第258話:技術の粋

1.


 

 しばらくして、宮野さんとの間で互いにおざなりな謝罪を済ませた後に撮影は続行された。

 スポンサーなんかとの兼ね合いもあるし、ゲスト二人がちらっと喧嘩した程度で撮影中止でーすというわけにはいかないのだろう。


 俺だって子供じゃない。

 それに違約金とかが発生しても面白くないし、この撮影中くらいは我慢するさ。


 スタジオに入ると、先程俺のことをフォローしてくれた芸人さん(後で調べてみたら、久岡ひさおか 利一りいちという芸名で活動しているらしい。本名ではないそうだ)が親指を立ててサムズアップしてきたので、俺もニッと笑ってサムズアップし返しておく。


 台本にも書いてあったはずなのだが、芸人にあまり詳しくなくて名前を覚えていなかったのは正直これからも黙っておこうと思う。


 黒髪のぺったりした七三分けで、シンプルにネタの面白さとトークの安定感で人気が出ているらしい、実力派だそうだ。

 売れ始めたのがここ1年くらいの話だし、つまり俺がちょうど忙しい時期に当たるので仕方のない部分もちょっとあると思うんだ。うん、そう思おう。


 ……それはともかく。


 その後は特に問題が起きることもなく質問コーナーが終わり、パフォーマンスを披露するようなコーナーになった。

 

 要は探索者特有の身体能力の高さを披露してください、ということだ。

 ここに魔法を披露してほしいという項目がないのは若干の忖度を感じるが……まあいい。

 知佳からの指令は果たしたんだし、俺も進んで揉め事を起こしたいわけではないしな。


 まずはオーソドックスなところで、握力計。


 100kgまでしか測れない市販のものではなく、なんと特別に500kgまで測れるようになっているそうだ。

 試しに芸人さん……もとい久岡さんがぎゅっと握ってみたら、52kgだった。


 平均より少し強めくらいだろうか。

 どうやらダンジョンに潜ったことはあるらしく、彼にも魔力はある。


 しかしある一定のラインを超えなければ身体能力の強化はされないので、久岡さんの握力は素の握力ということだろう。


 ちなみに現在、俺の素の握力は多分80kgあるかないかくらいだと思う。

 

 で、樫村さんだが……


「ふんっ!!」


 可愛らしい女の子らしからぬ気合いと共に握力計を握った左手に力を込めた結果、388kgというものだった。

 右手は451kg。


 思っていたよりもだいぶ強いな。

 まあ、モンスターの強さから考えればこれくらいないとまず勝負にすらならないか。



 俺は――


 左手、Error。

 右手、Error。

 

 どちらも測定不能だった。

 まあ、どう少なく見積もっても今の俺が全力を出したら数トン単位の握力になるだろうし仕方ないことだろう。


 ちなみに、魔力が多ければ多いほど身体能力に直結するというわけではない。

 身体能力への変換は人によって多少の得手不得手が出る上に、その時の調子によってもある程度は左右される。


 なので平時の数値はあまり当てにならなかったりするのだ。

 火事場の馬鹿力……というわけではないが、やはり追い詰められている時の方が調子は良かったりするらしいし。


 アスカロン式のスパルタもそう間違えてはいないというわけだ。


 次にジャンプ力。

 垂直跳びでどこまで届くか、というものだったのだが……


 これは本番で無しになった。

 樫村さんのジャンプ力でも優にスタジオの天井に頭をぶつけてしまうからだ。


 俺がやったらこのスタジオの入っているテレビ局ビルごとぶち抜いてしまうことになる。


 一応、俺と樫村さんがぴょんと飛んでスタジオ上の骨組みのようなところにタッチする映像だけ撮られた。

  

「うーん、これだと皆城さんと自分がそれなりに互角に見えちゃうんで良くないっすよね。あの握力計も、いっそ1トンくらいまで測れれば良かったんすけど」

「まあまあ」


 確かに、500kgまで測れるもので450kgと測定不能とだとあまり差はわからないかもしれない。

 とは言え、そこまで厳密にあれこれ検証する番組でもないのだから仕方ないだろう。


 あるいはこの番組、俺のことを取り上げつつも樫村さんをこれからも使いやすいように仕向けているものなのかもしれない。


 『世界一の皆城悠真とそれなりに肉薄した実力を持つ若くて可愛く、元気な探索者』という括りで。

 樫村さん自身にその意図がないのは見てればわかるが、テレビ局サイドも何を考えているのやら、というところだからな。


 そして。

 握力とジャンプ力という茶番を挟んだ後に(なにせ既に俺の身体能力測定の動画は公開されているのだ。茶番にしかならない)、恐らくこの番組のメインである<強化外装>との模擬戦のコーナーがやってきた。


