第267話:螺旋なアレ

 『加工しようと思えば加工しやすくなるのではないか』という仮定があるとは言え、すぐにその加工するための環境を作れるわけではない。

 なのでまずはシエルに頼んで<蓄魔鉱>を少量、粉末状になるまで粉々に砕いてもらった。


 その粉へ、ウェンディに頼んで風の性質を含んだ魔力を込めてもらう。


 まずここまでで2日かかった。

 当然、シエルの物質魔法にかかればこんなもの即座に粉々にすることができるだろうし、ウェンディが風の属性を魔法ではなく魔力に乗せるのも簡単なことだ。


 しかしまあ、こちらにも事情というものがある。

 他の要素……というか正直に白状するとその二人の機嫌を取るのに1日ずつ使ったというわけだ。


 で、天鳥さんがガントレットのようなものを既存の素材で作る際にその粉末を同時に練り込んでもらった。

 器用なことをするものである。

 

 性格からして大して気にしてないくせに、「僕には何もないのかい?」という一言のお陰で更にここで+1日。


 もちろんそうなると他の面子が黙っているはずもなく、ざっと一週間。


 というわけでやろうと思えば1日で終わる工程が二週間弱かかってしまった。


 天鳥さんには別途頼んでいることがあるし、またそっちでも搾り取られるだろうなと考えるとわくわく……じゃなくて気後れするな。

 それはともかく。




「風の魔法が放てるガントレット……っすか?」


 場所は新宿ダンジョン、真意層1層目。

 荒廃した東京を背景に、繊維状の金属が大量に編み込んであるガントレットを俺から受け取った志穂里がきょとんとした表情を浮かべる。


「そうだ。危険があればウェンディがなんとかしてくれる。信用してくれていい」

「ウェンディです。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」


 ぺこりとウェンディが頭を下げるのに合わせて志穂里も頭を下げる。

 可愛らしい感じのフレアと違って、ウェンディはザ・美人だからな。

 緊張しているのかもしれない。


 この場には俺、フレア、ウェンディ、そして志穂里の4人がいる。


 フレアがついてきた理由は単に志穂里と仲良くなっていたので多少緊張が解れるだろうという予想である。

 

「そのガントレットには一級探索者一人分くらいの魔力が込められている。後はイメージさえ乗せれば魔法が使えるはずだ……俺がオススメした漫画って読んだ?」

「も、もちろんっす! どれも面白かったっす!」

「そりゃ良かった」


 結構巻数のあるものも勧めたのだが、研究熱心だな。

 とりあえずあれだけ読んでもらえれば以前より魔法に対するイメージは強まっているはず。


「そういえば、風の魔法限定なんすか? 前フレア師匠に教えてもらった炎は……」

「ガントレット型にすると自分の手が焼ける可能性があったからな。比較的安全な風にしてもらったんだ」


 氷や炎、雷は自傷の危険がある。

 もちろん炎でもフレアがいる限りは安全だとは思ったが、念には念を入れて、だ。


「なるほど、流石先輩っすね!」

「別に流石って程でもないんだけどな……志穂里は真意層へ来たことあるか?」

「……真意層?」

 

 志穂里が首を傾げる。

 あれ?

 ああ、そういえば真意層って俺たちが勝手に呼んでるだけか。


 俺たちが、というよりルルたちが言っているのを聞いてそれを取り入れた感じ。

 

「まあ、ここのことだ。つまり新階層だな」

「実は来たことないっす。師匠や先輩がいなかったら絶対来ないですね……新階層ってなんかヤバイのがいるって聞くっすよ」


 番人ガーディアンのことか。

 倒しても復活する(っぽい)からな、あいつら。


 その上、基本はダンジョン上を徘徊するっぽいので厄介極まりない。


 とは言え、一級探索者のレベルならば遭遇して即死ということはない。

 無理に挑まなければ逃げ切ることだって容易だろう。

 

「そのヤバイのはこっちで処理するから、普通に湧くモンスターを処理してくれ。もし影っぽいモンスターが現れ始めたらすぐに伝えてくれ」


 この階層の番人は影を操る吸血鬼だ。

 初めて会った時のようにでなければ特に苦戦することもなく倒せる。


 いや、今ならばだとしても対処できるだろう。

 怒りに任せて限界を超えなければ対抗できなかったあの時とは違うのだ。

 



「――お」

 

 探知に反応があった。

 フレアとウェンディがこちらに目配せしてくる。

 モンスターが接近してきたのだ。


 どうやら志穂里はまだ気付いていないようなので、ぽんと背中を押す。


「そろそろ来るぞ。あっちの物陰だ」

「え、なんでわかるっすか?」


 俺がそう宣言してから数秒後、ひょっこりと二メートル半くらいオーガが姿を現した。

 このダンジョン特有のモンスター、赤鬼とはまた別の鬼っぽいモンスターだ。


 何が違うかと言われるとちょっと困るのだが、赤鬼はまだギリギリ愛嬌を感じるがオーガはもう完全に化け物って感じ。

 あと、色が赤というよりもどす黒い赤って感じ。

 

