第255話:祈り

1.


 

 爆音と共に無数のガーゴイルが撃ち落とされて行く。

 何匹かは掻い潜ってこちらへ近づいてくるのだが、それも別で待機している魔法使いに撃ち落とされているので結局こちらまで攻撃が届くことはない。


 どうやらガーゴイルは魔法のような遠距離攻撃はしてこないタイプの魔物らしい。

 遠くから一方的に攻撃できればさほど驚異ではないということだ。


 とは言え、魔導兵器があるからこそ対処できているが、そうでなければ難しかっただろう。

 それこそ魔王がいた数千年前の時点でこれだけの技術力を有していたわけでもないだろう。

 これだけの物量だ。

 当時はかなり苦戦したのではないだろうか。


「へっ。きたねえ花火だ」

「? では綺麗な花火を打ち上げましょうか?」

「い、いや、大丈夫」


 ネタがわかっていない様子のフレアに軽い様子で聞かれてしまった。

 フレアの打ち上げる花火というのも見てみたい気もするが、軍の人たちに任せた手前、下手に手出しすると波風立ちそうだしやめておいた方がいいだろう。


 スノウが上を見上げつつ、腰に手を当ててふぅん、と感心したように頷いた。


「何かあったら加勢するつもりでいたけれど、この調子なら平気そうね。この世界の人間もなかなかやるじゃない」

「弾さえ尽きなければなんとでもなるだろうな。その点、本来はベヒモスにぶつけるつもりだったんだから大量に用意してあるだろうし」

「転移装置が本当に便利だね。ウェンディさんが魔法的な解析をしてくれるのなら、僕は物理的な複製を試みてみようか」

 

 天鳥さんの創造クリエイトは構造を理解していれば基本的にはなんでも作れる。

 魔法――ソフトウェアを再現できなくとも装置そのもの――ハードウェアを再現することはできるということだろう。


 そのためには装置そのものを一度分解する必要があるだろうが、まあ今から大陸そのものを守るのだから一個くらいくれるだろ、きっと。



「――あ。動き出した」


 

 海上を眺めていた知佳が声を出す。

 ベヒモスを見ると、確かに段々と体が膨れ上がっているように見える。

 

 近づいてきているから、遠近法の都合で――というわけではない。

 そしてベヒモスの前に超巨大な魔法陣が生まれた。

 そこに膨大な魔力が集まっているのが、わかる。


「お、おいおいあれヤバイんじゃないのか!?」


 どう見ても今からビームが放たれます、みたいな挙動じゃないか。


 軍の人たちもそれがわかったのか、ガーゴイルたちを倒す方の手が乱れてちょくちょく地上に降り立つものが現れ始めた。

 それはそれで別で控えていた近距離用の武器を持った軍人たちに切り伏せられているが――


 その間にも魔法陣はどんどん輝きを増している。


「騒がしいわね、あたしがいるでしょ」


 一段と輝きを増した魔法陣から極太の光線が放たれるのと同時に。

 スノウがバッと両手を天に突き上げ、光線の規模に負けない巨大な氷の盾を作り出した。


 とんでもない速度で飛んできたレーザービームを氷の盾が斜め上に弾き飛ばし、遥か上空で大爆発を引き起こす。

 僅かにかかっていた雲が完全に吹き飛ばされて爆風が地上にまで伝わってきた。


「流石にあれだけでかければそれだけ出力もでかいわね。総量はあんたに比べたらそう大したことなさそうだけど」


 俺、あんなでかいのより魔力あるの?

 未だに自分でもちゃんと全容を把握しているわけじゃないからな、俺の魔力……


 


「お、おお……い、生きてる……!?」

「スノウ殿がやってくれたんだ!」

「ベヒモスの攻撃すら防ぐことができる! やれる、やれるぞ俺たち!」

「うおおおおお!! 我らには勝利の女神がついている!!」

「おおおおおおおおおお!!」



 

 周りで盛り上がっている軍の人たち。


 勝利の……女神……?

 

 スノウの方をちらりと見ると、顔を赤くしてげしっとケツを蹴られた。

 理不尽な暴力! 理不尽な暴力だ!

 今どき流行んないぞそういうの!


