第261話:急ぐ事情

「む、難しいっすね……じんわり掌があったかくなってきたような、そうでもないような気はするんすけど……」

 

 志穂里が己の掌を見つめながら言う。


 フレアにあれこれ教えられながら、1時間程が経過していた。

 指先に小さな火を灯す魔法は10分くらいで要領を掴んだのだが、その規模を大きくしようとするとどうやらできないらしい。


 その間、寄ってきたモンスターは俺が適当に散らしている。

 さっきフレアがやっていた炎を纏わせたパンチも何度かこっそり試しているが、あれやろうとするとどうしても手が熱くなっちゃうんだよな。


 あの魔法、単純に見えてかなり難しい。

 

 纏わせている炎には『熱くないし害もない』というイメージをしなければならないのだが、それがぶつかった瞬間には『熱くて強い』というイメージを持たせなければならない。


 一応抜け道として、シンプルに破壊力や燃焼力を持った炎を纏わせて、その炎に耐えられるレベルまで自分の肉体強度を上げてから殴りかかるという脳筋方法は取れなくもないのだが、つまりその時の炎は自分の肉体よりも弱いわけで、要するに炎なんて纏わずに殴りかかった方が手っ取り早いという本末転倒な結果になってしまう。


 ウェンディを召喚した九十九里浜で炎魔法を使ってボスを倒した時も、自分の炎で俺自身も焼かれたのをよく覚えている。

 炎魔法は基本そのまま放出した方が楽なのだ。


 と、まあそれは置いといて。



「魔力が足りない……ってことはないんだよな?」

「はい、それは問題ないはずなのですが……」

「……自分、不器用なんすよね……」


 がっくりと肩を落として言う。

 そしてしばらくして、ハッとした表情を浮かべて言い直した。


「自分、不器用ですから」


 わざわざ言い直すんじゃないよ。

 

「にしても、悠真先輩はなんでそんな簡単に魔法を使えるんすか?」

「別に俺も魔法が得意ってほど使えるわけじゃないけど……」

「いえ、お兄さまはかなり魔力の扱いが上手い方なんですよ?」

「そうなのか? いや、そういえばスノウもそんなこと言ってたな」


 俺は魔力が覚醒した時から突如力に目覚めたアメコミのスーパーヒーローのように周りにあるものを壊しちゃったりすることもなく、普通に生活できていた。

 それを見て魔力の制御が変に上手い、みたいなことを言われた記憶がある。


「な、なにかコツとかないっすか!」

「コツと言われても……魔法はイメージが基本だから、バトル漫画をたくさん読む……とか?」


 よく考えてみれば、俺の好きな漫画なんかでも超人的なパワーを持ったキャラたちは基本的に普通に生活を送っていた。

 もしかしたらその辺りのイメージが根付いていて、無意識に制御へも繋がっていた……のかもしれない。


「なるほど、バトル漫画っすか……」

「そういや志穂里は漫画とかは読まないのか?」

「えと……少女漫画とかは結構読むっす」


 何故かちょっと赤面しながら言う志穂里。

 可愛い……じゃなくて別に恥ずかしがることはないと思うのだが。

 

「確かに、外部からのインプットでイメージを補強するのは理に適ってます。流石ですお兄さま!」

「ま、まあな」


 俺が漫画好きなのは偶然……というか主に親父の影響なので俺に凄い要素はなにもないのだが。


 しかし生粋の漫画読みやアニメ好きが魔力の制御を上手いことできて魔法も扱えるという説は結構あるような気がするな。

 これ、メソッド化したりして出版社とかに売ったら一儲けできたりしないだろうか。


 まあこれが本当だったとしたら魔法が広まっていくうちにそのうち誰かが気付くだろうけど。

 漫画・アニメ文化が根強い日本人は魔法の扱いが上手いみたいな風潮ができたりする日もそう遠くないのかもしれない。


「先輩、オススメの漫画とか教えてほしいっす!」


 ぐいっ、と近寄ってくる志穂里。

 熱意が、熱意がすごい。

 そしてフレアのこめかみが一瞬ひくついたのも俺は見逃さない。


 さりげない距離を取りつつ、


「そうだな、やっぱりオススメは――」


 と幾つかの漫画を挙げていく中で、一生懸命その題名をメモしている志穂里を見てふと何かを思い出しそうになる。

 しかし霧を掴もうとしているかのように、するりとすぐに記憶の網から抜けていってしまった。


「全部すぐ読むっす! 一週間以内……いや、2日以内には!」

「いや、今挙げたのだけでも全部で100巻以上は余裕であるからな?」

「大丈夫っす!」


 大丈夫ではないだろう。

 未菜さんや柳枝さんもそうだが、テレビの売れっ子ってのはやたらと忙しそうにしている。


 志穂里もテレビでよく見るし、探索者としての活動も並行して行っているのだから暇なわけはないのだ。 


「魔法に関してはあまり焦りすぎてもいいことありませんよ」

「へ?」

 

