第253話:梃子でも動かない

1.



「…………」


 シエルの壮絶な過去を聞いて、全員が簡易的なテーブルを囲んで黙り込んでしまう。

 ベヒモスの討伐に難色を示していたのも当然だ。


 大陸ごと滅ぼしてしまうような化け物相手に立ち向かうのではなく、逃げれば済むのだから逃げれば良い。


 セイランたちや、魔王本人がやろうとしているように世界が滅ぶわけではない。

 

「ま、おぬしら。そんな暗くなるな。わしにとってはもう数千年前の話じゃ。流石に踏ん切りもついてるしの」


 ……シエルは笑ってそう言うが、何十年、何百年、何千年経とうが家族を失った痛みが癒えるとは思えない。

 カサブタみたいに薄い膜で覆われることはあっても、何かあればそれが剥がれてまたズキズキと痛みだすのだ。


「……よし、決めた!」

「なにがじゃ?」


 急に立ち上がった俺に全員の視線が集まる。


「ベヒモスは罠にハメずに正面からぶっ倒そう。そんでもってその指揮をするのはお前だ、シエル」

「……何故そうなるんじゃ」


 呆れたような目で俺を見る。

 しかし何故と言われてもな。


「俺がそうしたいからだ」

「危険じゃぞ。安全に罠にハメて倒すのが一番じゃ。そもそもおぬしの魔法が通用するかどうかもまだ試しておらんじゃろ」

「通用する。いや、させる。絶対にだ」

「そんな根性論が通用する相手ではないぞ」

「根性論ばかりってわけじゃないさ」


 俺は周りを見渡す。

 知佳、天鳥さん。

 スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー。

 そしてシエル。


 頼もしい奴らばかりだ。

 

「これでなんとかならないなんて、嘘だろ?」

「……本来逃げた方が良いところを、罠にハメて安全策を取るのならということでわしはここにいるんじゃぞ」

「罠にハメるっても結局お前とフレア、スノウの魔法なんだから罠で倒せるんなら正面突破だってできるはずだろ?」

「誰かが怪我をするかもしれん」

「俺が死ぬ気で守る」

「おぬしが怪我したら意味ないじゃろうが!」

 

 ガタン、とシエルがテーブルを叩いた。

 

「うるせえ、こんな時くらいかっこつけさせやがれ!! 大事な奴の傷一つ埋められねえ奴が世界なんて救えるかよ!!」

「っ……!」


 シエルの肩が震える。

 そしてそのタイミングで知佳が切り出した。


「……シエル、こうなった悠真は梃子でも動かない。やると決めたことは意地でもやる。それが悠真だから」

「…………じゃろうな。じゃが、こちらにも条件があるぞ。もし誰かが怪我を負うような事態、あるいはそもそも作戦が成功しない見込みになったら、転移石で即刻退避する。つまりこの場にいる軍の人間たちを――この大陸の人間たちを見捨てるということじゃ。それでも本当に良いのか?」


 念押しするように確認してくる。

 

「任せろよ。俺が全員救ってやる」


 即答した俺に、シエルは目を丸くした。

 そして根負けしたように吹き出す。


「まったく、おぬしのその自信はどこから出てくるんじゃ……」

「だから言ってるだろ。ここにいるのは俺だけじゃない。全部お前の味方なんだよ」



2.

 


 あのような啖呵を切った手前ではあるが、一度作った罠を再び埋め立てるということはしないことにした。

 シエルの作戦はシンプルだった。


 まず例の巨大な落とし穴でベヒモスの足を止める。

 そこへ俺の最大火力の魔法で多重魔法障壁を貫く。

 消滅魔法ホワイトゼロは使えない。


 そもそもあれだけの巨体に有効なサイズを出せないということと、多くの人間に切り札を知られるのはリスクが大きい。

 世界を救うつもりでいるのなら、アレは使わずになんとかしろとシエルに言われたのだ。


 いいぜ、やってやるさ。

 

 そして貫いた多重魔法障壁の穴から、シエルたちが攻撃を一斉に叩き込んでぶっ倒す。

 

 知佳と天鳥さんはシエルの参謀役だ。

 そしてそのシエルの作戦は俺に念話で伝えられ、スノウたちへと経由する。


 念話って離れてても話せるから便利だな、くらいにしか思っていなかったが、いざ実戦に投入しようとなると便利すぎてちょっとビビるな。


 一応、知佳と天鳥さんからの念話も俺に届く状態にしてある。

 念の為言っておくが、別にえっちなことをしたわけではない。

 キスをして互いの魔力を混ぜておく行為がえっちなことだと言われたらもうぐうの音も出ないが。


 俺の魔法が通用するかのテストはもうしない。


 正面対決をするのなら無駄な魔力は使えないからだ。

 

