第272話:お伽噺

1.



 雨の国ラントバウ城下町。

 しかし雨の国の名に反して、城下町で雨が降っている様子は見れない。


 上を見ると確かに雨は降っているのだが、上空で弾かれているのだ。


 ウェンディが説明してくれる。


「雨だけを弾く特殊な結界が張られていますね。維持する為のエネルギーは恐らく魔石から取っているのでしょう」

「雨だけを……ねえ。それは可能なのか?」

「私の知る限りでは、技術体系としては昔から存在していました。この世界では……」


 ルルをちらりと見るウェンディ。


「多分結構前からあるニャ。こういう便利なのは大体共有されて誰でも使えるよーな感じになってるニャ」

「この結界、家周りに張っておいたら外壁の劣化とかが抑えられそうだな」

「帰ったら張っておきましょうか? 少々目立ってしまいますが……」

「……ある程度一般化されるまではやめといた方が良さそうだな」


 こちらの世界に持ち込むことは確定だな。シンプルに便利だし。


「で、情報収集って具体的にどこでするんだ?」

「あたしは買い物ついでに店主とかに聞いてるニャ。食材が売ってる店、酒場、床屋、冒険者ギルド、探索者ギルドが情報しゅーしゅーには向いてるニャ」

「……なるほど、お前にしては理の適った考え方だな」


 それぞれ生活必需品が揃う場所、口が軽くなる場所、客側が手持ち無沙汰になる場所だ。

 そういえば髪を切る時に話しかけられるの苦手って人が一定数いるよな。

 俺はどちらかと言えば無言な方が耐えきれない側の人間なのでむしろ話しかけてほしいのだが。


 まあそれも最近では基本的に知佳かシトリーに髪を切ってもらっているので関係ない話か。

 直近では一週間くらい前に知佳に整えてもらったばかりだ。


「……シエルさんに教えてもらったのでしょう」

「ぎくっ」

「そんなこったろうと思ったよ……で、どこに行く?」

「食材は昨日買い込んじゃったニャ」

「では理髪店へ向かいましょう。マスターの髪を勝手にいじると知佳さんが拗ね……じゃなくて良くないことが起きるので、私の髪を切るという体で」


 ウェンディは己の長い髪を手ですくって持ち上げる。

 うーん。


「いや、ウェンディはロングの方が絶対似合う」

「えっ」

「だから駄目だ」

「は、はい……」


 そのまま持ち上げていた髪で口元を隠すようにした。

 可愛い。

 

「あたしは知らん奴に自分の頭を触らせるのがそもそも嫌ニャ」

「じゃ、髪を切るって案もなしだな……となると酒場か冒険者ギルド、探索者ギルドか」


 酒場はできるだけ避けたい。

 何故か。

 ウェンディもルルも超可愛いからだ。

 二人が酔っぱらいにどうこうされるとは思わないが、そもそもそういう場に女性を連れていくというのがあまりよろしくない気がする。

 かと言って俺の単独行動は恐らくウェンディが許可しないだろう。

 

「一応冒険者ライセンスは取ってるんだよな、ルルの故郷で」


 そしてこの世界における探索者のライセンスもセーナルで取っている。

 どちらもランク付けは『色分け』だ。


 下からブロンズシルバーゴールド白金プラチナとなっている。

 ちなみに俺とルルの探索者ライセンスは白金プラチナだ。


 <龍の巣>攻略の功績だな。


 冒険者ライセンスは俺がシルバー、ルルが白金プラチナである。

 

 俺たちの中では埋もれがちだが、ルルもかなりの実力者であることは間違いのだ。

 なにせ(多分)今の未菜さんよりも強い。

 シエルを除けばほぼこの世界の最強格だ。


「どっちかと言えば冒険者ギルドのが情報は集まると思うニャ」


 ルルの一言により、冒険者ギルドへ向かうこととなった。



2.



 ギルドへ入ると、視線が一気に注目した。


 荒くれ者たちの無遠慮な視線が俺たちにぶつけられる。

 まあそうなるだろうな。

 ウェンディは美人で、ルルは美少女だ。


 普通にカウンターの方へ向かおうとすると、親父の実年齢くらいだと思われるガタイのいい大男が俺たちの前に立ち塞がった。

 赤黒い感じの短い髪で頑張って隠そうとしているが、ちょっとハゲかかってるな。


 そいつがニヤニヤと嫌な感じの笑みを浮かべながらウェンディとルルを見ていた。

 お目が高くて結構なことだが……


「何か用か、おっさん」


 よくわからんが、嫌な感じはしたので敬語はなしだ。

 

