第263話:モテる? モテない?

 結局あの後も志穂里とは若干ギクシャクしたまま、また後日魔法の出来を見る、と約束して別れることになった。

 

 ……いやまあ、俺も今まで数多の女性と関わる機会を持ってきたわけで、本当に嫌われたのだと思っているわけではない。

 むしろその逆、が近いのだろう。


 しかし彼女が憧れを持っていたのは過去の俺な上に、中学生の時から5年間ずっと……ということでまだ整理がついていない部分もあるはずだ。


 なのでとりあえず一旦適切な距離を取るのが正解……だと思いたい。


 で、俺たちは今、<龍の巣>の真意層へ来ている。


 理由は幾つかある。 


 まず前提条件としてシエルとルルが行っている、<雨の国ラントバウ>との交渉にもう少し時間がかかりそうなこと。

 

 理由その1。

 カカリという遥か昔に滅んだ国の王子であり、女神とやらに頼まれて世界を救う為にこの時代の俺に会いに来たジョアン=プラデスがこのダンジョンで目覚めている以上、何か他にもあるかもしれないという事。


 理由その2。

 このダンジョンのボス――極龍を倒した際に現れた竜魔幼女ことフゥの正体を探る為。


 理由その3。

 せっかく手に入れたなんでも願いを叶えてくれるとかいう宝玉の使い方がわからないし、同時に手に入った指揮棒タクトのような棒の使い方もわからないので真意層へ入れば何かわかるかもしれない、という希望的観測。

 

 これら全てを鑑みて、<龍の巣>の真意層攻略に挑戦することになったのだ。


 今回の面子は俺、スノウ、知佳の三人。


 知佳は実力的に見て若干不安が残るが、それを補って余りある推理力や応用力を持っているのでなんとかなるだろいうことだ。 


 フゥを連れてくるかは若干迷ったが、流石にやめておいた。

 ドラゴンと殴り合って殴り勝てるかもしれないくらいのポテンシャルを秘めているとは言え、単純に強さだけで見ればまだルルの方が強いくらいだ。

 あまり危険なことをさせるわけにもいかない。


 真意層に入ると、<龍の巣>へ入った直後の洞窟感を彷彿とさせる場所だった。


 時折姿を見せるドラゴンはスノウによって氷漬けにさせられた上で体ごと砕かれ、知佳が<影法師>を応用して魔石を回収する。


 魔石は売って良し取り込んで良しエネルギーに使って良しで拾わない理由がないからな。


 俺? 今回は俺もちゃんと働いているから安心してほしい。

 最近覚えたての雷魔法を定着させる為、ドラゴンを雷で撃ち落としているのだ。


 ドラゴンは魔法の効きがあまり良くないのでちょっと面倒だが、それはそれで良い感じのサンドバッグになってくれていると思おう。


 姑息療法で覚えた雷魔法は少し使っていないだけで体が使い方を忘れてしまう。

 なので他の魔法と同じくらい自然に使えるまではなるべく多用するように、とのことだった。


 何匹目かになるドラゴンを叩き落として、魔石を拾っている最中。


「そういえば悠真、フレアから聞いたわよ」

「……なにを?」

「また女の子を誑かしたそうね」


 ……転移石で逃げようかな。

 どこか遠くまで。

 いや、転移石って対になる方の石がない場所にはいけないんだった。

 肝心なところで役に立たない石である。


樫村かしむら 志穂里しほり。一級探索者。20歳。2月12日生まれ。O型。趣味はぬいぐるみ収集。好きなタイプは優しい人。嫌いなタイプは店員にいばる人。出身は宮城。それから――」

「こわいこわいこわい!」


 どこまで調べているのか、そしてどこまで覚えているのかつらつらと単調な声音で志穂里のプロフィールを重ねる知佳。


「――初恋は、高校生時代の悠真」

「うぐっ」

 

 フレアには口止めしておいたとは言え、知佳は当然黒歴史な俺のことを知っている。


「そういや高校生の時のあんたってどんな感じだったのよ」

「教えねーぞ」

「ふぅん、その気になればあたしがあんたの記憶を覗けるってことを忘れてないかしら」

 