 そしてベヒモスが近づいてきたことによって幾つかの新事実が判明している。

 それは――


「……やはりあれはガーゴイル。魔王の作り出した人工魔物じゃ」



 天鳥さんの創造スキルで作り出した望遠鏡を覗き込むシエルが呟いた。


「ガーゴイル?」

「石でできた鷲のような見た目をした魔物じゃよ。それがベヒモスの背中に無数に存在しておる。少なく見積もっても……数万匹じゃな」

「なんでそんなのが背中に……」

「……石像のようにもなれるガーゴイルにとって環境はどうでも良いからの。魔王の復活に合わせてベヒモスも動き出すのなら、尖兵であるガーゴイルも同じタイミングで動き出すのが一番じゃ」

「なるほどな……」


 ようはついでって事か。

 そのついでがめちゃくちゃ面倒な話だ。


 少なく見積もっても、数万匹。

 とてもじゃないが一匹一匹対応している暇はない。

 

 かと言って、スノウやウェンディの大規模な魔法で一気に殲滅するのも魔力が勿体ない。

 ベヒモスを倒す為にも魔力はギリギリまで温存しておきたい。


 しかし放置するわけにも――


 そこで知佳がシエルへ訊ねた。 


「シエル、ガーゴイルは強いの?」

「いや、一匹一匹はそこまででもないが……」

「なら簡単な話。この戦場には兵隊がたくさんいるんだから、彼らにガーゴイルの処理を任せればいい。ここにいるのはみんな仲間、なんでしょ?」


 ちらりと知佳が俺のことを見た。

 ……そうか。

 別に彼らは俺たちが守るべき存在というわけではない。


 彼らもまた、何かを守るためにここにいるのだ。



 ベヒモスの背中にガーゴイルという魔物がいるので対処を頼む、という話は相手を言い包めるのが上手い知佳と先程挨拶回りをして覚えが良いであろうスノウの二人に任せ、こちらはこちらで大事な作業に取り掛かる。


 それは――


「さて、後はおぬしがどうやって多重魔法障壁を貫くか、じゃな」

「多重……ってことは魔弾みたいなぶつかった瞬間に炸裂するような魔法は相性が悪いよな」

「なんとか波をモチーフにしたとかいう、フゥを倒した時の魔法も良くはないじゃろうな。魔弾よりは向いているじゃろうが、貫いたり破壊したりという性質を強く持っているようには思えん」

「……だな」


 あれはどちらかと言えば吹き飛ばすとかそっちのタイプだ。

 ちなみに例の技は魔導砲という名前になった(綾乃命名)。


 ○○波にしようかと思ったのだが、流石にやめておいた。

 ちなみに親父に話したら「カメカメ波ならいいんじゃねえの?」とか言われたがそれでありならもうなんでもありだろう。


「貫くと言えば、お姉ちゃんの出番ね」


 シトリーが大きな胸をえへんと張る。

 ぷるんと揺れるそれに思わず目を奪われつつ、納得する。


「そうか、雷……確かにそれっぽいイメージはあるな」



 天空から地面に向かって一気に刺し貫く雷。

 切り刻むようなイメージの風や、燃やし尽くす炎。

 凍てつかせる氷に比べれば、最も雷が向いていると言えるだろう。


 しかしシトリーが多重魔法障壁を壊すのでは意味がない。


 何故なら多重魔法障壁を壊した後は迅速かつ威力が高く、更に精密に弱点を狙える魔法で一気に畳み掛ける必要があるからだ。


 正直言って、そこまでの技術は今の俺にはない。


 ならば破壊力や貫通力だけでなんとかできる多重魔法障壁の破壊に俺が回る、というのがベストな形なのだ。


「というわけで、悠真ちゃん。あと……1時間くらいで雷魔法を覚えてもらわないといけないんだけど、できる?」

「い、1時間……」


 今までも雷魔法はちょくちょく練習していた。

 しないとシトリーが拗ねるからというのもあるが、単に雷魔法は強力だからだ。


 簡単なものならば今でもできる。

 だが、そこまで大規模なものはまだできない。


 風や炎、氷に関しては大出力(なだけだが)のものを俺でもある程度は再現可能なのだが、雷だけはやはり難易度が段違いなのだ。


「できんと言うのなら、やはりこの作戦はなしじゃな」


 シエルがまるで試すかのように俺の目をじっと見る。

 

「……いいぜ、やってやるさ。なんでもしてやる。だから頼む、シトリー。俺に雷魔法を教えてくれ!」

「うん、わかった!」


 シトリーはいい笑顔で頷いた。

 そして続く言葉で、


「じゃあまずは今から1時間、ずっと私の電気を浴び続けよっか!」




 ……あれ、俺もしかしてここで死ぬの?

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