「なあ嬢ちゃんたち、こんななよっちい男ほっといてオレと組もうぜ。これでもちったぁ名の知れた冒険者なんだ。<鉄拳のハーゲンティ>と言えばオレのことだぜ」

「冗談は頭と名前だけにするニャ」

「殺す!! ――はへっ」


 ルルの挑発に一瞬でブチ切れた鉄拳のハゲが殴りかかるが、俺が動くまでもなくルルの猫パンチで気を失った。

 悲鳴すらあげずにその場に倒れ込んでしまう。

 

 ルルはしゃがみこんで、水筒の水をダバダバと鉄拳ハゲの頭にかけている。

 せっかく頑張ってセットして隠れていた地肌が濡れてしまったせいで丸見えだ。


 まだ俺かウェンディなら気絶させられるくらいで済んだだろうに、ルルに喧嘩を売るから恥までかくことになるのだ。

 いい年して哀れである。


 そのままカウンターへ行くと、ルルと同じくミーティア族と思われる青い髪な猫耳の受付嬢がにっこり笑って対応してくれた。


「いらっしゃいませ、ルル様とそのお仲間様方。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「あれ、ルルお前、知り合いなのか?」

「いや、知らんやつニャ」


 こいつが覚えてないだけという可能性も多いにあるが。

 もう一度受付嬢の方を見ると、目を輝かせていた。


「語尾にニャをつけるミーティア族で、あの身のこなし。間違いなく世界に数十人しかいない白金プラチナのルル=ミーティア=カーツェ様ですよね!? 実は私、ファンなんです!」

「ふふん、お前は物の価値がわかるやつだニャ!」


 ルルが自信満々で胸を張っている。

 語尾にニャを付ける変人でも強ければこういう扱いを受けることになるのか。

 ていうか白金の冒険者ってそんなに価値が高いんだな。


「で、聞きたいことがあるニャ」

「何でしょう!」


 ルルがちやほやされている図というのがかなりの違和感だが、とりあえずこのままやらせておいた方がスムーズに話が進みそうなので放っておく。


「この国のお伽噺についてニャ。大昔に平民とお姫様の恋愛がどーのこーので雨が降るようになったってやつのことニャ」


 どんどんこいつの記憶曖昧になってくな。


 しかし受付嬢さんは正確に覚えていたようで、話を語って聞かせてくれた。



 大昔、勤勉な鍛冶屋の息子と大層美しいお姫様がいた。

 お姫様はお忍びで町へ遊びに行くのが大好きで、よく城を抜け出しては城下町へと繰り出していたそうだ。


 ある日、お姫様は母へ贈る指輪をこっそり買っておこうと考え、とある鍛冶屋に立ち寄る。

 そこで勤勉な鍛冶屋の息子と知り合い、互いに一目惚れした。


 しかしお姫様には立場があり、鍛冶屋の息子には家を継ぐという使命があった。


 二人はそれでも隠れて逢瀬を繰り返していたが――ある日、お姫様が今は滅んでいる隣国の王と結婚することになった。


 お姫様と鍛冶屋の息子は悲しみに暮れた。

 元々身分の違いすぎる恋。

 成就しないことはわかりきっていた。


 だから。


 だから鍛冶屋の息子は、とある手段を取ることにしたのだ。


 ――自分のものにならないのなら、一生誰のものにもならないようにすればいい。


 

 鍛冶屋の息子は悪魔に魂を売った。

 隣国との間に渡れなくなる程の大河を作るよう、悪魔に願ったのだ。


 その代価として、悪魔は自らの依り代を望んだ。

 

 そして悪魔は鍛冶屋の息子の願いを叶えた。


 大雨を降らせることによって大河を作り出し、隣国との結婚を破綻させた――でのはなく。


 あくまで雨は悪魔が食料として人々の悪感情を貪る為に降らせたものであって、契約はという形で果たしたのだ。


 それ以来、ラントバウの姫は悪魔と鍛冶屋の息子の約束によって誰とも恋に落ちることができず、結婚することもできない。

 生まれて10年が経つとどこからともなく現れた指輪がいつの間にか薬指に着くようになった……という話だ。



「これは、悲恋というより狂愛の部類ですね……」


 ウェンディが呆れたように呟いた。


「……こういうのってあり得るのか?」

「無いとは言い切れないです」


 何やってんだよ勤勉な鍛冶屋の息子。

 自分の好きな女を悲しませるようじゃ男として失格だぞ。



「で、問題はそれが実話かどうか、ニャ」

「本当かどうかはわかりませんが、ラントバウに雨が降るようになってからこの国の姫が他国へ嫁いだことはありません。それと……代々、この国のお姫様は人前で四肢の肌を見せることを良しとしない風習がありますね」


 ……なるほど。

 どうやら思ってたよりもだいぶ面倒なことになっていそうだな。

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