第265話:重い
1.
「へー、本当に素手で倒したのね」
上から見ていたスノウと知佳が降りてくる。
「素手で倒せって言ったのはお前だろ?」
「普通やらないわよ、あんなでかいの相手に」
「……ただの嫌がらせかよ!」
つくづくいい性格してるよな、こいつも。
「苦戦するようだったら手伝ってあげてたわよ、多分」
「多分なのかよ」
ひどい奴だ。
俺はため息をつきながら魔石を拾い上げ、もう片方のドロップ品、鈍色に輝くでかめの鉱石を拾い上げようとして――眉をひそめる。
「なんだこれ、メチャクチャ重いぞ」
「……持てないの?」
知佳が首を傾げる。
「いや……よっこいせ!!」
腰を据えて両手で抱えるようにして持ち上げる。
気合いを入れれば持ち上がらない、という程ではない。
だが、この感じ……少なくとも数トンはあるだろう。
見た目と重さがあまりにも釣り合っていない。
とんでもない重量だ。
「何でできてんだこの金属……金属だよな?」
「先輩のところに持ってけばわかると思う」
また天鳥さんの仕事が増えるわけだ。
まあ、あの人はこの手の仕事が増えたところで喜ぶだけなのだが。
「あんたそれを持って先に進めそう?」
「そりゃ幾らなんでも無理だな」
いや、抱えて運ぶだけならできるが両手で持たないといけない分普通に邪魔だ。
「じゃ、一旦戻るしかないわね」
ということで一時帰宅することになったのだった。
2.
こんな重いもんを家で保管しておくわけにもいかない。
俺たちは戻ってくるなり天鳥さんへ連絡し、すぐにこの謎鉱石を持っていくことになった。
「急拵えだが、とりあえずこの上に置いてもらえるかい?」
「了解……っと」
縦横3メートルずつくらいありそうな大きな緩衝材でできた板上にそぉっと置く。
俺からの連絡を受けてすぐに
「岩石でできたドラゴンっぽいのからドロップしたものよ。そいつ自身の見た目は別に鉱石っぽくなかったけど」
ダンジョンから帰ってきてすぐなので流れでついてきたスノウが説明する。
「へえ……でもこの見た目は明らかに金属の鉱石に見えるね。どれ」
天鳥さんが掌の上に何やらボタンのようなものを作り出した。
いつ見ても魔法みたいだ。
いや、魔法じゃないのだが。
でも魔法みたいなもんか。
ややこしいな。
それを鉱石に近づけたり遠ざけたりしている。
知佳が訊ねる。
「それ、磁石?」
「そう。どうやら反応はないみたいだけれどね。悠真クンかスノウさん、これに電気を流せるかい?」
当然スノウは雷魔法をシトリー程ではないとは言え使えるだろう。
しかし腕組みをするスノウにくいっと顎で使われた俺が大人しく電気を流す。
「電気を流しても磁石にはならないようだね」
「電磁石ってやつですか」
「そういうこと。それじゃ次は……」
天鳥さんは掌に金槌を作り出した。
それで特に躊躇いもなく鉱石を叩こうとしたので、俺は手で制する。
「怪我したら危ないんで、そういうのは俺がやります」
天鳥さんはきょとんとした表情を浮かべて、苦笑するように口元を抑えた。
「なるほど、じゃあ任せようか」
金槌を渡されたのでそれでコン、と強めに叩いてみる。
すると、金槌の方が砕けてしまった。
どうやら相当な強度を持っているらしい。
「ふむ……これ、砕けるかい?」
「どうだろな……」
多分素手じゃ厳しい……というか、素手で砕くならダンジョンで試さないと辺りが大変なことになる。
スノウをちらりと見ると、
「あたしは破壊したりする魔法はあまり得意じゃないわ。凍らせてから砕いていいんなら別だけど、そうしたら研究にも支障が出るでしょうし。あんたがやらないならウェンディ姉さんでも呼ぶことをおすすめするわよ」
「風で金属を破壊するって……まあ、ウェンディならできるか」
スノウの性格上、誤魔化したりムキになったりしてもおかしくない場面なのにやっぱり姉妹が絡むと素直なんだよな、こいつ。
基本的に負けず嫌いなのに、「あたしにできないことができる姉たちは凄い」という思考にナチュラルにシフトしているのだろう。
それはまたその姉たちから見て逆も然りなのだろうが。
