第259話:失墜

1.


 ひしゃげた機体の中に入っている非探索者(宮野さん談)さんが出にくそうにしていたので、もう壊れてるしいいやっと入り口辺りの金属を引っ剥がして出してあげる。


「あ、ありがとう……」

「いえいえ、お気になさらず」


 強化外装越しとは言えフゥに蹴られたり俺の若干雑な風魔法でぐちゃぐちゃにされたり不幸な目に遭っているので、テレビ局あたりが特別ボーナスを出してくれれば良いのだが。


 ……さて。


「とりあえず皆さん、今見たもの忘れてもらえます?」

「ひぃっ!?」


 宮野さんが大げさにビビって後退った。


「じょ、冗談で言ってみただけですって」

「……皆城君、そりゃ怖いて」


 久岡さんにつっこまれる。

 

「あー、まあ隠しておいても今更って感じがするんで、そこの子は俺の関係者です。ダンジョン関係の」

「フゥなの」


 ぴっと手をあげてフゥが名乗りをあげる。

 空気が読めているんだか読めていないんだか。


「ええと……だからあれだけ強い、と?」


 司会の人にそう聞かれたので、俺は頷いておいた。

 いやまあ、フゥの正体だとか強さの理由だとかはぶっちゃけ俺もわかっていないのだが。

 というかフゥ自身を含めて誰もわかっていないのだが。



「ふ、ふざけるな!!」


 離れたところから金切り声があがる。

 ちゃっかり先程の事故以降、安全地帯(だと自分は思っているのであろう場所)まで退避していた宮野さんが叫んだのだ。


「生身でを蹴り上げるのも、落下速度が遅くなったのも何かの手品だ!! テレビでまで嘘をつくのか、き、きき君は!」

「……手品て」


 俺はため息をつく。

 手品であんなことができるのなら誰も苦労はしないだろう。


「ここは屋外ですよ。ワイヤーも何もないですし、そもそもアレを持ってきたのは宮野さんでしょう。どう細工するっていうんですか」

「あ、有り得ん……私は何人ものトップ探索者を知っている! その中にそこの子供ほどの怪力を持つ者は一人もいなかった! 魔法なんて非科学的なものを使う者も!」

 

 フゥについてはちょっと説明が難しいが……


「魔法は遅かれ早かれ誰かが見つけてましたよ」


 このおっさんとのトラブルを避ける為に魔法の話題を避けていただけであって、現状魔法を隠しておく理由はない。

 撮影にあたって通行止めかなにかしているのか、撮影スタッフ以外はさっきから全く人影もないしな。


 指先に、視覚的には一番わかりやすいであろう火の玉を生み出した。


「そう難しいものでもありません。最初にコツさえ掴めば後は誰だって使えます。多分宮野さんの魔力でも使えないってことはないと思いますよ」

「おぉ……」


 司会さんや久岡さんの感嘆の声が聞こえてくる。

 ――ふと、視線を感じたのでそちらを見ると、食い入るように樫村さんが俺のことを……というより、俺が生み出した火球を見ていた。

 なんだろう。


 そのままどこかへ飛ばすわけにもいかないので火の玉は消しておく。


「どうせ、その服のどこかに何かを仕込んでいるんだろう」

「大体、魔法を非科学的だって言うんなら探索者の怪力だってそうでしょう」

「ぐっ……」


 宮野さんは口ごもる。

 結局、自分の信じたいものだけを信じている。

 そういうことなのだろう。


「せっかく完成した<強化外装>が魔法の出現によって使い物にならなくなるかもしれない。宮野さんが魔法の存在を否定したい理由っていうのは大体この辺りでしょう。例えば――」


 俺は半分スクラップになっているほとんどロボットみたいな<強化外装>に向けて、右の掌を向ける。


「あれを消し炭にしたら、魔法の存在だって認めることができますかね」

「なっ……」


 宮野さんが絶句する。

 その表情には少なからず怯えが含まれていた。

 それを見て、ハッとする。

 

 ……そうか、俺は一歩間違えば綾乃とフゥが怪我するような状況になったことに対して、苛ついているのか。

 十中八九大丈夫だとわかっていたし、フゥが動かなくても俺が間に合っていた。

 

