第273話:得意分野

1.sideシエル=オーランド



 『念話』でお伽噺の全容を聞いたシエルは密かに溜め息をついた。

 

 恋慕を拗らせて悪魔を頼った末路が500年の雨。


(500年も悪魔をこの世界に留めておける程の依り代ともなると、どれ程のものになるんじゃろうな)


 シエルの知り合いの中で最も優れた鍛冶師は悠真の父、和真と共に旅をした仲間であるガルゴだ。

 しかしそのガルゴでも500年もの間、悪魔の依り代としてもつ程の指輪を作れるとは思えなかった。


「どうかされましたかな?」


 シエルの対面に座る総白髪に白い髭の男――ラントバウの王、アレクサンドル=ラントバウが窺うように訊ねてくる。


「いや、なんでもない。ところで、一つ聞きたいことがあるのじゃが」

「答えられることならば、何でも」

?」


 真か偽かを聞くのではなく、真と決めてかかっていきなり核心をつく。

 

「…………」


 アレクサンドルはその薄い青色の瞳をすっと薄める。

 どう誤魔化そうか考えているのか、はたまた別の何かを思案しているのか。

 しばしの沈黙の後、口を開いた。


「やはりかの伝説のエルフに隠し事はできませんな」





2.



 屋敷で待っていると、シエルが帰ってきた。

 あまり浮かばない表情に見えるが、何か面倒なことでもあったのだろうか。


 ウェンディがすっと立ち上がってお茶を淹れに行く。

 俺はルルと顔を見合わせた。

 シエルが重々しく口を開く。

 

「事態は思っているより深刻じゃぞ、悠真。最悪、悪魔との戦闘になることも覚悟せなばならん」

「とりあえず詳細を聞かせてくれ」


 シエルが話したのは次の通りだった。


 まず、大前提としてお伽噺として伝えられている件はほとんどが真実である。

 500年前、ラントバウの姫と鍛冶屋の息子が恋に落ちた。


 しかしその時点で姫は既に隣国へ嫁ぐことが決まっていたそうだ。

 いわゆる政略結婚というやつなのだろう。


 身分違いな上に、婚約済みの者との禁断の恋だったというわけだ。

 

 雨を降らせるつもりで悪魔は暴走して婚約者を惨殺し、自らの餌として人々の悪感情を得る為に雨を降らせた。


 結果的に鍛冶師のという望みは叶っているので契約は履行され、今もまだこの世界にその悪魔は存在しているそうだ。


 呪われた指輪を依り代として、10歳になった王家の娘に取り憑く形で。


「そしてここからは王家の者しか知り得ぬ情報じゃ。悪魔は王家に対してとある取り引きを持ちかけておる。取り憑いている姫が18になった時点で、その姫の命を貰うというものじゃな。対価は国民の命じゃ」

「……なんだって?」

「つまり、18になった姫を差し出さないのなら国民を皆殺しにするというのが悪魔の言い分なのじゃよ。そしてそれが最低でも50年に一度なければ、問答無用で国民の命を貰うと」

「受付嬢の子からは姫様が18で死んじゃう、なんて話は聞いてないぞ?」

「先代までは姫亡き後も代役を立てておったそうじゃ。こんなことが国民に知られれば国家としての体が保てなくなる。もしそうなれば、このような明らかに不公平な取り引きを持ちかけてくる悪魔がどのような行動に出るかもわからん」


 つまり王家は国民全員の命を人質に取られ、500年もの間娘を悪魔に捧げ続けてきたわけか。

 胸糞悪い話だな。

 最悪に。


「……シエルさん、一つ疑問が」

「なんじゃ?」


 話を聞いていたウェンディが参戦する。


「私の知る悪魔はを持ちかけることはできないのですが、この世界の悪魔はそうではないのでしょうか?」

「……いや、わしの知る限りでもここまでひどい取り引きはできんはずじゃ。それに、500年もの間この世界に居続けるというのも幾ら依り代ありきとは言え長過ぎる」

「むしろ俺からしたら悪魔らしさ全開の理不尽な取り引きに聞こえたけどそうじゃないのか?」


 そういうのが悪魔じゃないの? って感じなのだが。


「悪魔は人と対等な条件で取り引きを行うことでこの世界に受肉することができるんじゃよ」


 なるほど、よくわからんがわかった。

 もうそういうものだという風に認識しておこう。


「とりあえずそいつは特殊ってことだな? 何故か理不尽な取り引きを持ちかけることができて、そのくせ何故か長い間この世界に……って、悪魔って普段はどこにいるんだ? 俺たちから見たこの世界みたいな、異世界と呼ばれるような場所なのか?」