いい関係だよなあ。俺も色んなことを教えてくれる兄や甘やかしてくれる姉がほしかった。
姉に関しては、シトリーがそんな感じだが。
「じゃあウェンディを……あ、待てよ」
「なによ」
「ちょっと試してみるか」
ルルの生まれ育った場所の近くにある<滅びの塔>を破壊する際、ミーティア族とワーティア族とのあれこれでエリナという全体的にピンクな狼獣人と戦った時のことだ。
同じ場所へ二重に衝撃を発生させて、決して強くはない攻撃でも内部まで浸透させるという手法を使っていた。
完全再現は無理にしても、似たようなことを魔法に用いる際のイメージ力を補助として使えば――
左手を素早くハンマーのようにして振り下ろし、間髪入れずにその左手に右の掌を叩きつける。
ついでに左手には風の魔法を、右手では雷の魔法を気持ち程度に使ってみた。
複合魔法ほど立派なものではないが……
パキッ、と甲高い音が鳴って、左手で叩いたところがひび割れた。
その細かい欠片がぽとぽとと落ちる。
見ていただけで理解したスノウが感心したように呟く。
「……器用なことするわねあんた」
「案外できるもんだな」
欠片だけでもしっかり重い。
普通なら吹いて飛ぶようなサイズでも、数kgはあるだろう。
「どういう原理?」
どうやら流石に知佳と天鳥さんはわからなかったようだ。
とりあえず先程やってみたことを伝えてみる。
「ふぅん……少なくとも僕にはできない芸当だな」
「私も多分無理」
「おお」
つまり俺はこの天才二人にもできないことをやってのけたのだ。
ちょっと嬉しい。
ハンカチくらいの大きさの金属板の上に欠片を乗せると、天鳥さんは掌に何やら小さな石のようなものを作り出した。
なんだろうあれ。
それで欠片を慎重につついているというか、擦り合わせている。
今後ろからガバッとおっぱいを揉んだら怒られるかな。
なんて邪な考えが一瞬脳裏を過ぎると、知佳がじろりと俺を睨んだ。
ね、念話はもう繋がっていない……というかこちらでコントロールできるはず。
エスパーかよ。
大人しく待とう。
「……どうやら硬度はダイヤモンド並のようだね。そして簡単には砕けなかったことから考えて、靭性も上だと思う」
今のって硬度を確かめていたのか。
てことはあのちっちゃい石ってもしかしてダイヤモンド?
え、ダイヤモンド作れるの? この人。
「靭性……ってのは文脈からして砕けにくさみたいなのを表してるものですか?」
「そんな認識で構わないよ。つまりこの鉱石はダイヤモンド並の硬さと、ダイヤモンド以上の砕けにくさを持っている」
「へえ……それって加工できるんですか?」
「以前君が持ち込んだ金属も似たようなものだったが、加工は容易だった。何故かね。だからこれも似たような特性を持っている……と僕は思っている」
なるほど。
そういえばそうだった。
まるで使われることを望んでいるかのような加工の容易さ、とかなんとか。
だが、そうだとすると……
「あまり実用性はなさそうですね。硬度や靭性に優れていても、重すぎる」
「……そうだね。使い所はかなり限られそうだ。でも、使えないということもないだろう。色々模索することに――」
「先輩」
鉱石の近くでしゃがみこんでいた知佳がちょいちょいと天鳥さんを手招きする。
「悠真と、スノウも」
「どうした?」
「なによ」
俺たちもそこへ近づくと、鉱石が淡く白い光を放っていた。
「いやお前これ……なにしたんだ?」
「魔力を込めてみた。これ、もう一回砕いてみて」
天鳥さんと目を合わせて、俺はもう一度先程と同じ要領で砕こうとしてみた。
しかし――
「あれ……?」
砕けない。
固くなっている……のか?
「付与魔法……じゃないわね。こんな微量の魔力だったらほとんど影響は出ないはずだわ」
「つまり付与魔法とはまた別で、魔力に反応して硬度……と靭性を増す金属ってことか?」
天鳥さんが「ふふふ」と怪しげな笑みを浮かべた。
「なるほど。流石は僕の後輩だ。いい使い道を思いついたよ」
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