 それでもあんな試作品を持ち出してくるなんて……と思ったが、俺が煽ったのも一つの要因だ。

 よし、頭を冷やせ俺。


 ――と。


 綾乃が何かに気付いたような顔になって、スマホを取り出した。

 それに出て、小声で何事かを話した後――ととと、と小走りでこちらに駆け寄ってきてスマホを手渡された。。


「知佳ちゃんからです」

「知佳から? ……もしもし?」

『私の見立てでは、暴走した宮野英二が未完成の<強化外装>を出したけど返り討ちにされて、呆然としてる頃だと思うけど今そっちはどういう状況?』

「……嘘だろお前」


 未来予知ってレベルじゃないぞ。


『流石に冗談。から』


 見てたって。

 周囲の気配を探ってみるが、知佳らしい魔力は当然ない。

 というか、出不精のあいつがわざわざこんなところまで一人で来るはずもない。


『もちろんそこにはいない』

「まあ、お前が何を通して見てたかはこの際どうでもいいよ。このタイミングでかけてきたってことは何かあるんだろ?」

『そろそろあっちにも動きがあると思う』

「……あっち?」


 あっちってどっち?

 なんて思っていたら、ビルの中から知らないスーツのおっさんが走ってきて、誰かに向かって手招きをしている。それに気付いた番組ディレクターが慌てたようにそちらへ向かっていった。


「……お前何したんだ?」

『テレビ局の株主になった』

「…………」


 思わず頭を抱えそうになる。

 株主になったって……

 確かにこのテレビ局は上場している。

 つまり元々いた株主から株を買い上げた……ということなのだろう。


 幾ら出したんだそれ。

 怖くて聞けないぞ。


「……それで?」

『今後、報道内容や番組の内容に口を出さない代わりに今そっちで収録してる分の内容はある程度こちらでコントロールさせてもらうことにした』


 下手すりゃなんでも言うことを聞かせられるくらいの権利を握っているだろうに、それで済ませる辺り、知佳的にはここが正念場ということなのだろうか。

 

「具体的にどんな放送内容にするんだ? ……いや、何が狙いの放送にするんだ?」

『宮野英二の徹底的な失墜』

「……なるほど」


 俺は何が起きているのか理解できていない様子の宮野さんを見た。

 そういえば、元々俺に対してだけではなく妖精迷宮事務所に対してのアンチなんだよな。


 今まで野放しにしていた方がどちらかと言えば知佳らしくないと思っていたが……

 確実に息の根を止められる瞬間を狙っていたというわけか。


『後は魔法の周知。悠真のイメージアップ。あとはフゥの情報の隠匿』

「……人の口に戸は立てられぬって言うだろ?」

『うん。だからそこにいる人たち、みんな気絶させて記憶飛ばして』

「無理だよ!?」

『冗談』


 撮影スタッフはざっと数えただけでも20人くらいはいるだろうか。

 そもそも映像に残っている時点で……いや、だから株主……というか多分大株主になったのか。


『口止めは特にする必要もないと思う。流石に誰も信じない上に――さっき悠真が宮野英二にはったりを効かせたお陰で、そもそもこっちの意に沿わないようなことをしようとは思わない』

「……なるほど」

『でも、それはそれとして帰ったらフゥには必要。このままじゃ小学校に通えないだろうから』

「……だな」


 フゥがやったことは間違えているわけではない。

 咄嗟の行動で綾乃を守ったのだから。

 しかし、結果的にフゥが動かなくてもどうとでもなっていたのは事実である。


 俺も間に合っていたし、綾乃も単独で処理できただろう。

 とは言え、綾乃は探索者だと思われていない――あの場でのベストは、俺があの暴走を止めることだった。

 

 まだ幼い(?)フゥにそこまでの判断をしろというのは酷な話かもしれない。

 だが力を持つ者にはそれなりの責任が生ずる。


 フゥは普通より強いのだから、普通よりもできることが多くなくてはならない。


 それが知佳の教育(?)方針である。


 ご愁傷さま、フゥ。

 帰ったら知佳さんのスパルタコースが待ってるぞ。

 


「ええっ!?」


 いつの間にか帰ってきていたディレクターが何事かを司会に耳打ちしていた。

 よほど衝撃的なことでも聞いたのか、かなり驚いているようだ。


 知佳が大株主になったことを伝えられたとか?

