第266話:蓄魔鉱

「どれくらいの魔力を溜め込むことができるのか、まずは試してみようか」


 細かく砕いた妙に重い不思議鉱石は魔力を溜め込み、硬度や靭性まであがる。

 となると当然、どれくらいの許容量があるのかが気になるわけだ。


 試すのはもちろん無駄に魔力の多い俺である。


 砕いた破片に、付与魔法とはまた別の要領で魔力を込めていく……というか流し込んでいく。


 付与魔法エンチャントは枡に石粒を隙間なく詰めていってギチギチにしたら完成、みたいなのが俺の中でのイメージなのだが(それが溢れると物が崩れ、足りなければ付与魔法として不発)、これはバケツに蛇口の水を注いでいくような感じだ。


 具体的にと言われると困るが、要は付与魔法とは違って神経を使わないとだけ言っておこう。


 スノウによる注いだ魔力量の確認が逐一入るのでゆっくり魔力を注いでいく中で、不意に鉱石から魔力が漏れ出るようになった。


「満タンっぽいわね」

「どれくらいかわかるかい?」


 天鳥さんがスノウに訊ねる。


「そうね……数値で表すのは難しいけれど、この鉱石を丸々使って果物ナイフでも作ったら知佳の全魔力と同じくらいは入ると思うわ」

「……マジで?」

「マジよ」


 ……マジか。

 今の知佳の魔力は相当多い方だ。


 量だけで言えば柳枝さんを超えているのだから。


 つまり果物ナイフサイズで一級探索者一人分を超える魔力が入るということになる。

 もしこれで普通の剣でも作ったりしたら、一級探索者の数倍の魔力を蓄積させられるわけだ。

 まあもし普通の剣のサイズで作ったら、ルルでも簡単には持ち上げられないくらいの重さになると思うが。


 ルルが持ち上げられないということは未菜さんやローラにも無理だ。

 フゥは……もしかしたらその剣でも使えるかもしれないな。


「悠真クン、重さはどうだい?」

「重さは……変わってないと思います。一応言われた通り、身体能力強化は切ってる状態なんで少しの変化でもわかるはずですし」

「なるほど。僕……がやるよりも知佳がやった方がいいか」


 天鳥さんがちょいちょいと知佳を手招きしてなにやら耳打ちする。

 どちらも小さいのでどこか可愛らしい光景である。


 知佳が怪訝な表情を浮かべる。


「……できると思う?」

「重要なのはできる、と思い込むことだと僕は考えてるよ」

「ふぅん。悠真、それ貸して」


 それ、とはたった今俺が魔力を込めた鉱石の破片のことだろう。

 

「結構重いからな、気をつけろよ」

「身体強化してない悠真よりは力持ちだから平気」


 それもそうか。

 別に知佳は身体強化を切る理由がない。


 破片を手渡すと、それを握り込んで知佳はまっすぐ手を前に突き出した。


 すると――


 一瞬間を置いて、パキンッ、とバレーボール大の正八面体の綺麗な氷が目の前に出来上がった。


「ん」


 スノウが一瞬唸る。

 見事なものだが、何をしているのだろう。


「で、どうだった?」


 訊ねる天鳥さんに、知佳は普段通りの淡々とした様子で答える。


「先輩の思った通り」

「やっぱりか」


 天鳥さんがにんまりと笑う。


「以前、シエルさんから使が存在するという話は聞いていたが使いようによっては完全な上位互換になるぞ」

「ええと……説明してもらえます?」


 頭の上にはてなが浮かんでいるのは俺とスノウである。


「今、知佳が使った魔法は君の魔力によるものなのさ。もしかしたらスノウさんならわかったんじゃないかな?」

「やっぱり気のせいじゃなかったのね。ここに来る前にきたのかと思ったけど、そんな暇はなかったはずだからおかしいと思ったわ」


 女の子なんだからもう少しオブラートに包むとかして欲しいものである。


「……要はその破片に入ってた俺の魔力を使ったってことか?」

「そういうこと」


 知佳が頷く。

 

 さっき天鳥さんが呟いていた使用者の魔力消費を肩代わりするするアイテムってのはそういうことか。

 確かに言われてみればそういう魔道具ありそうだよな。


「魔力を込めた主である悠真クンと、リンクの繋がっているスノウさんでは分かりづらい可能性があると思ったからね。僕はそれほど魔法が上手いわけでもないので、消去法で知佳に試してみてもらったのさ」


 なるほど、そういう人選か。


「<蓄魔鉱>、とでも名付けようか。他にはどんなことができるのかな」


 天鳥さんが目を輝かせている。

 ワクワク、という擬音が背景に浮かんでいるのが目に見えるようだ。

 