「わからん」

「へ?」

「わからんのじゃ、わしにもな。悪魔という生物がなんなのか、というのは。公平な取り引きを行うことでこの世界で活動できる、というのも今までの経験則から語っておることじゃ」


 ウェンディの方を見ると、ウェンディも頷いた。

 どうやらこの世界でもウェンディたちがいた世界でも悪魔に対しての認識は共通しているらしい。


「わからんこと尽くしだけど、要はその悪魔をぶちのめせば解決する話……なんだよな?」

「それはそうなのじゃが……幾つか問題があるんじゃよ」

「悪魔には魔法が効かないニャ。しかも防御ができない魔法を使ってくるニャ。あと身体能力も超高いニャ」


 ソファでごろごろ寝転がっていたルルが口を挟んできた。

 どうやらルルでも知っているくらいこの世界では悪魔はポピュラー(?)な存在らしい。


「……バリアが張ってあるとか、吸収してくるって話じゃなくて効かないのか?」

「そう聞いてるニャ。実際戦ったことはないから知らニャいけど」


 なんだそりゃ、反則じゃん。


「じゃあ聖王の時みたく、魔法の効果で生み出した自然現象の大火力で倒すしかないのか」

「あれは図体がでかい上に肉体の強度はそれ程でもなかったからのう。それに、恐らくじゃがこの国ではあの時使った『神鳴り落とし』は使えんぞ」

「何故に?」

「干渉できん魔力で作られた雲が常に上空にあるからじゃよ」


 シエルがぴっと上を指差した。

 もちろんそこには天井があるだけだが、更にその上には例の雲が存在している。


「シエルさん、倒す手段については問題ないかと思います」

「ほう、何故じゃ?」

「フレアの熱がありますから。聖王はそれをも喰らうような化け物でしたが、ただ魔法を無効化するだけの存在ならば熱は効くでしょうし、スノウと私がいればその熱をほとんど一箇所に封じ込めることも可能です」

「……悪魔を魔法で直接ではなくその予熱で焼くことができると?」

「はい」

「……ふむ、なるほど。つくづく規格外じゃなおぬしら姉妹は」


 どうやら解決したようだ。

 今回は俺が魔力量isパワーの脳筋スタイルで解決することになるのかと思ったが、どうやらこの調子では出番がなさそうだ。

 うちの仲間が頼もしすぎて辛い。


「で、2つ目の問題じゃが悪魔を誘き出す方法じゃな」

「指輪をぶっ壊せば嫌でも出てくるんじゃニャいのか?」

「そんな手段で出せば今取り憑いておる姫の体まで壊れる可能性があるんじゃぞ。まるで根が生えているように指から離れないようじゃ」


 絶対に外れない指輪がずっとくっついてるの想像するだけで嫌すぎるな……

 しかも悪魔入り。


「じゃあ指をちょんぎっちゃえばいいニャ。どうせ王族ニャんだから腕の良い治癒魔法使いもエリクサーもあるニャ。どうしてもないニャらエリクシードでもやればいいニャ。そうすりゃ恩も売れるしいいことばかりニャ」


 ルルの言い方はあれだが、一理ある。

 命と指一本(しかも治る)どちらが大事かと言われれば簡単な話だろう。


「それも無理じゃな。大昔、姫の指を切り落とそうとした際はその切り落とそうとした者の首が前触れもなく落ちたそうじゃ。悪魔の仕業じゃとすれば、魔法で防御はできん。つまり……」

「……俺が限界まで肉体強化をして防御力をあげまくってから姫さんの指を斬ればいいんじゃないか?」

「それよりも良い方法がある。おぬしにうってつけの方法じゃ」


 俺にうってつけ?

 なんだろう。


「王いわく、悪魔が姿を現す条件が2つある。1つは姫が18になった時。今の姫は17歳。誕生日は来月だそうじゃから、その時を狙いすますというのもまあ1つの手段じゃな」

「それが俺にうってつけか?」

「いや、この方法はまず安定せんじゃろうな。まず守りながらの戦闘はやりづらい上に、どういう手段で姫の命を奪うつもりかもわからん」

「じゃあどうするんだよ」


 俺にうってつけじゃないどころか、そもそも駄目な方法ってなわけだろう。


「おぬしにうってつけなのはもう1つの条件の方じゃ。最初に鍛冶師の息子と交わした取り引きにより、悪魔は姫が誰かのものになる可能性を排除してくる。つまり姫が誰かに惚れた時にも姿を現し、その惚れた相手を殺そうとしてくるんじゃよ」


 ウェンディとルルの視線が突き刺さる。

 スノウや知佳がこの場にいたら物理的に何かが突き刺さっていたかもしれない。


「要は、おぬしはラントバウのお姫様を口説き落とすんじゃ。得意じゃろ? そういうの」


 ……なるほど。


「得意じゃねえよ!」

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