさせないといけない訳だが……


 どうしたもんかねえ。

 とりあえずこういうのは友達から始めるってやつだ。

 仲良くなって、好感度を稼ぐんだな。

 

「座っていいか?」


 姫さんは涙を拭いながら無言で頷く。

 少し離れた位置にある化粧台(?)にある椅子に座ろうと思ったが、手を離してくれない。


 なので仕方なくベッドに腰掛ける。

 これもう友達の距離感じゃねえな……


 いきなり訳わかんなくなっちまったぞ。


「フローラって呼んでいいか?」

「え、ええ……」


 こくりと頷く。

 

「俺は悠真でいい」

「……わかったわ」


 頷く。

 さっきまで警戒心丸出しの子猫だったのに、今度は打って変わって借りてきた猫みたいになってるぞ。


 部屋の中が薄暗いのが気になるので、カーテンを風魔法でそよがせて開ける。

 シエルの物質魔法が使えれば窓も開けられるのだが、流石にそれは無理だ。


「あっ、カーテンは……」

「なんだ?」

「外から、見えるかもしれないから……」

「あー……」


(フレア、ちょっと頼み事がある)

(なんでしょうかっ、お兄さま!)


 念話で話しかけるだけ嬉しそうなフレア。可愛い。

 じゃなくて、


(人払いの結界とかあったりしないか? 具体的にはフローラの部屋の中が見えないようにしてもらえればいい)

(……フローラ? 流石お兄さま、仲良くなるのがお早いのですね)

(拗ねてるか?)

(拗ねてないです)


 拗ねてるなこれ。


(……後でなんでも一つ言うことを聞いてやるから、頼む)

(言質取りましたからね、お兄さま?)


 シエルに頼むべきだっただろうか。

 

「カーテンは気にしなくていい。外からは見えないようにするから」

「……そんなことできるの?」

「ああ、当然だ」


 俺はできないけど。

 今その辺を話すとややこしくなりそうなのでとりあえず俺ができるということにしておこう。


 『悠真という男は頼りになる』

 そう思わせることが今は先決だ。


 本当に頼りになるのならともかく、仲間の手を借りてるのだからなんとも情けない話ではあるけどな。


 太陽の光を浴びたフローラは一層美少女に見えた。

 でもやっぱりちょっと痩せすぎなのが玉に瑕だな。


 モデルみたいな体型の奴は周りにたくさんいるが、流石にここまで病的に痩せているのはいない。

 天鳥さんとかはほっとくとそんな感じになりそうだが。


「なんかシェフとかに頼んで作ってもらおうぜ。俺も腹減ったしさ」

「……わたしはいい」

「いや、いいわけないだろ。お前はこれからも生きてくんだぞ。食え食え、食ってもっと肉付けろ」


 我ながら親戚のおっさんみたいだな。

 

「違うの。わたしの料理を作った人は、悪魔が……」

「あー……」


 そうえいばそんなことを言っていたな。

 辛い料理を作った調理人が死んだとかなんとか。


 過保護すぎるだろ、あの悪魔。

 

 辛くなければ十中八九大丈夫だとは思うが、それを試すのは誰も傷つけたくなくて引き篭もった彼女にできるはずもなく。


「じゃあ今まで何を食ってたんだ?」

「や、野菜とか、果物とか……」


 何故かちょっと恥ずかしそうに言うフローラ。

 食生活を暴露するのは女子的に恥ずかしいことなのだろうか。

 未だに女心はよくわからない。


「……マジで?」


 こくりと頷く。


 調理されたものでなければ大丈夫、ということか。


 野菜や果物を栽培している人にまで呪いが及ぶのならもはや打つ手はなかったが、最悪作った人だけに何か起きるのなら――


「じゃあ俺が調理するか」

「えっ、悠真が?」


 作れるの? という感情が露骨に出ているフローラに向かって、俺はサムズアップしてみせる。


「流石にプロほど美味いもんは無理だけどな。これでも3年ちょいは一人暮らししてたんだ。そこそこのもんは作れるぞ」




2.

 


「というわけで、フレア、シエル。俺に料理を教えてくれ」

「いや、おぬし一人暮らししてたから作れるとか言ってたじゃろ」


 ジト目で俺を見るシエル。

 シエルもフレアもいざという時に備えて部屋の様子は見ている。


 なので俺が言ってたことも筒抜けということだろう。


「まあ作れないこともないんだけど、久々に食うもんなんだからなるべく美味いのがいいだろ?」

 

 その点、シエルもフレアも料理はかなり上手い。

 プロ級と言って差し支えないレベルだろう。


 今回こっちに連れてきているのがシトリーじゃなくて良かった。


「別に構わんが……ならわしもフレアと同じく、一つだけなんでも言うことを聞いてもらおうかのう」

「シエルさんがそう言うのなら、フレアももう一つ追加してもらわないとだめですよ?」

「そもそも人払いの結界はわしも手伝ったしのう」

「わかったわかった、二人共二つずつなんでも言うこと聞いてやるよ」


 一体何をやらされるのやら。

 

「なんであたしにはそもそも何もないのニャ。不公平ニャ」


 地味にいたルルが不満げに口を尖らせる。


「そりゃお前とは念話繋がらないし、そもそも人払いの結界もできないし料理だってシエルやフレアほど作れないだろ」

「不公平は不公平ニャ!」

「あーわかったわかった、お前にもそのうち何か頼む。だから何かあったらお前も俺の言うことを一つ聞け。それでいいな」

「ニャ……? まあ、それでいいニャ。あれ、本当にいいのかニャ……?」


 特に対価なしにタダ働きすることが確定した首をひねるルルは置いといて、フレアとシエルの方へ向き合う。


「なるべく美味いもんが作りたい、頼むぞ」

「お任せください、お兄さま! まずは胃袋から掴んでしまいましょう!」


 フレアがぐっとガッツポーズをする。

 ギャルゲーってこんな感じなのかな、なんてぼんやり考えるのだった。

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