第269話:友人
俺の本業が何か忘れている人はいやしないだろうか。
妖精迷宮事務所の社長?
いいや、違う。
俺の本業はまだ学生だ。
とは言え既にダンジョン管理局経由で色々根回ししてあって卒業まで大学に行く必要はなかったりもするのだが。
しかし世話になった教授や友人たちに何も説明なしというのはまずかろう。
というわけで、俺は実に数ヶ月ぶりにキャンパスへ来ていた。
教授への挨拶回りを軽く終えて(嫌味のようなことを言ってくる教授や快く送り出してくれる教授、明らかに媚びを売ってきているとわかる教授など色々いたがとりあえず割愛)、事前に連絡していた友人たちに会う為に学食へ向かう。
するとそこには一際やかましい二人組がいた。
いや、厳密に言えばやかましいのは一人なのだが
そいつらに声をかける。
「よう智也、須田」
茶髪坊主で目つきが悪く、声とタッパのでかい方が佐藤智也。
一言で言えばガラが悪い。そう言えるだけで良い奴なのだが。
黒髪イケメンで読モをやっているどことなく胡散臭い感じのする方が須田
別に胡散臭く見えるだけで良い奴なのだが。
智也が俺を見て片眉を上げる。
「お? 悠真おめえ、痩せたか?」
「体重は5kg増えてるよ」
俺の答えを受けて、瞬が爽やかだがどことなく胡散臭い笑みを浮かべた。
「元気そうでなによりだよ」
「お前らもな」
空いていた椅子に座る。
「で……いつになったらゲーノーカイのカワイコちゃんたちをオレに紹介してくれんだ?」
「アホ言え。一回しかテレビに出てないのにそんなコネができるわけないだろ」
「つっかえねー」
智也がわざとらしく肩を竦める。
こいつはガラと口が悪く態度もでかいが別に悪い奴ではない。
念押ししておくが。念の為。
「ていうかそういうのは須田に頼めよ」
「僕は三次元には興味ないからね」
サラッといい笑顔で言い切る須田。
残念な奴だ。
こいつは恐らく一生童貞を貫くのだろう。
イケメンで読モまでやってるのに。
今も普通の服装に見えるが、上に羽織っているジャケットの下には俺もよく知らないアイドルアニメがプリントされたシャツを着込んでいるはずだ。
「なあ悠真、なんでオレはモテねーんだと思う?」
「顔だろ」
「ぶっ殺す」
物騒なことを言いつつ智也は天井を見た。
「お前はいーよな。永見ちゃんがいるからよ」
「彼女、可愛いよね。三次元存在にしては」
「はは……」
思わず苦笑いしてしまう。
永見ちゃんてのは言わずもがな知佳のことだ。
しかし友人たちは俺のこの反応からでも気付いた。
ガバッとこちらに向かって智也が身を乗り出してくる。
その勢いと迫力のせいでモテないんだよ、お前。
「……おいおめえ、まさかその反応とうとうくっついたのか!?」
「まあな」
「マジ……かよ……悠真に先を越されるなんて……」
わなわなと震えている。
これは知佳以外とのことは黙っておいた方が良さそうだ。
ショックで死にかねない。
「智也、君も僕と同じように目標の次元を一つ下に据えよう。次元は下だが、世界は上だ」
「このタイミングで鞍替えしたらオレが惨めすぎるだろが……」
「とりあえず坊主やめたらどうだ? それがお前の強面を助長させてるんだと思うぞ」
「癖っ毛だから伸ばすとねずみ花火みてーにあちこち髪が跳ねまくるんだよ! オシャレ天パじゃなくて手の施しようがない天パなんだよ!」
縮毛矯正とかやればいいのに。
と言うと、こいつ大抵常に金欠なんだよな。
趣味のバイクでめちゃくちゃ金使ってるから。
「ピンク色に髪を染めてみるとかどうだろう。少しはマシになるかもしれない」
「おい須田、本気で言ってるのか? もしそれで悪化したらどう責任取ってくれんだ?」
「二度と三次元なんかに興味が向かないように布教してあげるよ」
「事あるごとに引きずり込もうとするんじゃねえ! でもこないだのアニメは面白かったよ! Blu-rayまで買っちまったよ!」
「もうハマりかけてるじゃねえか」
俺の知らない間に智也がアニメの沼に引きずり込まれそうになっていた。
須田を見ているとそれはそれで幸せなのかもしれないとも思うが。
いつものやり取り……というかいつも通りな感じのやり取りをした後で――
「二人共、聞いて欲しいことがある」
「んだよ」
智也がすぐ反応し、須田はにこにこ笑いながら続きを促してくる。
「マスコミの件だ。迷惑をかけてすまん」
俺は頭を下げた。
知佳から報告を受けていたのだ。
俺と交友関係のある連中にマスコミが押しかけているということを。
基本的に俺含め、妖精迷宮事務所はほぼ完璧に外部からのコンタクトをシャットアウトしている。
例外は知佳が益ありと認めた場合のみだ。
そうなれば彼らの矛先は崩しやすいところに向かうに決まっている。
他に知り合いがいないというわけでもないが、この二人は特に親しくしていた仲だ。
間違いなくマスコミにアタックをかけられているだろう。
俺が頭を上げると、二人してぽかんとした顔をしていた。
「迷惑なんてかかったか? 須田」
「さあ、少なくとも僕の記憶にはないね」
「誰が話しかけてこようと興味なけりゃシカトするだけだしな」
「僕には三次元の会話を完全に聞こえないことにできるスキルがあるからね」
もちろんそんなスキルは存在しない。
「お前ら……」
正直多少嫌味を言われるくらいは覚悟していたのだが。
良い奴らすぎるだろう、こいつら。
聖人君子かなにかか?