 さらっと恐ろしいことを言うのはやめてほしい。

 あと、最初の方に俺周りの事情を把握する為に使っただけじゃなくて今でも普通に使えるんですね。 

 本当にやめてくださいお願いします。


「普通にその辺にいるひねたガキだよ。今の俺の前にあんなうじうじした奴が現れたらぶん殴ってるね」

 

 知佳がぼそっと呟く。

 

「ハーレムを作っている今の悠真の方が殴られるべきでは」

「まず正論で殴るのをやめろ」


 当時の俺はピュアなもんだ。

 なにせ童貞だったからな。

 彼女のカの字もなかった。


 当時の自分の中では深刻な問題を抱えていた――というか事実それなりに深刻な問題ではあったが――とは言え、あまりに周りに対して根暗だった。


 

「知佳って大学入った時くらいの悠真を知ってるのよね? どんなのだったの?」

「惚れた腫れたまで行く人はいなかったけど、意外と人気はあった」


 そうなの?


「えっ、そうなの? あのスケベのどこがいいのよ」

「ヤンキーが猫に優しくしてるのを見るとキュンと来る理論で」

「ヤンキー……? あれが?」


 あれって言うな。

 指差すな。

 あと別に俺はヤンキーではない。


「常に暗い雰囲気で全然誰とも喋ろうとしないのに、何か困ってる人がいたりしたらさりげなく手伝ったり」

「あんたってずっと前からお人好しなのね」

「…………」


 別の意味で逃げたくなってきた。


「あと意外と体を鍛えてたのも高評価」

「綾乃もだけど、筋肉好きな子って多いわよね。確かにだらしないよりはずっとマシだけど」


 これはあれだ。

 新手の嫌がらせだ。

 スノウもわかってて乗っているのだ。


 こいつら、こういうところばっかり気が合いやがって。


「まあ段々そういう人気は薄れていったけど」

「化けの皮が剥がれたってわけね」

「そんなところ」


 意外と人気があった云々は俺をからかうための方便だろうが、仮に実際にそうだったとすればそれは当然の帰結というものだ。


 鬱陶しくさえ感じるくらい知佳に絡まれまくって、毒気が抜かれていって……というのが俺の大学生活最初の2年くらいの流れである。


 今思えば大学で会った時点で知佳は俺に気付いていたということだろう。

 

 ……あれ、そういえば結局、大学に入ってから知佳が俺に絡んできていた理由こそわかったけど、俺と同じ大学に知佳がいた理由はわかってないんだよな。

 

 別におバカ大学に通っているわけではないとは言え、知佳の学力からすれば朝ごはんでトーストにバターを塗るよりも簡単に入学できる程度の大学だ。


 今までの傾向からして、俺と知佳が同じ大学なのは作為的なものがある……のだと思う。

 俺の思い上がりでなければ、知佳は俺に会う為に俺と同じ大学へ来ているのだろう。


 知佳は一体どこで俺があの大学へ通うことを知ったのか。

 謎である。


 実は大学に入る前の段階で、どこかで顔を合わせているとか?

 うーむ。

 流石に俺の記憶力がアレだとは言え、知佳は印象的だ。


 可愛いし、ちっちゃいし。

 多分忘れるってことはないと思う。


 となると、知佳の方が一方的に俺を認識しているような状態だったのだろうか。

 ……考えてもわからんな。


 今度、それとなく聞いてみよう。

 しかし今はそれよりも気になることがある。


「なあ知佳。一応聞いておきたいんだが」

「なに?」

「俺が1年生の頃、女子に人気があったってほんと?」


 知佳とスノウが俺をジト目で見る。

 な、なんだよ。

 気になるだろ、仕方ないだろ!

 知佳はため息をついて、小声で何事かを呟いた。

 聞き取れなかったが。

 そして、はっきりと言うのだった。


「嘘」

「だろうと思ったよ!」


 ほらな。

 やっぱり俺は本来モテない方なんだよ。

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