第270話:条件

 雨の国ラントバウ。

 500年もの間ずっと雨が降り続けている国である。


 それ以前は豊穣の国として知られていたそうだが、現在は周りの国や地域へ豊富な水資源を供給する事業で成り立っているらしい。


 普通なら500年も雨が降り続ければ地盤がゆるゆるになったりあらゆるところで水害が起きたりしそうだが、そういうのは恐らく魔法でなんとかしているのだろう。


「にしても、500年降り続いているなんて言ってたからもっと土砂降りなのかと思ってたな」


 例によって重鎮扱いを受けているシエルが滞在する屋敷の窓から外を眺める。

 傘をささずに走って駅まで行くか悩むくらいの強さだ。


「止むことはなくとも、雨の強さは月の満ち欠けと連動しておる。新月の日が一番弱く、満月の日が一番強いそうじゃ。ちなみに今はちょうど半月じゃな」


 ホットミルクの入ったカップを渡される。

 ちょっと肌寒いので有り難い。


「てことはひどい時はこの倍降るのか。そりゃ大変だな」

 

 そこまで行ったら普通に土砂降りと言っても良いだろう。

 

「雨は嫌いニャ。早くこの国の<滅びの塔>も壊して脱出するニャ」


 ベッドの上にパンツ一丁であぐらをかいて座っているルルが愚痴る。

 こいつに恥じらいという感覚はないのだろうか。

 確かに肉体美と言って良いような均整の取れた体ではあるが。


「お前早く服着ろよ。風邪引くぞ」

「自慢じゃニャいが、あたしは生まれてから一度も風邪を引いたことがないのニャ。貧弱なエルフや人間とは根本から体の作りが違うのニャ」

 

 ふふん、と胸を張るルル。

 そのてっぺんつまんでやろうか。


「シエル、獣人は風邪を引かないとかあるのか?」

「ないの。なんとやらは風邪を引かないというやつじゃ」


 なるほど、納得した。


「……で。<滅びの塔>を破壊したければこの雨を止ませてくれって?」

「そういうことじゃな。ちなみに、風で散らしたり物質魔法で干渉したりするのはもう試しておる」

「結果は?」

「風で散らしてもすぐに元通り、物質魔法の干渉はそもそも受け付けん」

「……ウェンディに完全に吹き散らしてもらったらなんとかなったりしないか?」

「ならんじゃろうな。この雨はそもそも力ずくでなんとかできるものでないようじゃからの」

「ふぅん……」


 まあシエルの見立てでそうというのならそうなのだろう。


「でも一回試してみていいか?」

「別に良いが……どうにもならんぞ?」

「雨雲にビームを撃つ妄想は男子なら絶対に一度はしたことあるもんなんだよ」

「訳のわからん妄想じゃな……」


 

 

 ルルはいつの間にか乳を揉んでも起きないくらい熟睡していたので、毛布だけかけておいてシエルと二人で屋敷の庭に出る。

 

「……なんでこの土全然ぬかるんでないんだ?」

「撥水の効果を付与されているんじゃろ」

付与魔法エンチャントか?」

「そこまで高度なものではない。そういう風魔法があるんじゃよ」

「へー……」


 撥水加工みたいなもんか。

 スマホにかけておいたら便利かもしれない。

 

 まあ、どのみち今はシエルが風魔法か何かで雨を散らしているのでスマホが水没する心配ない……というかそもそも防水なのだが。


「さて、いっちょやりますか」


 少年漫画好きなら誰も知っている例の構えを取って両の掌に魔力を収束させる。


「毎度思うんじゃが、魔導砲その技の隙だらけな構えはなんとかならんのか?」

「なんとかなるが、これはロマンなんだよ。異世界だから誰にも怒られないしな」

「おぬしは時々本当に訳のわからんことを言うのう……」


 山を2つくらいなら吹き飛ばせるだろうか、という魔力が溜まったタイミングで一気に放つ。


「魔導砲――!!」


 地面に直撃すれば大きなクレーターを作るような強大な魔力が空に向かって伸びて行き、分厚い雲にズボッと飲み込まれた。

 ……それだけだった。


「じゃからなんともならんと言ったじゃろ?」

「……だな」


 なんか虚しい。

 言ってしまえば昔からの夢が叶ったはずなのに。



 大人しく屋敷の中に戻る。

 ちなみにこの屋敷、探偵漫画なら殺人事件が起きそうなくらい広いのだがメイドさんは一人もいない。

 