「まあ、それとは別でお前から話を聞いた時はちっとびっくりはしたけどな。永見ちゃんとのあれこれがあって探索者のことは諦めたもんだと思ってたからよ」
「何があってまた探索者になろうと思ったのか、くらいは確かに気になるね」
……まあこいつらには触りくらいは話しておいてもいいだろう。
流石に全てを話すわけにはいかないが。
気にしないとは言ってくれているが、これ以上の迷惑がかかる可能性は排除したい。
周りで聞き耳を立てている奴がいないのを軽く確認してから、
「端的に言うと、スキルを手に入れたんだ」
「……マジか?」
「マジだ」
「なるほど、それがよっぽど強力なスキルだった、と。世間には公表してないんだったよね?」
「ああ、してない」
召喚術の存在はもちろん公表していない。
世間的には俺は非スキル
「こないだのテレビでやってたでっけえロボットをぶっ飛ばしたのもそのスキルのお陰か?」
「いんや、あれは魔法だな」
「そうだ!」
須田が珍しく大きな声を出した。
「ど、どうした」
「魔法だよ! それについて悠真にどうしても聞きたいことがあったんだ!」
「なんだ?」
「魔法っていうのはどれくらいのことまでできるんだ!?」
「どれくらいのことって……その気になれば大半のことはできるんじゃないか? 魔力だったり適性だったりで現実的な上限はあるだろうけど」
「僕は……」
須田が俺の肩を掴む。
目が血走っている。
こ、怖い。
智也よりも迫力を感じるかもしれない。
「僕はかねてより二次元の世界へ行きたかったんだ。ずっと。ずっとだ! それが魔法でできたりしないか!?」
「無理じゃねえかなあ……」
「ジーーーーザス!!」
天を見上げて須田は叫んだ。
流石に周りからの視線が痛い。
「だ、大丈夫か? キャラ崩壊してないか? お前」
「ああ……僕の夢はもう潰えたんだ……」
泣いていた。
ガチ泣きだった。
怖すぎる。
「バイクのパーツ作ったりはできんのか?」
「それくらいなら頑張ればできる……かもな」
「マジか、すげえな魔法」
「あんま複雑なのは無理だけどな。ボルトとかナットとかくらいなら作れるんじゃないか?」
「二次元に入る方法がわかったら起こしてくれ……僕は少し眠るよ……」
「永眠する気かてめえ」
崩れるように机に突っ伏した須田の頭を智也がべしっとはたいている。
本当にこいつらは何も変わらないな。
……セイランはこういう日常を破壊しようとしているんだよな。
あいつには友人はいないのだろうか。
家族は? 恋人は?
何故簡単に世界を滅ぼすなんて言えるのか。
俺には理解ができない。
――と。
(悠真、聞こえるかの?)
念話だ。
シエルから。
(どうした? 手短に頼む)
(少々面倒なことになっておる。すぐに来てほしいのじゃが)
「どうかしたか? 悠真」
「脳に直接語りかけられてる人みたいな顔してるけど」
「アニメじゃねえんだから、そんなことあってたまるか」
残念、須田が正解だ。
それはともかく……
「悪い二人共、急用を思い出した。また時間がある時に……そんときゃ飯でも奢るよ」
「忙しいんだな」
「まあな」
俺は立ち上がる。
シエルからこんな連絡が入るくらいだ。
少々面倒なことってのが本当に少々ならいいんだが。
「悠真、君は――」
立ち上がった俺に向かって須田が語りかけてくる。
「今、楽しんでるかい?」
「……ああ、ばっちりだ」
「ならいいんだ。探索者生活、頑張ってくれ。君と智也は僕が三次元で信頼する数少ない友人だからね」
三次元でってのは余計な気もするが。
「今度はダンジョンの話でも聞かせてくれよ。ま、その時にゃオレも彼女ができて中々遊べないかもしれねーけどな」
「それはないだろうな」
「んだと!?」
さてと。
これからまた忙しくなりそうだな。
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