 志穂里の様子を見て何か思うところがあったようで、フレアが釘を差した。

 

「案外ちょっとした閃きで急に使えたりもしますし、もちろん積み重ねればその時間が裏切るようなこともありませんから」

「そ、それはそうなんすけど……」


 俺やフレアの指摘に対して大体端切れよく返事をしていた志穂里がなにやら言い淀む。

 まあ、伸び悩んでいるという話だったしやはり何か事情はあるのだろう。


「差し支えなければ、なんでそんなに焦ってるのか教えてもらってもいいか?」

「その……誰にも言わないでほしいっす」

「了解」


 フレアもこくりと頷く。


「実は自分、結構な田舎出身で。5年前、高校の進学に伴ってってことで実家から離れて一人暮らしする為に東京へ来たんです。で……まあその、春休みの最中に東京へ越してきたのは良かったんすけど、東京の駅の洗礼を受けまして……」


 フレアは駅の洗礼? と首を傾げたが、愛知出身の俺もその気持ちはよくわかる。

 

「迷路みたいだよな、マジで」

「その通りなんです……」

 

 俺もちょうど、志穂里と同じ年齢――15歳頃から何度も東京へ来ていた。

 ダンジョン管理局の面接を受ける為だ。

 流石に何度も行き来している間に慣れはしたが、どこの駅も人でごった返してるし迷路みたいに入り組んでるしで苦労したものだ。


「で、駅の地図が構内にあったんでそれとにらめっこしてたんすけど、全然わからなくて……」


 うんうん、その気持ち本当によくわかる。

 あの地図、わかりにくいよな。

 未だに駅の地図はよくわかってないもん、俺。


 何度も行っているところはもう道順で覚えちゃってるし。


「全然わからない中で泣きそうになってるところに、声をかけてくれた人がいたんです。顔……は恥ずかしくてちゃんと見られなかったんすけど……」


 志穂里は顔を赤くして俯いてしまった。


「お兄さま」


 耳元でフレアが囁く。


「なんだ」

「恋のにおいです!」

「ち、違うっす! あ、いやその……ち、違わないかもしれないっす……えへへ」


 フレアの興奮した様子に、なんだかんだ満更でもないというか、妙な反応を返す志穂里。

 よくわからない世界である。

 

「その人はどんなお方だったんですか?」

「クールな感じで、言葉遣いとかはちょっとぶっきらぼうだったっすけど、本当に優しくて……実は探索者を目指そうと思ったのも、その人のお陰なんです」

「へえ……探索者だったのか?」

「そう言ってたっす。でも、それが自分がちょっと焦ってる理由でもあって……」


 どういうことだろうか。


「なんとか接点を持ちたかった自分は、せめて何をしてる人なのかを聞いて……そしたら、『俺は探索者だ』と答えたんすよ」

「へえ、実はお兄さまの知っている方だったりするのでしょうか?」

「どうだろうな」


 東京にいる探索者なんてわんさかいるしなあ。

 俺が探索者やダンジョン事情に多少詳しいとは言え、普通に知らない奴だという可能性の方が遥かに高い。

 

「それで名前も聞こうと思ったんすけど、『名乗る程の者じゃねえよ』と……」


 それってクールなのではなくただの痛い奴なのでは?

 ちょっとそう思ったが、黙っておいた。


「そのかっこよさに痺れた自分は、いつか探索者になることを彼に宣言したっす。いつか一緒にダンジョンへ行きたいとも。そしたら、『そうか、頑張れよ。まあ、俺は5年後にはもういないかもしれないけどな』と言い残して去っていったんです」


 ……ん? 


「5年後にはもういない? どういうことなのでしょう」

「わからないっす。何か病に侵されていたのか、それとも他の事情があるのか……」


 フレアがハッとした表情を浮かべる。


「あっ、5年後ってことは……!」

「それが15の時にあったことっす。そして今の自分は20……もうすぐ5年経ってしまうんすよ。だからその前にもっともっと探索者としての腕をあげてテレビなんかで取り上げられて、が自分のことを見つけられるくらい強くて有名な探索者になりたい……というのが、自分の『事情』っす」


 …………んん?


「……志穂里、それって何駅での出来事だったんだ?」

「渋谷駅っす!」

 

 なるほど。

 どうやら、間違いないようだ。


 志穂里の探している彼の正体がわかった。


 5年前に自分を探索者と名乗り、クールぶってる痛い奴で、5年後にはもういないかもしれないとか最高にクサイことを言う人物。




 何を隠そう、この俺である。

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