第260話:悩み相談

1.


 

 樫村かしむら 志穂里しほり、20歳。

 

 少し日に焼けた肌が健康的な印象を持たせる女性だ。

 彼女は高校を卒業した後すぐに探索者になり、その元気なキャラクターで老若男女に受けている。

 そして主に老若男女の若男の部分には一人称が『自分』という点や日焼けショート、更にスレンダーな体とあって一見ボーイッシュなのにちゃんと女性らしい反応を見せてくれるというところが受けているらしい。


 まあ今はそれはどうでもいいとして。


 彼女の探索者としての戦闘ファイトスタイルは基本的に素手。

 空手を軸とした身軽な攻撃でモンスターを翻弄し、一方的にボコボコにして倒すというものだ。


 実際に見たことがあるわけではないが。

 探索者は基本的に実力者であればある程、動画などにその戦闘スタイルが残るようなことは少ない。


 別に隠しているわけではないのだ。

 単に、彼ら彼女らが活躍しているようなところへカメラを持っていって無事に済む確率が少ないからである。


 3層や4層くらいなら別の探索者を雇って護衛させるということもできるにはできるが、言い方を厳しくすると護衛できる探索者がちらほらいる程度の層で、もっと下の層まで潜れる探索者の戦闘シーンを撮ったところで大した撮れ高はないというのが現実である。


 当然、俺たちのように魔法だったり高速戦闘だったりの見どころがあればまた別の話だ。


 話が逸れてしまった。

 つまり彼女が実際にどう戦うかは知識としてあっても実際に見たことはない。

 強いことは間違いないと思うが、それだけ知っていてもを解決することにはならないだろう。


 

 前置きが長くなってしまったが、俺は今新宿ダンジョンの第7層にいる。

 妖怪っぽいモンスターも出てくるようになる、中級者と上級者が別れる層と言っても良いだろう。


 結構前になるが、俺とウェンディと未菜さんで7層から9層までのモンスターをいくらか倒したこともあったな。

 というか、あれはほぼウェンディがやったのだが。


 今回はそこに――


「ご指導ご鞭撻、よろしくお願いするっす!」


 ビシッ、と頭を下げる樫村さんがいた。




2.


 

 赤鬼の振り下ろした棍棒をサッと躱して、樫村さんは飛び上がった。

 そして右膝と右肘で、棍棒を持っている方の手首を挟むようにして粉砕する。


 更に赤鬼の体を踏みつけて二本の角を両手で掴んで――


「やッ!!」


 ごしゃ、と膝で顔面を粉砕した。


「はッ!!」

 

 よろよろとふらつく赤鬼のみぞおちへ最後は正拳突きを決めて、トドメ。


 なかなかえぐい戦い方するな。

 しかし相手に反撃の隙を全く与えない良い戦い方だ。

 


「凄いじゃないか」


 素直にそう思った。

 ここまで身軽な動きは、俺にはできない。

 シンプルにパワーだけで粉砕できる敵の方が多いというのもあるにはあるが、確かに彼女は俺にはないものを持っている。


 ルルが近いのかな、戦い方としては。

 

 しかし、樫村さんの表情は優れなかった。


「ありがとうございます。でも――」

「これ以上の伸びしろが感じられない、だっけ?」

「……そういうことっす」

 

 うーむ。

 確かに、素手による戦闘は自身の肉体の強度に強く依存するものだ。

 技術的には彼女の方が優れていても、戦って強いのは間違いなく俺である。

 

 樫村さんの悩み。

 それは簡単に言えば、『最近伸び悩んでて困ってます』というものだった。

 

「そんなに急がなくていいんじゃないか。まだ探索者になって2年とかだろ? それでここまで魔力が伸びてるんだから、もう何年か経てば8層や9層の敵とも戦えるくらいにはなる」

「それはわかってるんすけど……」


 煮えきれない態度だ。

 何か急ぎたい事情がある、というところか。


「で……俺に白羽の矢が立ったってことは、魔法の使い方を知りたいってところかな」

「ぶ、不躾な話だっていうのはわかってるっす!」


 樫村さんはそのまま地面にめり込むんじゃないかというような勢いで頭を下げた。

 めり込むは言い過ぎにしても、放っておいたら土下座くらいなら平気でしそうだ。


「なんでもするっす! だから自分に魔法を伝授してください!!」


 ……なんでも?

 今、なんでもするって言いましたね?



「お兄さまになんでもするなんて言ったらダメですよ、志穂里さん」

「ふ、フレアさん……」


 

 兼、以前感じた視線や連絡してきたタイミングからして魔法関連のことだろうなと思ったのでついてきてもらっていたフレアが樫村さんの肩に手を置いて頭をあげさせた。

 

 一応彼女には既に俺の関係者だとは伝えているが、お兄さまと呼ばれている理由なんかは面倒くさいので端折っている。

 もちろん兄妹の関係でないことは言ってあるけどね。


 というか樫村さんは最初からフレアのことを知っていた。フレアだけでなく、他の四姉妹や――動画に出たことのある面子は、全員。


 ちなみに人選は知佳セレクトである。

 シトリーはなんだかんだ俺に甘いし、スノウはなんだかんだチョロい。

 ウェンディはレイさんとお買い物だ。


 なんのお目付け役かって?


