第262話:凄い黒歴史

1.side皆城悠真(黒歴史)



 また駄目だった。


 人々で雑踏な駅の中を歩きながら、ぼんやり考える。

 

 筆記試験はほとんど完璧だったし、実技試験も悪くはなかったはずだ。

 しかし結果はまたも失格。


 俺と同い年で探索者になっている奴も今はそう珍しい話でもない。

 なのに何故俺だけが駄目なのか。


 一番最初にダンジョン管理局の試験を受けたのは、中学校の卒業式が終わって高校へ上がるまでの空白期間。つまり15の時だ。

 既に高校の合格通知は貰っていたが、俺は祖父母の反対を押し切って東京まで出てきて、ダンジョン管理局の入社試験を受けた。


 結果は失格。

 筆記試験も体感では7割くらいしか取れていなかったし、体もまだ小さかった。

 実技試験と言われている他の受験者たちとの格闘戦でも良い成績は残せなかった。

 

 次に、高校1年の春休み――つまり16の時にも受けた。


 筆記は体感9割は取れた。

 実技試験も、合格ラインに乗るか乗らないかギリギリのところまでは勝てたと思う。


 しかしやはり不合格だった。


 実技が多少アレでも筆記で取れていれば多少のリカバリーは効く、とのことだったがどうやらその限りでもないらしい。

 答えられなかった残り1割の中に重要な事項があったのかもしれない。

 

 実技で負けた中に致命的な要素があったのかもしれない。


 そう考え、より完璧に知識を詰め込み、より体を鍛えて臨んだ17の春休み――つまりつい先程のことだ。


 結果は惨敗だった。


 いや、ほぼ10割全て答えられたという自信はあるし、実技の格闘試験でも5、6割は勝てていた。

 自分で言うのもなんだが、大半の連中は格闘技を習ってから来ているのだ。


 そんな中で俺はかなり健闘している方だと思う。

 それでも駄目だった。


 ……俺を残して死んだ親父と、俺を捨ててどこかへ行った母さんの代わりに育ててくれている祖父母にこれ以上無理をさせるわけにはいかない。

 

 そもそも、探索者になる為に格闘技を習いたいと言っても駄目だと言われる可能性の方が高いが。

 

 何が駄目だったのだろうか。

 ダンジョン管理局は度々、試験の際にそれなりに結果を残している者でも容赦なく落とすことで有名だ。


 その選出基準は不明。

 しかし、高い質を常に維持しているのは確かだ。

 故に何か理由があるのだろう。


 俺にまだ足りていないものは何だろうか。

 考えだしたらキリがない。

 足りていないものなんて幾つでもある。しかし合格した連中に自分が劣っているとは思えない。思いたくない。

 

 実のところ、俺は高校を卒業するまでに探索者になれていなかったら、単独でダンジョンに入るつもりでいた。

 そして、潜れるだけ潜って――



 ダンジョンで、死んでもいい。



 そう考えていた。


 しかしそんな俺のそんな考えに気付いてか気付いていないでか、祖父母はどうしても俺を大学に行かせようとしている。

 確かに、今まで育ててくれた祖父母に何も恩返しをしないで死ぬのは良くない。

 だから俺は考え直して、大学へ通いつつバイトをして稼いで――二人に今まで育ててくれた分の金を返してから、ダンジョンへ潜ろうと考えていた。


 ダンジョンは1層までなら素人が彷徨いてもさほど危険はない。

 しかし2層、3層と潜っていくにつれて危険度は増していく。


 どんなに運が良くても、4層まで行けば俺が生き残る確率なんてほぼないと言って良いだろう。


 何故か熟練の探索者ほど身体能力が人間離れしていくそうだが、ただの素人である俺は当然並の人間と同じ身体能力しか持っていない。


 高校を卒業したら、東京の大学に通おう。

 大学の時間以外は全てアルバイトに費やせば、一人暮らししながらでも貯金はできるはずだ。

 

 誰かが急にいなくなるのは悲しい。

 しかし4年間も時間を置いて物理的に離れていれば、二人の悲しみも少しは薄れるだろう。


 大学生活の間に管理局に合格できれば、それはそれでいい。

 もっとも、望みは薄いのだろうが。



「……俺、探索者になって何がしたいんだっけか――」



 親父が死んだ通称<お城ダンジョン>は既に攻略されている。

 その時にも親父の死体は発見されなかったのだ。

 仮に俺が探索者になって、<お城ダンジョン>へ行ったところで意味はないだろう。


 柳枝利光や、名前も顔も知らないダンジョン管理局の社長に憧れは確かにある。

 けれど、俺はもしかしたら。


 探索者になれたとしても、何も得ることができずにダンジョンの奥で一人死んでいくことになるのではないだろうか。


 最近はそんなことばかり考えている。


 ふと視線をあげると、駅内の案内図と手元のスマホを見比べてうんうん唸っているがいた。

 