 他にできそうな実験内容をなんとなく頭の中で考えていると、スノウが声をかけてきた。


「そういえば知佳が氷魔法を使ってたけど、さっき氷の魔力を込めたの?」

「え? いや別に……というか氷の魔法、じゃなくて氷の魔力?」


 ただの言い間違いだろうか、と思ったがどうやらそうではないらしい。

 スノウは左手を腰に当て、右の人差し指を立てた。

 タイトスーツでメガネをかけてもらったら完璧なのに。

 今度着てもらおう。


「魔法ってのは魔力に属性を混ぜて、その魔力に具体的なイメージを乗せて作る方が効率がいいのよ。要は魔力の段階で属性を帯びさせることもできるの」

「へえ……てっきりイメージを乗せる時に属性も帯びるもんだと思ってたけど違うのか」

「そのやり方でもできるけど、魔力の段階で混ぜた方がいい感じに仕上がるわ」


 いい感じに仕上がるわて。

 アバウトな説明だな。


「チョコクッキーを作る時、生地にチョコを混ぜて練ってから形を作るようなもの?」

「そうそう、ちょうどそんな感じよ! 知佳は察しが良くて助かるわね、下半身に脳があるどこかの誰かと違って」

「しまいには泣くぞ?」

 

 べっ、別に出来上がったクッキーにチョコかけても美味いし!

 


 それはともかく、魔力の時点で属性を帯びさせることができるということは……


「……もしかして氷の魔剣とか炎の魔剣とか作れるのか?」

「汎用性を考えるとあんたがさっきやったみたいに何も考えずにただの魔力を込めた方がいいけど、より簡単に魔法を使おうとするなら最初から属性は決めてから魔力を込めた方がいいわね。ま、物は試しよ」


 先程砕いた別の破片を拾い上げたスノウがそれに魔力を込めた後、知佳ではなく天鳥さんにそれを手渡した。


「香苗、それでさっき知佳がやってたのと同じのをイメージしてみて」

「普段の僕ならあそこまで綺麗な正八面体を魔法で作り出すのは無理だが――」


 次の瞬間、先程知佳が作り出した正八面体の氷と全く同じものが出来上がっていた。


「……なるほど、自分の魔力を使う必要がない上にお陰で、イメージするだけで魔法として出力できる。これはとんでもない革命だぞ。多分これなら、魔法を使ったことのない素人でも簡単に使えるようになる」


 ……おいおい。

 それが本当だとしたら、確かに天鳥さんの言った通り革命が起きてもおかしくないぞ。


 魔法はコツさえ掴めば誰でも使えるものだが、そのコツを掴むのが案外難しい。

 そして魔法が使えるようになったところで、誰もが自在に操ることができるようになるわけではない。


 もしそうだとしたら魔法がより一般的なシエルたちの世界は猛者がもっと多いはずだ。

 そりゃあ、こちらの世界に比べれば平均値は遥かに高いがやはり努力や才能面で大きく差がついてしまうのだから当然の話である。


 しかし、魔法を使う上でこなすべき工程が『イメージだけ』になったらどうだろう。

 その差はかなり埋まることになるのではないだろうか。


 もちろん自在に魔法が操れる者はあらゆる属性を自由に使えるのだからその分アドバンテージがある。


 しかし、やりようによっては一属性しか扱えないというディスアドバンテージは探索者として活動する分にはさほど気にする必要がないレベルにまで洗練させることができるだろう。


 それに元々魔法が使える人にももちろん恩恵はある。

 魔力を蓄えておくことができるということは、その分長く戦えるということだ。


 もちろん最初に属性を帯びさせていなければ先程スノウの言ったように汎用的に使える外部バッテリーということになる。


 つまりスノウたちから見た俺だ。

 その容量はだいぶ劣化するとは言え、あるとないとは大違いだろう。


「探索者の常識が変わるぞ……」

「その上魔力を帯びている間はより強靭になるのだから、急所を守る為の強力な防具にもなる。あるいは硬い外殻を持つモンスターへの対抗手段としての武器にも。これは……ぜひ試作品を作って、それを誰かに使用してもらいたいものだね。君の知り合いに程よく強い肉弾戦メインの人はいないかい? 欲を言うと、魔法が使えない人だと助かる」


 程よく強い肉弾戦メインで、魔法が使えない人。

 そんな人俺の周りにいるだろうか。


 何人か候補が浮かぶが、程よく強いのレベルを遥かに超えていたり、そもそも魔法を使える人だったりで選択肢が消えていく。


 そんな中、一人ほぼ条件を満たしている人物に思い当たった。

 でも正直なところ、とある理由でちょっと気は進まない。


 別に悪感情を抱いているわけではないのだから構わないと言えば構わないのだが……


 今夜は本当に干からびてしまうかもしれない。 

 知佳やスノウ、フレアその他面子のご機嫌取りで。


「その反応だと誰か心当たりがあるようだね」


 樫村かしむら 志穂里しほり

 蓄魔鉱を使った防具や武器を生かせるくらいの程よい強さで、魔法もほぼ使えない。


 お誂え向きの人材である。

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