 それまで不気味なほどに沈黙していたカツラ……じゃなくて宮野さんが急に元気になる。



「私の開発したこの<強化外装>ですが、全くの非力な人間が装備しても乗用車を持ち上げてしまう程のパワーを発揮することになります。――という試算結果から、――――でありまして、つまり――――ということになるんです。さらには瞬間的に――――」


 

 長過ぎる上に最初の自動車を持ち上げることができる、というところ以外は専門的な話が多すぎて何も理解できなかったが、とにかく凄い<強化外装>なのだと言いたいらしかった。


 興味が湧いたら後で綾乃に解説してもらおう。


 

 で、樫村さんが<強化外装>に先に挑むことになったのだが……

 スタジオの反応からして、誰も<強化外装>側に勝ち目があるとは思っていなさそうだ。


 当の宮野さんを除いて。


「今回<強化外装>を装着するのは、格闘技は習っていますが非探索者の方になります」


 と言って、強化外装を纏って出てきたのは顔までフルフェイスのバイクヘルメットみたいなので隠している人だ。

 

 非探索者って言ってたが、この魔力量……

 樫村さん程ではないが、多分3層か4層あたりは優に狩れるくらいの探索者だぞ、これ。


 いやまあ、俺のように素で魔力が多い人だという可能性は捨てきれない。

 捨てきれないが……


 カツラの性格の悪さからして、有り得ない話ではないな。


 どうやら樫村さんも魔力を感じ取ることはできるようで、訝しげな表情を浮かべていた。

 しかし俺に比べればまだカツラに対する不信感は薄いのだろう。

 納得いかなさそうにしつつも、定位置についた。


 今回の模擬戦は互いに参ったと言った側が負けになるそうだ。

 一応事前に、これはテレビで流すものなので流血だったり怪我だったりは無しでお願いしますと言われているが、果たして……


 



 テレビ局ビルの外へ特設されたステージへ移動した俺たち。


 如何にもエンタメ、と言った感じのリングの上で、特に防具なんかは身につけていない樫村さんと、全身タイツにプロテクターがくっついてるようなデザインの<強化外装>+フルフェイスのヘルメットを纏った男が向き合う。



「はじめ!」



 司会の声と共に、樫村さんがまず飛び出した。


「やっ! はああっ!」

 

 流れるような体さばきで打撃を繰り出し、二撃、三撃目であっさりふっとばされてダウンしてしまった。

 しかも着用者にダメージがいかないように加減した上で。

 

 流石にこの結果は想定外だったようで、カツラはぽかんと目と口を開けてその様子を見ている。


 まあ、こんなもんだよな。

 幾ら筋力だけが探索者のそれと同等になっているのだとしても、パッと見ではわかりづらいがあのタイツみたいなものとプロテクターみたいなもの自体が結構な重量があるのだろう。


 リングにあがる時点で動きづらそうにしていたのが目に見えていた。

 それに、動体視力なんかを強化しなければ結局まず反応すらできないのだ。


 防御力もまるで足りていない。

 こう言っちゃなんだが、探索者を舐め過ぎだ。


 中の人もそれなりに戦える人だったのだろう、咄嗟に防御はしようとしていたが……

 あれなら下手すりゃ生身で戦った方が強いくらいだ。


 自動車をも持ち上げるパワーを、あれだけコンパクトな見た目にできたのは確かに凄い。

 だが、それだけだ。

 それ以上でも以下でもない。


 せめて腕相撲かなにかだったら、もう少しいい勝負ができたかもしれないな。


「どうします? 俺もやりましょうか?」


 ディレクターに話しかけるようにして――ちらりとカツラの方を見る。

 

「じっ、実は運用段階に入っていない、パワー偏重型の試作機があるんだ! そ、それをすぐに持ってくる! 1時間だけ待ってくれ! それであのガキの化けの面を剥いでやる!!」


 ただでさえ中断で遅れているスケジュール。

 とは言え元から余裕を持ったもので組まれているので、ここから1時間くらいなら確かに支障はない。

 

 ディレクターが困ったような顔でこちらを見てくる。

 テレビ局側としては、俺が戦わないという選択肢はないのだろう。

 

 俺はため息をついた。


「いいですよ。パワー偏重型でもスピード偏重型でもなんでもいいんで持ってきてください」



2.



 そして1時間半後。

 1時間で持ってくるって言ってたのに遅いじゃん、とか文句を言おうと思っていた俺の口は開いて塞がらなかった。


 なにせ、先程のスマートな見た目とは一転変わって、きょうび映画で見るのも珍しいような3メートルくらいあるロボちっくなものが出てきたのだから。


 ずんぐりむっくりした体躯で、自立できるようにかだいぶ下の方に重心が寄っている。

 強化外装というか、もはやロボだ。

 いや、これを作る技術力って確かに凄いんだろうけどさ。


 これ、重さだけで何トンあるんだろう。

 そりゃどう見てもパワー偏重型だよ。

 というかパワーしかないよ、あれ。

 それ以外に取り柄ありませんって感じの見た目だもん。


 試作機だと言っていたが、まさかこれでダンジョンに潜るつもりなのだろうか。

 こんなん一発でモンスターに囲まれてタコ殴りにされるに決まっている。

 自殺行為もいいとこだぞ。


 

