第271話:雲の上
1.
「下から見ると真っ黒な雨雲でも、上から見ると真っ白なんだな」
「マスター、雨雲は光を乱反射させるのです」
今、俺とウェンディは雲の上にいる。
気圧だったり気温だったりの問題は彼女が調整してくれている。
辺り一面真っ白だ。
この世界にも飛行機とはまた少し違った航空手段があるので空の様子が全くわからないというわけではないのだが、この目で確認しておきたかったのだ。
「やっぱり何もないな」
「そうですね……風も穏やかですし、やはり地形や気候的な条件というわけではなさそうです」
すすす、とウェンディは下へ降りていく。
何をするのだろう、と思って見ているとそのまま雲の上に立った。
「えっ」
「魔法でできている雲ですので、魔力を用いて反作用させればこのように立つこともできるようです」
「……それって俺でもできる?」
「お教えしますよ」
数十分後、俺は無事雲の上に立つことに成功していた。
……とは言ってもウェンディの風魔法による補助ありきだが。
別の魔力に触れることでその性質を知り、それに対して反作用させることによって無効化したり、ものによってはこのように物理的に触ったり掴んだりできるようになったりするわけだ。
魔力や魔法にはまだまだ俺の想像もつかないようなことが色々できるポテンシャルがあるのだろう。
にしても、そういうイメージを俺が持っているからか、それとも本当にそうなのかはわからないが雲の上はふかふかのベッドのようになっている。
「……このまま雲を吹き散らしてもまた戻ってくるんだろうな」
「空に原因がないとなると、やはり地上に原因はあるのでしょう」
「だよなあ」
雲の上に寝転がる。
ああ、気持ちいい。
500年もののベッドだ。
一体どこの誰がこんなものを作り出したんだか。
現在も地上ではシエルがあれこれ王族に聞いたりしてくれているはずだ。
ルルは城下町での聞き込みを行っている。
やや心配ではあるが、揉め事を起こさない限りは大丈夫だろう。
その場合の心配はルルではなく、揉め事を起こした相手の方になってしまうのだが。
仰向けになって空を見上げる。
太陽が眩しい。
下では500年間も雨が降り続いているとは思えない景色だ。
この国に住む人って太陽見たことないのかな……
なんてことを考えていると、ウェンディが隣に寝転がってきた。
ミントみたいないい香りがする。
「…………」
ウェンディは期待するような眼差しでこちらを見つめている。
……シエルとルルの聞き込みはもうちょっと時間かかるよな。
2.
「随分遅かったのう」
「す、すんません」
「も、申し訳ありません……」
屋敷へ戻ってくると既に帰っていたシエルにジト目で睨まれた。
後ろめたいところがある俺とウェンディが謝罪する。
開放感がありすぎて、つい長引いてしまったのだ。
「こっちがジメジメしてる中すっきりしてくるとは何事ニャ。謝罪の鰹節を要求するニャ」
「すっきりとか言うなし」
ていうかお前は昨日の件があるんだから人のこと言えないだろ。
だからシエルもちょっとツッコんだくらいでそれ以上は何も言ってこないんだし。
それはともかく。
「何か目ぼしいことはあったか?」
「詳しく聞いてみたら何かを隠しておる様子はあったが、聞けず仕舞いじゃな」
「……何かを?」
「噂で聞いていた王家だけが雨の降り続ける理由を知っている、というのも案外馬鹿にできんかもしれんのう。奴らが直接何かをしている、というわけではなさそうじゃが」
なるほど。
シエルいわく少なくともハイロン聖国のようにトップが腐っている国ではないようだし、実は俺たちに隠れて雨を降らしている……ということはないだろう。
それはそれで何か隠していることはある、と。
「聞き出せそうか?」
「どうじゃろうな。決定的な何かがあるかも怪しいが、まあやるだけやってみようとは思っておるよ」
「そんじゃそっちは引き続き頼むって感じだな……なにか手伝うことは?」
「とりあえず具体策が立つまでは定期的に魔力補給があれば他には何も……というところじゃな」
