第252話:未来への祈り
1.sideシエル=オーランド
「右手に炎。左手に風。そして――」
アルフォンスは両手を前に向けた。
すると、ごうっ、と大きな音を立てて大きな炎の渦が巻き上がる。
「これが基本的な合成魔法というやつさ。僕のような少ない魔力の持ち主でも、大きな効果を期待することができる。同時に2つの魔法を使う上に、完璧に2つの出力を合わせないといけないから難しいけれど――」
「それくらい楽勝なのじゃ!」
アルフォンスが説明している間に、シエルは先程彼が生み出した炎の3倍ほどはある炎の竜巻を生み出した。
シエルが知る中で最も偉い、祖父の口調を真似しはじめて半年。
偶然にも、この時期がシエルの実力が最も伸びる時期と一致していたのだ。
「……流石。普通の魔法に関しては僕よりもずっと凄いね、シエルは」
「ふふーんなのじゃ!」
「あとはちゃんと勉強もしてくれるようになると助かるんだけど」
黙って逃げようとしたシエルの足を、アルフォンスが操った木の根っこが絡め取る。
「ぐっ……離すのじゃー!」
「それから自然魔法もね」
自然魔法。
魔力をもって炎や風、氷、雷といった事象や物質を生み出すのではなく、魔力を物質へ流して操作する高等魔法。
土や石、水だけでなく木のような生命の宿るもの、極めれば小鳥や野兎などの小動物さえある程度は操ることができる。
とは言え、それを悪用することは固く禁じられているが。
「それは難しいから嫌いなのじゃ……」
「これっばかりはセンスでどうこうできる話じゃないからね。慣れが大切だよ、シエル。あと100年くらいはかかるんじゃないかな?」
「うぐぐ……」
根っこに吊るされ逆さまになったシエルが唸る。
木を操るほどの自然魔法を扱えるエルフは極稀だ。
シエルとアルフォンスの父であるイアンでさえ、かなりの集中力を要する。
アルフォンスはセンスでどうこうできる話ではない、と言っていたが、そこに才能が介在する余地が全くないというわけではないのだ。
アルフォンスがここまで自在に木々を操ることができるようになるまで、150年かかった。
シエルならば本腰を入れさえすれば、100年と言わずに50年でできるようになるとアルフォンスは確信していた。
シエルを地面に降ろして、アルフォンスが優しい口調で諭す。
「魔法は苦労せず習得してきたシエルにとって、できないものを練習し続けるのは苦になると思う。でも、僕は他の魔法よりも自然魔法が好きなんだ。なんでだと思う?」
「……なんでじゃ?」
「大地、海、空。全てを味方にできるのが自然魔法だからだよ。だからこの魔法はどんな魔法にも負けない、シエルの力になってくれるはずさ」
「わしは兄上と父上と母上が味方ならそれでいいのじゃ!」
「…………」
妹の唐突な告白にぽかんとした表情を浮かべるアルフォンス。
自然魔法を習得したくない言い訳で咄嗟に出てきたものだとはわかっていても、嬉しく思ってしまう。
「ああ、もちろん僕たち家族はずっとシエルの味方だよ」
アルフォンスがシエルの頭をくしゃりと撫でる。
「ま、それとこれとは別だけど。さあ、次は勉強の時間だ。明日は自然魔法を覚えてもらうからね」
「いーやーじゃー!」
しかし二度と、シエルがアルフォンスから自然魔法を教わることはなかった。
その日、厄災は唐突に訪れる。
真夜中、大きな揺れを感じてシエルは飛び起きた。
「な……なんなのじゃ一体……!?」
2.sideシエル=オーランド
「べ、ベヒモス……」
シエルは現状起きていることを聞かされて、頭の中をガンと殴りつけられたような錯覚に陥った。
ベヒモス。
2万年に一度目覚め、あらゆる生物、あらゆる土地を蹂躙する化け物。
以前目覚めた時には7つの国が滅ぼされ、世界で最も大きかった大陸の半分が食い尽くされたという伝説が残っている。
エルフは魔力の量によって寿命が決まる。
短い者は数百年、長い者では数千年以上。
シエルの魔力は膨大で、生きているうちに一度くらいはベヒモスの目覚めに遭遇することはあるかもしれないと思っていた。
それが今だとは考えてもいなかったが。
その上――
この時点では誰も知る由がないとは言え、ベヒモスは魔王の支配下にあった。
本来ならば見境なく暴れる化け物が、明確な意思を持って人を――大地を滅ぼそうとしていたのだ。
そして。
「だめです、転移装置が作動しません!!」
「……そうか」
妖精王オーベロン。
アルフォンスとシエルの父、イアンは同胞のエルフの報告に表情を厳しいものにした。
転移装置が使えない。
そして通信魔法も何者かに阻害されている状態だった。