「ほ、本当に来たっす……!」


 志穂里は臆することなく構えを取る。

 さて、新階層に出るオーガはなかなか侮れない強さだ。


 見た目の筋骨隆々さからわかる力の強さはもちろん、素手が基本の志穂里では決定打に欠けるほどの耐久力もある。


 何度もタコ殴りにしていれば普通にしていても勝てる相手ではあるが――


「無理しない範囲で、魔法を使って倒してくれ。頼むぞ」

「了解っす!」


 オーガがこちらに気付くのとほぼ同時に志穂里は駆け出していた。

 そして相手が構えを取る前に飛び上がり、膝蹴りを顔面に炸裂させる。


 ……が。


 大して効いてはいない。

 細かいダメージの蓄積でも倒せるが、やはり素手では時間がかかる相手なのだ。


 ぐわん、と振られた右腕をほんの少し身を縮めることで躱し――


「せいっ!!」


 ドッ!

 掌底突きをオーガの逞しい腹筋にお見舞いした。


 顔面への膝蹴りがダメージに乏しかったのだから、普通の掌底を腹筋にやったところで尚更ダメージはないだろう。

 しかし、志穂里の攻撃はそれで終わりではなかった。


「はッ!!」


 志穂里の気合いの声と共にぶわっと突風が吹き荒れ、オーガが錐揉み回転しながら吹っ飛んでいった。

 崩れたビルの瓦礫に突っ込み、完全に伸びている。

 しばらくして、光の粒となってオーガは消えた。


「や、やった! 見ましたか! 師匠っ、先輩!」

  

 駆け寄ってきた志穂里が俺の手を取ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 なんだこの可愛い生き物は。


「見てた見てた。早速使いこなしてたな」

「こんな簡単に魔法が使えるなんて、これとんでもない代物っすよ! ……あっ」


 何かに気付いたようにして、顔を真っ赤にしてぱっと志穂里が離れていく。

 ガントレット越しなんだからそこまで意識する程のことだとも思わないのだが。


「志穂里さん、オーガを倒すくらいならもう少し出力を抑えめにしても良いかと。指向を絞れば効果は落ちませんから」

「な、なるほど……ウェンディ先生っ、タメになるっす!」


 フレアは師匠でウェンディは先生か。

 

「それと、名前を付けるといいぞ。イメージがしやすくなる」

「名前っすか……」


 うーん、と志穂里は少し考え込む。

 さっきの、ティナが好きそうな某忍者漫画の主人公の必殺技に似ているな、と思ったが黙っておこう。

 ちなみにもちろん勧めた漫画の中に入っている。


 唸っている志穂里はぽつりと呟く……


「螺旋……」


 待てそれはまずい。


螺旋掌ラセンショウなんてどうっすかね!」

「そ、それは……」


 どうなんだ?

 あまりにギリギリを攻めすぎていないか?


「志穂里ちゃん、旋風掌センプウショウではどうでしょう?」


 フレアが助け舟を出してきた。

 基本的に漫画を読まないフレアは直接知っているわけではないとは思うが、俺の表情を見て微妙なのを察したのだろう。

 

「旋風掌! いいっすね! ていうか、螺旋掌だとよく考えたらそのまんますぎるっすね」


 てへへ、と志穂里ははにかむ。

 天然だったのか……

 突っ込むべきかどうか悩んでしまったではないか。


「にしても先輩、こんなものどこで手に入れたんすか?」

「そのうち教える。とりあえず、周りには黙っておいてくれ。秘密ってやつだ」

「りょ、了解っす……!」


 その後も螺旋……じゃなくて旋風掌でオーガやオークなどの大型のモンスターを吹き飛ばしていき――30分程度で。


「……あれっ」


 旋風掌が発動しなかった。

 オーガの反撃が当たる前に、俺が動いて吹き飛ばしていたが。


「せ、先輩、ありがとうございます……その、もう大丈夫なんで……」

「ああ、悪い」


 咄嗟だったので無意識に志穂里を抱き寄せてしまっていた。

 顔を真っ赤にした志穂里から離れる。

 うーん。

 こんだけ可愛い子に好意を寄せられているとなると、どうしても男としてグラついてしまうものがあるな。

 ティナは未成年だし高校生だしということでまだ自制が効くが……いやいや、俺よ。落ち着け俺よ。 


「多分、魔力切れだな。魔力の残量がわかるようにならないとちょっと危ないか」


 それに、一級探索者一人分くらいの魔力で新階層を探索しようと思ったら30分しか持たないというのも新たな発見だ。


 まあ、これは普通に何人かでパーティを組んだり、魔法ばかりに頼らずに戦えばある程度改善される数字ではあるだろうが。


 未菜さんやローラはほとんど魔力に頼らない戦いができるし、知佳や綾乃がついてくる時もメインで魔法を使うというよりは補助としてなので気付かなかった。


「魔力切れが起きたらどうすればいいんすか?」

「とりあえずは……」


 ウェンディの方をちらりと見る。


「私が魔力を補充します」


 その後、2時間程。

 何度か補充を繰り返しつつモンスターと戦ってもらって、様々なサンプルを取ったのだった。

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