第268話:問題点

「話を聞くにとりあえずの問題点は、『燃費の悪さ』と『魔力をチャージできる人間が限られている』ということだろうな」


 未菜さんがスーツを着直しながら言う。

 流石、一度軽く概要を話しただけですぐに問題点を把握するとは。


「そういうことです。燃費の悪さに関してはともかく、チャージは誰でも出来るようになれば何日か探索へ行かずにチャージしつつ休憩して、溜まったら探索へ行って……みたいな使い方ができるんですけどね」


 言っている間に未菜さんが俺の前に来て後ろを向くので、ポニテを結い直してあげる。

 

「私はできるのだろうか」

「できると思いますよ。俺もできたんで」


 それに綾乃や知佳にも試してもらったが、スノウから説明を受けた後は何度かトライしてできるようになっていた。

 つまり魔法がある程度のレベルで使える者は問題なくチャージできるのだ。

 

 だが、志穂里にはできなかった。

 いや、彼女はまだ魔法を覚えたてだ。

 いずれはできるようになるだろう。

 しかし――


「普通に魔力をチャージするだけならともかく、属性付きの魔力となるとちょっと難しいみたいなんです」


 そこが一番の問題点なのだ。


「魔法があまり得意でない者向けになりそうなのに、魔法が得意でない者には使いづらい代物になってしまうわけか」

「そうなりますね」


 ポニテを結い終わったので、未菜さんはソファに座った。

 俺もその対面に座る。


「難しい問題だな。異世界の方にはその手の技術はないのか? ベヒモスとかいう化け物を倒して、色んな国からの礼のお陰でそういうのには困らないだろう?」

「その手の技術、と言いますと?」

「私の部屋にはアロマ付き加湿器というものがある」

「へえ……壊さずに使えるんですか?」

「私が壊してしまうのはスマホとかの精密かつ複雑なやつだ。加湿器くらいなら問題なく使える」


 普通スマホだって壊さないんだけどな。

 まあ、電子機器全部駄目だったら今どき洗濯機や冷蔵庫、テレビだって使えないか。

 

「で、アロマ付き加湿器なんてオシャレ家具がどうかしたんですか?」

「その機械はフィルターみたいなのを入れて、水を入れてボタンを押すだけでアロマな蒸気が出てくるんだ。つまり私が言いたいのは、普通に魔力を注ぐだけでフィルターのようなもので属性を付与できたりしないか、ということだな」

「……なるほど」


 言ってしまえば、属性のない魔力はただの水だ。

 属性付きの魔力はそれに味がついたもの。


 自分で味付きを作り出すのは難しくても、味は味で別途用意できればそれが簡潔になるのではという話か。


「無い……とは限りませんね。天鳥さんとシエルに伝えておきます」

「どうだ、私もたまには賢いだろう?」

「たまにはで良いんですか?」

「む……良くはないな」


 可愛いなこの人。 

 実際のところ、未菜さんは別におバカキャラというわけではない。

 むしろ戦い方なんかを見てればわかるが、頭は相当キレる方だ。

 頭脳労働に関してはほとんど柳枝さんに丸投げしているというだけで。


「そっちはいいとして、燃費の問題だな。一級探索者一人分程度の魔力が蓄えられるのは良いとして、まさかダンジョン内部でその道具の魔力が尽きたので補充し直します、なんてわけにもいかないだろう?」

「魔力に余裕があるんならそれでもいいんですけどね」

「一級探索者一人分と簡単に言うが、相当なものだからな? 魔力量の水準だけで見れば、柳枝クラスでギリギリなのだから」

「わかってます」


 柳枝さんの場合は魔力量よりもその技量と経験で強いのだ。

 未菜さんは魔力量で言えば一級探索者の数倍はある。

 そして俺は更にその数百倍以上はある。少なく見積もって。


 志穂里に試してもらっていた時のように常に俺が近くにいてチャージしますよという状況ならば何も問題はないのだが、まさかそんなわけにはいかない。


「その物自体を幾つか持っていく、とかでとりあえずの対処はできる……かな?」

「今話した例はガントレットなんで幾つか持っていっても良いような気はしますけど、武器を普通に使う人とかにとってはどうなんでしょう。一応武器・防具一体で嵩張らないってのもコンセプトの一つなんで。そもそも俺や未菜さんにとってはどうってことないでしょうけど、あれ結構重いんですよ」