 で、まあ。

 見た目通りというか、宣言通りでもあるのだが、もちろんパワー以外になんの取り柄もないこんなのと戦う方法と言えば腕相撲――ではなく、普通の相撲……取っ組み合いしかなかった。



「さ、流石にこれは大人気なくないですか? 宮野さん」


 

 引きつった笑みを浮かべつつ久岡さんが言う。

 気持ちはわかる。

 こんなのもはや重機みたいなものだ。


 人間相手に持ち出すものではない。

 モンスター相手にも別の意味で持ち出すべきものではないが。


「大丈夫ですよ、久岡さん。なんとでもなります、なら」


 確かにでかいが、これくらいならベヒモスに比べたら微生物みたいなもんだ。

 ベヒモスと直接取っ組み合ったわけではないが。


 というか、別にベヒモスをわざわざ引き合いに出さずとも、これだけやっても恐らく新宿ダンジョンに出てくる赤鬼一匹のパワーと互角かそれ以下くらいだろう。


 先程樫村さんにぶっ飛ばされた探索者(ではないとカツラは言い張っているが)が、フルフェイスのヘルメットも外して嫌そうな顔をしながらロボ……じゃなくて強化外装(?)に乗り込んだ。


 可哀想に。

 

 で、リングの上で取っ組み合った状態から勝負は始まる。

 というのも、この大きさなのはいいが、ぶっちゃけほとんど直進くらいしかできないのだとか。


 アーム部分を使って物を持ち上げたりするのには重心の位置だったりなんだったりを厳密に計算する必要があるらしい。

 

 改良を加えて、この巨体のパワーを維持したまま動き回れるようになれば多少実用性はありそうだが……まあ、現時点のこの世界だけの科学技術では無理なんだろうな。


 取っ組み合う。

 ああ、金属のひんやりした感じがちょっと気持ちいい。


 司会の人が「はじめ!」と言うのと同時に、大きなモータの駆動音のようなものが鳴って、ぐっと体を押された。

 正直全然負ける気がしない。


 確かにこの押されるだけのパワーのみを見れば……多分柳枝さんや親父よりも強いだろう。

 しかしそこに踏ん張ったり駆け引きだったりの別の要素が全くないわけで、力で劣る柳枝さんや親父でも負けることはないと思われる。


 下手したら樫村さんでもいけるんではないだろうか。


 ギュィィィィィィ――とどんどん甲高くなっていくモータ音。

 あまり長引かせても自壊しちゃいそうだし、さっさと終わらせよう。

 そう思ってぐいっ、と押すと、パキッ、と嫌な音が機体からした。

 

「――へ?」


 直後、ぐいん、と機体の力の方向がに向いた。

 あまりに想定外すぎて、一瞬だけ反応に遅れてしまう。


 そしてこちらへ進もうとしていたパワーの分、結構なスピードが出たまま――


「綾乃! フゥ!!」

 

 二人の方向へ向かっていった。

 慌てて二人の方へ俺も向かおうとする。


 間に合わないなんてことはない。

 予想よりは速いとは言え、追いつけない程ではないからだ。


 しかし俺が綾乃とフゥの前に立つより前に、綾乃の隣にいたフゥがぴょんと前に飛び出した。


「えい! なの!」


 間の抜けた掛け声と、バガンッ!! という冗談みたいな衝突音と共に、へ機体を蹴り上げた。


「おおっ!?」


 いやまあ、俺が向かわずとも魔法が使える綾乃も、素の身体能力が化け物じみているフゥも傷一つつかないだろうとは思っていたが、まさかこうなるとは思わなかった。


 そのまま機体が落ちてくれば、機体そのもの……はフゥが蹴り飛ばした時点でぶっ壊れているにしても、中に乗っている人が大怪我をする可能性がある。


 俺は咄嗟に両手を向け、風魔法を使った。

 自分の体で持ち上げるなら数トンあろうが別に平気だが、不慣れな魔法となると少し勝手が変わる。


 風で切り裂く、ならばともかく、風で持ち上げるのはかなり大変なのだ。

 

 人の体を傷つけないように、それも複数同時に持ち上げられるウェンディのそれはもはや俺の魔法とはモノが違うというわけである。


 風で機体が若干傷つきつつも、ゆっくりゆっくり下へ降ろしていき――どすん、と最後は少し乱暴になってしまったが、着地させるのに成功した。


「…………」


 まるで時が止まったかのように場が静まり返っている。


「あやのねーね、あぶなかったの!」


 ほめて! とでも言わんばかりにえへん、と胸を張るフゥの頭を綾乃が引きつった笑みを浮かべながら撫でる。


 さて……どう収拾つけようかな、これ。

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