第274話:呪い
1.
フローラ=ラントバウ。
藤色の美しく長い髪と、歴代でも随一と呼ばれる程の美貌を持つ雨の国ラントバウのお姫様。
現在17歳で、来月に18歳――この国での成人を迎える。
頭脳明晰で魔法にも長け、運動神経も悪くない。
悪戯好きでお転婆。
よく城の外へ抜け出しては城下町を駆け回っていたらしい。
……というのは彼女が10歳までのプロフィールだ。
10歳。
町でフローラ姫の髪に触れようとした少年の全身から血が吹き出し、死亡。
11歳。
既に町へ出ることのなくなったフローラ姫が異国の辛みのある料理を食したところ、それを作ったコックがその場でミイラになる。
12歳。
10歳までの間、フローラ姫と触れ合って思いを寄せていたと思われる少年たちが×××の状態になって見つかる。人数不明。
そして13歳以降。
フローラ姫は部屋に閉じこもり、決して人前へ姿を現さなくなった。
現在、彼女は極度の対人恐怖症かつほとんど言葉を発することもない。
世話をする侍女いわく、体はすっかりやせ細り暗い表情でいることが多く、笑っている姿は長いこと見ていない。
夜は窓から外を物憂げに見上げているそうだ。
「……随分聞いてた話よりも過激になってるな?」
「ごく一部の者しか知らぬ情報じゃ。しかしそれでも、歴代ではここまでではなかったそうじゃがな」
「ちなみにこの×の伏せ字は?」
「知らん方が良いぞ。知ったところでおぬしの強さ……というか『硬さ』に期待するくらいしか対抗する手段がないしの」
「……グロい系?」
「少なくとも直に見たとしたらわしでもしばらく肉料理は食えんじゃろうな」
最悪だ。
「ていうか対人恐怖症って……いきなり逆風じゃねえか」
「目の前で男が何人も死んでるからのう。そりゃそうなるじゃろ」
「俺も男なんだが?」
「おぬしは死なんよ。死ぬとしたら悪魔が直に姿を現した時じゃが、そうなればフレアがすぐに動く」
「お任せください、お兄さま! 悪魔なんて一瞬で消し炭にしてみせます!」
作戦上、いつ必要になるかわからないフレアにはあらかじめ来ておいてもらった。
うっかり姫様まで消し炭になるなんてことがないことを祈るばかりだ。
ちなみに――
「不意打ちで姫様の腕に
なんてちょっと怖いことをルルが言っていたが、それを試して駄目だった場合のリスクの方が大きいとのことで却下になった。
どうやらシエル的にはホワイトゼロで腕ごと指輪を消し飛ばすよりも、俺が姫様を惚れさせて悪魔の方に出てきて貰う方が成功率が高いと睨んでいるらしい。
「で、一応じゃ」
シエルからシルバーの腕輪を受け取る。
「わしが大昔に見つけた魔道具をガルゴに頼んで改良させたものじゃ。ある程度の呪いを弾いたり弱体化させる効果がある。持ち主の魔力の強さによって弾ける呪いの強さも変わるが、おぬしなら大抵のものを弾けるじゃろ」
「至れり尽くせりだな」
「失敗すれば死ぬ可能性が十二分にあるからのう。まあ、そうならんようにわしもフレアも待機しておるわけじゃが」
エリクシードだけでなく、その元となったエリクサーも完備している。
俺の魔力があれば即死はないだろうというのがシエルの判断だ。
「わしの見立てが外れることはほぼないじゃろうが……最悪の場合もあり得る。じゃから最後はおぬし次第じゃ、悠真。わしとしては、最悪姫は見捨てても良いと思っておる。正直な話、おぬしの命の方がよほど大事じゃからな。個人的にも、わしらの総意としても、客観的に見ても。わしがこの作戦をおぬしに伝えたのは、あくまでもおぬしのことを慮ってのことじゃ。後で知ればおぬしはどうせ気に病むじゃろう」
確かに、姫さんが死んだ後でもしかしたら俺ならばその姫さんを助けられたかもしれない、なんて知れば気が気じゃないかもしれない。
「そこまで俺のことがわかってんなら、答えもわかってるだろ?」
「ま、そうじゃろうな。そうじゃないのならここまで準備せんわい」
「任せとけよ。女の子ひとり救えない奴が、世界なんて救えるわけねえからな」
2.