 本来は10名ほどのメイドさんが配置される予定だったが大抵のことはシエルが一人で物質魔法を使った方が手っ取り早いので全員断ったらしい。

 便利だよなあ、シエルの魔法。

 ここまでの精度で使いこなすのはシエル以外には不可能だが。


 すぴすぴと寝息を立てているルルを横目に、俺たちは話し合いを行う。


「で、そもそもなんでラントバウのお偉いさん方はこの雨を止ませたいんだ? 水資源で上手いこと行ってるんだろ?」

「ま、細かいことは知らんが……普通に考えれば上手いこと行っていても500年も降り続ければ鬱陶しいと思うじゃろ」

「それもそうか」


 元々は豊穣の国と呼ばれていたらしいし、雨が止んでも普通に国として立ち行かなくなるということはないだろうし。

 シンプルに考えて雨が降っていることでできる事ももちろんあるが、雨が降っていない方がやれることは多いだろう。


「止ませる算段は?」

「それが分かっていれば楽な話じゃ」


 まあ、そうだよな。

 

「……そういや、王家だけは雨が降り続けている理由を知ってるとかなんとか言ってなかったっけ?」


 以前ラントバウの話を聞いた時になんかそんなことを言っていたような気がする。

 

「噂はあくまで噂だった、ということじゃな」

「完全に手詰まりか……なにかしらの魔法の効果なんだよな?」

「恐らく……というか確実にそうじゃろうな。わしの魔法を受け付けず、おぬしの馬鹿げた魔力での干渉もものともしない。相当強力な魔法じゃ」

「500年も持続する上に、力業じゃどうにもならない魔法か。本当に人間のかけた魔法か? それ」

「どうじゃろうな。この手の持続型の魔法は何かがトリガーになってその持続性を強化していることが大抵じゃ。国単位で降り続ける雨じゃから、そのトリガーも国家単位の大きなものかもしれん。そう考えればこの強力さも頷ける話じゃ」


 ……魔法ってのはなんでもありだな。

 今更の話だが。


「魔法自体を無効化する魔法、とかはないのか?」

「発生源を突き止めて解析すればあるいは、と言ったところじゃろうな。それにしても恐らくは綾乃のスキルの力を借りんことには話にならんが」

「発生源ねえ」


 俺の想像力ではやはりこの国で一番偉い奴がなんらかの秘密や鍵を握っていて、というパターンくらいしか考えられないのだが。

 シエルが面倒だと言うくらいだから、本当に知らない可能性の方が高いだろう。

 というか自分でわかってるんだったら自分で止ませるか。


「……あるいは<滅びの塔>を破壊させたくないから無理難題をふっかけてきてる、とかか?」

「ラントバウとしてはどっちでもいいんじゃろうな。雨が止むならば魔石を生み出すとは言え<滅びの塔>を対価として差し出すことに抵抗はない。じゃが止まんのなら止まんで魔石による儲けも出るわけじゃ」

「ふーん……」

「最後の手段としては、権力を使ったゴリ押しという手もあるんじゃがな。なるべく穏当な関係でいる方が都合は良いのじゃろ?」

「だな」


 ぶっちゃけ、ベヒモスの件で大陸単位を救ったという功績はかなり大きい。

 本気で圧力をかければどうとでもなる話だろう。

 しかしそれは最後の手段だ。


 他国との交渉時にも尾を引くことになるだろうし、言ってしまえば地球代表みたいな俺たちが無理を通せば別の面倒事が起きる可能性もある。


 とりあえずは魔法の発生源? を突き止めて解析して、綾乃になんとかしてもらうってのがメインの作戦か。

 その発生源を突き止める手立てがないのだが。


「というかこの話、俺だけにされても何も力になれないよな。最低でもシトリーとウェンディくらいは呼ぶべきだったんじゃないか?」

「……こういう場合でもなければおぬしと落ち着いて話す機会がないからの」


 シエルはそっぽを向いて顔を赤くした。

 

 なんだその不意打ち、ずるすぎる。

 

 結局、シトリーたちにこの情報を共有したのは翌朝のことだった。

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