2万年前、最も大きな大陸を半分削り取ったという化け物。
規模から考えて、この大陸ならば丸ごと滅ぼされることになるだろう。
海に囲まれた大陸だ。
海まで逃げたところで、転移装置が使えないのでは向こうへ渡る手段がない。
船の数だって到底足りないだろう。
そもそも陸ならばまだしも、動きの鈍くなる海上でベヒモスから逃げ切れるとは考えづらい。
風魔法で別の大陸まで飛ぶ。
そんなことは不可能だ。
人が風魔法で飛ぶには精密な制御と大きなな魔力が必要になる。
この場で最も魔力のコントロールに優れたアルフォンスでも、隣の島くらいまで飛べれば上出来な方だろう。
海面を凍らせてその上を渡るか。
それも不可能だ。
人が乗っても割れないほどの氷を、波で不安定な海に作るには膨大な魔力が必要になる。
その上それを別大陸まで繋げるともなればこの場にいるエルフ全員どころか、大陸中の魔法使いを集めたところで成し遂げられるかわからない。
自然魔法で海の水を操るか。
不可能だ。
まだ氷魔法で足場を作る方が現実味がある程に、難易度が高すぎる。
「やるしかないか……」
イアンはそう小さく呟いた。
「た、戦うのじゃな!? わしだってもう父上や母上よりも強いのじゃ!」
シエルの言っていることは事実だった。
元々才能に恵まれていたシエルだったが、ここ最近は更に魔力量、センス共に覚醒しはじめている。
あと数百年――数十年もあれば、誰にも負けない魔法使いに成長するだろうというのがイアンたち家族の間での共通認識になっていた。
しかし、今はまだその時ではない。
だが。
シエルならば、逃げることはできるかもしれない。
齢十数年にしてこの場の誰よりも魔力量に優れ、現状ではアルフォンスにやや劣るものの高い魔法への適性。
この大陸から風魔法や氷魔法を使って、別の大陸まで逃げ延びることができる可能性は十分にある。
イアンはシエルの肩に手を置いた。
「……シエル、よく聞くんだ。お前は逃げなさい」
「え……」
ぽかんとした表情を浮かべるシエル。
転移装置もだめ、通信魔法すら使えない。
逃げる手段はない。
しかし、シエルは勉強嫌いであれこそ、聡明だった。
自分だけは逃げられることがわかっていたのだ。
それでもなお、戦うことを選択した。
幼い彼女なりに、考えて。
逃げられない家族と共に死ぬことを選んだのだ。
だが、それを敬愛する父に否定された。
隣にいるフィリアもシエルの目をじっと覗き込む。
「お願いよ、シエル。私たちの為にも、あなただけは生きて」
「い――いやじゃ! わしも母上たちと戦うのじゃ!!」
「シエル、頼む。言うことを聞いてくれ。まだ幼いお前がここで死ぬこともない」
「嫌じゃ! わしは……わしは……!」
ぽん、と後ろからシエルの頭に手が置かれる。
「父上、母上。シエルの説得は僕に任せてもらえませんか。こうなったシエルはもう、梃子でも動きませんよ」
アルフォンスもまた、シエルだけは逃げられるということを悟っていた。
もちろん、自分は魔力の少なさ故に逃げ切れることは万に一つもないだろうということも。
「アルフォンス、お前……」
「父上、お願いします。必ずシエルは逃します」
「……あなたまさか……」
「母上。僕ももう、子どもではありませんから。そしてこの子の兄です」
アルフォンスは微笑む。
フィリアが膝を落とし、手で顔を覆った。
「……不甲斐ない父を許してくれ。私たちはお前のことを愛している」
「僕もです。父上と母上の子に生まれてくることができて、幸せでした」
イアンが自分の妻と、息子と、娘を抱きしめる。
「……シエル。幸せになるんだぞ」
「いい人を見つけなさい、シエル。あなたを一生幸せにしてくれる人を」
「ち、父上……? 母上……?」
涙ながらに訴えかけてくる両親の様子にシエルは困惑した様子を見せる。
「シエル、ちゃんと勉強をするんだよ。僕らにも見えるくらい、お前の人生が輝かしいものになることを心から祈っている」
「兄上、なにを――」
シエルの下に魔法陣が出現する。
淡い青色に輝くその魔法陣は、この場にいる誰も見たことがないもの。
「――ごめんね、シエル」
次の瞬間。
シエルは見知らぬ森に、ぽつんと一人佇んでいた。
「――え」
才能に溢れる者が大切な者の為に命を燃やし、ようやく再現することのできた<転移魔法>。
それによってシエルは、別の大陸へと逃されたのだ。
大切な兄の命と引き換えに。
そして。
彼女が住んでいた大陸が地図から消えたのは、その数時間後のことである。
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