と言ったものの。
姫様の部屋に通された俺は、まるで人を初めて見た子猫みたいに警戒心を顕にする姫様を前に途方に暮れていた。
ベッドの上に座る、藤色の長い――というか長過ぎる髪に、深い青の瞳。
そして歴代最高と言われるのも頷ける美貌。
やや幼さは残っているが、17という年齢を考えれば当然のことか。
脚……はロングドレスなので見えないが、露出している腕はちょっと心配になるくらい細い。
強く握ればそれだけでぽっきり折れてしまいそうだ。
いや、誤解を恐れずに言わせてもらえば。
18の誕生日を迎える前に死んでしまうのではないか。
そのように見えた。
一歩近づいてみると――
「来ないでッ!!」
――と。
金切り声で叫ばれてしまった。
金切り声というより、ずっと声を出していなかったことで喉の筋肉が萎縮してしまっていたのだろう。
そんな感じの声の出方だった。
「お願い、来ないで……」
今度は消え入りそうな声。
「そういうわけにゃいかないな。俺はお人好しなんでね」
俺は英語でそう言う。
フレアからのアドバイスである。
この世界では、英語で話そうが日本語で話そうがフランス語で話そうが相手に通じるのだ。
ああ認めてやるさ、親父譲りの筋金入りだよ。
押し付けがましいってわかってようが、誰かを助けずにはいられない。
そんな馬鹿が俺だ。
「俺は皆城悠真、見りゃわかると思うが、この国の人間じゃない。あんたも聞いたことがあるんじゃないか? シエル=オーランド。伝説のエルフの……まあ、仲間みたいなもんだな」
「シエル……オーランド……」
「伝説なんて言われてるが、見た目はただのちっちゃい女の子だ。あんたの方が大人びて見えるくらいのな」
そう言いながらもう一歩近づく。
びくりと彼女の肩が震える。
「伝説のエルフの仲間ってんだから、俺もまあ普通じゃない。ベヒモスってバケモンを知ってるか? 最近討伐されたんだが」
「…………」
伏し目がちにこちらを見てくる。
侍女があまり世俗から離れすぎないように直近の情報なんかを部屋中で話すと言っていたので、多分知っている話だろう。
「大陸を食っちまうようなバケモンなんだが、実はあれ、俺が倒したんだ」
「……嘘よ。倒したのはシエル=オーランドと、4人の美女だって聞いたわ」
詳しいなおい。
侍女は話しかけても全然反応してもらえないと言っていたが、どうやら全く聞いていないというわけではないらしい。
「トドメを刺したのはあいつらだよ。だが追い詰めたのは俺だ」
まあこれは大体嘘じゃない。
半分……の半分くらいは本当だ。
更に一歩近づく。
「あんたに悪魔が憑いてるってのは聞いてる。だが、そんな奴より俺の方が強い。大陸を滅ぼすバケモンと国を人質に取る悪魔。どっちが強いかくらいはわかるだろ? そいつを倒した俺は、つまりもっと強いってことだ」
「止まって……もうわたしのせいで誰かが死ぬのは見たくないのよ!!」
「止まらねえ」
「なんでよ!!」
「これだけの美人を前に踵を返すのは男じゃないからな」
とうとう俺はベッドに座る姫様の目の前まで来た。
今の所悪魔からの干渉は感じない。
「それに、助けを求めてる奴を前に無視する程俺は人間が出来ちゃいねえ」
「助けなんて求めてない! わたしはもう死にたいのよ! ほっといて!!」
「だったら何故立ち上がって俺から離れない。言葉だけの拒絶なんて意味ないぞ」
「そ、それは――」
姫様に向かって右手を差し出す。
「俺が必ず助けてやる、フローラ。だから手を取れ。死にたいなんて思う暇もないくらい刺激的なことがこの世界には溢れてるんだぜ」
フローラは俺の手と目を交互に見た。
しかし動こうとはしない。
うーん、やっぱ駄目か。
これで心が動く程、軽い7年間ではなかったわけだ。
ならこれもまたフレア考案の作戦でいくか。
「残念だ」
俺は差し出していた右手を引っ込めた。
「あっ……」
フローラがどこか残念そうな声を出した瞬間。
俺は不意をついて、ベッドの上に素早く身を乗り出してフローラを抱きしめた。
「ひぁっ……!?」
どこからそんな声が出たんだ、と思うような悲鳴が耳に届く――よりも先に。
「……なんだここは」
俺は真っ暗な空間に立っていた。
体が宙に浮いているような、それでいてしっかりと立っているような。
前を向いているのか、後ろを向いているのか。
上をむいているのか、下を向いているのか。
前後不覚とはこのような感じを言うのだろうか。
念話は――通じない。
転移召喚も使えない。
どこかの空間に閉じ込められているというよりは……
「ここは魂の世界」
まるで地の底から響くような声が俺の耳に届いた。
「姫は誰にも渡さない」
目の前に親父が現れた。
……なんで?
「これはお前が最も尊敬する人物を模した姿だ。反撃は許さん。お前はただそこで死――ぐあっ!?」
そう言って指先をこちらへ向けてきたので、俺は迷わず親父の顔面をぶん殴った。
もんどり打って吹っ飛んでいった親父……じゃなく誰かわからない青年の姿になった悪魔がうろたえている。
「な、何故だ! 貴様の深層心理を覗いているのだぞ!!」
「いや、元々一発くらい本気で殴りたいと思ってたし……」
「舐めるなよ人間――!!」
青年の周りから黒い雷が伸びてきて、俺に直撃した。
流石に避けることはできなかった。
……が。
「な、何故効かない……!」
「1万倍は凄い雷を知ってるからだろ。状況からしてお前が悪魔だな? さっき殴った感じ、今ここで倒すのは無理そうだが――」
親指を下に向かって突き出す。
「愛しの姫さんは俺に惚れさせる。その時がてめえの最後だ」
「――絶対に殺してやるからな、皆城悠真」
苦々しげに呟いた悪魔は姿を消し、直後に黒い世界からも開放された。
「な、なにしてんのよ!?」
ドンッ、と胸を押される感覚ではっと我に返った。
「そんなことしたら、あなた本当に死んで――死んで……ない……?」
「……というわけだ」
呆然と俺を見つめる姫様を開放してやり、俺は立ち上がる。
「全部俺がなんとかしてやるよ」
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