 実はあのガントレットでも片手ずつ20kgはある。

 志穂里もトップ探索者の一人なのでその程度は屁でもないが、幾つも持っていくとなると流石に重いだろう。


「そういえば超重量だという話もあったな。ふーむ……」


 未菜さんは考え込むようにして天井を見上げた。

 この人、真剣な表情をしてる時は本当に文句の付けようがない美人なんだよな。

 そりゃファンクラブだってできるってもんだ。


「どうした?」

「いえ、美人だなと思いまして」

「んっ!?」


 顔を真っ赤にしてわたわたと慌てる未菜さん。

 この人、褒められるのに弱いんだよな。

 美人とか可愛いとかの女性向けの褒め言葉だと特に。


「今私をからかう必要はないだろうっ」

「すみません、でも本心なのでからかったつもりはないですよ」

「君はまたそうやって……」


 ごほん、と咳払いをして気持ちを切り替える未菜さん。

 若干まだ顔が赤いが、流石に突っ込むのはやめておいてあげよう。


「……いっそ使い捨て商品として売り出したらどうだ? 多少魔法を使える人は自分であれこれ工夫できる再利用ができます、みたいな感じで」

「使い捨て……にできるような値段設定にできるかどうかが問題ですね」

「素材を取るのは難しいのか?」

「スノウ命名の<岩石竜ロックドラゴン>からドロップしますが、素手で戦った感触としては普通にボス並です。というかあのダンジョン、1層が未踏破だったんですよ?」

「そういえばそんなことを言っていたな。となると、実質取りに行けるのは君たちだけということか。そのガントレットも、限界まで安く見積もって数千万円で売り出すレベルだな」


 まあ、そうなるだろう。

 俺たちが魔石やらで数千億単位で稼いでいるので金銭感覚は麻痺しそうになるが、数千万なんて金額をポンと出せる探索者は流石にそうはいない。

 長いことフリーでやっていたローラなら何十個も買えるかもしれないが。


「……そういえば防具の方にも魔力を蓄えておくんだよな? その分は使えるんじゃないか?」

「それはそうなんですけど、魔力が入ってる状態で更に硬くなるって物質なんで防具の魔力まで使っちゃうと単にやたら重い防具になっちゃうんですよね」


 素でダイヤモンド並の硬度にダイヤモンド以上の靭性。

 とは言っても、実は既にこの世界でもそれくらいの性能を持つそれなりに軽い防具は存在するのだ。


 もちろん値は張るが、ダンジョンがもたらした恩恵はそれだけ大きい。

 あの鉱石で防具を作る場合のメリットは、魔力を介した場合に更に硬くなるということ。

 

 その魔力を使うのはあくまで最後の手段のようなものだ。


「となると、なんとかして魔力の含有許容量自体を増やすしかないのか」

「やっぱそうなりますよねえ」

「あるいは、量産化は諦めて悠真ハーレムのメンバーだけに配るとか」

「なんすか悠真ハーレムって」

「樫村 志穂里も最近加わったのだろう? 君は何人囲うつもりなんだ?」

「……言っておきますけど、志穂里とはそういう関係じゃないですからね」

「時間の問題だな。私の見立てだ、間違いない」


 そう言われると正直強く言い返せない。

 

「君が常に近くにいる人物だけに使わせるようにすれば魔力の含有量なんて何も気にしなくていいだろう? というか、私にもちゃんと作ってくれるんだろうな、その蓄魔鉱で作った武器や防具」

「それはもちろん。多分正規品は一番最初に未菜さんに使ってもらうことになると思いますよ」


 志穂里がピックアップされたのはあくまで魔法が苦手で肉弾戦メイン、という人選だったからだ。

 というか俺の中では炎を出す魔剣とか氷の魔剣とかが浮かんでいるので、そういうのを使うのだとした未菜さんしかいないだろう。


「以前君に貰った刀も相当使い心地は良いし、強力でもあるんだがな。やはり新しい武器というのは心が躍る」

「作ったのはガルゴさんですけどね」

「それを言ったら大抵のプレゼントはそうなってしまうだろう」


 そりゃそうだ。

 

「まあ、君からもらうものであれば何でも嬉しいさ」

「…………」

「いつもやられてばかりではないぞ。意趣返しというやつだ」


 にやりと笑う未菜さん。 

 くそう、不覚にもドキッとしてしまった。

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