ふと、うまいこと蓄魔鉱を活用できれば俺がいなくともシエルは活動できるのではないかと思ったが俺の役得がなくなるだけなので黙っておこう。
そもそも、いつだったかスノウが自分のことを『燃費が悪い』と称していたように、シエルも同じく燃費は良くない。
少なくとも今ある蓄魔鉱程度の量ではすぐに駄目になってしまうだろう。
「ルルは?」
「ニャ? まあシエルと同じタイミングでストレス解消に付き合ってもらえば……」
「違うそうじゃない、聞き込みの進捗だ」
「あー、ニャんだ、そっちかニャ。なんかお伽噺みたいなのを聞いたニャ」
「……お伽噺?」
浦島太郎とか花咲かじいさんとかそういう感じのやつだろうか。
「ニャんでも、大昔にこの国の姫と平民が恋に落ちたそうニャ。でもニャんか知らんけどなかなか会えずに姫が病気で死んで、それからずっと雨が降るようにニャったとか」
「めちゃくちゃふわっとした内容だな……」
多分詳しく聞けばちゃんとしたストーリーがあるのだろうが、ルルが適当に覚えているだけだろう。
シエルをちらりと見てみたが、聞いたことはないようだ。
「で、
「魔法の式はあの雨雲にもなかったのでできませんでしたが、魔力の質は解析できました。手を貸していただけますか?」
ウェンディが言って、シエルに向かって手を差し出す。
その手をシエルが握り、二人して目を閉じた。
何をしてるんだろう。
「……ふむ」
「如何でしょうか?」
「少なくとも心当たりはないのう」
何が何やらわからないので説明してもらったところ、ウェンディは魔法の術式(?)とやらの解析はできなかったが、魔法をかけた人物の魔力の解析には成功したらしい。
で、その解析情報を先程の握手で共有していたそうだ。
「500年前の王族が何かやらかして、その対処ができずに……ということじゃと思ったがどうやらそうでもないようじゃな」
「そんなことまでわかるのか?」
「魔力の質は子孫まで伝わるものじゃからな。現に和真の魔力とおぬしの魔力の質はある程度似ておる。そしておぬしが話していた、悠の魔石化を魔力を吸収することで解けた、というのも親子による質の近さのお陰で拒絶反応もなしに馴染んでいるんじゃぞ」
ざっくり俺の理解の範疇で話せば、魔力のDNAみたいなものだろうか。
そんなものまでわかるのか、この二人は。
正直一生かかっても俺にはわかる気はしないな。
「となると、王族は何を知っていて何を隠しているんじゃろうな……?」
「名探偵ルル様によれば、きっと例のお伽噺絡みニャ。つまりあたしのお手柄ニャ!」
「本当にそうならマジでお手柄ではあるけど、それならもっと細かい内容まで覚えておけよ」
「ニャッ!?」
しかし、王族は何かを隠しているが直接関係あるわけではない。
そして例のお伽噺は、王族が関わっている話でありながら王族以外のこの国の平民も関わっている話でもある。
どちらもこの国で起きていることなのだから関連性があって当たり前と言えば当たり前なのだが……
「強い根拠があるわけじゃないけど、確かに関係はありそうだな」
ウェンディがちらりとルルを見る。
「これほど強力な魔法ですから、つまりそれに伴った強力なイメージや感情が絡んでいる可能性は多いにあります。そしてルルの言っていたお伽噺ですが、概要から推察するに悲恋の物語でしょう」
「負の感情がこれだけの魔法を生み出している可能性があるってことか?」
「今ある情報を並べただけではありますが」
なるほど、とりあえずその線で調べてみる価値はありそうだ。
「明日は悠真、ウェンディ、ルルの三人で城下町の聞き込みじゃな。わしは王族にそのお伽噺が本当にあったことなのか作り話なのかを聞き出すとしよう。それに備えて今日は早く寝ることじゃな」
そして翌日。
大きく事態が動くことになる。
余談だが、早寝はできなかったがぐっすりは眠れた。
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