「人気のある探索者の女の子が悠真に誑かされるようなことがあったら大変」というありがたいお言葉の元のお目付け役なので、まあつまりそういうことだろう。


 連中はどうやら、俺が可愛い女の子なら誰でもいい男だと思っている節がある。

 というか、誑かすて。

 偶然今は周りにそういう人が集まっているだけで、本来そんなモテるタイプじゃないのだ、俺は。


 ダンジョンに落ちた以降のことは別として、それ以前で言えば知佳以外に俺に好意を持っていた人なんて存在しないのだから。

 

 それはともかく、だ。


「別に頭なんて下げてもらわなくても、魔法くらい教えるよ。使えるようになるかはまた別の話――と言いたいところだけど、ここにはフレア先生がいるんだ。ほぼ確実に使えるようになると思っていい」

「ほっ、本当っすか! お願いします、フレアさ……フレア師匠!」

「師匠?」

 

 フレアが首を傾げる。


「教えていただくのですから、師匠っす!」

「なるほど」


 取り繕ったような真顔で頷くフレア。

 ちょっと口角が上がっているような気がする。


「悪くない響きですね、師匠。スノウが来ていたらあの子が師匠と呼ばれていたのだと考えると、なおさら」

「変なとこで対抗意識持つよなあ、お前ら……」


 スノウもスノウで、ウェンディやシトリーのことは素直に尊敬しているっぽいのだがフレアに対しては「凄いことは凄いわよ? ま、あたしの方が凄いけどね」みたいなスタンスなのだ。

 フレアもまた然りである。

 

 双子の姉妹ということで色々あるのかもしれない。

 兄弟のいない俺にはいまいちわからない感覚だが。


「悠真先輩も、よろしくお願いするっす!」

「う……うむ」

 

 鷹揚に頷いて見せる。

 決してボーイッシュな可愛い女の子から先輩と言われて嬉しいわけではない。


「そういえば、フレア師匠が悠真先輩に魔法を教えたってことっすか?」

「あー、それとはまたちょっと違うんだよな」

「偶然私より先にしょ……出会った私の妹が――い・も・う・とがお兄さまへ魔法を教えたんですよ」

「し、師匠の妹さんっすか」


 妙な迫力を感じたのか、樫村さんがちょっと引いている。

 というか勢いに任せて召喚って言いかけたよね、君。


「師匠の妹さんって、スノウさんのことっすよね?」

「そういうことになりますね」

「その、どっちが強――もが」


 俺は慌てて樫村さんの口を押さえた。


「いいか樫村さん、フレアと……今後会うことがあるかわからないが、スノウには絶対にその質問をしてはいけない。いいね」

「……!!」


 こくこくと樫村さんは頷く。


「そ、そういえば動画でもなにかあるとすぐに対立してたっすね……」

「別に仲が悪いわけじゃない……というか仲はめちゃくちゃいいはずなんだけどな」


 やはり双子の姉妹ということで以下略。


「それと、悠真先輩。自分のことは、名前で呼んでくださいっす! それが自分の通ってた道場のルールなんで、先輩に苗字で呼ばれるとなんか変な感じがするっす」

「わ、わかった。じゃあ志穂里さんで」

「できれば、フレア師匠もっすけどさん付けもやめてもらえると助かるっす」


 上下関係をはっきりしたい子なのだろうか。


「……じゃあ、志穂里で」

「私は志穂里ちゃんと呼びますね。先に言っておきますけど、敬語はやめませんよ?」

「そこはご自由にっす! 個々の選択の自由ってやつっす!」


 フレアが敬語を使わない相手って、スノウくらいだもんなあ。

 俺や知佳、姉たちにも敬語を崩すことはほとんどない。


 ちなみに同じく敬語がデフォルトのウェンディはその時の気分によって妹たちに対してはタメ口だったり、敬語だったりする。

 

「では、志穂里ちゃん。まず魔法というものがどんなものなのか、お見せしますね」


 フレアが右手の人差し指を胸の前で左側に向けた。

 少し離れたところにモンスターの気配があるのがわかる。


 次の瞬間。

 3メートル程もある火球が一瞬で出来上がり、モンスターの気配へ向かって一直線にすっ飛んでいった。


 途中にある建物を燃やすことなく破壊していきながら。


 そして――


 ズドーン、と爆発音が轟いて火柱があがる。


「なっ……なっ……!」


 動画で見たことはあるようだが、俺がカメラの前で使ったちゃちいものと違っての攻撃魔法を肉眼で見たのは当然初めてだろう。


 志穂里は破壊された建物と、上がった火柱の元に残された一つの魔石とを見比べて口をあんぐり開けていた。


「魔法とはイメージの力で作り上げるものです。一口に炎魔法と言っても、だけを燃やしたりもできるんですよ」


 ちなみに俺は炎で今の芸当ほど高度なことをやるのは無理だ。


 今のは、目的に当たるまでは破壊のイメージを。

 そして当たった後は燃え上がるというイメージを持った魔法だったのだろう。


 高難度ではあるが、確かに魔法がどういうものなのかを教えるのには最適な方法である。


「なので――」


 フレアは右の拳に炎を纏わせながら、建物に近づいていった。

 そして特に予備動作もなく振りかぶり、百貨店っぽい建物の壁を――


「えいっ」


 と可愛く叩く。


 ドゴンッ!! という全然可愛くない音と共にその店が吹き飛んだのを見て、もはや志穂里は言葉すら発することができないくらい驚いていた。


「こういうこともできるんです。ね、お兄さま?」


 褒めて! な感じで可愛く小首を傾げられたので、


「ああ、そうだな! 流石フレアだ!」


 全力で肯定しておいた。

 いや、その使い方は初めて見たけどね?



-----------

ちょっと小ネタ


ウェンディさんが常に丁寧な口調なのはレイさんに憧れを持っているからです。

フレアさんが丁寧な口調な理由はやんちゃな双子の妹、スノウを見てしっかりしなきゃ! と思い、しっかりもののウェンディさんの口調を真似たからです。

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