 少し年下くらい……中学生だろうか。

 俺の勝手な思い込みも多分に含まれているのだろうが、案内図の前で悩んでいることと少し日に焼けた肌から考えて多分、俺と同じように他所の県から来た子なのだろう。


 他の道行く人々も確実にあの少年のことは目に入っているはずなのに、気付かない振りを――知らない振りをしていた。


 人ってのはそんなものだ。

 誰かが声をかけるだろう、誰かが助けてあげるだろう。

 他人任せ、人任せ。



「ど、どうしよう……」



 俺は少年の後ろを素通りしようとして――思い留まった。

 別に彼の泣きそうな声に触発されたわけじゃない。

 見て見ぬ振りをしている連中と同じになるのがなんとなく気に食わなかっただけだ。


「どうした」

「えっ……」


 後ろから声をかけると、彼はびくりと肩を震わせながらこちらを振り向いた。

 身長はあまり高くないようだ。

 それに声変わりもしてないようなので、もしかしたら中学生は中学生でももっと年下かもしれない。


「困りごとか?」

「い、いえ、その……は、はい……」


 消え入るような声で返事をされる。

 視線は伏し目がち。

 まあ、知らない土地で知らない人間に急に話しかけられたらこうもなるか。


「どこに行きたいんだ」

「えっと……――ってとこっす」


 なんだ、管理局のすぐ近くじゃないか。

 なら俺にも案内できる。

 対処できなければ駅員でも連れてこようかと思ったが。

 

 道順を教え始めると、少年は手元にスマホがあるというのに何故かメモ帳とシャーペンを取り出してメモし始めた。

 

「あっちの方にある出口から出て――ていう看板が見えてくるから――の、右手側にあるのがお前の目的地だ。わかったか?」

「は、はい!」

「そうか、それじゃあな。どうしてもわからなきゃさっき言った出口の近くに交番もある」


 俺はそう伝えて足早に去ろうとした。

 しかし後ろから呼び止められる。


「あ、あの、お兄さん! な、何してる人なんすか?」

「…………」


 何をしている人なのだろう、俺は。

 高校生?

 違うような気がする。

 

 ただ祖父母に心配をかけない為に通っているだけだ。

 何者でもない。


 それが俺なのかもしれない。


「……俺は探索者だ」


 自戒の意を込めてそう言うことにした。

 探索者になれないのなら、俺は何者でもない。


「た、探索者……その、お名前とかは……」

「名乗る程の者じゃねえよ」


 というか、名前を聞かれても困る。

 その名前で探索者を探そうとしてもそんな人物は存在しないのだから。

 探索者と名乗ったのは選択肢を間違えたかもしれない。


 ……まあいいか。

 この少年を関わり合うことは二度とないだろうし。 


「か、かっこいい……自分もいつか探索者になるっす! そして貴方の名前を聞いて……その時は一緒にダンジョンへ行ってくれますか!?」


 やばい、想定の3倍くらい重いこと言われてる。

 既に俺は探索者と名乗ったことを純度100%で後悔しはじめていたが、もう後には引けない。

 

「そうか、頑張れよ……まあ、俺は5年後にはもういないかもしれないけどな」


 5年後――つまり大学卒業時。

 探索者になれていなかったら、俺は。


 ともかく。

 それ以上の追求は面倒なだけなので、俺は「じゃあな」と言って人混みに紛れた。

 なんとか適当に誤魔化せただろう。



2.