 いや、でも明らかに宮野さんの方を向いてるよな、あれ。


『そろそろかな』

「何がだ?」

『綾乃にスマホ返して』

「お、おう……」


 どうやら何かが始まるらしい。

 言われた通り、綾乃にスマホを返しておく。


「そういうわけで、頼むよ」

 

 ディレクターが離れていく――カメラからフレームアウトする。

 そして司会の人がこほんと咳払いしてから、言った。

 

「み、宮野さん」

「……は?」

「実はこの局では、セキュリティの為に盗聴器や盗撮用カメラが楽屋などに仕掛けられていないか、定期的にチェックするんです」

「…………」

 

 宮野さんの顔色が悪くなる。


「宮野さんの荷物から、盗聴器の反応が出ました。何か心当たりはあったりしますか?」

「な……無い」


 脂汗だらだらで、もはやカツラがずれるのもお構いなしにしきりに額をハンカチで拭っている。

 誰がどう見ても心当たりあります、という反応である。


「それだと、警察呼ぶことになるんですけど……」

「そ、それは私を疑っているということか!? その盗聴器が私のものだという証拠などないだろう、証拠を出せ、証拠を!!」


 遠慮がちな司会の言葉に、宮野が激昂して詰め寄る。

 そこで俺はふと知佳に言われたことを思い出した。


 何かあったら、そのカツラを剥ぎ取ってやれと。

 そして魔法の存在を周知することも目的だと。

 

 俺は風魔法を使って強い風を吹かせる。

 すると、それに巻き上げられて宮野さんのカツラが飛んでいった。


 元々しきりに頭をハンカチで拭いていたのでズレてはいたのだが、まさかあんな綺麗に飛んでいくとは。


 ……知佳、お前まさかここまで考えてたわけじゃないよな?



2.



 あの後は結局、頑なに盗聴器が自分のものだと認めない宮野さんのせいで本当に警察沙汰になったり、撮影はめちゃくちゃになった。


 しかしにより必要な部分は既に撮影できているのでそのまま編集して放送されることになったそうだ。


 放送スケジュールはねじ込みにねじ込みまくってなんとたったの2週間後である。

 編集さんにはお疲れ様ですとしか言いようがない。


 ――で。


 その放送日。


 うきうきしている様子のフゥが綾乃の膝の上で、そして何故か知佳は俺の膝の上に乗って放送された番組を見た。


 その内容は概ね当初の予定通りのものだったのだが、途中で宮野さんが俺に対して噛み付いて一時撮影中断になった辺りだったり、<強化外装>の件はもちろん、盗聴器のくだりまで放送された。


 ちなみに盗聴器そのものは犯罪に使われたわけではないということもあって特にお咎め無しなのだが……編集の仕方もあって、印象は最悪。


 案の定SNSは大炎上。

 宮野英二は大バッシングを受け、魔法を駆使してあのごつい機体の搭乗者を守り、最後にカツラをふっ飛ばした俺と、俺への暴言に対して男前な反応をした久岡さんのイメージがアップする、という結果に終わったのだった。


 これで宮野英二は実質終わったようなものだろう。

 少なくとも、100%あのテレビ局で使われることはないだろうし――そもそも世間の印象は最悪だ。


 恐らく再起は不可能だろう。

 仮に何か動きがあっても、知佳がそれを封殺するに違いない。


「これで先輩が<改良型強化外装>を作っても、表立って文句を言える人はいなくなった」


 膝の上で俺の方に体重をかけながら知佳は言う。


「改良型……まあ、異世界事情にもある程度精通してる上にダンジョンのドロップ素材を使える天鳥さんが作ればそりゃ改良型だよな。まさかそれもあってここまで徹底的に失墜させたのか?」

「それもなくはない」


 一手打つだけでどれだけの策略を巡らせているのだろう、このロリっこ。

 それはそうと、テレビを見終わったフゥが見る前と打って変わって不機嫌そうにしている。

 

「どうしたんだ?」

「……フゥが映ってなかったの……」


 むくれながら言う。

 苦笑いする綾乃に頭を撫でられていた。

 そりゃ映ってるわけないだろ……

 そうならないように知佳が画策したんだから。


 ――と。


 知佳を膝に乗せたままSNSの反応を見ていると、メッセージアプリの通知があった。


 メッセージの送り主は樫村 志穂里しほり

 その内容は『秘密の相談があるっす』。


 スマホの画面を覗き込んでいた知佳にも当然それは見えていて、ジト目で下から見上げられた。


「いつの間に連絡先交換してたの」

「……えっと、撮影の後、解散するちょっと前くらいに……」


 どうしても連絡先を交換して欲しい、と言われたので仕方なく――本当に仕方なく交換したのだ。決して俺に下心があったというわけではない。信じてほしい。本当だ。

 

 冷や汗が背中を伝うのがわかった。


「相談があるって」

「そ、そうだな……なんの相談なんだろうな」

「なんのって、書いてあるでしょ」

「…………」

「秘密の相談」

「はい」

「なんだろうね、秘密の相談」

「な、なんなんでしょうね……?」


 どうやらもう一波乱ありそうだ。

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