「あ、あたしが自分で言ったんじゃないのよ! 知佳が勝手に!」

「私はただシエル以外にも勝利の女神がいるから絶対平気ってみんなに伝えただけ」

「あー……まあ納得だな」


 本来ベヒモスを相手取るはずだった軍人たちが、その前のガーゴイルを撃ち落とすことに専念するというのはそう簡単な話ではないだろう。

 なのでスノウには話の上手い知佳を連れていってもらったのだが、その知佳としては手っ取り早く大衆の心を掴むためにスノウの美貌を使わないという手はなかったのだろう。


「やったなスノウ、こっちの世界でも大人気だぜ」

「あんた後で1時間氷漬けにするから。電撃1時間が平気なら氷1時間も平気よね」

「氷魔法は元々使えるんですけど!?」


 本当に氷漬けにされかねないのでこれ以上からかうのはやめておこう。


 そして戦況は少し変わり、ガーゴイルたちが軒並み撃ち落とされてかなり数を減らしたので、余裕のある分隊がベヒモス本体を攻撃しようとしている――が。


 体全体を覆う、ぶつかった時だけ視認できる半透明なバリアのようなものに阻まれて魔法弾が届いていない。

 実弾っぽいものには効力をもたないのか貫通しているが、そもそも外殻が硬すぎてまるで効果がないようだ。


「俺の役目はあのバリアを破ることか……」

「見えている分で終わりではないのじゃ。あの更に内側に、わかっているだけでも5枚以上の同じバリアがある」

「……なるほど」


 やってみるしかないな、こればっかりは。



「――――――――!!!!」



 ベヒモスが耳をつんざき、大地が震えるような遠吠えをあげる。

 そして再び先程と同じように大きく体を膨らませた。

 

 否。

 先程よりも更に大きな魔力を溜め込んでいる。

 

「スノウ、もう一発くるよ!」

「わかってるわ!」


 シトリーが叫び、スノウが両手をまた天に向けた。

 

 そして。


 ワンテンポ遅れて、先程よりも巨大な魔力の塊が放たれた。


 しかし先程のものよりも光線自体の動きは遅い。

 とは言っても見てから避けられるような速度と規模ではないのだが。


 スノウが先の倍ほどの氷の盾を同じように傾けて展開し、受け流そうとして――

 氷の盾にぶつかる寸前。


 魔力の塊が、四方八方に


「なっ――!」


 スノウが焦ったような声を出す。

 弾けた魔力は氷の盾を迂回するように軌道を描き、こちらに向かって飛来する。

 慌てて今度は全体をカバーするようなドーム状の氷を展開しようとするが、間に合いそうにない。

 

 拡散した分、俺たちは直撃しても大丈夫だろう。

 しかし周りの人たちは違う。


 当たれば死んでしまう。

 

 強化された知覚の中、可能性を必死で模索する。

 

 スノウの氷は間に合わない。

 恐らくだが、大きな氷の盾を生成するのに意識を割いていたからだろう。

 

 咄嗟にウェンディとフレアが辺りへ風と炎を散らしているが、流石にスノウほどの防御性能は期待できないだろう。


 シエルの自然魔法は存在しないものを生み出す通常の魔法とは違って、そこに在るものを利用する魔法だ。

 故にスノウたちのような通常魔法のエキスパートと比較すれば発生が遅い。

 もちろん普通ならば気にならない程の差だが、要はスノウが間に合わないのならシエルでも間に合いっこないということだ。

 

 シトリーは魔力を上空の散った光弾を睨みつけ、魔力を練り上げていた。

 恐らく相殺する気なのだろう。


 しかし全ては無理だ。

 魔法の実力はあっても、全ての軌道を読み切って瞬時に判断する程の演算能力は普通持ち合わせていないのだから。


 ここまで瞬時に考えて。



 俺は一縷の望みにかけて、



 ――知佳は空を見上げている。

 慌てていない。

 何かを考えている。


 そしてこちらを振り向き――


 バチッ、と頭の中でとある映像が弾けた。


 それはこの光弾ののイメージ。


 念話は元々繋がるようにしていた。

 しかしまさかここまで鮮明なイメージが伝わってくるとは思わなかった。

 想定外だ。


 だが――



「流石だ、知佳!!」



 俺は右手に魔弾を作り出し、すぐにそれを左手で押しつぶすようにした。

 指と指、掌と掌の間に生まれた隙間から、無数の線状になった魔弾が知佳から与えられたイメージ通りに飛んで行く。


 そして。


 ズドドドドドドッ!!!! 

 

 と。

 全ての線状魔弾が飛来してきた魔法を上空で撃ち落とした。



「う、うそでしょ……」


 ぽかんとしたスノウが呟く。



「っ……」

 

 一瞬にして知佳から送られてきたイメージの膨大な負荷からか、激しい頭痛と共に一筋の鼻血が垂れてきたが――倒れる程ではない。


「マスター!?」

「お兄さま!」


 ふらつく俺の体をウェンディとフレアが両脇から支えてくれた。

 俺はかえって冴え渡っている頭のまま、呟いた。


「俺は大丈夫だ。さぁ……追撃が来る前に決めちまうぞ」



2.