「……というわけなんだ」

 

 志穂里から離れ、俺はフレアに事情を説明していた。

 話を聞いている最中に何故か目を輝かせていたのが気にはなるが、どうやら話は理解してくれたようだ。


「なるほど、その闇落ちお兄さまを救ったのが知佳さん……というわけなんですね!」

「いや別に闇落ちはしてないが……まあ、そんな感じだ」

「ああ、フレアもその時のお兄さまに会って、優しく接してあげていたら共依存関係になれていたかもしれないのに……」

「何か怖いこと考えてない?」

「ふふ、まさか。それで、志穂里ちゃんには黙っておく……んですよね?」

「やむを得ずお前には話したが、こんなのを当事者の志穂里に知られてみろ。俺は二度と立ち直れないからな」


 恥ずかしさから本当に5年後にはいないというのが実現しかねない。

 

「でもお兄さま、どうやって誤魔化すのですか?」

「俺の知り合いってことにする。話を適当に合わせてくれ」


 

 軽い打ち合わせを終えた俺たちが志穂里の元に戻ると、なにやら志穂里はメモ帳を持っていた。

 なにやらというか、めっちゃ見覚えがあるメモ帳だ。


 それをうっとりと眺めている。

 絶対あの時俺が教えた道順をメモったメモ帳だ、あれ。

 

 やばいって。

 恥ずかしさ云々以前に、あんな期待度に答えられる気がしないって。


「あ、おかえりっす師匠、先輩。何話してたんすか?」

「いや、実は志穂里の言ってた5年前に会った探索者ってのに心当たりがあってさ」

「ええっ!? 本当っすか!?」


 目を輝かせた志穂里がぐいっと鼻息荒く迫ってくる。

 お、俺はこんな純真な子に今から嘘をつくのか。


「じ、実はだな」


 お前が5年前に会った探索者ってのは重い病に侵されていたが、なんやかんやあって完治はした。しかし探索者は引退し、田舎でのんびりしている。


 会いに行きたいなんて言い出したら、結婚しているとかの設定にすれば完璧だろう。

 流石に結婚している男性に年頃の女性が会いに行くということがどんなことなのか、想像できないわけはない。


 みたいなストーリーを話そうとして、それを聞いた志穂里がどんな反応をするかまでを考えてしまった。

 

 だが……いやしかし……


「ど、どうしたんすか? 先輩、内なる天使と悪魔が戦ってる時みたいな顔してるっすよ」

「例えが的確すぎるだろ……」


(フレア、ヘルプミー!)

(フレアはお兄さまの判断に従うまでです!)


 念話で助けを求めてみたが、駄目だった。

 ていうか念話で話してるんだからファイト! みたいな感じでジェスチャーすんな。


 志穂里がクエスチョンマークを頭に浮かべてるだろ。


「…………」


 腹を括るか。


「志穂里、俺の昔話を聞いてくれ」

「え、昔話っすか?」


 困惑する志穂里を他所に、先程フレアに話したことを改めて話す。

 父さんや母さんのくだりだったりは抜いて話したので、当時の俺が特に意味もなく暗い感じになってしまったが。



「ゆ、悠真先輩があの時の……!?」



 当時の状況まで詳しく話すことですんなり信じてくれたが、流石に驚きは隠せなかったようだ。


「言われてみれば、声とか確かに似ているような気が……」

「似てるというか、本人なんで当然なんだが」

「はー……なるほど、でもなんか納得っすね。なんで当時の先輩が厨二病みたいな感じになってたかはわからないっすけど、ほとんど初対面の自分に呼び出されてすんなり応じるお人好しですし」


 初対面だろうがなんだろうが、テレビにも出るような美少女に呼び出されて応じない男の方が少ないと思う。

 けどまあそれは黙っておこう。


「なんか悪かったな、俺なんかで」

「へ? いや別に、むしろ安心したっすよ! にしても、世間って狭いっすねー」


 志穂里は腰の裏で手を組んで、屈託のない笑顔を浮かべた。


 ……どうやら15の時に出会った憧れの人が俺であることに対して幻滅した、とかはないようだ。

 なるほど、フレアが恋がどうとか言うから妙に身構えてしまっていたが、話してしまえばこんなもんか。


「ま……そういうわけだからこれからもよろしくな、志穂里」


 良かった良かった。

 俺が思ってたみたいに幻滅されたりがっかりされたりってことはなかったんだし、無用な嘘をついて無意味に傷つけることもなかった。

 

 安心した俺は志穂里の肩をぽんと叩く。


「ひゃっ!?」


 その途端、志穂里は悲鳴をあげて飛び退ってしまった。

 

 ……えっ。


 顔を真っ赤にして、目まで逸らされてしまった。


「し、志穂里?」

「な、なんでもないっす!」

 

 慌てて弁解するように手と首をぶんぶん振る。


 ……ははーん。

 さてはこれはあれだな。


 嫌われた、ってやつだな。

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