 足を大きく開き、腰を低く落として、右手を拳に、左手を開いて押し当てる。

 伝わるかどうかはわからないが、グーとパーで作る『かたつむり』の形だ。


 そのままぐぐっと体を右側に捻って、右の拳をへその辺りで構える。

 

 スノウたちとをすると俺の魔力が増えたり、知佳たちとすれば知佳たちの魔力が増えたりという中でわかっていることがある。


 それは魔力を生み出す器官……というか魔力の源がへそのちょい下あたりにあるということ。


 だからその近くで魔力を貯める……という行為に意味があるかどうかは置いといて、それで強くなるというイメージを持つのが大事だ。


 既に四姉妹は配置についている。

 俺がバリアをかち割り、その瞬間にウェンディの魔法で空を飛んでいる四人が上空から最大火力を叩き込んでもらうのだ。


 知佳と天鳥さんは俺の近くにいる。

 そしてシエルもだ。


 シエルの魔法はそこに在るものを利用する魔法。

 つまり空では効力を発揮しにくい。


「ゆ、悠真、本当に大丈夫なのか? おぬし、先から顔色が――」

「……大丈夫だ、心配すんな。それより、俺がバリアかち割った後きっちり決めてもらわねえと困るぞ?」


 ――コンディションははっきり言って最悪だ。

 先程感じた頭痛が時間の経つごとにどんどんひどくなってきている。

 

 治癒魔法は一応かけてもらったのだが、どうやらそれで治る類のものではなかったようだ。


 バチッ……バチッ……と徐々に俺の体の周りを這うように電気が発生しはじめる。

 

 やがてその電気は強くなって行き、自分そのものが雷になったかのような錯覚を覚える。


「――行くぞ」


 まだベヒモスとの距離は遠い。

 でかすぎて遠近感はめちゃくちゃだが、初めて試す魔法を撃つ距離ではないのは確かだ。

 それでも奴にとっては既に射程内。


 四姉妹やシエルたちの魔法に巻き込まれないよう、ここから撃つ必要があった。


 しかし、距離など関係ない。


 


 捻った腰を一気に開放させ、拳の先から勢いに載せた雷の魔法を放つ。

 衝撃に耐えきれなかった腕の肉が裂ける。


 雷速で飛んでいった魔法が音より速く、音もなく幾重にも重なったバリアを貫いた。


(――やれ!!)


 自分の骨が砕ける音を聞きながら、全員に念話を飛ばす。


 氷が、炎が、風が、雷が、海が。

 

 全てが障壁を失ったベヒモスへと襲いかかり――飲み込んだ。


「――っ!」

 

 普段ならばスノウが衝撃が周りへと飛ばないようにいつもは配慮しているのだが、今回はそれがない。

 遅れて飛んできた衝撃波と音とで吹き飛ばされそうになるところを、シエルの作ってくれた簡易的なシェルターの中で耐える。


「…………」


 しばらく待っていると海の水が飛び散ってできていた霧が晴れ、ベヒモスは完全に消滅していた。

 

「――ふぅ」


 とうとう体を支えられなくなって、その場に崩れ落ちる――ところを、シエルに抱きとめられた。

 まあ体格に差がありすぎて、ほとんど倒れているようなものだが。


「……無茶しすぎじゃぞ、悠真。凄い熱じゃ」

「熱い男だからな、俺は……」


 腕の痛みが引いていく。

 治癒魔法をかけてくれたのだろう。

 骨も多分砕けていたが、完治しているようだ。

 流石だな。


「なんじゃそれは」


 吹き出すようにシエルが笑う。

 

「……悠真、一つおぬしにお願いがあるのじゃが」

「……なんだ?」

「数千年前、魔王やベヒモスに殺された者たちの慰霊碑がとある遺跡の奥にあるんじゃ。そこへわしと一緒に来てほしい。わしの家族に紹介したいんじゃ」


 少し涙ぐんだ声。

 何千年も前のことだ。

 吹っ切れたと言っていたが――本当の意味で吹っ切れたのは、今なのではないだろうか。


「んなことならお安いご用だけど……その必要はないと思うけどな」

「?」


 不思議そうに首を傾げるシエル。


「家族なんだ。お前のことなんてずっと見てるに決まってるだろ……なあ?」


 薄れ行く意識の中、声のようなものが聞こえた気がした。

 シエルを見守っている、三人分の。

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